シャンソン歌手

シャンソンの好きな方 ようこそ !

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY お一人様 趣味の料理

2017年09月30日 02時33分21秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY お一人様 趣味の料理




無添加のピザとか クリームパンとか かぼちゃ蒸しパン
とか 野菜も含めて 二子玉川の高島屋の地下
自然食品店で
ゲットして 
カボチャとサツマイモのポタージュも
おやつに作成して飲みました。

今 コールスローを作成完了。
生のパクチー一束 
豆もやし一袋 炒めて味付けてから
両方入れて 中華蕎麦は 最高でした。

パリのアパートホテルでは
結局
火を使う料理は造らず 
珈琲いれたり 野菜をサラダにした位で
毎日 外食でしたので

帰国して 自分の料理作成が嬉しいです。

本来
私は フランス料理が一番好きなので
パリに居る時は 嬉しくて
毎夜 幸せでしたのに
帰国したら また 日本の味で幸せになれて・・・

食の楽しみも 変化に富むと
満面笑顔になれますね。
フランスの旅のお蔭で
また お一人様生活も 喜びに満ちて暮らせます。

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY シャンソン稽古場の青い薔薇

2017年09月30日 02時27分20秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY シャンソン稽古場の青い薔薇

大輪の青い薔薇
そして
黄色いミニ薔薇
英国の薔薇の様な ピンク色のローズ
白い薔薇

バラは 存在感がありますね。
白いトルコ桔梗は 清楚でも
備前のツボに華やかです。



シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 趣味のシャンソン稽古と裁縫 料理

2017年09月30日 02時25分14秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 趣味のシャンソン稽古と裁縫 料理

巴里への旅では
ピアノのある部屋ではないし
大声も出せないので

ボージョレコンサートが終われば
全然 歌わない日が続いてしまいました。

防音室で 練習するのは
或る意味 私の趣味です。
お裁縫の ちくちく こつこつ と とても似ている
作業をしています。

私の 気質は 大胆ですが 職人気質でもあり
神経質なところも
沢山あるので

誰でも そうなのかもしれませんが

汚い音 とか 汚い色とか
汚い部屋とか
耐えられないのに


いざとなれば 
恥をかなぐり捨てて 
30年前の運動靴で ボージョレのハイキングの時
とんでもない オバサン風情で
山登り企画に 参加もしてしまい

前日の舞台の上の 私とは
似て非なる 庶民的な私になってしまい
回りの方々も 驚いていました。

舞台の上が 仕事場なので
仕事は キツイ 辛い・・・なかなか
良い仕事師として 仕事を完成できないです。

まぁ 芸術に 結果と 成績が無く
収入も 比例しないので
どこで 満足して良いのか
昔は 計り知れなかったです。

今は 
残りの 自分の人生が少なくなり
ますます無欲になれてきて 
取敢えず
舞台があれば 感謝して 挑んで
また ゼロに戻して 挑戦し続けるだけ・・・
とても 淡泊な 繰り返し業務遂行です。


こつこつちくちく裁縫や シャンソンの防音室
練習は 楽しくて 楽しくて。

今宵は 一か月ぶりに お裁縫も 二時間
致しました。
シルクの パンツスーツの 手縫い部分が
中途でしたので 
パンツは 完成しました。

昨日自然食品店から
かんすい の入らない中華麺や 豆もやし
有機パクチーなども ゲットしたので
大量パクチー入りラーメンを作成。
あー私の味が 私は好きです。
自分好みに作成できるからねぇ。

パリの活動の後
我が家で 趣味に生きる時間と 場所があり
こんなに 幸せなのか・・・・と
つい
ご先祖様と 八百万の神様に
大声で
宙に向かって
「感謝してます。私は とても 幸せです。」と
お礼してしまいます。

久しぶりに
時間的に ゆとりが 案じられて
優雅な気持ちです。
 
リラックスしている私です。

これから ジャズピアノと シャンソンの新曲を
稽古しに 防音室へ参ります。嬉しいです。




シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 金曜日の明け方のシャンソン練習

2017年09月29日 05時52分20秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 金曜日の明け方のシャンソン練習

あっという間に 九月も 終りそうです。

内幸町ホールの コンサートの前も
バタバタ
翌日 一睡もせずに出発してから

帰国しても 雑用も多くて
眠いのか 眠くないのか
疲れているのか 元気なのか
暑いのか 寒いのか

何が何だか 分からないまま
九月は
ロマンティック という言葉とは程遠い
スケジュール満載の日々でした。

木曜日が オフデーというのは 珍しく
裁縫も 港区のクラスも お休みにしてあるので
久しぶりに
二子玉川の高島屋の地下の自然食品店へ
出掛けて
色々 お一人様の食料を ゲットしてまいりました。

私の買い出しは 魚釣りみたいなもので
目的のものを 遠くまで ゲットしに行く
狩猟本能みたいです。
そして
ときどき 知らない美味しそうなものがあれば
試してみて
もしも ラッキーにも
とても美味しく感じたら
それが 達成感みたいに 嬉しくかんじてしまいます。

夜は 掃除 花達のお世話 片付け 洗濯 料理 整理整頓
コンサートのプログラムなどの仕事をして

パリでは いつもの事ですが
必ず白髪になる 前頭葉部分を
お風呂のついでに 自分で染めました。

美容院に行く 時間を捻出できないので
お手軽に 済ませました。まあまあ の出来です。

そして
本当に 久しぶり
18日ぶりに 防音室で稽古しました。

深夜三時から 明け方五時まで。
あー 明日は お稽古が 午後二時半からなので
ちょっと 深夜 度が過ぎる程 明け方まで
稽古してしまい
これが 私の 最大の幸福です。

防音室で 一人で フランス語読みをしたり
ピアノで 音をとったり
新曲の練習をしているときは

いつか この曲が出来上がったら
自分のシャンソンに 酔いしれたい・・・なんて

理想を求めていますが
本番舞台で 酔いしれたことは 一度も無いので
せめて 自由になれればよいです。

音 リズム 声質 フランス語の正確な発音
音楽性 振り付け
出来上がり 自分が自由になるまでの 過程の間は
幸せの 道程です。

舞台直前の 暗い せっぱつまった気持ちと違い
とても 音楽的な豊かな 時間です。

防音室の 閉ざされた孤独の空間で
時間の制限の無い自由な 音の宇宙が 
私を幸せにしてくれました。
そろそろ 寝ます。
 

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY シャンソン仲間とのパリ 妖怪キャフェ ラストナイト

2017年09月28日 21時05分11秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY シャンソン仲間とのパリ 妖怪キャフェ ラストナイト

エンタメの後 キャフェで 大笑いして深夜まで
コートドローヌ赤ワイン2014年に 酔いしれた写真。

酔えば酔うほどに 妖怪度が 増す 饒舌長南さんと漫才師の私です。

シャンソンなんかやめて 吉本こうぎょうで 売り出した方が
良いとか
新宿二丁目で 妖怪クラブを開業して 毎晩皆を笑わせたほうが
良いとか

私の職業選択ミスを 長南さんから 指摘されて
しかも
パリの皆さんが 皆 身軽な姿なのに
私だけ お土産を詰め込んだ 大きな袋を抱えて
大荷物抱え込み姿 髪振り乱し系なので
本当に 私って 妖怪みたいに写っています。

 

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 東京の雨 シャンソンの似合う雨

2017年09月28日 20時28分56秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 東京の雨 シャンソンの似合う雨

少し涼しくなりました。
パリから帰国して 二日間は  真夏のような気温でしたので
もう 暑くて 暑くて 仕方なかったですが
昨日夜からは雨
本日も雨
ぐーんと気温が下がり
秋モード
シャンソンの季節という気がいたします。

よく 思い出してみたら
私は
2015年は 1月に パリにいて
そして 同じ年の 11月から12月にも パリにいたのですね。
年に 二度も パリに行って テロの時期と 重なり
パリのイメージが 暗くなり
妹も 心配して 大変だった記憶が蘇ります。

なので 丁度 20ヶ月ぶりに フランスに出かけたのですが
もし
ナタリーさんから 偶然にも
ボージョレ祭のコンサート出演を 頼まれなかったら
たぶん
テロ恐怖が私には重くて なんとなく パリの暗いイメージが払拭できず
フランスへは 暫くは 行かなかったかもしれません。

ナタリーさんは 
ボージョレの会場 ピアノ 照明 チラシ ポスター プログラム
そして お客様集客まで 含め 企画と公演に
プロデューサー的 大活躍をして
ピアニストさんの 旅費や ギャラも
捻出してくださったので
私は 全て ボランティアで コンサート出演いたしました。

外国でのコンサートは
住んでいないで 国籍無しの場合
とうてい 現地の方の サポート無しでは コンサートは開催
不可能です。
なので
私にとっては ボランティアでも 大変な 大きな価値ある経験と収穫でした。

ナタリーさんが リオン市で別れる時
こんなに 良いコンサートをしてくれたのに 私は十分にお礼が
出来なくて・・・と 泣いていたので
私の ステージドレスと 靴と運動靴の 運搬を頼んでしまいました。

ナタリーさんから メールがパソコンに来て
私の荷物と共に無事に
東京に戻ったそうで 
私は
さっそく 荷物を取りに行きがてら
10月2日 は フランス語レッスンを再開いたします。


そして
ウドンこさんからも 養老のコンサート 稽古の日程調整の
スケジュールが メールで届き
あらあら
もう 10月22日 まで あっと言う間です。

そして その 一週間後は 中央区のまるごとミュージアム
コンサートです。

月日が経つのが 早すぎて・・・
シャンソンライフは 刺激的 興奮的 
ボケている暇がない・・・・
というわりに
忘れ物 や うっかりミス は 頻繁です。

とりあえず 今年も 年末まで 明るく楽しく溌溂と人生謳歌しなくちゃー
そして 来年も ますます 人生歓喜クリエイト しなくちゃー

パリのラストナイト写真を 大島家からパソコンに お送りいただきました。




 

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY シャンソン稽古場の花達 と 大人恋のシャンソン

2017年09月28日 03時00分59秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY シャンソン稽古場の花達 と 大人恋のシャンソン



水曜日のグループレッスンは
ダリダの ヒット曲 「18歳の彼」
原題は
彼は 18歳になったばかり
です。
女は 二倍の年齢 36歳
という ポエム

ダリダと ジャックリーヌ・ダノ のCDを 皆さんに 三週間前に
聞いていただきました。
ダリダは 声 朗々と 南の国の女っぷり

ダノは 嗄れ声と台詞セリフ調の 女っぷり

日本女性には
女っぷり という言葉が 当てはまらないかもしれません。

本物の 大人の女
というのは どんなか・・・
あちらで暮らすと よく 理解できますが・・・

私は 自宅には オス犬も 男の子も 男の影も形もないので
自分が女という気がしなくなり
昭和枯れすすきの ジャンル。植物化しています。

動物系の濃厚な食べ物で お腹を壊して 今回のフランスの旅では 痩せました。
正露丸 糖衣錠を 常備していて助かりましたけれど・・・

三十代の時
ポーランド人のご主人の居る友人と パリのレストランで
ズヴロッカと 濃厚ポーランド料理を食べて
そのあと ひどく お腹を壊したのを思い出しました。
ベルギーに住んでいるときでしたけれど
今でも思い出す辛い思い。

パリの大島千恵子さんと 私は 顔が似ているだけでなくて
食べ過ぎると 全部消化不良で お腹を壊すタイプが似ていて
パリに在住してから 痩せたそうです。

食べて消化して太れる 羨ましいタイプは
ヨーロッパ 西洋人には 沢山。
女性の 母と娘 親子連れの 二人を お店で見ると
あー 将来は こんなふうに なるのだわねぇーーと
細いお人形さんみたいなお嬢さんを 眺めてしまいます。

私は 母と祖母のDNAで ますます 骸骨化しそうで怖いです。
妹は 父似で太りやすい
せっかく 23キロ痩せたのに 
夏から秋に また3キロ リバウンドして太り 
ぎっくり腰になったみたいで
それでも 週三回 整体に行き
歩けるようになった・・・・と 

本日の夜 電話して 聞いて  少し安堵しました。

帰国して 体重を戻すために 
炭水化物過多で太りやすいと世間で言われている 
そうめん 
カレーライス
菓子パン  チャーハン
と 続けて 食べました。
慌てて 太ろうとして成功しています。 

今 雨の音がよく聞こえます。
まだ雑用に追われて 防音室稽古は 出来ていませんが
明日は オフデー 木曜日。

養老の1300年祭シャンソンコンサートの プログラムと解説を作成したり
掃除してから
ジャズピアノと シャンソン稽古でも ゆっくりして 楽しみます。 
ありがたい 我が家
ありがたい ブラボーパパの花達の癒しです。

 

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY シャンソン稽古部屋の花達に 癒される

2017年09月28日 02時34分11秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY シャンソン稽古部屋の花達に 癒される

昨晩は なかなか 眠くならないので
デパスと レンドルミンを飲み 明け方 眠りました。
この二つを 飲むと 
たとえ 途中で 目が覚めても また 眠れて
7~8時間 は 床に居られます。

畳の上で 寝られる幸せに 帰国してから 感謝して暮らしています。
昔よく
最期は畳の上で 死にたいーーーという人達が いましたけれど
私は
既に
畳の上 せんべい布団の上で
身動き一つせずに 死んだように じーっと寝ているタイプなので
背中がまっすぐ伸びて気持ち良いので
真夏なら
床の上に 枕無しでも
ベンチの上でも
路上でも たぶん 大丈夫。

畳と 仏壇へのお線香が復帰して
水曜日の朝は 鈴村パパが 市場から お花を届けてくださいました。

その予定は 伺っていたのにもかかわらず
正午近くまで 眠ってしまい
大寝坊

青 黄色 橙 白 薔薇尽くし
そして 撫子
白いユリ

大慌てで いけました。
稽古部屋に 花と シャンソン仲間の笑い声と
美しい声が流れ
癒されます。

皆さん 綺麗で美しくて 花のように素敵です。

夜に 大雨が降り始め
我が家に流れる 雨音も 癒し。

本宅の癒し生活。

浮気してパリ ボージョレ パリ で 少し遊び
帰宅したら やはり 本宅が一番です。
男心みたいに 我が家が 一番。
待っていてくださる お弟子さん達にも 感謝。

先生のルスが2週間は 長すぎます。と 
おっしゃってくれる お弟子さんが かわいいです。
私にも 2週間は 体力的にギリギリ 
少し長く感じました。

東京出発時に一回
パリ ボジョレー パリ で三回 30キロ近い 旅行かばんの中身を
入れたり出したり
運んだりを 繰り返し

スリや 泥棒に 用心して
街でも 荷物持ち てくてく
飛行場でも てくてく

帰国して また 荷物の整理整頓
そして
帰国後の 事務処理 作業の莫大なこと。

ものすごい 重労働の お一人様活動のように
今年は 感じました。
加齢したみたい。来年は63歳。

一人行動派 いけいけどんどんが いつまで出来るか・・・課題です。
意欲と体力が 比例していると つくづく 思いました。




シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 東京の シャンソンライフ開始

2017年09月27日 02時19分12秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 東京の シャンソンライフ開始

昨日
寒い国から 暑い国に戻り
何故か
ずーっと 鼻水が 垂れっぱなし。
そして
水が 飲みたくて飲みたくて
コーヒーや 紅茶 ミネラル水を
とことん 飲み続けて

我が肉体の不思議を 観察しています。

今朝は 七時に目が覚めてしまい
お土産を 宅急便で 送るために コンビニへ でかけたり
成城で買い物をしたり
と 朝型タイプ。 時差ですよね。 パリの 夕方ですものね。

午前中の時間は
郵便局で 止めていただいていて届いた2週間分の
郵便物を 見たり
色々
連絡も 留守番電話に大量に録音されていて
次から次へと
やることが 続出して 日本の日常生活開始です。

お昼から お弟子さんたちが 美しいエレガントな雰囲気で
我が家に見えて
久しぶりに フランス語シャンソン稽古の時を過ごし
あー 幸せだわーと
音楽人生に 感謝いたしました。

昔 その昔
私には
外人顔 濃厚輪郭顔が 美しく見えた時代もあったのに
パリ  ボージョレ パリ ヘルシンキ 成田 成城
と 経た旅の後
今回は
何故か
日本人が 美しく見えるのです。

清潔感と 透明感が がある感じなのです。
平和が70年続き
明るい太陽が  照り続け

秋から 極寒の冬でさえ
太陽の寝てしまう 暗い日々が少ないので
日の出る国 ほほ笑みの国という 感じです。

路上と待ちゆく人たちを さんざん眺めた
今回の お一人様の フランス キャフェ人生 散歩人生のあと
では
あー 我が家は お一人 ディズニーランド 桃源郷。

裁縫も出来るし
グランドピアノも 弾けて
マイカーにも 乗れて
遊べることが 沢山。

パリの テロ対策では
オランピア 劇場で 六回もセキュリティーチェックが
あったり
駅や 空港で POLICEが 拳銃を抱えて 大勢いる姿
を見て

物乞いや
スリへの警戒心
テロなどの 恐怖にびくびくしていた私なので
冒険から帰宅した
老いぼれのような 安堵感に浸っています。

若者なら 何も恐れず いけいけどんどん ですから
私は すでに 保守的 御身大事になった よぼよぼ
という 感覚です。
自宅が 一番 自国が一番 安心・・・という感覚にさせてくれた
二週間の旅でした。

そして
パリでは
ラストナイトまで
孤独を 感じない 大笑いの パリのキャフェ。
大島家族や 長南さんに 沢山 喜びを頂けて
ただ ただ
有難いなーと 思っています。
感謝の人生です。


相変わらず 日本に戻ったら すぐに こちらでも
深夜族に 戻る私です。変なタイプです。

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 時を超えて 場所も 世界も 乗り越えてシャンソンフランス語歌手の独り言

2017年09月26日 02時49分23秒 | Weblog
歌手リリ・レイLILI LEY 時を超えて 場所も 世界も 乗り越えてシャンソンフランス語歌手の独り言

フランス語シャンソンは フランス国の宝石・・
文化 芸術
と ナタリーさんも おっしゃるし
フランス大使の メッセージにも 
かつて
銀座パリ祭を テアトル銀座で 主催したときに
プログラムに 書いてくださいました。

でも 現在のフランスでは
シャンソンを 愛する人たちも 若者も
ほとんど いなくなり

最高級の 技術の ヤノウスキーを聞きにいっても
それほど沢山の お客様が
溢れかえっているわけではない。

今は
安易な メロディー 官能的な歌詞 
ビートのノリの良い リズム
誰でも 歌えて 覚えられそうな ポップス調
ロック ジャズのほうが
聴衆受けするフランスです。

ときどき アラブのメロディーラインの曲も
あります。
タクシーや街で 流れている
フランス語の歌 流行歌や
深夜に 流れている プロモーション音楽のフランステレビで
リサーチする限りは
芸術的な シャンソンではないです。


時代が もう少し 前に 私がシャンソン歌手になっていた
としたら
どうだったかなぁー
と 思うのですが
私は オペラが 好きで クラシックの声の響きが
好きでしたから
当然 まさか シャンソンは 聞いて楽しむものであり
自分が
参加して 実践するジャンルだとは
考えてもいませんでした。

私が これから どれほど生きて 勉強したところで
パリのラストナイトに聞いた
ヤノウスキーさんのフランス語詩 芸術的な エンタメは 作れない。

エサイヨン劇場で 聞いた
音楽の先生みたいに 真面目で
お固いバルバラ みたいな 弾き語りする女性歌手の
歌唱 と ピアノ演奏レベルにも
私は 達せないでしょう。

悲しいけれど 仕方ないです。

もともとが
クラシックの声楽家で
フランス語は 話せて聞けても
詩を作るまでの 語彙もないし
インテリ フランス詩人のような おどろおどろしい美学
そして 透明感の
感性も 経験も無いし

仕方ないですが
今回の旅で
あー もしかしたら
シャンソンの詩人の詩に 作曲して
コードをジャズに 創作して
作品を クリエイトできるかもしれない・・・と

また 新たな 創作意欲が出てきました。

色々 色々 私に パワーと 想像力と 可能性と 意欲を
与えてくれる 芸術の都 パリ エンタメです。

私の 体力満載でいられそうな人生は あと 10年かなぁー
20年 もつかなぁー。

お化けではないので
地道に 私とて 加齢していますので
あと 私の残り時間 の あいだ
フランス語シャンソン作品を 作りたいと思いました。
そして
民衆に 迎合しなくても
私が 聞きたいと思う 作品が 一曲でもフランス語詩で作れたら
私は
シャンソン歌手になって 良かったと思い 天国へ行けそうです。

シャンソンは クリエイト
金太郎あめでも 真似事でもなく 
特別 な 芸術です。

そして
普通 クラシック歌手というのは 再現芸術家と言われています。
シャンソン歌手は 全部できる人が たぶん 本物のくりーえーたーで 
芸術の 先端のような気がいたします。

日本でも 帰国と同時に
深夜族になってしまいました。
私には 時差も無ければ 疲れもなく
もう 東京の 深夜三時です。
いつものように 四時には 寝なくてはー

明日は 昼正午から 元の生活 シャンソン仲間と稽古の人生が
再開 です。

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY フランスでの二週間を経て 

2017年09月26日 01時30分44秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY フランスでの二週間を経て 

今 ピーちゃんの家から 我が家に帰り
片付けをしたり
冷たい紅茶を作成したり
我が家で コーヒーを入れたり
自由に 安心して のんびりしています。

マイカーを運転したら 嬉しかったぁー
パリでは タクシーか テクシー歩行
メトロは 便利ですが
せっかくの パリの晴天 一週間は
太陽と共に オーバー にマフラー ブーツでの散策が
心地よい運動でした。

買い物を 歩行ですると
荷物が 沢山になってしまい
黒いチープなリュックを右肩に ひっかけ
背負うことは しないけれど
一応 かっこよく パリ風に
下げていたつもりですが

他の 
買い物用に 用意しているビニールのエコ袋に 買い物を入れて
左肩に ひっかけて
両方が 重くて ずっしり
その 両方バランスをとって
歩き続けた毎日
散歩と 買い物と エンターテイメント
仲間たちとの 大笑い
何日も何日も・・・

食べ過ぎで お腹を壊し
痩せて
荷物の重さで 引力どどーんと 
両肩に のしかかり
わたしは 背が低くなってしまった
気がします。
両肩には 軽く重さの名誉のアザが 出来ていました。

日本では
思い物など持たず
マイカーで すいすい。
我が家から 鈴村家までは
マイカーで20分。
楽です。
歩くより メトロより
タクシー探しより
マイカーは 何と素晴らしい 荷物と私を
スムーズに運んでくれて
時間も節約 行動力は 倍増
体力温存のための スーパー移動器具っていう感じ。

末永く マイカーを運転できるように
免許を取り上げられないように
ボケないように 気を付けないと・・・と
つくづく 思いながら
往復 マイカーと共に 束の間を楽しみました。

鈴村家では
パパ様が 
カレーライスを作成してくれました。
美的な 温野菜のディップや
メロンのデザートなど 
食べきれませんでした。
美味しかったー
ママと ピーちゃんと 安寿が
シャンソン家族。

妹家族は 本家族ですが
藤沢まで 往復 二時間かかるし
妹のお勤めが ブラック的で
彼女は どうも ぎっくり腰に なったらしい。
心配ですが
あー
引力が 腰に 悪さをしたのね。
体重が重いから 足腰に きますねぇ。

メールが 連絡には 一番です。
お互いに 次回は いつ会えるかなぁー

それにしても
仲間 家族
再会できることは 幸せ。
パリで
大島さん家族と 長南さんと マルクさん
ボージョレで ナタリーさん
再会して

日本とフランスとの 接点を持つ仲間
同じ地球に 同じ時代に
シャンソン文化という 接点で
結ばれて 歓喜をクリエイトしている仲間たち

出会う可能性は 天文学的ですよー
凄い なぁー
偶然という 縁を これからも大切にしていきたいです。

パリの日曜日 朝八時
帰国の日
タクシーを 呼んでいただく手配をしたので
一睡もしないで
空港へ向かいました。
東の空に 朝の八時に朝日が 昇るのを
パリの ベルシー橋の横で タクシーの車窓から
見ました。

ドゴール空港に 四時間も前についてしまい
パンを食べたり ベンチで ボーっとしたり
買い物したりして 
まずは
フィンランドの ヘルシンキで 乗り換えるJAL
でした。

四時間で ヘルシンキ。
買い物一時間したら
日本へ出発。
九時間で 成田着。
うとうと している間に 日本。

暑い暑い。
とても 暑く感じます。
北国から 南国の島へ 来た・・・
暑いですね。
汗が いくらでも かけて
驚きです。
おまけに
くしゃみと 鼻水 汗・・・水分が 流れるように
外へ外へ・・・
水を いくら飲んでも 足りない程
水分が 体内から流出しています。

暑いー
今も 暑いー

私には
寒いーと 暑いーと 思う
この 二週間の 温度変化が とてつもない
不思議感覚です。




 

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY 無事に日本に帰国いたしました

2017年09月25日 18時44分44秒 | Weblog
暑いですねぇ。
体が 仰天しています。
朝 八時半に成田に到着し
ピーちゃんパパが 迎えにいらしていて
ありがたかったです。
楽々
荷物も 大量で オーバーもあり
暑すぎて

自宅に ついて
荷物を整理したり
洗濯していたら
汗だく

お風呂に 二週間ぶりに はいり
二時間昼寝いたしました。

そうめんも 茹でて 食べて
日本の夏 満喫です。

これから
夜八時ごろ
ピーちゃんの オタクまで
マイカーで
お土産にかこつけて シャンソン家族に
会いに参ります。

なーんと
私が 食べたいものは?
と ピーパパに尋ねられたので
ついつい
本音で
母の味の 普通のピーパパ日本風カレーライス

申し上げたら
作ってくれたそうです。

わが父と 似ている・・・・
母より 父が そういうタイプでした。

ピーママと ピーちゃんと
皆が仕事から帰宅して
安寿と 会えるのが 嬉しいです。
シャンソン家族に大感謝。

そして
今朝 藤倉さんも お電話くださり
声も聞けて 嬉しかったです。
箱根の旅に 小学校の友人たちと 出かける直前に
お電話いただけて

元気で 再会できることが
一番の幸せですね。

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY パリは土曜日から日曜日になりましたシャンソン歌手パリLASTナイト

2017年09月24日 09時22分22秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY パリは土曜日から日曜日になりましたシャンソン歌手パリLASTナイト


パリの金曜日と 土曜日は
皆 眠らずに 人生を謳歌しているようです。

窓を開けて
一時間に一本の割合で
煙草を吸うとき
右を見るとオステルリッツ駅

人がザワザワしています。

窓の下には
まだ 歩いている人たちがいます。

本日 土曜日は
ずーっと 晴天で暖かくて

私は午後三時半に家を出て
夜八時まで
歩き続けました。

なーんと 部屋に 携帯を忘れて
写真が取れませんでした。
大島さんに 頼んで 写真を 取っていただきました。
後で PCに 来ると思います。
今 ラストナイトの 靴と 足と 台所の写真を撮りました。

そうそう
本日の 10時間授業
では

三回 キャフェで休憩して
水分も補給。

夕食と ペリエ
コンサート後
キャフェで 赤ワイン

買い物もしました。
まず
午後三時半

パリの野外授業開始 探検隊開始

JARDIN DES PLANTSを歩いて 通り抜け
アラブのモスクの前を歩き

プラス モンジュ
そして ムフタール通りを懐かしみ
パルテノンまで 行き

そして リュクさんブール公園の ちょびちょぴ噴水と池を
眺め
あまりの 人間の多さに 仰天し
上野公園みたいだなー

てくてく
モンパルナスの VAVIN到着
我が家から 一時間だけしか 掛かりませんでした。

セレクトという クーポールの前のキャフェで
パンぶるむーす ピンクグレープフルーツの ジュースを飲み
30分我慢して 哲学者ぶりっこ。

そして また てくてく
買い物もして
二週間前に寒くて セーターを買った
ZARAに
また 入ってみたら
もう 品ぞろいが 大幅に 変化。
えー
社会勉強。

人間を飽きさせないために
陳列も 全て 変化。

二週間前に滞在した
モンパルナス ヴィアン ヴ二ュ のホテルの前を横切り

ヴォジラール通りを歩き

このゴジラみたいな名前の 通りヴォジラーは
大和田さんの大好きな 夜の通行人に捧ぐに 出てくる通りです。

ヴオルテール駅の
そばの キャフェで ミルクコーヒーを飲み
忍。時間つぶし。

そして
ブロメ通りに入り
ヤノスキーが歌うBALを見つけたのが
夜七時

約束の八時まで 一時間もあるのに
劇場のキャフェは しまっていて
仕方なく
また よろよろ
近所のキャフェにはいり
普通のコーヒーに お砂糖を入れて 飲んだりして
忍耐の45分。このキャフェは 破格の2ユーロ。

パリの中心地の観光名所のキャフェは 二倍高いです。

隣 テラステーブルの中年カップルは 
こちらの夫妻だと思いますが
べらべらと
奥さんが 一生懸命 ご主人に話しているのを
聞いて 
お一人様の 私は 時間つぶしに楽しみました。

きょうは きょうほ 強歩
丸一日でした。
ずーっと 歩いていましたけれど
高尾山の 歩行強化より らくちん。
上り坂ではないからねえ。

帰宅して ブーツを脱いで
我が足を
眺めたら
ふくらはぎに 筋肉が もりもり。

足の裏は 自慢の種ですが
ぽちゃぽちゃ
いくら歩いても マメもできないし
相変わらず 赤ちゃんの足の裏です。

私が自慢できるのは 足の裏だけです。
シャンソンのフランス語も 
ピアノの腕も
何十年 頑張っても 所詮日本人。

こちらに来ると
怖いもの知らずの 若かりし頃の私が
恐ろしくなります。

経験により
ますます 怖いものを 知りすぎました。
なのに
相変わらず
好奇心満載で
パリの 夜
人生の歓喜の歌を 心の中で歌っています。

早く日本に帰り
心の中ではなく ばばーんと 防音室で 歌いたいですよ。

私が 歌わないと 私ではなく ただの 骸骨です。

あーそれにしても
藤倉さんや 我が妹は パリでは痩せている 感じです。

皆 栄養状態を いざというときの為に 貯めているタイプ。

私は いざというときに 役に立たないかも
体脂肪の貯金がない体形。
そのかわり
足腰が とてつもなく丈夫みたいです。
足を丈夫に生んでくれたDNA両親に 改めて 感謝の念が 湧き上がります。

いくら歩いても 疲れない。
登山したら どうなんだろー 山女にはならないつもりですが。
スキーを二十歳で 初めてしたとき
山小屋の おじさんに
あと 五年早く始めたら スキー選手になれたのに・・・
と 言われたり
フラメンコを 三十代で オペラカルメンの為に習ったとき
直ぐに 舞台でフラメンコを 踊れと言われ

無能なので 運動神経と体力だけ 神様がくれたみたいですね。

といううちに
もう 高齢者 間近です。
自分を いたわりながら 加齢し続けるつもりです。

本日も 徹夜で 日本に帰った方が よさそうですね。
もう 深夜二時過ぎ
朝 八時に タクシー予約を 大島さんに 頼みました。

では
パソコンを しまいます。
お後は 日本で・・・
ブログ 更新いたします。


シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリ シャンソン情報は いつも 長南博文はかせから

2017年09月24日 07時43分06秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイ LILI LEY パリ シャンソン情報は いつも 長南博文はかせから

もう 十年位前に
長南さんが シルクドミラージュが素晴らしいと
教えてくださり
劇場に 連れて行ってくださり

たぶん 私のブログで 探せば 出てくるかもですが
感想を書いたと思いますが
久しぶり
十年なんて
あっと言う間

YANOWSKIさんという 長身長の男性歌手の
新たな 演目を 拝聴。

大島家族と 長南さんと 五人のアジアティク東洋人
一緒に
素晴らしい いかにもシャンソンのパリらしい雰囲気で
きちんと 修繕してある
ホールで 楽しみました。

ヤノウイスキーさんは
ウイスキーではなく
ウォッカを飲んでるふりして お水を飲みながら
タンゴを 歌いながら 踊りました。

彼の書いたポエム
作曲家は 現代音楽
完璧に クラシックの 作曲。

時々 モーツァルトを弾く サミュエルという たぶん イスラエル系

間違っていたらごめんなさい。

ピアニストが 伴奏していました。

シルクドミラージュとして
ヤノウスキーが 歌うときの伴奏者は
ジャズピアニストで
お芝居も 上手くて
奇声も 発していました。

クラシックとして しっかり 作曲されていた
難しい 音楽ですが
ヤノウスキー さんは
踊り 歌い パントマイムし
汗だく シャツも びしょびしょになりつつも

途中 モーツァルトの ピアノ演奏の時に 着替えてきて
汗に濡れた シャツを交換してきました

同じステージで 同じシャツを二枚用意するというのは
とても 素晴らしい
ステージマナー

私の記憶では
同じ舞台の為に 二着 同じステージ衣装を 用意したのは
越路吹雪さん位です。

私は 汗なんて かけない 貧相な 骸骨体格なので
いくら 歌って 踊っても
シャツや 下着がぬれそぼる・・・・なんて
一度も 経験したことがありません。

今宵も
YANOウスキーさんの 作詞は
おどろおどろしく

スズキ美奈子さんの大好きな
渋沢 辰ぞう もどき・・・・

こわーい。こわーい。オカルトチック。

あまりに長いフランス語族の
長南さん 私 ゆいちゃんは
詩の内容が 聞き取れてしまい
こわーい。

わたし は 臆病だし
想像力が とんでもないタイプなので
背筋ぞくぞく

氷を 背中から入れられたみたい。

このフランス語詩を 好きな 日本人や フランス人は
相当に 変人だと思いますが
韻も踏んでいる 作詞で
作曲されていて リズム 音程 全て
楽譜通り

声は
にゃんにゃん声から オペラ声まで出して

本日もブラボーブラボー
ヤノウスキーYANOWSKI

この方は 天才というよりも 秀才です。
努力家。
そして 体力もあると思います。
彼が
六十歳過ぎて 
アズナブールのように
94歳になるまで
聞き続け 見守りたい。

でも 私より 若そうなので
そのころ 私は 天国。

天国良い処 一度はおいで・・・・みたいに
安楽の 楽園にいるので
現世で 見て聞くしかないわねぇーー

毎度
フランスでの エンタメは
長南さんから 発信。

もう35年以上 パリに住んでいる日本人。
長南さんのフランス語は 早口でも聞き取れるけれど
日本語の早口は 聞き取れない程
滑舌が パリジャンか 北の 閉口系。

エンタメの後
コートドローヌの2014年 赤ワインを 二本
キャフェで 皆に ご馳走してくれた 長南さん
帰宅のタクシーも 送ってくれちゃったー

エンタメの前に
劇場の キャフェで一人食事していたら
突然
嵐のように
長南さんが入ってきて
嵐のように 私の食事代を払っちゃったー
運動神経が 良すぎです。
気遣い気配りのし過ぎ・・・

典型的日本人なのに
パリ風。
坂本りゅういち に 似てきて
アーティストに見えます。

大島夫妻も アーティストに見えます。

私は ベトナム難民に見えます。
ゆいちゃんが かろうじて 日本の大和なでしこ。

幸せな ラストナイト
タンゴ の 踊りも 見れて
アルゼンティンタンゴのバイオリン演奏も聞けて

LASTタンゴ in PARIS

思い出す映画
ラストタンゴin パリ
怖い こわい






 

シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY パリの土曜日 晴天 幸せ色のパリの空の下

2017年09月23日 20時56分14秒 | Weblog
シャンソン歌手リリ・レイLILI LEY パリの土曜日 晴天 幸せ色のパリの空の下

今回のパリの生活では
ほとんど テレビを見ませんでした。

月曜日の 午後 パリに戻り
翌日から 毎夜 遊んでいます。
六日間の宿泊なのに
三回コンサートに行くことになり
2回は ディナーに ご招待していただき
ほぼ毎日 出歩いていたので
ホテルにいることが 無かったです。

コンサート前は この能天気ケセラセラの私の
脳が 曇り空 不吉な黒い思い雲だらけで
何をしても 心ここにあらず・・・・

到着したときのPARISは 寒い嵐風風と雨。
暗い気持ちになりましたけれど
ホテルの受付の イタリアおじさんの
毎日の ナンパの 明るさが 
明るい太陽のような イケイケどんどん ラテンの雰囲気を
感じさせてくれました。

コンサート本番さえ終われば
私は また もとの ケセラセラ能天気に戻れます。

今回の パリの空は 丁度 私の 能の中と 同じパターンで
コンサートの後に リオンから戻ってから
真夏の日差し太陽
風は無くて
日本の11月の 晴天のような 乾燥したカラットした 
太陽熱の恩恵で 恵の暖を感じます。

部屋の中は
勿論 暖房を入れなければ 凍えます。
こちらの家の有難さは
暖房が 25℃から28℃ で Tシャツ 素足で過ごせることです。

日本も高齢化して
足腰の悪い方々をたくさん見ますけれど
こちらの 観光客たち 
フランス在住と 思われる方々の老齢者とて
同じです。

日本と違うのは
ガラガラを引いて歩く人より
山登りや スキーのストックを 二本両手に持ち
歩いたり 旅行したりしてていることです。

リタイアーして 裕福な女性たちは 綺麗にヘアーセットして
美しい ジャンパーヤッケ着て
ストック 持っているので
後姿は
スキー場 アルペンスキーしているように 見えます。

足腰が悪そうなのに 行動し続けているのは
圧倒的に 女性ですねぇ。

難民 移民も多いのが パリの特徴ですから
昔から 路上で 寝ていたり お金を無心してくる
人達は とんでもなく多いです。

キャフェで 無心に来る アラブ系のおじさんに
左隣のテラス テーブルに居た
かわいらしい パリジェンヌが 50サンチーム 上げていました。
その友達二人は 上げませんでした。

私は 小銭が無くて あげられませんでした。

右となりの席のおじさん二人に
また 別の アラブ系が タバコを無心に来ました。
一本あげていました。
私は たまたま 吸っていなくて 無心されませんでした。

こちらは10本一箱1000円です。
日本は 半額。
よほどの ブルジョアでなければ タバコは吸えない
スノッブな 嗜好品に なってきた 煙草税金収益世界です。

パリ大学の側の キャフェでは
煙草を吸う 豊かそうな学生が
談義していたり
勉強だけして まっすぐ帰る
勤勉タイプも いるみたいで
こういう
人間ウォッチング 空想力展開は 我ながら
世界の人生にたいする 好奇心満喫です。


明日 日曜日 朝 帰国すると
月曜日の 朝 日本へ到着いたします。
帰国便の朝八時頃着のJALは 成田に着きます。
ピーちゃんパパが
迎えにいらしてくれるとのことで

申し訳ないので お断りすると
それはそれで 
薄情な自立女で 鼻持ちならないみたいです。

甘えます。
大感謝です。

「私は 何でも 一人で自立して 出来るのよー」なんて
とてもとても ・・・・言えませんが

こちらの 難民が 無一文で 食べていくために
生きていくために
移民になって 生活していく
凄い たくましさは
戦後70年 平和だった我々日本人には 
驚きですが

人間の本能には
そういう 生命力のたくましさ が 備わっているから
これだけ 人類は地球に増え続けたわけです。

少子化の問題は 自国の税金徴収の 問題として
まあ いろいろ 考え方は あるかもしれませんが

世界では 子供が増え続けて
そして すぐそこで
戦争が 起こり
食料を求め 危機を避け 逃げてくる
人達が 大陸には 
とんでもなくいて

日本を離れて
実際に この目で 生活の雰囲気を見届けないと
まるで
島国の かたよった閉鎖的な 保守的な私になってしまいます。

とはいえ
私は 日本に住めて 日本という故郷があり
シャンソン仲間と シャンソン家族が 待っていてくれること
が 有難くて 嬉しくて 仕方ありません。
私は
左翼でも 右翼でもなく
生粋の日本人 
西洋化した大和なでしこ
愛国心の 塊だから 
私は この地に やってきて
日本の代表選手のつもりで 
西洋文化 西洋芸術 シャンソンフランス語を 頑張れるのですから・・・

自国の文化を紹介するには 色々な方法があります。

西洋芸術の技を習得して
こちらの人たち以上に 職人技を示すと
こちらの人たちは 
我々 日本人の 勤勉さや 仕事師の力と
文化レベルを 評価してくれます。

文化芸術は 構築したり習得するのに 天文学的時間とコストが
掛かります。
自然の景色とちがい 人間業だからです。

パゾリさんに 三味線や お琴を プロのように
弾ける 西洋人はいますか?
と聞かれ
バイオリン ピアノ 声楽の西洋音楽をプロとして
いるアジア人はいるけれど・・・
と質問され・・・・

芸大に邦楽科という クラスがあるけれど
皆 三歳とか 五歳とか 生まれた時から
ずーっと 一生 お琴も三味線も つつみ も謡曲 能
すべて 稽古し続けているから
プロになれるのであって

西洋人でも 生まれてから ずーっと 
良い師匠について 稽古し続けたら
なんとか なるかもですね。
と答えておきました。
まだ お三味線 お琴 日本舞踊の名手の西洋人は 見たことないです。

お相撲は いっぱい 外国人が居るのにね・・・・