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日帰り“日光の社寺” その5

2024-04-25 12:47:02 | 旅行記・関東

2.日光東照宮

坂下門

「眠猫のある東回廊裏手にあり、奥社の入口にあたる平入唐門。かつては将軍のみが通る不開門であった。」

廻廊の奥にあって、暗くて小さな門。でも観光客は多いので、「門」としては認知できなかった。

修学旅行で眠り猫を見た時、あまりの小ささにびっくりした記憶がある。あまりにも有名だったので、私の脳内では本物の虎並みの大きさになっていたからだ。

裏面の、本来なら猫の餌になるスズメと共に、「猫が眠っていることで雀のような弱者も安心して暮らせる。家康公によって弱肉強食の戦国時代が終わり、平和な世界が訪れたことを示している」いう説が有力だけど、実は猫は薄目を開けていて爪を立ててる説もある。いろんな説があるもんだ。

 

⑲奥宮

坂下門をくぐって、207段の階段を登ると徳川家康の眠る奥宮。

眠り猫を見た後、そのまま人の流れに付いて行ってしまった人が、階段の途中で休んでる。下る時は、また最近流行ってる厚底靴を履いた若い娘がそろりそろりと降りていた。手摺はないからね。

階段は一枚岩。何㎏あるんだろう?

階段途中からの景色。拝殿か本殿か祈祷殿の屋根だと思う。

↓ 奥宮の拝殿

↓ 拝殿の後の鋳抜門

↓ シン(上が辰で下が虫)という想像上の動物らしい。

↓ 徳川家康の神柩が納められているという宝塔

一般庶民が一周できるようになったのは、昭和40年以降らしい。

↓ 叶う杉

「諸々の願い事をこの杉のほこらに向かって唱えると願い事が叶うと伝えられている」らしい。宝塔を一周する最後の方にあった。

 

宝物殿

せっかくなので、行ってみた。

う~ん・・・。これで800円かあ。人を誘わないで、一人で行って良かったという内容。

という訳で、たっぷり東照宮を満喫!

 

3.日光二荒山神社

東照宮の五重塔と拝観券売り場の間の道が参道。男体山が御神体山。

拝観料を払って拝殿左手奥に進む。

↓ 「化け灯篭」と「本殿」

「化け灯篭」は、鎌倉時代作で青銅製。江戸時代に夜間警護に当たった武士が灯篭の灯りを亡霊と見間違えて、切りつけた傷が70数か所あるそうだが、普通、気付くだろう。70か所も切りつける前に。

↓ 御祭神に大国主様もいるので、縁結びという事で、若いカップルたちが次々と奥に向かって登って行った。

白や赤のミツマタが咲いていてきれいだった。

 

4.日光山輪王寺

日光駅から歩くと、最初にある“日光の社寺”。なので、最初にサラッと外見を見て、帰りに初開帳の秘仏を見ようと思っていた。

↓三佛堂

東照宮と二荒神社の拝観の後に歩くと、輪王寺の護摩堂が最初にあるんだが、そこで作務衣を着た若い娘さんがなかなかの大声で、「大護摩堂は無料で入れて、仏像もご覧になれますよ」と東照宮帰りの観光客に客引きしてた。ので、ご祈祷してない時間帯なら、仏像のそばまでいけるのかと思って大護摩堂に入ったら、2mも進まない所で「ここから先は入らないでください!」と作務衣をきた別の女性に立ち塞がれて、結構な勢いで言われた。

シュンとなった。

お腹も空いたし、三佛堂には入らずに、遅めのランチにすることにした。

 

5.ランチ

すでに、14時過ぎだったので、遅くまでランチタイムの設定がある、さんへ。

「全の湯葉巻き御膳」で、選べる湯葉巻きの中身は真鯛と三つ葉。

この日は涼しかったので、しゃぶしゃぶ御膳にすれば良かったかあとちょっと後悔。私の後に来た、1人旅の外国人女性は、店の日本語の注意書きにスマホをかざして、翻訳画面を見て理解していた。そんな時代なんだねえ。

15:19発のJR日光線に乗って、19:00には家でくつろいでた。

“日光の社寺”で、神仏習合→神仏分離・廃仏毀釈→現代の宗教法人という歴史を感じた日帰り旅行だった。

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