日本共産党創立記念日、101周年の今日、泉佐野で演説会。
そして明日は、岸和田マドカホールで。
18区国政対策委員長 馬場ひできさん、衆議院議員 宮本たけしさんがお話します。
私も18区選対本部からの訴えをさせていただきます。
「一度、共産党の話でも聞いてみるか」
そんな方のご来場、大歓迎です。
日本共産党創立記念日、101周年の今日、泉佐野で演説会。
そして明日は、岸和田マドカホールで。
18区国政対策委員長 馬場ひできさん、衆議院議員 宮本たけしさんがお話します。
私も18区選対本部からの訴えをさせていただきます。
「一度、共産党の話でも聞いてみるか」
そんな方のご来場、大歓迎です。
18区国政対策委員長 馬塲ひできさんと一緒に。
馬場さんは、お隣の高石市で学習塾を経営しておられました。
コロナで生徒も減って・・・それでも、地域の子どもたちと触れ合う仕事が続けたくて、塾が終わってから、深夜のアルバイトをするようになりました。
「そこで、私は、ダブルワーク、トリプルワークで生きるために、家族のために、命を削って働く人たちに出会いました。年金が減って、夜中に働く高齢者の方にも会いました。
そんな苦労をしないでいい、誰でも普通の暮らしができる。そのために政治が役割を果たさなければならないのではないでしょうか?」
馬場さんの訴えに、ふりむく人の姿がありました。
6月17日(土)午後4時半~
あべのキューズモール前
田村智子副委員長ととともに、19の小選挙区のうちで次期衆議院選挙で挑戦する予定候補として発表された9人もスピーチします。
泉大津・高石・和泉・忠岡・岸和田の18区国政対策委員長の馬場ひできさんも訴えます。
早期の解散総選挙も、取沙汰されています。
一日も早く、政治を国民の手に取り戻したい。
国会は異常事態!
この「異常」について一緒に考えて欲しい。
そういう思いで、駅に立ちマイクで訴えます。
「4月の選挙で当選させていただいた松本まりです」の声に、車の窓を開けて激励してくださるかたもありました。
そのことを後援会ニュースでお知らせしたら、ニュースを見た方が、手伝いにきてくださいました。
嬉しかったです。
森下いわお、松本まりの2人の候補者、そろって当選することができました。
ご支援ありがとうございます。
そして、阪南地区委員会で統一地方選挙を闘った4市4町、高石・泉大津・岸和田・貝塚・忠岡・熊取・田尻・岬で17人の候補者全員当選!
嬉しいことです。
私が引退するので「病気?」と心配してくださる声もたくさん。
私は、いたって元気です。
さて、このブログのタイトルをどうしようか・・・と考えています。
松竹伸幸氏の問題が、いろいろ話題になります。
松竹氏の「9条が世界を変える」という本は、今も私の本棚の手の届くところにある1冊です。
私にとって、平和、そして憲法を考えるうえで刺激を受け、そして好きな本でもありました。
そういうわけで、氏がFBやブログで発信される内容にも関心をもってきました。
松竹氏の言動を「ルール違反」として除名処分としたことで「日本共産党は異論を認めない」「やっぱり怖い」などの見方があるようです。
もし「異論を認めない」ような組織なら、50年もの間、私はその中に居続けることはできなかった。それが実感です。
多数の意見と自分の考えが違うということは何度となくありました。
党中央委員会の決定に、全面的に頷くことができないこともありました。
「異論を持つ」ということは、時に辛いことでもありますが、ものごとをより深く考える機会でもありました。
自分が抱く「異論」が自分の知識や洞察力の足りないためであることが、時を経てわかる。納得できたこともありました。
「少数派」であった自分の意見が、徐々に他の人の理解を得ることもありました。
そうして、自分の考えを言葉にしながら、他の人の考えに耳を傾けながら、学びながら、行動の中で検証していく。
それは特異なことではなく、ある目的を持って力を合わせる集団なら、あたりまえのことではないかとも思います。
そういう組織を、本当の意味で強く、暖かい人の心が通う組織を創っていきたい。
松竹氏の問題を通じて、改めて思います。
それにしても、松竹氏は「この一年間、全力で闘う」と言われますが、いったい何と闘うのでしょうか?
何のために?
これほど平和が、暮らしが、憲法が壊されようとしているときに。
日本共産党の「新春のつどい」。
すでに昨日は立春で、「新春」というより「早春のつどい」と言うべきだったのだろうと終わってから思います。
年の初めの楽しいイベントとして、毎年続けてきました。
2021年は感染拡大の不安で開催を見送り。
2022年は予定していたけれど直前に「中止」の決断。
なので、3年ぶりの開催でした。
前半は、アトラクションで泉大津出身のプロのマジシャン、アミティさんの笑いと驚き、笑いの20分間。アミティさんは、保育士です。泉大津の子どもたちに、この感動を届けることができたらなあ・・・と思います。ワクワク、ドキドキ、びっくり。一生心に残る、心の宝物になるのではないかと思います。
参加者の中から6人、マイクを持ってくださった方々、経済、平和、教育・・・それぞれに短い時間に実感をこめたお話でした。。
開会中の国会から駆けつけ宮本たけし衆議院議員、予算委員会での論戦を再現するように臨場感のあるお話でした。
「統一協会と政治との関係がよくわかった」と、初めて参加してくださった方からの感想でした。
森下議員と、日本共産党泉大津市委員会くらし・若もの相談室の松本まりさん、そして私からも訴えをさせていただきました。
「暖かい元気の出る集いだった」という感想も寄せられて主催者としては、ほっとしています。
風はまだまだ冷たいけれど暦の上では春。
政治の春を!
写真は一枚も撮れず。
受付に置いたお花の鉢植えをアップしておきます。
明日、2月5日(日)、午後2時から4時頃の予定で、日本共産党泉大津後援会の「新春のつどい」。
会場は青少年ホームの1階集会室です。
開会中の国会から、宮本たけし衆議院議員がかけつけ、国会報告をします。
宮本議員は2月2日の予算委員会で、自民党と統一協会の癒着の問題をとりあげ政府のあまりの不誠実な答弁に、他の野党席から「誰をかばっているんだ!」と声があがりました。
後援会の集いも、コロナで開催をみあわせてきたこの3年間。
感染対策のため、入場者のお名前をお聞きすることになりますが、どうぞお気軽にご参加ください。
10月下旬なのに、夏が戻ってきたような日曜日の午後。
扇町公園で、「日本共産党 躍進のつどい」
泉大津からも後援会でバスで参加しました。
各自治体の議員団と来春の統一地方選挙の予定候補が勢ぞろい。
よく目立った、連名の旗を目印に、声をかけて頂きました。
来春の統一地方選挙を闘うたくさんの予定候補者を代表して7人の決意表明。
そのうちの一人としてマイクの前にたった松本まりさん。
会場からたくさんの暖かい激励の拍手を頂きました。
舞台では後ろに並んでいたので写真を撮ることはできませんでしたが、帰ってからYouTubeの録画で観て、清々しい、さわやかな笑顔を思わずパチリ。
大阪府委員会のHPから視聴できますので、小池晃書記局長の記念講演ととともに視聴してください。コチラから。
今年で党を創立して100年の日本共産党。
この党の中で、ちょうど党の歴史の半分の50年を生きてきました。
今日は、同じ年に党員となって、様々なところで活動してきた方々のお話を聞く機会がありました。
日頃からよくお会いしている方もあれば、ほぼ初対面の方もおられました。
年齢はほぼ同年代。
半世紀前の若い日に、政治革新の希望に胸躍らせた記憶は全国どこにいても同じです。
自分が知ることができること、理解できることは、限られたものですから「この道が絶対に正しい」とは言えないと思っています。
それでも、自分が選び取って歩き続けたこの道は、私にとってはただ一つ。
たくさんの出会いに感謝し、「このように私は生きた」と言えることは幸せ。そのことを胸に刻んだ今日という日でした。
昨日の午後、党創立100周年の志位和夫委員長の記念講演。
事務所にパソコンとテレビを運んで、地域の仲間と一緒に視聴しました。
100年の歴史。そのちょうど半分を、その中にいて生きてきました。
その時、その時のことを思い起こしながら2時間半の講演を聞きました。
その時にはわからなかったことが、今、振り返れば「わかる!」ということもたくさんありました。
メッセージを寄せてくださった永井愛さん(劇作家・演出家)の言葉は「そうありたいもの」と、深く心に刻んでおきたいと思いました。
その一部です。
「特に、一番迫害を受けたり、弾圧を受けたりした党が100年続いている。このことにあらためて心打たれます。人一倍強い人たちが集まっていただけなくて、『自分たちが理想とすることに合理的な根拠がある』と、信じられたからではないかと思います。それは根底に、科学だとか哲学だとかがあって、そういう考え方とその時々の事象をてらして課題を見つけて、それに向かっていくということがいつもできていた。それが共産党の強さの原因ではないかと改めて思います。」
根底にある科学、哲学。それと、時々の事象を照らして、課題を見つけて、それに向かっていく。
私たちの持つ「綱領」という大きな財産は、その歴史の中で、創り上げられ、試されながら、磨かれてきたものだということに改めて確信をもつことができました。
多くの人達に伝える。共感を広げる。
そういう点では、まだまだ発展途上です。
ひとりでも多くの人に視聴して欲しいので、ここにリンクしておきます。 「日本共産党100年の歴史と綱領を語る」
昨日7月15日、日本共産党は党創立100周年の日を迎えた。
この党と出会って、今年で50年。
50年たっても、「入党申込書」にペンを走らせた日のことを、昨日のことのように思い出すことができる。
今の「入党申込書」は、極めてシンプルだが、当時は「決意」というものを書くスペースがかなり広くあった。
そこに書いた、言葉の断片もまだ記憶のなかにある。
「自由でありたい。だから組織には入らない。束縛されたくないから」と言っていた自分が、実は、家族制度、学歴社会、競争社会の固定観念に「縛られて」いたことに気づき、「真に自由でありたいからこそ、人間の自由を求め続ける組織の中に身をおいて生きたい。」
20歳だった。
その1年前に、民青同盟に加盟し、1年間かけて自分なりに考えてきたので、迷いはなかった。
けれど、それから以降は、迷い、迷い、また迷い・・・という年月だったような気がする。
それは、実は今でもそうなのだ。
こんなやり方でいいのだろうか?
伝わっているだろうか?
自己満足になってはいないか?
いつも迷い、無力感に陥ることもある。
50年たっても、まだまだ新しい発見があり、戸惑いもある。
100年たった日本共産党も、日本共産党員として50年の私も、まだまだ発展途上。
ただ、「この道を行く」ことに、今は迷いはない。
昨日は、午後8時に投票が締め切られ、「大阪選挙区現職4人の当確」の知らせを聞いてから、泉大津の開票が行われる体育館に向かいました。
選挙区選挙の立会人でした。
帰宅したのは、日付が変わっていました。
コータローさんは、結果が出た後の挨拶で、「私たちは、必ず勝利するときがくる。
勝利に近づいた闘いだった」と力強く言ってくれました。
こんなに論戦力があり、こんなに人の痛みがわかる政治家を国会に送ることが、できなかったことは残念でなりません。
今日から、新しい一歩。
選挙中の新しい出会い、応援してくださった方々の顔が思い浮かびます。
応援したくださった皆さん、ありがとうございました。
以下、たつみコータローさんのTwitterより引用
大阪選挙区は議席の奪還には至りませんでした。掲げた公約の実現のため引き続き全力を尽くします。これから改憲勢力との闘いが本格化します。誰もが自分らしく生きられる社会の実現のため、私は引き続き闘います。皆さんも一緒に闘ってください。本当にありがとうございました。
昨日は、たつみコータロー候補者カーのアナウンサーで大阪の一番北へ。
今日は候補者カーを泉大津に迎えて代理弁士でマイクを持ちました。
「軍拡は平和も暮らしも壊す道」
「大阪にカジノはいらないの声は、党派を超えてたつみコータローに。日本共産党に。」