RunRunTako

Takoのてくてくランブログ

シティマラソン福岡応援

2010年10月31日 18時41分04秒 | 日記

きょうは、年に一度の福岡市民ランナーのお祭り、
シティマラソン福岡でした〜。

朝のうち、トミーさんたちに手伝ってもらって
てくてくを約600部配り
その後クラブランザローテのみなさんと
応援しました。

わたしたち応援グループは店長を除いて
みんな故障者・・・とほほ。
でも、みんな元気に応援しましたよぉ〜。

応援してると
こっちも元気をもらえるんで
楽しいんですよね。

目標クリアしたランナー、
入賞したランナー、
二日酔いのなか、それでもなんとか完走したランナー、
楽しく走りとおしたランナー、
故障を押して、なんとか完走したランナー、
と、いろんな走りがありました。

やっぱ、大会はいいですね。

がんばって、はよ治そうと
思いを新たにしたことでした。

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ムリを承知

2010年10月28日 11時41分03秒 | 日記

おお〜、さぶっ。

いきなり冬ですね〜。
みなさん、風邪ひいてないですか?
わたしゃ100キロ以来、お休みモードに入って
たっぷりの皮下脂肪に守られて
ぜんぜんだいじょうぶです。

Wakiniku
仕事がめずらしく(^-^;
入ったりしてちょっと忙しかったのもあって
運動不足・・・

もうそろそろ走れるかな?
と思い、きょう久々に早朝ランしました。
公園まで行かず、
家の近所をぐるぐると20分間。
ジョグノートで計ったら2.8キロでした。
足首は大丈夫でした。

でも、右の座骨周辺が痛かったです。

でも、なんかわかりやすい痛さ。
神経痛はよくわからないやっかいさがあるけど、
「ここが痛い」という単純な痛みのような感じがしました。
しばらくは、まだだいじにいかないといけないようですが
この長年の故障は少し快方に向かってるような気がします。

考えてみたら
ここまで長引いたのは
やっぱりしっかり休まずに
ムリして走り続けてしまっていたからだと思うんですが、
いまにして思い返したら、その休むべき期間って
1ヶ月や2ヶ月じゃなく、多分半年以上
必要だったんじゃないかなと思います。
しかもそうやって休んでも、
1年で治ったかどうだか・・・

だから、こうして3年以上も治らなかったことは
しかたがなかったと思っています。
それを承知でムリに走ってきたんです。
多分わたしは半年以上も走らないなんて、
それこそムリなことだと思います。
ま、日本代表とかじゃなく
遊びで走る一介の市民ランナーなんですから
長引いても困る訳じゃないですからね。
長引くのはそれはつらいけど
走らないよりましだと思います。

100キロに出たこともかなりのムリでしたが
思ったほどのダメージはないみたいです。

とうぶん、こんな調子でもうしばらく
故障とおつきあいしながらの遊び走りになりそうです。

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はじめてのラン

2010年10月23日 11時23分50秒 | 日記

やあ、皆の衆。
100キロの後遺症の具合はいかがですか?

100キロ走った翌日に普賢岳に
トレイルしに行く人がいたり
23キロ走る人がいたり・・・
どうかしてる人々が多い中、
わたしゃきょうまでほとんど走ってないもんね〜。

て、いばることなのかどうか、よくわかんないですが。

とにかく、おばかでかわいい愛犬ミミが
200mくらいまでしか走ってくれないので
長くてもそれくらいしか走ってませんでした。

しかたがない。
ひとりで走るか。
と、今朝、橘以来はじめて
キロ単位の距離を走りました。
1キロ。

ま、もとから故障してますからね。

玄海、橘とムリして
足首をいためてしまっていたので、
1キロでも足首が痛くなったんで、
もうしばらく、のんびりします。

なんの故障もなければ
こんなに足首を痛めると落ち込むところでしょうが
もとが3年も故障したまんまなので
ああ、こんどは足首か
と、痛いところがちょっと増えたくらいで
たいしたことに感じません。

それよりも、
ちょっと、聞いてよ、おくさん〜。

そもそもからだのバランスが崩れてきて
座骨神経痛が出て来た原因は
姿勢が悪くて
体幹部の姿勢をよく保つための筋肉が
極端に弱かったせいだというのがわかったので
せつかくなので
この機会に姿勢を正そうじゃないのっ!!
と、一大決心をして
いま、大改造計画進行中なのでありますっ!

どうだ、すごいだろぉ〜。

て、たいそうなことはしてないんですけどね。

腹筋背筋の筋トレと
歩いたり走ったりしたときに
よい姿勢を意識して
からだのバランスを保つようにしたり
てなことを
地味にがんばってます。

すこ〜しずつよい姿勢を保てるようになってきました。
このままがんばっていければ
座骨神経痛のほうもよくなるのではないかな。

そうそう、
ま〜だ橘をひっぱりますが、
大会中のわたしの写真を走友が写してくれてました。

993fw
いってきま〜す。

463fw
57キロ島原エイドに到着。


95キロ最終関門。

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てくてく歩き

2010年10月19日 18時13分34秒 | 日記

きょうは、パキスタンの山岳地方の村に
文化的支援をしているNGO代表の人との絵本のことで
話し合いをしに天神に行ってきました。
話はまだまだまとまらず、
いつ本になるか見通しも立たない状態ですが
ことが進みだしたら、がんばって力になりたいなと思っています。

んで、帰りは歩いて帰ってきました。
橘以来の運動らしい運動です。

おばかでかわいい愛犬ミミとのおさんぽ以外
ほとんど歩きさえせず、橘の疲れを取ろうと
だいじにしてきてましたからね〜。
でも、ビールは相変わらず飲んでるんで
日に日に重みを増してくるからだに
少々あせりを感じてました。
でも、これくらいじゃあ減らんよね。

ま、ぼちぼちいきます。

あ、一枚
娘の撮ったベストショットを。

夕方、撮影したときに
フラッシュに思わずこんなになったミミしゃんでした。

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橘湾岸島原ステージ完走記5

2010年10月15日 12時55分25秒 | 大会記

雲仙エイドを出たらすぐ森の中の自然歩道を行きます。
いわゆるトレイルですが、
歩いたんで、ただの山歩きでした。
涼しくて気持ちいいです。
土の路面が足に優しいです。

林道を出たところで
まだ走れるhirasueさんには「先に行ってください」と言いました。

わたしもあとを追って走ってみました。
走れました。
なんとか走れました。
痛みはあるものの
雲仙までののぼりのときの激しい痛みが消えてました。

幹線道路に出たら
脇をサポートカーが走り去って行きました。
「がんばれ!」と言われた気がしました。

かなり走らないと最終関門には間に合いません。
ここまできたら、間に合うかどうかはともかく
がんばれるだけがんばってみよう。

いや、関門を通過したい!

腕を大きく動かして
走りました。

がんばる。
できるだけがんばってみる。

幹線から別れ
389号線に入ります。
下りがきつくなりました。
ずだだだぁ〜〜〜!!と勢いのまま走りました。
なぜか、走れました。
キロ4分台くらいで走れてる感覚がありました。
きついカーブを6つ回れば分岐です。
全部走ろう。
カーブを数えながら進みました。
Dscn2049
95キロ通過です。
16時45分。
最後の表示です。
この表示を見るたびに元気が出ました。
hirataさん、ありがとうございました。

Dscn2052
だんだん日が傾いてきました。


残り3キロを切りました。
橘湾に夕陽が映えます。

あと2キロくらいのところで
お迎えランにやってきたkimiさんと合流し、
4人で行進です。

小浜の町に下りた頃には
だいぶ薄暗がりになってきました。
遠くにゴールが見えて
人がたくさんいるのが見えました。

inaちゃんとhirasueさんと3人で
手をつないでゴールしました。

21時間15分の橘湾岸の旅が終わりました。


いまできるかぎりのがんばりをしたと思います。
こうしかできなかったいまの状態をあらためてくやしく思います。

苦しく、くやしい101.5キロでしたが
それでも、楽しくいい一日になったな〜と思います。

これからしばらくはおとなしくします。
また100m走るてなレベルからはじめます。
がんばって治します。

ボラのみなさん、共に走ったみなさん
ありがとうございました。

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橘湾岸島原ステージ完走記4

2010年10月15日 12時13分07秒 | 大会記

最初は衝撃が少ないようにと歩いてたんですが
急なくだりでは歩いたって
ついつい「だんっだんっ」と強い着地になってしまいます。
坂の傾斜のあるところでの
歩きによる足首のひねりも気になります。
ひょっとして小さく小刻みに走って
少ない着地でたったっと進んだほうが
歩きより足首の動きが少なくてすむんじゃないか?
着地の衝撃のダメージとひねりによるダメージとで
どっちがマシだ?
などといろいろ考えながら歩いてみたり
走ってみたり・・・・

とはいえ、どえりゃあ景色なんです、ここ。
Dscn2038
中央の建物は大火砕流で被災した
大野木場小学校跡です。

なんだかんだと忙しくも苦しい下りがおわると
69.6キロ地点に無人エイドがありました。
ちょうどスタッフのryojiさんが来て
補給の買って来たばかりの冷たいコーラをくれました。
そこでnisidaさんやokaさん、maemuraさんたちと
合流しました。

Dscn2041
75キロ通過。
11時48分。

こうして距離を通過するたびに
ここまで来れたなという喜びを感じました。
hirataさん、ありがとうっ!

がっつさんが軽快に走って追い抜きながら
「計画通りに進めてますか?」と声をかけてきました。
「まずまずです」と答えました。

走りたいな〜。

また座り込んでさらにテーピングを厚くしました。
このところはぜんぜん走れません。
着地の衝撃が痛くて走れません。
これで少しは走れるようにならないかな。
なんとか俵石エイドにはたどり着きたい。

でも、だんだんに走るどころか歩くのも辛くなってきました。
痛みに波があって、強いときは
着地の瞬間ずーんと腰あたりまで痛みが走り、
力を入れられません。
はよ、エイドに行ってリタイアしよう。

さぁみんが小さく小刻みなピッチで坂を登ってきました。
「雲仙までは行きぃ。」
と言いました。

うん、雲仙までは行こう。

なぜかそう思ってしまいました。

それからしばらくして俵石展望所エイドに着きました。
ぜんざいをいただいたら少し元気がもどりました。
「ムリせんでね」という抹茶んの声に送られて
出発してしまいました。

すでにそうとうムリしてるよね。
ああ、またリタイアしきらんでだらだら進んでる。
でも、出発したからには雲仙までは
たどり着かにゃあ。

痛み止めを飲みたい。
inaちゃんから24時間分の痛み止めをもらい
最低4時間間隔ということで
4時間おきにここまで飲んできていました。
1個、落としてしまって
残りは1個しかない。
どこで飲もう?
飲んでも効くかどうか・・・

ひたすら痛みとの戦いになってしまってました。
歩くのでせいいっぱい。
こうしてあとから思い返せば
リタイアすべき状態だったと思いますが、
とにかく雲仙に行かなきゃ、
と思ってました。
雲仙でリタイアしよう。

Dscn2044
14時46分でした。
雲仙の関門に間に合いそうです。

すぐに雲仙の温泉街に来ました。
地獄めぐりをしないといけません。
もう、じゅうぶんここまで地獄だったようなんですけど・・・

で、また道を横断しないといけません。
スキを見て渡ってたら車が来ました。
あわてて走りました。

あれ?走れたよ、いま。

うしろからhirasueさんが来ました。
地獄めぐりの遊歩道は歩くと大会ルールにあるので
一緒に歩いて行きました。
Dscn2047
雲仙エイドに着きました。
15時10分。

ボラも含めて橘湾岸には
春と秋あわせて6回出てますが
7回目にしてはじめてこの雲仙エイドに来ました。
初参加のランナーのときは
この地点はワープしてて
ボラのときはエイド業務の都合で寄れなかったんです。
これで思い残すことはない。

トイレに行って少し痛みが減ってるのを感じました。
どうしよう。

「ここを出たら林道は最低でも抜けないと
収容してもらえないんですよね。
どこでリタイアしたら都合がいいかな?」
と言ってるとmatuoさんが
「ここがいい」と耳元でひそひそ言ってきました。

だれもがんばれとか行くべきだとか言いません。
ただ、応援する気持ちをもっていてくれることが
なぜだか伝わってきます。

行ってみるか。

クーラーボックスの中の氷を
痛む右足のソックスに挟み込みました。

林道が不安だったので
hirasueさんにひっついて出発しました。
出発してしまいました。

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橘湾岸島原ステージ完走記3

2010年10月14日 17時01分41秒 | 大会記

水無川手前の道の駅ふかえ前のエイドにつきました。
足首が痛くなって来てましたが
予定より1時間早く各ポイントを通過できてたので
かなり気持ちには余裕がありました。

Dscn1993
少し進んだ先の漁港の夜明け。

できるだけ走る歩数が歩く歩数と同じより
下回らないようにしたかったけど
状態がよくなく、このへんからは
歩くほうが多くなりました。

島原の市街地に入ってからは
少し休もうと思って
お城までは歩くことにしました。
歩いているうちに回復するかもしれない。

Dscn1995
お城へののぼり。

Dscn2000
着きました〜。
57キロ地点中間エイド。
7時22分。

ここには8時までには着きたかったので
余裕でセ〜フっ!

ここからひびきちゃん、さぁみんは
ボラからランナーにへーんしんっ!
それにかんみちゃんに会いました。

ちょっとはゆっくりしたいけど
どうも状態が悪くなって来てたので
これからは苦戦しそうだ。
具雑煮とかんざらしをいただいて
トイレを済ませてそそくさと出発しました。

Dscn2006
だんだん坂がきつくなって
歩きに徹することにしました。
な〜んていうとかっこいいけど
正直にいえば走る根性がなくなりました・・・

Dscn2010

まだまだのぼりは続きます。

Dscn2016
峠のピークです。
平成新山が目の前です。
もうすぐエイドです。

Dscn2020
65キロ。9時31分。

さあ、ここからが地獄の下りで〜す。
この足でどうやって下りゃあいいんだ?

この大会一番の絶景のなかで
約4キロ、試行錯誤の下りがはじまりました。

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橘湾岸島原ステージ完走記2

2010年10月13日 12時16分44秒 | 大会記

10月9日21時にひとり走り出しました。
これから21時間を越える長い旅がはじまりました。

が、
じつはおろおろしてる間にスタートしてしまい、
覚悟だの心の準備などなにもなく
ただなんとなぁ〜く走りだしていた・・・・
という間の抜けたスタートだったのよねぇ。

走り出して少しして、
「ああ、やっぱよう動かん」
とがっかりしたと同時に
「それでもなんとか進んで行こう」
とこれからの道中を思いました。
で、少し走ってムリしないように
100走って100歩くを基本に
状態を考えながら
よければ400走ったところで20歩いたり
きつければ20走って100歩くというように
ずっと数を数えながら進んで行きました。

Dscn1971
海を見ると遠くにあかりが見えます。
漁り火か?対岸の町の灯か?

故障で体のバランスが悪くて
足下に目線を落とすと走りやすいという状態なのもあって、
ほとんど下を見て走ってました。

大会の地図は、
親切にところどころバス停の地名と距離が表示してあり
それをたよりに進みました。
どうやらキロ8分台で進めているようでした。
だとしたら、第一エイドは設営は間に合わないな。
「いいから」とは言っておいたけど、
スタッフはがんばって間に合わせようとするんじゃないかな。
申し訳ないな。

もしかしたら第一チェックポイントも間に合わないかもしれない。

でも、貯金作りたいから
できるだけ前半はがんばりたい。

そんなことを考えてると、
路面にエイド0.5キロという表示がありました。
山口から毎年参加されているhirataさんが
石膏まみれになって書いて来てくれたんでした。
ありがたいことです。
感激してるうちに
第一エイド津波見バス停13.6キロ地点に着きました。
Dscn1973
15キロ地点通過です。
hirataさん、ありがとぉっ!
23時14分。

Dscn1977
25キロ通過。1時10分。

トミーさんが追いついて来てきました。
ついついほっとして歩きまくりました。

トミーさんは「原城で中華粥を食べてるね」
と言って先に行きました。

Dscn1979

Dscn1981
35キロ通過。3時09分。

まだまだ夜は明けないな〜。

Dscn1987
堂崎のエイド。
トマトのゼリーをいただきました。

Dscn1989
50キロ通過。5時59分。

もうすぐエイドです。

どんだけ数を数えたかな。
ここまでなんとか、走れたら走るようにして
進んで来れました。

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橘湾岸島原ステージ完走記1

2010年10月12日 17時41分25秒 | 大会記

どーもぉー。
みなさん、筋肉痛の具合はいかがですか?

今回、3週間ぽっきりで2つ100キロ参加しましたが、
こんな過密スケジュールは
べつに好き好んでそうしたわけでもなく、
チャレンジャー精神を大々的に発揮したわけでもなく、
ただ、
玄海は最後だわ、
橘は来年はボラするって決めてるわで、
今年走るしかないってんで
しょうことなしにこうなってしもうたんでした。

2つとも時間外とはいえ
完踏することができました。
これはひとえにこのふたつの大会が
時間かかっても最後まで行こうとするランナーに
走ることを認めてくれる寛大な大会だからこそでした。
感謝感謝です。

記録的、内容的にはともかく
これで8回の100キロ参加で4回完走となりました。

ちなみに、これまでの100キロの記録は
2004年 阿蘇カルデラ 13時間22分
2004年 国東100キロ 50キロ地点リタイア
2005年 阿蘇カルデラ 83キロ地点リタイア
2006年 阿蘇カルデラ 13時間27分
2007年 橘湾岸島原ステージ 途中約12キロをスタッフ車でワープ後ゴール
2009年 阿蘇カルデラ 29キロリタイア
2010年 玄海100キロ 時間外完走20時間20分
2010年 橘湾岸島原ステージ 時間外完走21時間30分
と、なりました。
4勝4敗の5分です。
何度も言いますが、
記録的、内容的にはともかくもです。

で、しばらくは大会参加もなく
ぼちぼちと疲れを取って回復させていきたいと思います。
んで、故障を治して
来年の阿蘇を目標にしてがんばっていきたいなと思っています。

と、前置きが長くなったので
きょうはここまで。

じゃなくて、ちったあ完走記を書きましょう。
完ぽ記じゃなく、今回は完走記です。
たくさん歩いたけど、走るのもたくさんできたので。

写真をアップしています。
Yahooフォトへ

さてさて、
10月9日は、11時半に家を出て
どこもかしこも渋滞で
福岡県から出るだけで1時間以上かかってしまい、
受付会場の小浜に着いたのは
4時半を過ぎてました。
Dscn1969
諫早干潟の堤防道路。正面が島原半島。

着いたら、故障等で思うように走れないランナーのために
9時スタートを用意してくれていました。
早すぎるのでスタッフに迷惑をかけてしまうと
迷ったんですが、玄海より厳しいこのコースで
玄海と同じ時間でたどり着けるとは到底思えず、
お言葉に甘えて9時のチョーチョーアーリーを選択させてもらいました。
9時スタートはわたしひとりでした。
玄海で共にゴールしたinaちゃんも
9時を勧められていましたが
なんとなくinaちゃんはわたしより走れる気がしたので
10時で大丈夫だよと言いました。
inaちゃんは10時を選択しました。

・・・となると、スタートまであと4時間半だ。
あせりながら、準備をしてから
うどんをいただいたり
受付を手伝ったりしてるうちに時間になりました。
「ほら、時間だよ」とせかされながらスタートゲートに行き
時間を待ってるうちに「たこさんを見送らなきゃ」と
わらわらとたくさんランナーが出て来ました。
恐縮だし、はずかしくて、おろおろしてるうちに9時になり
コーセーさんの鳴らすクラッカーの音を合図に
大勢さんに見送られて
ひとりスタートしました。
101009_205917

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ただいま〜

2010年10月11日 19時10分06秒 | 日記

3時頃に帰って来てたんですが
グ−スカピー・・・・

で、さっき起きました。

10月9日の21時にスタートし、
10月10日18時半ごろ(?)ゴールしました。
玄海を上回る21時間半かかってしまいましたが、
101.5キロを無事(?)完走することができました。

ご心配おかけし、
応援していただき、
ほんとうにありがとうございました。

家事しないといけないので
レスはまたのちほど。
みなさん、ありがとうございます。


ゴール手前3キロ

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