シャンソン歌手

シャンソンの好きな方 ようこそ !

シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 暖かい愛のシャンソンギフト

2014年06月15日 02時35分53秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 暖かい愛のシャンソンギフト



2日前
薄ら寒い午後
庭のアジサイに 雨が強く打ち付け
輝く七色の色彩を見ながら
「あー 私は 何故 一人なのだろう―」と
思っていたら

マダム藤倉から 派手なので お助け下さい・・と
言う内容のメッセージと 共に
新品のエトロの ブラウスや エルメスの夏柄のスカーフが届き

あったかい気持ちになりました。
肌寒さの 肩に ブラウスのシルクの優しさは
ホロッと 涙・・・・・ありがとうございます。


ハイセンスのブラウス二枚を 色々なパターンで
自宅ファッションショー
してみて 楽しみました。

パリに行くたびに 街で買い物はするものの
最近は 日本でも 直感的に 求めてしまいますが
マダムの様な ブランドの高品質の服は もう長い間
購入していないなー
あー 還暦に近いのだから
少し 見習って これからは 衝動買いではなくて考えよう・・・

孫にも衣装・・・・エトロを着ると 私でも カッコイイ・・・マダム
に変身・・・・
父母は他界 夫も無し 恋人も無し・・・なのに
何故か 私は 身に余る 愛を頂けています。
感謝です。





シャンソン歌手 リリ・レイLILI LEY 麻布十番続きスタジオパリ祭稽古

2014年06月15日 02時32分08秒 | Weblog
シャンソン歌手 リリ・レイLILI LEY 麻布十番続きスタジオパリ祭稽古


久しぶりに 太陽と青空の暑さの一日でした。
庭に出した ハイビスカスが 二輪 真っ赤に咲きました。
紫陽花は 雨に濡れないと しょぼしょぼ して 見えます。

夕方の涼風は ちょっと高原の風のように 気持ち良く感じます。
夜の闇のなかで 花達を写真撮影・・・

昼間は お稽古を早めに切り上げて
少し練習して 麻布十番まで マイカーでびゅびゆーん。
私の車の中に 自家製のコーヒーを持ち込み
煙草を吸い サンドイッチも 持ち込み
歌ったり 食べたり 飲んだり 吸ったり の 自宅気分です。
麻布十番までは一時間半の道程。

昔々は
新幹線の中 飛行機の中 どこでも煙草はすえたけれど
歌は 歌えませんでした。
今は
煙草も歌も ダブルで駄目な世界。
私にとって
歌える移動手段・・・車・・・は 長年 必需品です。

スタジオでは 一時間位 自分の番まで 待ちましたけれど
前に 女優さんの高畑さんという方が
バンド合わせして 歌っているのを聞けて
「あー 流石に 女優さんの表現力は シャンソンだわー
歌詞の 日本語が適切に表現されていて 胸にしみるわー」

バルバラの 私の最も美しい恋物語 というシャンソンは
フランス語の 原詩では 
バルバラが 舞台に聞きに見える観客に対しての思いの歌で

<皆様方が 私の最も美しい恋物語です。ここに 私を聞きにいらしてくださって
ありがとうございます・・・・>
という歌詞なのですが

その曲に 全く作詞した言葉がついている 歌を 歌っていらっしゃいました。
日本語が 良く聞き取れたので
内容は 
19才の時 不良だったけれど 美人だったから モテテ
人生なんてちょろいと思っていた。
プロポーズされた男性があまりに真剣で震えていたので
嬉しくて 結婚したけれど
五年たったら 止めていた煙草をはじめちゃった。
旦那が 七回浮気して 自分は三回浮気したけれど
ある日 旦那が 聞いたことも無い病気になり
火葬場の白い煙を見て
空き缶のように 大声で泣いた
人生って 切なくて むなしい

みたいな 内容でしたから・・・・・あれぇー
メロディーが 美しいバルバラの曲に 割と世俗的な内容の詩・・・
なのに
やはり 女優さんが歌うと セリフ調で説得力があり
私も 空き缶の様に 大口開いて 聞き惚れました。

色々な方のバンド リハーサルも聞けて楽しかったです。
自分が歌う時も 楽しかったです。
ウドンコさんの ラテンのアレンジは のりのり で
間奏8小節の踊りも 多佳子さんの振り付けは 最高!!!!!

つづきスタジオの大きな 壁鏡に 映して 自分の振りをチェックして
あー 絶対 私は ラテンの女だわー
そういえば
ベルギーで リサイタルしたとき スペイン歌曲 スペイン語で
歌ったら
スペイン人ですか? とか 聞かれちゃたし
スペイン人の指揮者に 
あの頃は 若かったから モテタ・・・

しかしながら モテル・・・ということは どういう事なのか??????
今 こうして 一人独居自由人生しているという事は
結局のところ モテなかった という事ですから・・・
結果 モテない女の私という事です。

やはり 一生涯通して いつも隣に男性がいるという事
恋人でも 旦那でも 
それが モテルということでは ないかなーと 今は思っています。

モテルという 言葉自体が この年になると
ちょっと 世俗的で 品が無いように感じ
人生も60年近く経つと 人間愛とか 動物愛とか 植物愛とか
興味の対象が 普遍化してくるものなのかもねー
空き缶のように 口を開けて 本日は
深夜練習は しないで 早目に寝ちゃおーっと。
空き缶は 私の頭の中かも・・ケセラセラ能天気・・・・