シャンソン歌手

シャンソンの好きな方 ようこそ !

シャンソン歌手 リリ・レイ LILI LEY

2010年05月31日 02時45分32秒 | Weblog
シャンソン歌手 リリ・レイ日本シャンソン館

芦野先生 が デュエットで いつの日か パリへを
一緒に 歌ってくださいました。ありがとうございます。
デュエットすると とても 良くハモります。
先生は 音程がとても 良く リズム感も 良く
声質は 30代のままで素晴らしいです。
声が ゆれないし ピッチが良く 歯切れも良いし
超人です。
私は 一応 メゾソプラノで いつも ソプラノを支えるパートだったので
アンサンブルは 得意です。
そして
芸大で 学んだ 声の楽器としての 発声 音色
が 同じなので デュエットは 評判が良いです。
やはり 先生は 私の恩師であり 尊敬する芸大の先輩です。
芸代魂が 凄いです。
年齢を考えると 私には 不可能かもしれない
偉業を達成されています。つまり 声の維持 管理。

伴奏にいらしてくださる 松川裕さんの伴奏は
いつも 歌いやすく 舞台を自由に泳げるので 感謝です。

シャンソン歌手 リリ・レイ Lili Ley 長坂 玲

2010年05月31日 02時24分39秒 | Weblog
シャンソン歌手 日本シャンソン館の薔薇

5月30日日曜日 寒い雨のシャンソン館は 薔薇の美しい気が
漂い 私を幸せにしてくれました。
もちろん 人間力 芦野宏先生の 優しさ 穏やかさ 暖かさ
奥様や 副館長 スタッフの 細かい 気遣い 気配り そして
なにより お客様達の 純粋なシャンソンを聞きに来る情熱
シャンソンファンの 聞く方々あっての シャンソンですから。
東京から 聞きに来てくださる方にも 心から感謝しています。

東京新聞が 私に取材に見えたとき
こう 言われました。
「リリ・レイさん 荻窪のベルエポックが潰れて 聞きに来る
お客様が居ないからだと 記事が新聞に出ましたね。
銀座シャンソンうた祭を 無料で聞けると言う 企画を三年も
つづけるのは シャンソンの灯火を消さない為の 努力ですね。」
勿論です。
私は 自分の銀座の店で
お食事を召し上がる方は リリ・レイのライブを無料にしています。

そうです。芦野宏先生の 日本シャンソン館では
私と 芦野宏先生のシャンソンライブショー
午前と午後二回聞いて 500円ですよ。
生きて食べていく事より 霞のような 夢追い人。
とかく
お金に余裕があるから・・・という言葉が 聞こえますが 違います。
本当の芸術品は
聞く人の目と 耳で 値段がつくのです。無料でも 一億でも その人が好きなら
その人の値段なのです。
そして 自分自身 私の価値は 無料。無色。自分では 価値は分からないから。
だって
まだ 未熟だと きっと私は死ぬまで 思うとおもいます。
マリアカラスを聞いてしまったから。

シャンソン歌手リリ・レイの東京シャンソンアカデミー

2010年05月31日 01時53分25秒 | Weblog
シャンソン歌手 内幸町ホール コンサート
リリ・レイと生徒達のチャリティーコンサート5月30日

今年は 1月 3月 に続き 三回目のコンサート
素晴らしい 皆さんから お褒め頂く 芸術性高い 音楽的な
そして 心にしみ 心が癒され 幸せになれるコンサートになりました。
この コンサートに いらした方は きっと 皆さん
幸せな眠りにつけたことでしょう。
生の コンサートにすぐるものは 無いです。
CD録音は 生きていないから・・・生のコンサート程 鋭気を いただけるものは
ありません。人間力です。
元気になりたい人は よく勉強した職人芸のコンサートを聴くと
まず その方のエネルギーを 頂けますよ。

私は リハーサルと本番で 生徒さんの歌う曲 六十曲を
2時から 9時半まで 聴きましたけれど
まったく 飽きませんでしたし 癒されました。
凄いパワーです。一人一人の 勉強して練習した気合が
強烈な 気 となり 私に襲い掛かります。
こんな事を 感じられるのは あまり無い事です。
それにしても
プログラム作りは 大変な作業です。
なぜなら 映画や 文学と同じように コンサートも 起承転結があり
最初から 最後まで 出演者が 全員 役者なので
お客様が飽きないように・・・・つまり 聞いている私自身が
飽きずに わくわくするように 構成しています。
司会と解説は 私。
今回は 全員 原語でした。
フランス語 イタリア語。
嘘偽り無く 手前味噌でなく 私の生徒さんは 私の自慢の
薔薇の花々です。ほんとうに 凄い。
感謝しています。教えた技術 教えた音楽性 発声 ディクション
演技 品格
よく ここまで 勉強し 努力し 舞台の恐怖を 乗り越えましたね。
ブラボー ブラボー
プロより 上手い方 何人もいらっしゃいました。
あとは 継続 そして レパートリー
最後に一番大切なこと。それは 音楽を通して 又は
人間として どれだけの 愛を 家族 と まわりの方々に 与えられるかどうか。
優しい言葉をかけること 優しい音色 励ましの音色を奏でる事。
音楽家は 自分の為に歌うのでも 演奏するのでもなく
人々の心の平和の為に 演奏するのですから・・・・・

チャリティコンサート プログラム
( 20010・5・29  於:内幸町ホール )
1  永瀬 勝太郎  ディオ・コメティアモ  セシボン
2  田中 博子   街  角        パダム・パダム
3  石高 久子   人の気も知らないで   美しい恋の物語     
4  大塚 奈美   悲しみのヴェニス    すみれの花咲く頃    
5  蒲沢 しげこ  バルバラ        リオン駅        
6  渡部 克子   モンマルトルの丘    パリは不思議
7  城野 智子   さくらんぼの実る頃   黒い鷲         
8  ガブリエラH.B ジャヴァネーズ      水に流して       
9  伊藤 雅治   コメプリマ        恋 心
10  中川 筒音子  待ちましょう       バラ色の人生      
11  大脇 彩    メランコリー       メア・キュルパ     
12  鈴村 好恵   聞かせてよ愛の言葉を   さよならを教えて
13  石垣 直子   ディオ・コメティアモ   アコーディオン弾き   
14  岡島 由起子  ラストダンスは私に    シェルブールの雨傘   
15  立川 京一   パリのミュジックホール  モンディユ


16 リリ・レイ 
群集
家へ帰るのが怖い
サンタマンの森の中
六月のオルタンシア
枯葉 

東京シャンソンアカデミー

シャンソン歌手 リリ・レイ 長坂 玲 Lili Ley

2010年05月31日 01時22分48秒 | Weblog
シャンソン歌手 リリ・レイ 週末
金曜の夜 シャンパーニュ

怖いくらい スケジュールが タイトな スリリングな 五月末の週末も
恙無く 終わると 「なんで あんなに 私は びくびくしていたのだろうか?
なんで 私は あんなに 健康 体力 歌唱に 自信がなくおそれていたのだろうか」
と 自分の臆病心や 恐怖心が 笑えてきます。
飛び込んでしまえば 時間が解決してくれる 日々・・・・
私は 血液型がO型 の癖に 結構臆病なのは 未年のせいかしらとも
思うほど 大胆で 過密な スケジュールや仕事 をぎゅう詰めにしてしまい
その後 四苦八苦して 時間切れにならないように
あたふた 走り回るタイプです。
そのくせ ケセラセラになれず 仕事師 職人気質なので 極力 きちんとした
仕事をしたいので 過密な すし詰め状況の 毎日を
楽しみながら かつ 恐れ 慌て 焦り
なんとか 無事に生きてこれて居ます。感謝の日々です。

金曜日は 深夜 私の弾き語りのシャンソンを聞く事と シャンパンを
飲む事が 仕事のストレス発散で元気の元だとおっしゃる
ビジネスマン の女性画商 の お誘いで 深夜十二時
お店の後 銀座シャンパンバーへ行き
初めての リュイナールという カベルネ ソーヴィ二ヨンだけで
出来たシャンパンを とある 銀座のシャンパンバーで
ご相伴にあずかりました。
素晴らしい 優しい味 美しい ボトルの姿に 私も 癒されていました。
ありがとう・・・・
男性と深夜 デートするなんて事は 無いのに 女性とのデート
深夜 2時 お店へ戻り 気絶してしまいました。
そして 朝 自宅へ戻りました。いわゆる 朝帰りです。
大慌てで 土曜日 日曜日 のコンサートの支度をして 又銀座の店へ・・・・直行

シャンソン歌手リリ・レイ長坂 玲

2010年05月28日 11時41分42秒 | Weblog
シャンソン歌手

毎日 気温が 十度以上変化しますね。
お店の夜も めちゃくちゃ混む日と まったく 誰も見えない日と
変化に富んでいます。
誰も居ない お店は 私の練習時間。
今年も 舞台で歌う曲の 演出 構成 音楽作り
音楽家は 肉体労働者・・・・です。
体力勝負。とにかく 体は 甘やかさないと
とても 滑らかに 俊敏に 動いてくれます。
シャンソンは たった三分の 勝負ですから
日常生活の気遣い 気配り 生き方が 全て舞台に 出てしまいます。
そして 舞台は 待ち時間も長いし 周りの方々への
気遣い 配慮 包容力 などの 歌以外の 場も長いので
わたしは 普段から せっせ せっせ と 体を動かし
ハイヒールで 動き回ります。
ときどき 深夜 疲れて お店の客席で 気絶したように
寝てしまう事もありますが・・・・
健康に 感謝です。



シャンソン歌手リリ・レイ長坂 玲

2010年05月26日 11時43分07秒 | Weblog
シャンソン歌手 練習

今年も 毎日の店のライブ 弾き語りのほかに
大舞台の 本番が たくさんあり 感謝の日々です。
NHKホールで歌う たった1曲も 私にとっては ほんとうに
有難い 舞台です。
今から 構想 音楽性 演出 声の色を 考え 悩み 試行錯誤しています。
トンネルの中に 入ってしまったように
大ホールで しかも バンドやオーケストラ伴奏で歌う場合は
シャンソンの場合・・・・悩みます。
語るように歌うシャンソンが 怒鳴り声にならないように
しかも かき消されないように・・・と。

今週末 29日 土曜日の 内幸町ホールの 五曲
翌日の日曜日 日本シャンソン館での 十二曲
いくら 覚えていて 何度も歌ったシャンソンでも
毎度 練習し直さないと
心配ですし 心は どんな時も不安で ワクワク。
音楽への奉仕は 私の場合
自分の為にしているのではなくなってしまいました。
よく
「好きなことが仕事で 良かったですね」と言われる事が多いですが
確かに 好きだから
三歳から 半世紀も 音楽の勉強をし続けられているのですけれど
決して 過去の音学歴だけでは 現在の力が維持できません。
ますます 音楽センス 人間磨きを 続けないと
音楽性 深み 洞察力 包容力が 出てきません。
大舞台での 数分の 力は 人間が人間に与える愛の力だから。
人々の平和と安らぎと 幸福が 音楽家の使命。

シャンソン歌手リリ・レイ 長坂 玲

2010年05月25日 11時00分15秒 | Weblog
シャンソン歌手

雨 の日々が続いたり

太陽が照り 夏のようになったり
五月は 寒かったり 暑すぎたり
私の 肉体の細胞も 膨らんだり 縮んだり・・・
あっという間に もう 来週は 六月。

十年前頃に 銀座ヤマハホールの 私のリサイタルで
歌ったバルバラの 「サンタマンの森の中」フランス語の
早口言葉みたいな 素敵な歌ですが
久しぶりに 勉強していたら フランス語の口と 舌が回らなくて
苦労しています。今週末 内幸町ホールで歌うのですが
参りました。
色々な レパートリーも 歌わないと 直ぐに退化するので
いつも びくびくしています。
私のように 店やホールで
本番が 毎日あると言う事は
つまり 練習時間が減ると言う事です。
本番が無いと 歌は 上手くなれない。
お客様あっての 歌手ですから。
その辺が 苦しみです。
練習 本番 反省・・・練習。

シャンソン歌手リリ・レイの東京シャンソンアカデミー

2010年05月24日 03時01分43秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイの 店 シャンソニエ マダムREI 和食窓

今週は 本当に慌しく まさに 一分の休み無く 追われていました。
まず 毎日の私の昼の部は 教える仕事ですが
生徒さんが 一生懸命に レッスンに通ってくれています。
皆さん 上手いです。
今月29日内幸町ホールでの 恒例
「リリ・レイと生徒達のチャリティーコンサート」があるので
生徒さんたちの レッスンに 真剣勝負。びっちり 毎日
月曜から 日曜日まで・・・・ピアノ伴奏を 弾きっぱなしです。
土曜日は
NHKパリ祭の 顔合わせ 練習もありました。
中央区が 銀座シャンソンうた祭の後援をして下さるので
中央区区役所へ 区長と面会へも行かなければなりませんでした。

夜の部は お店のママさんで 歌手になります。
今週はずーっと
有難い悲鳴の 連日 満員御礼。
特に 木曜日 ミシガン州立大学の物流科の 学生24人が
和食を召し上がりにいらして お給仕などを一人でこなしました。
板長も 朝十時から 夜終電まで 一人で 丁寧なお料理を
作り 盛り付け 片付け 足が攣ったそうですが
私も 最後にシャンソンを歌い お客様をお見送りして 気絶状態
でした。
二人で24人の お客様を こなすのは やはり 限界ですが
今 ベテラン アシスタントの女性が 癌の手術をしていて
お店の業務は 時々 混んだ時 私の体力の限界に達する事もあります。
でも
これも 考えようで サービス業の気配り 目利き 瞬発力 体力
包容力 笑顔 会話力などの全ては
歌手の 技術と とても 似ていて 毎日 やればやるほど
上手くなるのです。

ミシガン大学の学生達は 恒例で 毎年一回 この次期に
当店の和食を 楽しんでくださるので
写真のロス先生(この方は ダイアナロスの親戚)と一年に一回
会えるのも嬉しいです。お店をやっているからの幸せです。
アメリカ人の第二外国語は
ほぼ スペイン語だそうですが 数人フランス語を話せる学生が居て
私とフランス語で話してくれたり シャンソンを喜んでくれたりしました。
アメリカ人学生が 和食の技と フランス語シャンソンを
日本の銀座で 満喫して きっと 良い経験になると思います。

私の人生は 不思議な人生です。
望んだわけでもなく 運命的に 職業は
シャンソン歌手 で お店屋さんで 先生で コンサートなどの主催業。
全部 楽しくて 全部 欲張って動く程 どれもバランスよく
人間として 幸せになっていきます。
昔 鳥居型人間はバランスよい・・・・と教えられた事があります。
人生には 生活の為の仕事が二つと 趣味が二つ あるのが 理想で
つまり 神社の鳥居のような バランス感覚を持つと言う意味らしいです。
私の場合 仕事は 四つ
趣味は 花 料理 読書 絵と詩 曲を書くこと 四つ
ダブル鳥居型
どんどん まん丸な 心ののんびりした人間に なって行きます。
日曜日 朝 起きて 銀座へ出かけ 八時間 生徒さんにレッスンして
その後 掃除をし 店で 三時間自分の 練習をして 帰宅すると もう 月曜日。
感謝の毎日が 平和に過ぎていきます。
細かい事 つまらない事 嫌な事 跳ね除けて
ただ 今を真剣に生きる・・・・そんな感じで 又 今週も
慌しく 過ぎそうです。
土曜日は 生徒さんとの チャリティーコンサート その夜
群馬 渋川へ 移動して 前泊し 翌日 日曜日は
日本シャンソン館で 朝11:00に 歌います。
二日続けて 本番があり ドキドキ ハラハラ ワクワクします。
今週も 限りある少ない 時間を捻出して 勉強しよーっと。

シャンソン歌手リリ・レイの東京シャンソンアカデミー

2010年05月23日 03時56分25秒 | Weblog
シャンソン歌手 音楽家

音楽家 芸術家にとって 仕事は 365日24時間。
芸の ことを 全てに関連して 一日中
寝ている間も 仕事・・・音楽のことを考えています。
私は テレビと 新聞を読まなくなり
日増しに 五感は とても 活発になりました。
世俗から遠ざかると
聞こえない音 見えないもの 分からない事が
突然に 聞こえ 見え 分かりだしてくるものですねえ。
しかも 心が疲れない。だから 不思議に体も疲れない。
風邪もひかない。やたら 元気です。
勿論 世間では 口の悪い 私の心に刃を刺すような 人間との
出会いも あり 時々唖然とする事もありますが
そんな 時も 音楽療法なのか・・・・自分で 暫くすると
立ち直っています。

会社に勤めているのではないので
時間制限もなく 自由にしたいだけ仕事が出来て 嬉しい反面
労働時間は 長くなってしまいます。
一日サボると もう下手になりますから
いつも 追われて音楽と言う仕事の為だけに 生きてしまいますけれど
芸術を生業にする人は 自分が自分に勤めているわけですから
仕方ありません。
給料の為でも 上司の為でも 部下の為でもなく
芸術の為の職人。
明日 日曜日も七時間 シャンソンを教え続ける予定が入っています。
その後は 自分の練習をしましょう。
日曜日に 仕事をすると 自分の技術が進歩した気がして
幸せになります。感謝です。
これは ワーカーホリックではなくて 音楽家は みんな こんな風です。
そうそう
伊豆から習いにみえるお弟子さんから 頂いた
伊豆の太陽を浴びて育つた 「都忘れ」の 美しい花の
気が シャンソニエマダムREIを 幸せに包んでいます。


シャンソン歌手 リリ・レイ Lili Ley 長坂 玲

2010年05月22日 10時02分00秒 | Weblog
シャンソン歌手

突然に 夏になりましたねえ。
寒暖の差で 風邪をひくかたが 多いです。
わたしは まだ この三年間 ひいていないのですが
クーラーを つけると 咳が 出始めます。
太古の昔から存在する タバコ の煙より
現代の産物である
クーラーが 本当に 体を壊しそうですが
その事に 気づくのは
体を楽器にして 毎日 自分の体と 話し合いをしているからだと
思います。
歌手は 本能や 感がとても 発達してきます。


シャンソン歌手 リリ・レイ 長坂 玲 シャンソニエ と 和食 窓

2010年05月19日 10時57分58秒 | Weblog
シャンソン歌手の 楽器

歌手の体は 世界で唯一の 楽器で
持ち運び自由で 音色も自分の色です。
昔 恩師に言われました。
「趣味の悪い声は あなたの趣味が悪いからよ」って・・・
汚い声 は 楽器の使い方や 練習や管理が悪いから
センスの悪い音楽は 人間性の問題
ようは
私の声 つまり 楽器は 私の人生で 私の肉体で 心で 魂
ということです。
ピアノや ハープのように 重い持ち運びが大変な楽器ではなく
自分の体が楽器なので 伴奏が無くても どこでも
歌えますから 便利ですけれど
楽器を 弾きこなすのは大変です。
柔らかく 奥深い 包容力ある 音楽を奏でるようになれるまで
私の楽器磨きは 永遠の修行の道です。

トルコのカッパドキアの洞窟ホテルでは
コンサートは出来なかったのですが
ロビーのピアノを弾いていたら トルコ人から 小さい赤い薔薇を
手渡しされました。
楽器を弾けると 声でも ピアノでも ギターでも・・・
音楽の響きは 皆が 幸せになる 時を 与える事が出来るのです。

昨晩 お客様の男性が二人も 流暢にピアノ演奏をしてくださいました。
お一人は ビジネスマン もう一方は 大学の先生でした。
シャンソニエ マダムREI は 最近
お客様も 平和の音を クリエイトしてくださる空間です。


シャンソン歌手 リリ・レイ 長坂 玲 Lili Ley

2010年05月17日 00時26分32秒 | Weblog
シャンソン歌手の日曜日 Dimanche

最近は 日曜日の午後 シャンソンのプライベートレッスンに
見える生徒さんが多くなり 私も 張り切って
元気に銀座の店へ出かけます。
日曜コンサートなどの時も 平日と違い とても 穏やかに
安らいだ気持ちで 音楽日和に感じます。
というのも まず 業者さんや お客様の予約などの電話が
掛かってこないし ビルも 私の店以外は お休みで
とても 静か。
日曜日 は 大好き。皆が 遊んでいる時 勉強していると
ちょっと 得した気分。
休日に 仕事をすると 何だか 少し 自分に自信がもてます。
私は そんなに 才能のあるほうではないから
仕事も 勉強も 少しだけ人より多くしておかないと
置いてきぼりになる気がしている 臆病者です。
多分 厳しい父母に いつも 幼児期に
「お姉ちゃまは のんびり屋で おっちょこちょいで 気が利かないわね」などと
言われていたからかもしれません。
皆より 少しだけ 余計に 働かせていただける今の環境は
私の精神 心 体力 魂 全てに 良い影響を与えてくれています。
感謝の 日々です。
今朝は 庭の掃除もしました。冬の白いシクラメンが まだ 花盛り
ゼラニウム ブライダルベル も 花盛り
椿もまだ 咲いているし ピラカンサも 白い花を咲かせています。
葡萄の実が 今年は たくさんついています。
薔薇が 少し咲き始めました。
五月は 蚊も居なくて 一番良い季節です。

シャンソン歌手 リリ・レイ Lili Ley 長坂 玲

2010年05月15日 04時00分02秒 | Weblog
シャンソン歌手の 三越劇場

日本橋三越本店の 三越劇場内装は とても美しいです。
三日間「ポピュラー音楽祭」という コンサートは
永田文夫先生(ヒット曲 恋心の訳詩家)主催で もう何十年も
続いているイベントで 年に二回あります。
生徒の 岡島由起子さん 福江美那子さんと 私が一緒に
夜の部二部に続けて歌いました。
永田先生に お二人の生徒を推薦してから 気に入っていただき
生徒のお二人とも 昨年秋に続き しっかり 素晴らしいフランス語の
シャンソンを歌い 演じました。ブラボー ブラボー
お二人は 音程 リズム 音色 容姿 など 全て
舞台人として 基礎的な音楽レベルは 達しています。
ただ 伴奏バンドの大きな音量や リズムには
まだ慣れていないので とても 緊張していましたけれど
今回は 厳しい舞台の試練を 乗り越えて 自由にシャンソンの
醍醐味を 歌唱していました。
私も
勿論 緊張していました。昨晩はドレスの直し
今朝は 庭の掃除をしたりして 居ても立っても居られない
状況でしたけれど 舞台に立つと 全て忘れます。
黒い鷲 バルバラの作品を自分のポエムと思い 心理分析してみました。
我が家に 棟方志昴の 版画リトグラフがあるのですが
私にとっても 黒い鷲は やはり 幻の父性愛。
又は かつて愛した男性達・・・・

「昼だったか 夜だったか 池の側で うたた寝をしていた時のことです。
羽を ゆっくりと 羽ばたかせて わたしの頭上に 空が落ちてくるかのように
真っ暗にして 鷲は 側にやってきました。
目はルビー色 羽は夜の黒 額は輝き ブルーのダイアモンドの
大冠をつけていました。くちばしで 私の頬をつっついたり
首を私の腕の中に 滑り込ませてきたので 私は 唐突に 昔を思い出しました。
私は 鳥に言います。連れて行って!
子供の頃の夢のように 星を取りに!
雲の上に乗ったり 太陽に火をつけたり 楽しいことをしようよ。
でも
鷲は 又 突然に 空へ 消えていきました。
四つの羽は 夜の色。
涙なのか ルビーなのか。私は寒さを覚えました。
鷲は私を 又元のように一人にし
私に残したものは苦しみだけでした。
昼だったのか もしかすると 夜だったかもしれません。
池の側で うたた寝していた 時の お話です。」


この歌を歌うと 自分が寂しい気持ちになるので 二曲目は
ゲンズブールの さようならを教えて をリズミカルに
歌いました。私の場合 感情移入が 昔から得意で 物まねも得意。
私生活では いたって シンプルな人間なのに
音楽が鳴ると 直ぐ 別の人間が のり移ってきます。

この 体質は 芸大の恩師毛利先生
ベルギーの コンセルバトワールのミシェル・トランポン先生にも
「音楽家 舞台人として生きていきなさい」と言われた 理由です。
まだ 歌が下手な時から 恩師のおだてに乗って 何だか
本当に いつの間にか 舞台人になってしまいました。