ゆうゆうの教会便り

私の教会のこと、教会生活をボチボチと・・・・

地図無し、ナビ無し、雲だけ!

2018-08-14 13:56:23 | 今日の聖句
旧約聖書は「民数記」を呼んでいます。
今日の聖句は「民数記」9章15節~23節 「雲が幕屋を覆う」です。

9:15 幕屋を建てた日、雲は掟の天幕である幕屋を覆った。夕方になるとそれは幕屋の上にあって、朝まで燃える火のように見えた。
9:16 いつもこのようであって、雲は幕屋を覆い、夜は燃えるは火のように見えた。 9:17 この雲が天幕を離れて昇ると、それと
共にイスラエルの人々は旅立ち、雲が一つの場所にとどまるそこに宿営した。9:18イスラエルの人々は主の命令によって旅立ち、
主の命令によって宿営した。雲が幕屋の上にとどまっている間、彼らは宿営していた。 9:19 雲が長い日数、幕屋の上にとどまり
続けることがあっても、イスラエルの人々は主の言いつけを守り、旅立つことをしなかった。9:20 雲が幕屋の上にわずかな日数しか
とどまらないこともあったが、そのときも彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。9:21 雲が夕方から朝までしか
とどまらず、朝になって、雲が昇ると、彼らは旅立った。昼であれ、夜であれ、雲が昇れば、彼らは旅立った。9:22 二日でも、
一か月でも、何日でも、雲が幕屋の上にとどまり続ける間、イスラエルの人々そこにとどまり、旅立つことをしなかった。
そして雲が昇れば、彼らは旅立った。9:23 彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。彼らはモーセを通して
なされた主の命令に従い、主の言いつけを守った。


「成人男子が六十万人」という聖書の記述から類推すると、多分百万人近い大集団が40年もの間荒れ野を旅する、というより彷徨う。
モーセという(神から与えられた)超カリスマ性のある指導者に導かれて、その旅の指針は幕屋を覆う雲だけ!!
何と言うべきか・・・・・・集団の中にいる自分を想像して、その過酷さ、あてど無さに呆然とします。
しかもこのイスラエルの人々は約束の地、蜜と乳の流れるカナンには入れなかったのですからね~ 
モーセもカナンを望むピスガの山で死にます。
神から与えられるマナとウズラの肉と、水だって潤沢に与えられないこともあるシナイ半島の荒れ野を40年間!
イスラエルの民のなんという強い信仰でしょう。
「神、我と共に在り」「私の命は神様が私に与えてくださったもの」という信仰を与えられているのに、なお!明日のことも
明後日のことも思い煩ってしまう自分が情けないです。
虚しい思いに囚われることの多い今日この頃の社会、自分も含めた人間。
私の命は神様が良しとなさって与えてくださっている、という信仰が無かったら限りなく空しいばかりです。
一人でも多くの方が神様のみ言葉に出会って救いに与れたら、と祈る毎日です。

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<マルタンヤンマ(雄)>のぶら下がり。
フランスのトンボ学者にちなんだ命名だそうです。
写真で見ると美しいブルーがみえますが、実際には枯れ枝か
枯葉のようで素人が見つけるのはなかなか難しいです。
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