黒鉄重工

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北陸project ~Hokuriku Master Side M. その6【2018/4/28~5/3】

2021-01-30 23:52:23 | 旅行・イベント記
2018年4月28日(土)13時12分
富山県富山市 富山地方鉄道電鉄富山駅
立山駅を出発後、最初は初めて乗る富山地鉄を堪能しようと思っていたんですが、高原バスに引き続き眠気に負けてしまい道中の殆どを寝てしまいました。再び目が覚めた時には終点の数駅手前でした。
うーん、これは乗ったうちに入るのか?とても消化不良となってしまいました。以来、地鉄は黒鉄重工の重要攻略目標のひとつとなっていますが、この時以来まだ行けていません。
降り立った地鉄のホームには16010形特急「アルプス」が止まっていました。元レッドアローのやつですね。


16010形はすぐに出発していってしまったので、ここまで乗ってきた10030形の編成写真でも。


本日最大の目的、立山黒部アルペンルートはもう終えてしまったので、今日はあとはもう消化試合です。
地鉄の他にもJR西日本とほんにゃらとやま鉄道が乗り入れている富山駅。新幹線が開通してから来るのは初めてですが、地上駅時代とは別物になっていて大層驚く。どっちかというと、工事の真っ最中でぐちゃぐちゃだった駅前のロータリーやバスのりばが整然となっている方が驚いたかな・・・。


とりあえずまずは昼飯です。歩いていく途中に見かけた富山市内軌道線の7000形7022号。レトロ電車に改造されていて、車体の塗り分けは地鉄の旧標準色です。車体のあちこちに文字が書かれまくっていて、お察しの通りこれも水戸岡電車です。ただこれはかなりおとなしめです。つまらんのう。


富山駅前で昼飯となるとこれはもう西町大喜のブラックラーメンで決まりです。これほど白飯に合うラーメンもないんじゃないかな。


食べ終えたらJR富山駅の方へ。新幹線の高架下に乗り込んで富山駅と直結した市内線を一瞥します。以前は駅前の道路を渡らないと乗れなかったんですが、これだと雨にも濡れないので最強です。この頃はまだでしたが、今は富山ライトレールも乗り入れていて直通運転しています。
富山市の都市交通のグランドデザインは日本にしては先を言っている感があって、感心するばかりです。


第11走者:富山ライトレール(TLR0600形)富山駅北13:15→城川原13:30
富山駅北口に出て、そこから富山ライトレールに乗ります。2020(令和2)年2月に富山ライトレールと富山地鉄の直通運転が始まると富山駅北電停は廃止になりました。現在では取り壊されたようで、すでに過去の光景になってしまいました。
さらにいうと富山ライトレールという会社そのものも直通を機に富山地鉄へ吸収される形で消滅しています。富山ライトレールを取り巻く状況は訪れてから数年で激変しました。


鉄道むすめの岩瀬ゆうこ嬢。電車の車内で乗客の乗車の補助をするアテンダントさんでしたが、ここに来る少し前、2018(平成30)年3月21日に現実のアテンダント業務が終了してしまいました・・・。
しかし、岩瀬ゆうこさんはそれでもクビにされること無く乗客に案内を続けていたという泣ける話でした。でも、もはや所属会社すら無くなってしまった2021年、彼女はいまもホームの壁に佇んでいるのでしょうか・・・。


車庫のある城川原駅で下車。駅に隣接する富山ライトレールの本社社屋で鉄道むすめスタンプラリーのスタンプを押してきました。それが乗りに来た目的です。

時間もあるし、ということで少し周りをうろつきます。地図を見てみると、運河とか閘門とか、素敵ワードを見つけたのでそこへ。
5分くらい歩くと、川というか運河みたいなものが現れました。これが富岩運河ですな。


親柱の銘板が埋められてしまった・・・。橋の竣工年は1934(昭和9)年8月なので結構古いです。


富岩運河は、東岩瀬港(現富山港)と富山市街地を結ぶ全長5.1kmの運河です。東岩瀬港は江戸時代は北前船などの船舶が寄港していた商業の町でしたが富山市街地とは離れていたので、そこを水運で結ぶことで物流の強化を狙っていました。また、それ以前に行った神通川の付け替え工事によって発生した川の跡を、富岩運河の開削時に発生した残土を利用して埋め立てて市街地にするという裏の目的も持っていました。富山市の都市計画はこの頃より周到さが垣間見えます。

富岩運河は5kmありますが、中でも特徴的なのがこの中島閘門です。富岩運河はここを境に上流と下流の水位差が2.5mあります。この間を舟で移動する際に水位を調節して橋渡しする設備です。いわば舟用のエレベーターです。






水位差が分かるかな?
前後2枚の閘門があって、それに閉じ込められる形で船が入り、その中で水位を上げ下げします。つまるところ、パナマ運河の閘門と同じ方式です。
私はこれと同じものをカナダのオタワで見ましたので「もう見た」となりましたが、日本にもこういうのがあったとは知りませんでした。


【中島閘門 】 
動画を引用してきました。
この閘門は現役で、今も観光船が通る時に使用しています。私達が来た時は観光船が通らなかったのでこれは知りませんでした。これは乗ってみたかったかな。再履修です。


中島閘門操作所も復元の上で現存しています。


これが閘門の操作盤。ボタンと計器だけで、思っていたよりも少ないです。1950年代まで使用していました。今は別の操作盤を使っているそうな。


閘門の操作は24時間体制だったので、泊まり勤務の操作員もいたことでしょう。しかし浴室まであるとは。


休憩用の和室もあります。さすがに住み込みで働けるような広さと設備ではありませんでした。


運河を歩いているうちに城川原駅からは離れてしまったので、ひとつ隣の越中中島駅へ。越中中島といえば2010年、富山駅から乗車する「きたぐに」が来るまでの時間つぶしのために駅前のガストに行きましたねぇ。その後富山駅に戻ったら北口は入口が閉まっていてとても焦りましたけどね・・・。

ここからは富山駅に戻りますが、それより先に岩瀬浜行が着いたのでそれを撮影。オレンジの0602号でした。


第12走者:富山ライトレール(TLR0600形)越中中島15:30→富山駅北15:41
富山駅に戻ります。乗ったのは赤の0601号。


第13走者:あいの風とやま鉄道(521系)富山16:00→高岡16:20
富山駅では北陸本線・・・もとい、あいの風とやま鉄道というふざけた名前の鉄道へ。北陸本線の3セク転換鉄道の社名はどれも命名センスが破壊的だって評判悪かったぞ。その通りかもな。
この名前のなにがまずいって、これといった略称が思い浮かばないし、あったとしても人によって略す箇所が揺れるだろうなっていう。誰かが言っていましたが、4文字以内に略せる名前にすると親しまれやすいんだそうな。あいの風とやま鉄道ではムリだろう・・・。

それにしても富山駅のホームはまるで別世界になりましたね。天井は高いが骨組みがやたら多いのは、雪対策なんでしょうな。富山の雪は重そうだし。
なお路線はあいの風とやま鉄道ですが車両はIRいしかわ鉄道の521系。3セク鉄道にしては珍しく両社は相互乗り入れしているのでこういうことになっています。だったら一体化してしまってよかった気もしますが、これも県同士の事情がありましょう。
IRいしかわ鉄道はIRまで入れて正式名だそうです。北陸3セク鉄道の中では一番マトモですが、カジノでも建てるんかいなっていう略称が少し気になる。


ものの20分で高岡駅に到着。ここのホームは前と変わらず安心感があります。
反対のホームにあいの風とやま鉄道の521系が停まっていたので撮影。新幹線開通後に北陸本線に乗るのは初めてなので少し楽しくなっているのですな。

というところで今日はここまで。


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