シャンソン歌手

シャンソンの好きな方 ようこそ !

シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY あー2013年1月シャンソン

2013年01月31日 06時10分57秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY あー2013年1月シャンソン

あっという間に 今年の一月も 無事に過ぎ行きます。
あらー もう 明日は2月になるのねぇ。
インフルエンザが猛威で 周りにも予防接種したのに
かかったという方々も多くて
私は 臆病なので 怖くて仕方ないです。

水曜日は 久々に ブラボーピーパパと 会食。
マダムFUGIKURAも いらしてくださり
成城 鉄板焼き703なおみ で 山ほどステーキや 美味しい
お好み焼きや 焼き蕎麦を ばばーん と頂いた後に
なんとなんと
ブラボーパパの お宅に マダムと共に 深夜訪問してしまい
可愛い ヨークシャテリアの ANGE(あんじゅ 天使という意味)
に癒されて 素晴らしいお家で
ブラボーママ と ピーちゃんと
楽しい時間を過ごさせていただきました。

ブラボーパパ ママ ピーちゃん マダム そして私は
何かの不思議な 縁えにしで 仲良しになってしまい
親戚みたいに 和気藹々 です。
といつても 皆 自立心と 確固たる考えや人生観があるので
お互いに 尊重しあい 気遣い 干渉はせずに
とても いい感じの お付き合い コミュニケーションしています。

全員の共通点は
シャンソン仲間と言うだけですけれど
ピーちゃん宅では 昨年の有楽町ホールの
ビデオや フランス パリ公演の ユーチューブを
大きな画面で 見せていただき
ワニのような 大口で 昨年は歌っていたリリさんは
パリで修正して 長南さんの ご指摘のように
少し 小さい口になっていて
「あー 私は 細かく指導されないと 直ぐに 日本人の 悪い癖で
原語形態が 違うから フランス語には 適さない口の開き方
しているけれど 叱られると けっこう 直せているじゃない」
と 嬉しくなりました。
昨年 12月よりは 今年の一月は ずーっ 成長できました。
PARISの シャンソン家族に 感謝いたします。

我が家にはテレビは無くて DVDやビデオを見るだけの
勉強用の 小さな画面はありますけれど
小さすぎて 大口で歌っているのかどうか 見えないのです。
昨年の画像は まさに ワニの口くらい 凄いマウス!!!
まだまだ
指導してくださる方が 居ないと 駄目だわーリリさん。
でも
バレエの多佳子さんは 現役プリマドンナなのに
未だに週一度 70歳後半のプリマドンナ
の師に 習いに行っているのだから
私だって 何とかしないとねぇ。
最近 やっと 木曜日は 優先的に自分の勉強日として
一日 とることが出きる様になりましたし
パリでは ただひたすら 修行勉強出来て ありがたかったです。

この年になり まさか 天から 感謝の勉強時間を
与えられて ラッキーな リリさん。
皆さんに 私を叱ってもらい 育つ私です。
叩けば 伸びるのが 私のキャラ。
豚も おだてられて 木に登る のは 嫌だわー。
反省 猿で まだまだ 少しは マシになりたいわー。

ブラボー一家 から 帰宅したら 深夜二時過ぎ。
また 寝るのが 朝になりました。
家には 誰も居ないけれど 心は 暖かいわ。ありがとうございます。

シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 十字架Les Crois

2013年01月30日 05時03分04秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 十字架Les Crois

ジルベル べコー の 十字架は エディット・ピアフ
ダミア そして ジャックリーヌ・ダノのを 聞きました。
芦野宏先生も フランス語で歌っていらして 幾度も 生演奏を
聞いていました。
あー 全員違う 歌唱法で 全員が 違う感性で それぞれ 納得できる。

私も私なりに この解釈と この声色と表現で 一応 決め技のつもり。

歌手は 生身の人間なので その人の過去と現在が
全て 舞台に出てしまうものです。
いつも 私は「仕方ないわ 私は それ以上でも それ以下でもない」
今までの 経験 舞台歴史 人生と音楽の修行歴史しか 発揮できないもの。
一応 精一杯 考えるし 努力もしてみるけれど
たいしたこと無い 砂粒のような 私の実力では
それ程は 上手くならないもので
あっという間に 半世紀以上 生きちゃった。

これからの私は まず 肉体が 加齢とともにポンコツ化してくるであろう
と 想定して 心配性だから
若かりし頃より ずーっと 自分メンテナンスに 積極的です。

高瀬多佳子さんという 専属トレーナーみたいな モダンバレエの
先生の言う事聞いて 実は パリでも 少し復習し
先日は 掛け流し温泉の露天風呂の立ち湯 という場所で
大股開き 開脚して 筋トレ・・・変人
暖かい温泉の中で散々 筋トレしたので
本日の バレエで「玲子さん あんまり 体固くなってないじゃない」と
褒められて・・・・へっへっへ
ヤッター
でも 一ヶ月ぶりに 多佳子さんが レッスンしてくれて
肉体が 軽くて ふわふわになり何歳か 若返ったかのように
今も 楽チンですし 寒くない。眠くない。

あー 歌うことも肉体労働。舞台姿も 筋肉運動。
何もかも 継続こつこつ てくてく 諦めずに続けていくだけなのよ。
無能な私に 神は ちょつとだけ 音楽家に適した 忍耐という
性格を与えてくれました。
占いによると 私は飽き易い性格だそうですが
変化球飛ばされている限り 好奇心から 飽きずに続けるちゃう。
確かに オペラや 歌曲は38歳でやめて
シャンソンに転向して二十年
シャンソンを 夫にしてから 二十年目になるのだわ。

シャンソンと言う伴侶は 手が掛かりすぎて もー 大変よ。
けれど 尽くし甲斐はある。
まず 美しい 難しい レパートリーが多い。歴史がある。
新たなものも 次々でる。バリエーションも 表現力も
多種多彩。
男性と比べちゃ失礼だけれど 今 生身の男性に尽くす余裕は皆無。
なんで こんなに 夢中になっちゃったのだろう。

十字架の 歌詞「大きな愛と 同じくらいの 忍耐という言葉に等しい
十字架が 私の頭の中にあり その重さで 死んでしまいそうなほど」
みたいに ????
背負った 私の過去の苦と 私の罪は
今の私の愛の大きさと喜びに 等しいのかもしれない・・・・

さぁー メンテナンス大事。心身ともに晩年はメンテナンス第一で
生きようーっと。

シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 暗い日曜日 Sombre Dimanche

2013年01月29日 01時55分02秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 暗い日曜日 Sombre Dimanche
リリ・レイ 暗い日曜日を歌っている パリの劇場Cafe de la Danse

パリのYvon Chateigner イヴォン シャテニェは
リリ・レイの 歌う DAMIA 暗い日曜日が 好きだと
二年前のパリ公演のときから ずーっと 言われ続けたので
ダミアの 暗い日曜日 と 新たに 十字架Les croisを今回は
歌いましたけれど
日曜日が 暗いという気持ちは
私には 現在は 無いですが・・・・
我が妹は 日曜日から もう 翌日月曜日の仕事の事を考えて
くらーい気持ちで いわゆる ブラックサンデー 暗い日曜日だそうです。

私の経験では
何だかんだ 土曜 日曜 祭日は 働いていたり 歌っていたり
練習していたりで 年中無休精神 だったし
それが好きです。
自由業で お勤め人では ないので 自分的に 何曜日が憂鬱という
気持ちは無いのです。

告白すると 独身時代
いわゆる妻帯者と恋愛した三十代 四十代半ばまで
実は 日曜日の辛さは 経験した事があります。

一度目の独身時代 そして 結婚 あらあら 離婚
そして 二度目の独身時代10年間は
二度目の結婚までの自由恋愛の時代でしたから・・・
それに
やけに 妻帯者にモテタ 時代で・・・
そんな時
だいたいの 男性は 妻とは上手くいっていない・・と告白し
同情をかうような 甘い囁きで 私は 恋に陥るわけです。
大人の女に なり始めた時期ですし
経済的自立しているわけですから 仕事と恋愛両立が
カッコイイ などとも 浅はかにも 思っていたのよね。

でも
しっぺ返しは 必ずあります。苦しく辛く 暗い日曜日も多かったです。
日の当たらない 恋愛を 好きな人もいるかもですが
私は 駄目でした。
もー
一生涯 二度と 三角関係は 嫌だわーと 感じて
二度目の結婚したのに それも ジャジャジャ ジャーン!!!!
人生は 残酷にも 思うようには 行きません。
今度は 私が妻で ダンナが他の女性達に モテモテで 持ちっ放し。
人生のしっぺ返しで妻の立場で 暗い日曜日を 知るわけです。
日曜日も仕事???という 嘘の連続は 感の強い私には バレちゃう
けれど ベターハーフとして 見ない振りしていた。
耐えられる間はね。でも それも 無理でした。忍耐出来なかった。

好い事を 人にすれば 他から 返ってくる。
悪い事をすれば 他から 返ってくる。
善悪の判断は 人それぞれでしょうが
私の場合 もう 暗い日曜日は シャンソンで歌う以外は
こりごりで 有り得ません。
あー いまは 毎日 心に太陽が照り 心の奥底に黒点のような
鉛の重さの過去が あるのみ・・・
この 黒点は なかなか 消えない・・・仕方ないわよ。
神が与えた人生と 運命 試練と悦び ですもの。

シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 日進月歩のシャンソン舞台

2013年01月28日 03時47分33秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 日進月歩のシャンソン舞台



ダミア の Sombre Dimanche暗い日曜日


レオ・マルジャンヌのメドレー

パリに長く滞在して フランス語を話し聞き テレビも見ていると
顔の筋肉がフランス人化してきて
フランス語のシャンソンが 歌いやすくなります。
帰国してから 昨年までの私より 少し マシになっていることに
気づきます。

今回1月14日の あの素晴らしい まさに パリらしい
日本には有り得ない ホールCafe de la Danse
の為の 苦行は なんと良い人生経験だったかーと
ここのところ Leo Marjane レオ・マルジャンヌ の
六曲を 懐かしんで 歌っています。
反省点は DVDで 見て聞くと 数多過ぎて・・・もう 嫌になっちゃいます
けれども
そんな時は つい半年とか 一年前 さらに さかのぼり
四年前とか 10年前の録画を見て
「あー それでも 年々 上手くなっているし舞台姿や演技も進歩して
レパートリーも 変化しているから 継続は力で 経験は宝物だわ」
と 現在に生き 未来に生きる希望が湧きあがります。

独りよがりでは 此処まで 来れなかったです。
芦野宏先生 そして パリの長南さんに バレエの高瀬多佳子さんに
厳しく 叱られて 教えられて シャンソン舞台が
日進月歩していることと 教えられていても 思ったようには
突然には 上手くなれない・・・・
客観的に よく分かるので 繰り返しDVDを見て
自分で反省しながらも それでいて
胸に熱いものが こみあげます。
幼い頃から音楽教育してくださった 数多の恩師は
私と言う 普通の娘を 舞台歌手にしてくれて
叱ってくれて
今も 芸の精進の道しるべを 皆さんがアドヴァイスしてくださり
私を支えてくださる方々と 運命的に出会い続けている。
ラッキー リリさんは 感謝の気持ちで一杯です。

人生の目的は 本物を見つける為に求め続けることで
それは 長い勉強と修行に他ならないけれど
本物を追求するのであるならば 私には 何もかも
それほどは 辛くも無いし 音楽は唯一 自分でこつこつ
マイペースで できるから 競争が無くて嬉しいわ。
競争のない世界で自由に羽ばたけて 天国。
ただ 教えに忠実に 真面目に 自我を捨てて
芸に励めば 前へ進めるものねぇ。

DVDの私は 10年前より 若くスタイルも良くなり
姿勢 芝居 演技 歌唱も 良くなっているわ。
いつまで 成長できるか 加齢と どこまで比例して
舞台が良くなっていくのか・・・
はたまた 進化が止まり 変われなくなってしまうのか・・・
自分の歴史を 更新するのも ブログ更新と同じくらい
責任を感じ 好奇心でもあります。
人生の秋から冬の時代に突入し
リリ・レイは 愉快な人生をクリエイトして
いつも ケセラセラ妖怪でいつづけるために
シャンソン舞台人生 は なんと 心身共に平和的な芸道なのでしょうか。
難しすぎるものを 求め続けるのは 飽きないものです。
ありがたやー

シャンソン歌手 リリ・レイ LILI LEY パリのコンサート 録画DVD

2013年01月27日 07時51分11秒 | Weblog
シャンソン歌手 リリ・レイ LILI LEY パリのコンサート 録画DVD

木曜日の夜は 八時半から12時深夜まで
掛け流し 日帰り 源泉温泉へ 一人で暖まりに行きました。
先月末 朝日ホールの後に マダムFUGIKURAに
連れて行っていただき 気に入り
今回は 一人自立して 思い立ち 出かけたのは
もー 寒くて寒くて
我が家の 冷蔵庫状態のなか パリから帰国してから
体の芯が冷え切り
これは まずいわー このままでは 具合悪く鳴るかもー
しかも
パリは乾燥していたらしくて
私の足の裏は ふかふか筋肉で マメも出来ないし
天然すべすべ ぽちゃぽちゃの 足裏自慢なのに
踵の淵が 硬くなり始めている事に気づき
わー 大変 湿度不足かも。
天然温泉に二時間浸かり
海草 リンパ全身マッサージと 顔と頭のマッサージ一時間頼んで
全身を くまなく暖めて 帰宅したら
寒く感じなくなりましたし 足裏も 早めの対処で
安心 安心。

私は 感が強くて 体の異変にも直ぐ 気づき
食べ過ぎると ニキビが 出るし 注意報を 肉体が知らせてくれます。
そして
蘇りも早くて 温泉の効用は 体力増強と パワー充電。
結局 昨晩も 今日も 明け方まで 起きていても 疲れずに
行動できて 寒い病を克服しました。
昨晩は パリで撮影していただいたDVDを繰り返し見て
反省猿。
あーあ まだまだ だわー。いやだわねぇ。下手に感じちゃう。
好い所も 少しある。
LES CROIS 十字架が 一番 マシでした。

この曲は 誰のCDも聞かず 私流に アカペラで 詠い始める
ということと スタンドマイクで 歌うという作りにして
あるのですが
神にたいする 思いの歌は 私に似合っているみたい。
神が見える気がして 真摯に表現できるから・・・
自然に歌えているし 自分の言葉として 語れている。
他は
それぞれ 欠点が あり 自分的には 悔しい。

と言うわけで また ゼロからのスタートです。
舞台は練習の時のようには 上手くいかないものです。
パリでは ワイアレスのマイクではなく マイクのコードが
短くて ひっかかったり
色々 集中も出来なかったのかなー
人のせい モノのせい 環境のせい にするのは いけませんよ
リリさん!!!と 言い訳禁物 反省 ひたすら 反省せよ!!と
又 自分に叱り・・・今日は レオ ・マルジャンヌ
の シャンソンを復習練習したりしてみました。

その後 夜遅く
藤沢の妹宅に お土産届けたりしたら もう 朝七時半。
そろそろ 寝なくちゃ。
私は 妖怪みたい。
2日前 温泉で蘇り またまた20時間以上起き続け
行動し続け 眠くないし疲れないのよねぇ。
妹夫婦からも 昔から 私の体力と行動力と
寝なさ過ぎなのに 元気でサプリメント一つ飲まず
一人漫才師 ケセラセラ して大笑いばかりしているから
宇宙人 と 呼ばれています。妖怪でも 宇宙人でも
変人でも良いけれど
シャンソンが変なのは嫌だわ。
もう少し 上手くならなきゃー
昨年よりは 良くなったけれど 今年は もっと精進しよーっと。

シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリから 届いた荷物

2013年01月25日 04時27分38秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリから 届いた荷物

パリで 先週金曜日 近所の郵便局へ
重くて ヘロヘロになりながらも7キロの
コリッシモという箱 二個 空輸便で 我が家へ送ったものが
もう 木曜日に届きました。
何を 詰めたかも 忘れていましたけれど
あー 買った重い楽譜や 使用済みステージ衣装や靴
雑誌 CDと お菓子や パリのコーヒーなど。嬉しいー
パリが 追いかけてきたー

せっかく 片付いた部屋が 又 散乱してしまいました。
最近 木曜日は自分の稽古や 所要の為に
空けてあるのですが
本日は 旅の後の始末
洗濯屋さんや銀行 空の冷蔵庫に補給する食材の買出し
などで あっという間に 夜になりました。
人間一人 生きるのに 数多の日常業務があるものですねぇ。
まず 楽譜や衣料 お土産の整理整頓だけでも
バタバタ してしまいます。

アルジェリアの事件で 思い出すのは
亡き父が 石油のタンクを造る会社の副社長だったとき
私は 小学生でしたけれど
父はアフリカのコンゴ ザイール や 中東オマン など に
日本の商社と合弁で 外地に石油タンクや 施設を作る仕事で
長期出張ばかりでした。
時々 アラブ人や アフリカ人 アメリカやフランス ドイツ
合弁の 相手国の重鎮が来日すると 接待の一環で
肌の色の違う 大きい人達が 我が家に
みえたりもして びっくりの 私と妹でした。
おしゃべりな父親に 色々な世界情報を聞かされていました。
出張は 当時は 羽田空港からの出発で 毎度
親戚一同が 見送り まるで 戦争へ出兵するみたいに
万歳三唱で 見送りました。
私は 毎晩 飛行機が落ちないように とか 無事に 帰ってきますように
と お布団の中で 泣きながら 祈りました。

父は 手紙魔 でお土産魔したから
何ヶ月もの後の 外国帰りのときは
持ち込み禁止の 宝石の石を 傘の柄の中に 隠したり
ステテコ のなかに 毛皮や フランスのチーズを入れてきたり
今でも 鮮烈な印象で 思い出します。

第二次世界大戦の時 参謀部にいて 生き残ったから
スパイみたいに 臨機応変で ダンプカーのように
猪突猛進で 明るくて豪快で マメで
母には 可愛そうでしたけれど 老若男女にモテテ
特に 女性にはモテテ モテテ。モッタ のかもですが・・・
子供の頃の 私の憧れの恋人は 父親です。
珍しい食べ物や 見たこと無い品物が 世界に出かけると
獲得できるんだー と 小学生の時に すでに
外国に興味が募りました。

今は 亡き父がダンプカーなら 私はミニダンプカーで
外地で 珍しい食べ物や品物に 出逢い楽しんでいますし
企業戦士ではないけれど 意外に 日本人だって できるのよー
とばかりに フランス語シャンソン 格闘しているもの。

冒険心 挑戦心は父親譲りだと思いますし
「お前は 男向きの女ではないなー」と言われ
すかさず 「じゃー何に向いてのもよー」と聞くと
「仕事向きなんだよ」と 言われ
男性に献身型の私は 頭にきていたのに
親の見解は 大当たりで 二度の離婚を考えても
もう長いこと恋人がいなくても 平気で 音楽や仕事だけして
幸せでいるという現象みても 父は私の本質を見極めていたかも。
でも 一人でいるより
二人で居る方が 数倍 苦しいけれど楽しいーっていう事も 知っているから
やがて 又 地獄の恋や結婚のアレルギーが治まれば
俄か献身するリリさんが 再開するかもしれないわ。
運命は 計り知れません。
今は シャンソン外地遠征戦士妖怪。誇り高く現地語で やり抜くー。



シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリの想いで

2013年01月23日 23時50分23秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリの想いで

時差も疲れもなく
逆に 人生をリフレッシュして 帰国して
また いつものように 愛弟子たちと楽しみながら
フランス語シャンソンの稽古が始まり
音楽の子供たちも又 
神が私に与えた私の人生へのプレゼントです。

バレエの多佳子さんが 約束の稽古時間にも見えず
電話も携帯メールも つながらず
心配しているのですが
どうしちゃつたかしらー
携帯番号とメールアドレスしか知らないから 心配は募ります。

真面目で 私と違い おっちょこちょいでも 勘違いもなく
冷静沈着の多佳子さんが 約束のレッスンに 我が家まで
いらっしゃらないなんて とても不思議で
特別な何かが なければ良いけれど・・・・

パリの思い出は まだ 鮮烈に私の体に 染みついていて
たった三週間の生活でも
これ程に 人生は活性化するのだわー
刺激は 生きるうえでの ビタミン剤やサプリメント的 効果が
あります。
怖いとか あらあらまあまあビックリとか
えーっ まさかー みたいな 日常でない外国での生活は
日本に帰国したときに 母の懐に抱かれているかのごとくの安心の日本への
ありがたさ も倍増します。

フランス語や英語が出来れば 日本以外で暮らしていくことや
仕事をすることも なんと刺激的でしょうか・・・
私は 語学を学んでおいて 本当に良かったと つくづく
思うのです。
愛国心というものは29才で 留学した時から 他国の生活を知り
初めて芽生えた私ですから
いまも あの時と同じ気持ちで 成城へ戻ると便利で穏やかな
生活に感謝の気持ちが湧き上がります。

ただし 日本の冬 一軒家は 
寒いわー 本当に寒い冬です。
我が家は 冷えきって北極の夜中と朝です。
あーせめて 冬の間だけ パリの暑い部屋で暮らしたい。
素足 Tシャツの冬は 快楽でした。
裸で 大きなベットに一人大の字で 寝ていた毎日は解放感。

パリのシャンソン家族の笑顔や 会話も 時々浮かび
にんまりして 過ごしています。




シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 成城村の 妖怪たち

2013年01月23日 03時21分12秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY 成城村の 妖怪たち

やはり 日本人は 以心伝心 妖怪としか思えません。
YVONの お土産を預かり 自分の荷物は 14キロ パリから
郵送して 運びや したリリさんは
早く 渡さないと 任務遂行出来ないので
夕方 ブラボーパパに 取りに来ていただき
レッスン中でしたので ろくろく ご挨拶もせずでしたけれど
以心伝心。

マダムFugikura にも電話して 私が 運び屋しようとしたら
成城の NAOMI で会うことになり
夜11時に 佐賀牛250gm 石垣牛 200gm
二人で 頂きました。
そして ラルゴへ 成城の妖怪 皆で ラルゴへ梯子して
今帰宅いたしました。
筆頭Fugikura 82歳 そして 24歳年下の りりさんは
マダムの 飲んで食べての 世界に 追従できれば
面目も たちますが
なかなか 手強いマダムは 凄すぎました。

妖怪ばかりの りり・レイ ワールド に 今宵も 酔いしれました。
おやすみなさい。

シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリの雪 成城の雪

2013年01月22日 09時35分50秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリの雪 成城の雪

ドゴール空港の喫煙室は 室外で 零下なので
煙草一本吸うと 体が凍る感じ なのに 室内は オーバー着たら
汗だくの空港内。
パリの部屋も 暑くて 素足で過ごし 裸で寝ていたのに・・・ 
昨晩 掃除洗濯するのに 成城 我が家の寒さに慣れない私は
毛皮のコート着て 走り回り 何とか
旅と 留守の間の 事後処理をして アルジェリアのニュースを
インターネット日本版で 見ていたら 爆睡してしまいました。

寝るときは 電気敷き毛布と 掛け毛布 の真ん中に入り
フリース上下着て 快眠でした。朝 目が覚めたら まだ 七時前で
「ここは どこかしらー」
暫く 日本に居るのか パリに居るのか 理解できない 低血圧のりりさん。

さぁー 日本用のパソコンを 開けたり 成城の生活に戻らなくちゃ。
外には 雪が 固まって道路に貼りついているから
後で 雪かきしなくちゃ。
でも 今日は 丸一日 生徒さん稽古や 自分のバレエの稽古で
またまた 長い一日が展開するわけで 日常に戻ります。

八時間時差で パリより 日本が先なのに オッチョコチョイの私は パリの
長南さんへ無事帰国の電話を とんでもない 深夜に 掛けてしまい
迷惑を おかけ致しました。
パリは ずーっと 雪が降り続いているそうです。
東京の雪より 気温が低くて乾燥しているので 軽くてふかふかの雪だったわ。

それにしても 我が家は獄寒に 感じます。
全然 風邪もひかないし 体調もすこぶる良いので
朝から 気合いで 冬を乗り越えよーっと 思いました。
元気倍増。
春は近いもの。
季節は 巡る。とてつもなく速い速度で巡る。
あと何回 私の人生では パリで歌えるかしら。
あと何回 日本で 大舞台で シャンソンを歌えるかしら。

一つ一つ 大切に 神に感謝しながら 苦行と そのあとの幸福感に
酔いしれ 音楽の麻酔に酔いしれ シャンソン人生の旅を
し続けましょうーっと。


シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリの雪 成城の雪

2013年01月22日 09時35分50秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリの雪 成城の雪

ドゴール空港の喫煙室は 室外で 零下なので
煙草一本吸うと 体が凍る感じ なのに 室内は オーバー着たら
汗だくの空港内。
パリの部屋も 暑くて 素足で過ごし 裸で寝ていたのに・・・ 
昨晩 掃除洗濯するのに 成城 我が家の寒さに慣れない私は
毛皮のコート着て 走り回り 何とか
旅と 留守の間の 事後処理をして アルジェリアのニュースを
インターネット日本版で 見ていたら 爆睡してしまいました。

寝るときは 電気敷き毛布と 掛け毛布 の真ん中に入り
フリース上下着て 快眠でした。朝 目が覚めたら まだ 七時前で
「ここは どこかしらー」
暫く 日本に居るのか パリに居るのか 理解できない 低血圧のりりさん。

さぁー 日本用のパソコンを 開けたり 成城の生活に戻らなくちゃ。
外には 雪が 固まって道路に貼りついているから
後で 雪かきしなくちゃ。
でも 今日は 丸一日 生徒さん稽古や 自分のバレエの稽古で
またまた 長い一日が展開するわけで 日常に戻ります。

八時間時差で パリより 日本が先なのに オッチョコチョイの私は パリの
長南さんへ無事帰国の電話を とんでもない 深夜に 掛けてしまい
迷惑を おかけ致しました。
パリは ずーっと 雪が降り続いているそうです。
東京の雪より 気温が低くて乾燥しているので 軽くてふかふかの雪だったわ。

それにしても 我が家は獄寒に 感じます。
全然 風邪もひかないし 体調もすこぶる良いので
朝から 気合いで 冬を乗り越えよーっと 思いました。
元気倍増。
春は近いもの。
季節は 巡る。とてつもなく速い速度で巡る。
あと何回 私の人生では パリで歌えるかしら。
あと何回 日本で 大舞台で シャンソンを歌えるかしら。

一つ一つ 大切に 神に感謝しながら 苦行と そのあとの幸福感に
酔いしれ 音楽の麻酔に酔いしれ シャンソン人生の旅を
し続けましょうーっと。


シャンソン歌手 リリ・レイ LILI LEY 成城シャンソン村 稽古開始

2013年01月21日 23時11分42秒 | Weblog
シャンソン歌手 リリ・レイ LILI LEY 成城シャンソン村 稽古開始

明日は バレエの稽古もあるし パリから成城村に帰国しても
距離感なく 時差もなく 室内の温度差だけが 特別に違いすぎます。
あー 成城村の我が家は 冷え切っていて 寒すぎます。
パリのアバルトマンは 暑いくらいで 天国でしたけれど。
でも
仏壇に 手を合わせると ほっとするのよね。
音楽三昧 勉強とコンサートと 
パーティーの連続のパリ。
シャンソン家族に 囲まれて 暖かい毎日でした。

シャンソン歌手 リリ・レイ LILI LEY  雪

2013年01月21日 22時58分03秒 | Weblog
シャンソン歌手 リリ・レイ LILI LEY  雪

ドゴール空港へ向かう タクシー車内


空港内 喫煙所 は お庭風で いい感じでしたけれど 
多分 零下だとおもいます。

シャンソン歌手 リリ・レイ LILI LEY 成城シャンソン村 稽古開始

2013年01月21日 22時52分25秒 | Weblog
シャンソン歌手 リリ・レイ LILI LEY 成城シャンソン村 稽古開始

ノンストップで 今まで 34時間 起きていることに なります。
飛行機内で 三時間くらいは 昼寝しましたけれど
面白い 映画 を三本みたり 本を読んだりしていて
眠くなかったので うとうと っと しては また 楽しんで
狭い エコノミークラスの 飛行機の中 散歩したりして
機内は 我が家状態です。
色々な人たちの 機内の行動 ウォッチングも いと おかし・・・
(大変に 興味深い)です。


さてさて
20日日曜日は深夜一時に寝たのに
早朝五時  いつもなら 寝始める時間 に目が覚めて
夜明けの朝 一人で パリ最後のコーヒーを入れて マグカップで
三杯も飲み お掃除して 飛ぶ鳥 後を濁さず 日本人は
真面目ですから
借りたアパートは 入居した時より 綺麗にして 帰国しなくちゃです。
大きな袋に 四つもゴミがあり それを 一階へ捨てに行くと
ありゃー 雪が 物凄く降り かなり積もっていますから
ちょっと 心配になりましたけれど
パリにしては 真面目な タクシー運転手が 二十分前には
来てくれていました。



しかしながら 高速は ところどころ かなり
渋滞しています。
前もって予約しておいたから タクシーは 来たけれど
この状況では タクシーは事故が続出するから 
お客を乗せたくないそうです。
遅刻したらどうしよー とハラハラする私は後部席。
大雪の高速道路を 時には すごくぶっ飛ばすし 
携帯掛けたりしながら運転するのが パリのタクシードライバーです。
いやだー 怖い 雪道なのに。
運転手に お世事言って
「雪道が上手なのねぇ どこの国の方?」と尋ねると
なんと アルジェリアから 四年前にパリに出稼ぎに来て
タクシードライバー になったというし 雪道になれている
というので
「えーっ アルジェリアって 雪が降るの?」と 聞くと
冬は寒くて 雪が降るそうです。テロ事件のことは 話題に
しないようにしました。
雪道走行が 得意だと自慢していたくせに 私を空港に届けたら
もう 家へ帰って タクシーは 危ないから 乗らないとか
言っていました。無事に 出発時間前に着きましたけれど
飛行機も 数回にわたるアナウンスで 遅延遅延の連続。
二時間は 空港内。 
飛行機内で 一時間以上 三時間遅延。

長い一日になりました。
雪のデッキに 喫煙所があったり 
ブティックや レストランも 山ほどあり 買い物魔になり
気持ちのんびり パリの最後のひと時は つらら見たり
真っ白な シャルルドゴール空港の雪景色が 素敵でしたし
映画も ここのところ見ていなかったから 機内で一人 大口あいて
無我夢中で見て 大泣きする実話映画もあり 大笑いする映画あり
刺激的 にあっという間に 羽田へ到着。
家へタクシーで戻ると 雪がまだ残っていて 道路にへばり付いていました。
今年は パリも成城も「雪が降るー」 アダモのシャンソン。
珍しい冬だわねぇ。

玄関に ピーちゃんブラボーパパの市場の花が届けてありました。
室内は 冷蔵庫で 昨年のブラボーパパの花たちが かなり 生きていましたよ。

さぁー 片づけて 夜は 生徒さんに お稽古開始です。
というわけで いまだ パリの朝から眠れていません。
でも 眠い感じと 雪遅延の長旅のせいで 少し腰が重い。
手荷物と 大型ハンドバックと スーツケース一人で支えて
上り下りすると 結構 体力消耗しますよね。
筋肉は 二十代の時より ずーっと 成長していて
体力も 衰えていない というより 若返っている。
刺激的 好奇心の世界と 一人肉体労働が続くと 元気は
湧き上がるものみたいで 外国での
束の間の人生は 若返りの 源だわ。ありがたい。
いつもの成城村の人生を シャンソンで綴りましょうーっと。


シャンソン歌手リリ・レイ Lili Ley パリから日本へ

2013年01月20日 07時03分56秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ Lili Ley パリから日本へ


今日のパリは 冷え込んでいます。
耳も鼻も 痛いくらいで 今
オブニーの小沢さん宅から 楽しい時を過ごして帰宅しましたけれど
まだ 指と耳が 温度差で ジーンとしています。
雪は また 降り始めていました。

今宵も パリの皆さんたちに とても良くして頂き
時が経つのは 早かったです。
さぁ 後 八時間後には シャルルドゴール空港へ
向かいます。

今朝 テレビで アダモがTVで 歌っていました。
今も部屋のテレビで シャンソンの番組を見ています。
フランス語の発音は 住んでいると 少し良くなりますよね。
耳から入ってくる音で 物まね上手になってきますよ。
それに あまりに 日本のシャンソン界と違い過ぎるので
へぇー
こんなに シャンソンって 距離感があるんだわーと
楽しいです。


借りた部屋を 掃除して 日本へ。
一年に 三週間 パリで過ごし 沢山のシャンソン情報に
浸り 皆さんに 良くして頂いて 感謝のリリ・レイ。
幸せ者だと思います。
パソコンを バリーズに しまい 旅支度を終えることにします。


シャンソン歌手リリ・レイ Lili Ley パリのニュース

2013年01月19日 23時41分22秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ Lili Ley パリのニュース

昨晩からの雪の為に イギリスも 交通 飛行場が大変だった様子。
勿論 フランスのほとんどの街 広範囲が 雪だったようです。

アルジェリアのニュースも 頻繁に放送されています。
JAPONAIS ジャポネ(日本人) という 言葉が 聞こえると
ドキドキ っと 胸が痛むのは
私が やはり日本人だからで
フランス人 ベルギー人・・・イギリス人
国際的な テロ事件は
今の 西洋の大陸では 住民たちにとっても いつ起こるか
分からないという 恐怖感を 募らせています。


日本に居ないと 地震の恐怖からは 逃れられて
パリでは 地面が揺れる・・・という 不安感はないものの
泥棒 や テロ などの 悲惨な事件は
いつなん時 誰にでも やってくるかもしれない
という 恐怖は こちらの人々にとっては
日本以上です。

まあ
安全で 安心という事 異民族や宗教上の問題の少ない
日本は 平和率で言うと こちら 欧州に生きるよりは
高いのかもしれません。

事件から 避けられて 無事に生きられることは ありがたいことですし
人生は 運命という 見えない糸に 操られているようで
決して 自分だけは大丈夫・・・などとは 思わず
注意と恐怖感も 備えも準備も 心構えも し過ぎることに
越したことはないと 常に思います。

でも 生きることは 挑戦で 冒険であり
私は 特に 好奇心が強くて 世界感が広がることが
日本という島国の 人間から 大海原に出ていき
知らないことを知るという意味で
喜びがあります。
日本人という 民族の道徳観 哲学感が 特殊に素晴らしいことも
毎度の 外国生活で 感じることが出来ます。

お昼過ぎに 大島一家に 私の部屋にある
食材やら 買ってしまった ポットやコップを 
もらっていただくために いらしていただき
三人と お別れしました。
コンサートの DVDも 出来上がり 斉藤よりこさんが
届けてくださり
また 日本語で おしゃべりして 笑いました。

三週間のパリの生活で ジーパン二本 セーター二枚 
カーディガン スカーフ四枚と 靴二足 
舞台ドレスと その備品位しか 運ばなかったのに
コンサート後 わずかに買って 現地ファッションしたり
必需品の安物も 買い足していたら
荷物は 増えまくりました。

ニュースでは 今年のパリのソルド(バーゲン)は
売り上げが悪いとか 最近は美容院に行かず
自宅でヘアーカットするのが 流行りだした・・・とか。
経済状態の悪さは 凄そうです。
もちろん 路上生活者も 盗難事件も頻繁。
私も コンサートの練習に明け暮れて あまり買い物する
時間もなくて ステージ衣装も買わなかったわ。
その分 芸術活動に投資したかんじですが
とても 満足感があります。 

大島家の皆さんがパリに居てくださり
ますます 私のパリでの生活は ありがたさが
増えます。
ウドンコさん もYVON もパリにいる。
何より
長南さんとは 宴会で楽しむのが おかしくて 笑えて仕方ありません。
舞台のことで 叱られるのも 楽しい。
舞台の前の夜に 電話で 長南さんが
「明日 下手に歌ったら もう嫌いになりますからね。
私は 性格が良くても 歌がうまくなくては 嫌いですからね」
と 言われてしまい
嫌われると 困るなーと 思いましたけれど
実力的に 大したことのない私としては こんなものでしょう。
「性格が悪い歌手のほうが 上手いですから
性格が 悪くなってくださいよ。」と
昨晩の宴会でも 言われちゃった。

無理よー
性格の良い おばさん そして 明るくて面白いおばあさんを
目指しているのだもの。
それに
歌が下手で 性格も悪かったら 救われないじゃないのよー
人間として行きたい。
歌手で居る時は りりさんの場合 舞台の上だけみたいよ。

シャンソンは 人生の詩
喜劇と悲劇は 人生においてはペアー。
私を笑わせてくれる長南さんは 最高のシャンソンの親。
今宵も最後の宵は パリで皆さんと 宴会です。
また 大笑いしましょう。一緒に居る時間が長いと
笑いネタも 増えます。本当に 可笑しくて 楽しいパリの
時を過ごしました。
ありがとうございます。



日本人パティスリーの ケーキと千恵子さんの お料理