その日暮らし

田舎に暮らすこの虫は「カネ、カネ、カネ」と鳴くという。

雲と自由が棲むという里で百姓に成りきれるかな?

四角四面といい加減

2022-05-21 08:00:32 | 転職

『おやじぃ』の「代掻き作業」も上手になった…

アハハ、機械の性能が向上しているお陰です^^;
5月19日になれば水が来る…前日まで白くカピカピだった『おやじぃ』の田んぼにもようやく水が入りました。(お隣で大面積を耕作する『善助さん』ちの田植えが終わらないと水が回って来ないのだという経験値は間違いなかった…内心少々、焦ってはいるけれど^^;)
はて、そこで『おやじぃ』は悩んだ…相方の『チャオちゃん』からは、「お前が先に代掻きして植えろ!」と言われているけれど、田植機を借りる都合もあるから、ここは彼の田んぼを先に代掻きして、先に植えてもらった方が、「余り苗」の数も把握できるし、『おやじぃ』にとっては都合がよい。(作業が遅れているのに、他人の田んぼを先に代掻きするのは、お人好しというより、打算的な考え方の方が強かったりして^^;)
『おやじぃ』の所有する田んぼは不整形地(未整理地)だけだから、コッチを回ってバックして、アッチを回ってバックして、と実に効率が悪いのでありまして、こうして『四角四面』な田んぼは楽だこと…四つ角を決めて、畦際さえ注意すれば、あとはスイスーイってね…そして、ふと考える。『おやじぃ』は、結構『四角四面』な性格なのだけれど、それでも自由気ままに生き続けられるのは、不格好な不整形地を縦横無尽に駆けまわっているからか?と。(実際には、オッカーの手の中で、上手に泳がされていると言うのにね^^;)


おかずも無いので「納豆スパ」…

はてさて、疲れた身体に『缶ビール燃料』を補給したら、とある『お仕事』のオファーがありました。取り敢えず、お酒が入っているということを理由に、やんわりとお断りしたのでありますが、また、明日も電話をするとのこと。(明日も多分、お酒が入っているに違いない^^;)困ったことに『おやじぃ』は人に頼まれると、自分の力量も考えずに安請け合いしてしまうところがある…何とかキッチリとお断りする妙案はないものか?「夏場はキュウリ栽培で身体に隙がありません。」「折角手に入れた自由を手放すつもりはありません。」etc.どうもインパクトに欠ける。そして、先輩たちはどうしてその『お仕事』を引き受けたのだろうかとも考えた。そうそう、彼らは60歳から既に年金を受給していたのでありますよ。ならば「我が年代は、まだ年金受給年齢ではありませんから、その報酬額では生活が出来ません。」とズバリ問題点を指摘すれば、次の人を選考する際の目安になるんじゃないのかな…なんてね。
自分の性格を『四角四面』と言いながら、他人に嫌われないように適度な『いい加減』さを見せて生きて来た。それで、身体を壊す前に早期退職の道を選んだ(現状から逃げたとも言える。)のではなかったかな?今朝、薄々感じ取っていたであろうオッカーに電話の内容を話すと、「身体を壊しちゃうよ。」とひと言…アハハ、やっぱりオッカーの手の中で泳いでいる『良い加減』な生き方なんだわ(笑)

#戦争反対 「笑って暮らそう~♪金は無いけど夢はある~♪」…納品途中の軽トラックの中で、突然、『おやじぃ』のオリジナル曲が湧いてきた。家族が笑って暮らせることが一番の幸せ…だから、戦争反対の呪文は唱え続けます。

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100円玉拾ったら?

2022-05-20 07:52:34 | 転職

『おやじぃ』得意の『ざる回し』!

今年はのんびり行くかね…と腰の重い自分に優しく、されど、やっぱり焦りはある^^; ご自慢の早出しスナップエンドウの収穫作業も終盤戦…本来ならば、遅蒔きのスナップエンドウ第二弾が成長しているはずなのに、高温障害で今年は期待出来そうにありません。こうなると毎年のことではあるのだけれど、6月は作物の端境期で、一気に収入のアテが無くなってしまうのでありますよ。「6月は、田植えを終えて、疲れた身体を休めなさいという神のお告げよ。」などと強がりを言ってはみても、やっぱり焦りが見え隠れ(笑)
さて、昨日、直売所に納品に行った帰り道、敷地内で100円玉を拾いました。「ラッキー!」…しかし、人目(人通り)もあるしなぁ…100円玉如きで、その人物像を創り上げられたら叶わない…「オラ、正直者だから届けるだよ。」と職員さんに手渡しましたけれどね。これが、1円玉だったら?4,630万円だったら?(実際にはあり得ないけれど^^;)「ラッキー!」とポケットに入れる。面倒なことに巻き込まれたくないと気付いていても無視するetc.色々と選択肢はあるわなぁ…。
かつて、貧乏学生時代に、仕送りを待つ同級生『O君』の口座に100万円が振り込まれていた。彼の声は震え、「どうしよう?」と悩んでいる内に、「入金誤りでした。」と銀行からの電話1本で引き出されてしまったとか…これっておかしくねぇ?学生さん相手だからかなぁ?まぁまぁ、「ラッキー!」と手を付けなかった彼は無用なトラブルに遭わなくて済んだようではあるけれど。(これ、偶然ですけれどホントの話です。)


「アッシには、関わり合いの無いことでござんす!」

さて、笹川佐保原作の「木枯らし紋次郎」…ニヒルな役を演じた「中村敦夫さん」がハマり役でした。ニヒル(虚無的)で厭世的なはずの「紋次郎」が、人の世の人情噺に巻き込まれてしまうところが面白かったのよねぇ^^; 「アッシには関わり合いの無いこと」に巻き込まれてしまうのが世の常でありまして、山口県阿武町の誤送金問題も、『おやじぃ』には一切関わり合いの無いことなんですが、マスコミ報道に煽られてノゾキ見してしまっている^^; 本来なら、10万円の給付金を受けて、当座の生活が出来ただろうに、名前、顔写真まで晒されて…選択肢の誤りだけなんだろうか?なんてね。
100円玉を拾った『おやじぃ』が、そのままポケットに入れたら「占有離脱物横領罪(刑法254条)」に抵触するそうである。今回は正直者を演じた『おやじぃ』ではあるけれど、もしも人目が無かったら、それでも届け出ていますかねぇ?「100円玉と4,630万円では金額が違いますよ!」と言ってはみても罪は罪…今回ばかりは届け出たから言えることでありますよ。「お金を拾う。」「釣銭を間違う。」…世の中には『悪魔のささやき』が満ち溢れている。「100円玉如きで、その人物像を創り上げられたら叶わない。」結局のところ、人目を気にしている結果でしかないのでありましてね、『おやじぃ』にも『心の闇』というものはあるんだよなぁ(笑) さて、貴方(貴女)は100円玉を拾ったらどうします?

#戦争反対 100円玉を拾って、ポケットに入れたらそれも罪…金額の多寡ではないのだよ。されど、きれいごとを語る『おやじぃ』にも『心の闇』はある。それでも、『きれいごと』と揶揄されても「戦争反対」の呪文は唱え続けます。

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人生いろいろ

2022-05-19 07:50:20 | 転職

空き地に咲いた「ツルニチニチソウ」の花ですが…

倒壊しかけている空き家の敷地に咲いていたものです。(所有者の家族が離散したとかいう話ではなく、新居に越して、放置しているだけです。)
「何だっけなぁ、この花の名前?」以前にも調べたはずなんですけれどねぇ…憶えたつもりでも、次々に忘れて行く。生活する上では特に役に立つとも思えない「雑学」だから^^; そうそう「ツルニチニチソウ」だった。そして、また考える。この花の色は、「青」と表現すべきなのか、「紫」と表現すべきなのか?「青」のイメージは「空」や「海」の色…「紫」ならば、「パープル」「バイオレット」と言った表現がある。『おやじぃ』が初めに感じた「紫」という「色」が、画像を通して、相手方に「紫」と伝わるのだろうかなんてね。「色見本16色」なら「青」と表現すべきかなぁ?(実に下らない^^;)
数値化した「青(#0000FF)」ともチョット違う…曖昧なのでありますよ。こうしてみると「色(幸せ)」も「色(不幸)」も実に曖昧なものである。『おやじぃ』が思い描いている「色(幸せ)」が、相方であるオッカーに「色(幸せ)」として伝わっているのか…「幸福感」を色見本のように数値化したら、相方に正確に伝わるのでしょうか?「色」とは、目が受容する感覚のひとつだから、数値化したとしても、『おやじぃ』が見ている「色(幸せ)」と他の人に見えている「色(幸せ)」に微妙な違いがあるんじゃないかなぁ…まったく、朝から何の役にも立たないことを哲学しているのでありますよ(笑)


友人『ノロ社長』のトラクターも快走中^^;

はてさて、『おやじぃ』のトラクターに触発されて、友人『ノロ社長』は、博物館行きのようなトラクターを引っ張り出して来た。子どもの頃からこの地で育ち、暮らして来た仲であるから、ライバルと言うよりは『腐れ縁』と言った方が的確かも^^;
農園の売り上げが伸び悩む『おやじぃ』に対して、彼は「これから先は、社会貢献だよ!」とひと言名言を吐いた。「はい!本日の名言いただきました!」と応えた『おやじぃ』であります。そして、最近とみに重くなった腰を上げて、また農園に向かう『おやじぃ』であります。「美味しいスナップエンドウを求めるご家庭に提供して社会貢献」「畑のわらびをお安く提供して社会貢献」…実にちっぽけな社会貢献ではあるわなぁ。学卒後、地元に就職して働き続け、そこそこ安定した暮らしをしてきたではないか…今さら成果(手に余る金品)を求めて何になるのかね?(しかし、お金は欲しいわねぇ^^;)
{色(幸せ)」を数値化しようなんて無理がある…ましてや、当人が感じている「色(幸せ)」が、他人にも同じ「色(幸せ)」に感じているとは限らない。「色」の知覚には「加法混色」「減法混色」なる理論も存在するようである。「人生いろいろ」…幸せは「加法」で、不幸は「減法」で、所詮、その人の感覚なのだから、まぁ、曖昧なままで良しということにしよう(笑)
ちなみに、『おやじぃ』夫婦の間で、「出て行く」とか「出で行け」などという会話はありませんのでご心配なく…お互い曖昧なまま、生活しておりますから^^;

#戦争反対 「色(平和)」もまた、受け取り方が違うのだろうか?「色(平和)」も曖昧な感覚ではあるけれど、皆が求めていることと信じたいのでありますけれどねぇ。

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たけのこ剥ぎ商法?

2022-05-18 07:43:30 | 転職

旬のタケノコ煮をご相伴にあずかりました^^;

友人『ノロ社長』が岩手県の取引先の方から頂いたタケノコ…『おやじぃ』は手を汚すことなく、夕刻のおつまみとして旬の味を頂きました。竹(タケノコ)を食べると言えば、パンダ。上野動物園のパンダの双子、シャオシャオ(暁暁)とレイレイ(蕾蕾)も、来月には生後一年を迎えるようであります。パンダが栄養価に優れているとも思えない竹を食べるようになったのは、他の動物との食物の競合を避け、中国山岳地帯でも一年を通して食べることができる竹を選び進化した結果という推論があるようです。「競争」「共生」「逃避?」と、『生き残り戦略』にも色々な選択肢があるようですなぁ^^;(商売上の生き残りにも通ずるものがある!)
旬のタケノコを巡る諺を調べていたら、性風俗店で使われる『たけのこ剥ぎ』という用語にヒットしましたよ。初期料金はお安く設定し、タケノコの皮を剥ぐように、女の子の脱衣や接触行為などのオプション料金を積み上げて、最終的には高額料金になってしまうことを言うらしい。『〇時前入店、〇〇円ポッキリ』などという看板に鼻の下を伸ばして、追加、延長で痛い目をしたオジサンも少なからずいらっしゃるに違いない^^; 女の子の「着衣」とタケノコの「皮」を同じに扱われたら、当の『タケノコ様』に失礼ではあるけれど、立派なタケノコも一枚々々皮を剥いでいったら、芯(可食部)がほんのチョッピリなんてね…芯(お小遣い)が残っていたなら上々、それこそ身ぐるみ剝がされたオジサンたちも確かにいらっしゃるに違いない(笑)


遂に『相棒(トラクター)』がやって来た^^;

赤字体質の零細農園には痛い出費でありますが、「長い目で見た投資だよね。」とオッカーにも慰められ、『おやじぃ』は気力を取り戻しているところであります。故障した相棒『クワジマン』だって、40年選手でありますから、『おやじぃ』の代での投資というより、長男『ポン太郎君』が奮起するための起爆剤であり、財産となるだろう…待て待て。スイッチ類が増えて、初体面の『おやじぃ』にはチンプンカンプン…基本的には『全自動』だから、ローターの上下、ハンドル操作、速度調整さえすれば良いはず…。確かに便利なのだけれど、そこには『IC基盤』という電子部品の落とし穴があるのではないだろうか?部品の補償期間なんぞは、10年が良い所だから、トラクター本体の寿命よりも、交換できる基盤が無くなってしまうことの方が、今回の『相棒』との別れ目なのかも知れないと冷静に考える…。
『たけのこ剥ぎ』が、女の子の着衣を一枚々々脱がせる御商売とするならば、コチラの方は、『おやじぃ』の着衣(資金)が一枚々々脱がされていく感覚ですわぁ。(誰も『おやじぃ』の脱衣行為を見たいとも思わないだろうけれど^^;)ならば、年間実労2週間などと言わずに、アタッチメント(除雪、畝立て、マルチ張り)を付加して、大いに働いていただこうじゃありませんか…ほれほれ、もう既にオプション追加料金が待っている^^; 作業時間や効率など冷静に考えないと、『おやじぃ』も身ぐるみ剝がされてしまいそうですよ(笑)

#戦争反対 皮(防衛線)を一枚々々剥がしても芯(心)は残る。皮(土地)を制圧しても、芯(人の心)は制圧できないんじゃないかなぁ…。

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「上り」と「下り」

2022-05-17 07:24:23 | 転職

ノボリフジ(ルピナス)を見ながら考える^^;

「下り藤は屋敷に植えてはいけない。」「柿の樹を屋敷に植えてはいけない。」「桜の樹を屋敷に植えてはいけない。」etc.と理由も判然としない家訓やご当地の言い伝えというものがある。『おやじぃ』の知り合いのお宅では、「屋敷畑にキュウリを植えてはいけない。」という家訓もある。(これは、キュウリ好きのご当主が、大好きなものを断って願を掛け、程なく子どもが授かったからという理由があるようだ。)また、あるお宅では、「エンドウ豆を植えてはいけない。」…事実、屋敷回りではない畑で、エンドウ豆を植えたら宜しくないことばかり続いたと語っておられた。それ以上は詮索いたしますまい。『災難』というものから逃れられるのであれば、理由、理屈が通らなくても、他所様が信じて疑わないものを笑ったり、否定しても仕方がない。「キュウリのお話」を聞いて「なるほどね。」と納得するだけでありますよ^^;
ところで「下り藤」…フジの花は下がって咲くもの。家紋と違って、世に「上り藤」なるものがあるのかね?マメ科のルピナス(ノボリフジ)はあるけれど…「上り」は上等、「下り」は下等と、明治以降に培われた「上り=東京」という感覚が身に沁みついてしまったようでありますよ。ちなみに、道路も鉄路も起点と終点が定められていて、終点から起点に向かうことを「上り」と言うらしいから、必ずしも「東京」を向いて「上り」と表現している訳ではないらしい。それでも、『おやじぃ』のお腹は、ストレスで「下り」傾向…足腰に力が入らず、やはり「下り」はよろしくないようだ(笑)


『お手伝い』する気持ちだけ受け取ります^^;

昨日、受け取った「ナス苗」を何とか定植しました。(ほとんど、長男『ポン太郎君』の作業の賜物でありますけれど^^;)7月を迎えれば、連日、収穫作業が続くことになりますなぁ…。次は、キュウリ、そしてナンバンと野菜の苗が搬入され、定植し収穫を待つことになります。「いつまで(何歳まで)同じことを繰り返すのだろう?」就農当初と違って、意欲が薄れているのは、昨年の加工用ナスのKg単価が10円ほど「下った」ことにもよる。「キュウリだけに特化するのも良いけれど、災害にあったり、市場単価が低迷したときに、被害が大きくなってしまうから予防線だわ。」…と、長男『ポン太郎君』には説明しております。加工用ナンバンは、万が一の場合、収穫を2~3日遅らせても買い取っていただける。これまた、お小遣い程度の売り上げでも、予防線のつもりなんですけれどねぇ…。
世の中、「上り調子」なら気分も上々でありますけれど、燃料、資材費は「上って」も、米価をはじめ、農産物価格は「下り」傾向…これでは労働意欲も「上がって」来ませんわなぁ^^;
はてさて、岸田内閣肝入りの「成長と分配」とやらはどうなったのだろう?我が零細な農園でも『成長(上り)』を見込める作物はある。その『成長(売上)』によって、『おやじぃ』への『分配(お小遣い)』も可能ではある。そう信じて働くしかないかぁ…思惑が外れて、経営が破綻(上がり)にならないようにしないとなぁ。気分だけは「上げ」「上げ」でなんてね(笑)

#戦争反対 コロナ禍、戦時不況と気持ちは「だだ下がり」…戦争状態なんて、早いところ「上がり」にしなくちゃいけないよ。

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失ったもの、得られるもの…

2022-05-16 07:11:46 | 転職

街路樹「ベニバナトチノキ」の花ですかねぇ^^;

今を盛りに「ボタン」の花が咲き、普段通っている直売所近くの街路樹に花が咲いていた。「まるで〇×さん、△□さんのように、ボタンの花が盛りですなぁ~^^;」「みんなにそう言っているんでしょう。褒められても何も出ませんけれど。」と釘を刺される^^; 『おやじぃ』と職員さんとの掛け合いでありますが、「そうそう、△〇先輩にも同じことを言った。」と素直に認める。(女性に対する興味、スケベ心は既に失われている。というより面倒くさい^^;)
「トチノキ」ねぇ…仏語で「マロニエ」…あれ何だっけかなぁ?…ほれほれ、春雨に似た食べ物?「マロニエ、マロニエ」…「マロニー」かぁ^^; 「マロニー」は「トチの実」のデンプンが使われたりして…ブッブー!残念、ジャガイモデンプンとコーンスターチの配合粉が原材料ですと。同じような名前から類推した大きな勘違いではあるけれど、これでまたひとつ知識が得られた。
日々「トチって」ばかりの『おやじぃ』ではあるけれど、「トチる」とは、「トチの実」を原料とする「橡麺棒」が語源となっているらしい。と、生き残るためには、何の役にも立たない知識ばかりを『乱獲』しております…すぐに、忘れ去ってしまうのにねぇ。
はてさて、体力が衰えて行く。奥歯が抜けた。黒々としていた髪もめっきり白くなってしまったetc.…初老期の「喪失感情」は、うつ症状を招く危険な兆候なんだそうでありますよ。


さて、今年も「ナス苗」が届いたゾイ^^;

毎年、同じようなことを繰り返している。それでも、価格単価を見据えて品種ごとの本数を変えたり、安定した収量(売上)が見込める作物の数を増やしたりと変化や工夫は凝らしているつもりではいる…そうでもしないと直ぐに飽きてしまうから^^; 前職を早期に退職して、さて、『お百姓さん』になってみようかしらと思い立って4年目の春…当時の意欲はどこへやら?街路樹に花が咲いていることにさえ気付かない日々…成果(お金)を求め過ぎているんだよなぁと反省することしきりであります。
「女性とお金は追い掛けるほど逃げて行く。一流の男なら、向こうが放って置かないのだ!」が『おやじぃ』の勝手な持論じゃなかったかね?と振り返る。それでも後悔はしていない。家族が大きな病気もせずに暮らしていければ、それが最高の幸せなんじゃないかと強がってもみせる。そうそう、失ってから気付いても遅いのだと思うようにはしている…同年代の俳優さんやコメディアンの自死の報を受けての『おやじぃ』の今の感情でありますよ。
「失ったもの、失っていくもの」を数え上げたらキリがない。それでも、これから「得られるもの」がまだまだあるんじゃないかい?生き残るためには何の役に立たない「知識」も、『お百姓さん』としての「経験」も「失ったもの」以上に存在するはずである。日々の「気付き」をもっと大切にしないとなぁ…「あら!素敵なオジサマ。」否、「あら、笑い話の絶えないオジイちゃん。」なんだ、まだ、女人に対するスケベ心は多少残っているじゃあないかね…これが一番大事かも(笑)

#戦争反対 ウクライナとロシアの戦闘は長期化の様相を帯びて来ました…こればかりは「失うもの」が多過ぎる。笑顔の絶えない世界のために、届かぬ呪文は唱えることにする。

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地方移住(見える景色…)

2022-05-15 07:45:05 | 転職

彼(ニホンアマガエル)の故郷は隣りの田んぼ^^;

「サルナシ」の葉に今年も間借りの「ニホンアマガエル」がやって来ました。(間借りと言っても、賃料は一切頂いておりません^^;)朝日を浴びて目を覚まし、日中の暑い日差しは屋根が防いでくれて、夜には居間の明かりに誘われて来る『食料(虫)』を確保できる。田んぼ(田舎)に留まれば、サギ類やカラスの標的になることを考えれば、身を隠すことも出来る絶好の物件であり、今のところ『彼』は、この物件(都市部)の最上階に無料で暮らしているから、『成功者』に違いない^^; とは言え、冬は畑の枯草の中に身を潜め、来年の春になれば繁殖のために田んぼ(田舎)に帰り、また、この優良物件にたどり着けるとは限らないのだけれど…。(アマガエルに「学習能力」があったら凄いよねぇ^^;)
はてさて、地方出身者が都会でひとかどの成功を収め、老後は夫婦でのどかに地方移住。あるいは、自然豊かな地方で子育てをしたいetc. 実に優雅な響き、そして、人口減に悩む地方の市町村にとっては、ウェルカム状態…支援制度もありますから^^; しかしなぁ…田舎暮らしにどっぷり漬かってしまった『おやじぃ』にしてみれば、都会の方が便利なのにと思ってしまう。ネット環境の普及で、いわゆる『情報過疎』は解消され、地方も『情報氾濫』する社会ではあるけれど、お買い物は?(商業施設はある。)教育環境は?(塾はある)勤め先は?(リモートワークもあるじゃないか^^;)医療機関は?…公共交通機関が衰退しているから、自家用車がないと不便な生活となってしまう。そうそう、『動ける内』の住環境なんだよなぁと考えてしまうのでありますよ。(カエルと同じかい^^;)


ボタンの花も強風にさらされてしまった!

この『動ける内』というのが重要だよなぁ…30年ほど前に、「高齢化社会」という問題が語られ始められたとき、『おやじぃ』は、田舎(地方)は、同居率も高いから家族の介助は部分的に可能であるけれど、同居率の低い都会の高齢化の方がむしろ深刻になるのではなかろうかなんて予測しておりましたけれど…都市近郊の団地は、一気に高齢化の波にさらされてしまうんじゃないかなんてね。
「歩けない(移動手段がない)」「階段が昇れない」…『動ける内』というのは実に生活を支える重要な要素だわ。こればかりは、都会も田舎も同じ光景だわなぁ…。『人生100歳時代の到来』などと盛んに煽られたとしても、65歳の定年まで働いて、残すところ何年、自由に『動ける』のだろうか?せいぜいが10年ちょっとといったところじゃないかなぁ?(元気老人は確かに居りますけれど^^;)こうして見ると、「セカンドライフ(定年退職後の人生)」だけではなく、「サードライフ(介助が必要な人生)」も思い描いておく必要があるんじゃないかなんてね。一見優雅に思える地方移住も「医療機関はあるのか?」「介護福祉サービスは充実しているのか?」といった要素も考える必要があるんじゃないかなぁ…地方移住はおおいに結構!やりたかったことをやり遂げて満足した10年余りを暮らし、楽しかった10年余りの思い出を、残り10年余り語り合えたら、こりゃ~幸せってもんでしょう。まずは『動けること』そして『動ける内』に…やっぱり、動かなきゃいけませんかね『カエル君』?

#戦争反対 『地方移住』に夢を馳せるのは個人の自由…戦争で逃げ回り、追いやられる生活は御免被りたい。

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再生可能エネルギー

2022-05-14 07:30:20 | 転職

咲き分けの「ボケ」の花が咲きました^^;

「時節柄、飲食を伴うイベントは…。」「会場は感染対策に十分配慮して…。」という前置きが『常套句』となった感がある。山形市では夏の恒例イベントである「花笠まつり」が3年ぶりに目抜き通りをパレードするとの報が流れた一方で、20年来続いて来た我が在所の「まつり(イベント)」の実行委員会が解散することになったのだとか…理由は、「時節柄…。」ですか?
『おやじぃ』は「裏方さん」というより、「お客様」として何度かお呼ばれしたことがあるのだけれど、真夏の日中に長時間開催されるこのイベントは、好物の生ビールをエサに釣られたとしても、炎天下でテントの中で見物しているのは正直しんどかった。(正直な気持ちであります。)これまたコロナ禍の影響ですかねぇ…「時節柄、中止。」という決定をしてしまうと、開催した充実感よりも、しんどさが上回っているから、再開のために腰を上げるのが非常に辛くなる。今年は、『おやじぃ』も集落役員をやっているから、はてさて、集落や地域のイベントが今後どうなることやらと考えている。イベントの『意義付け』や『意味付け』だけでは、人は動いてくれないものであります。集団(総会)の中では、同調圧力と言いますか「今までやってきたことだから…。」という雰囲気に流されてしまうのでありますが、個人に帰れば、「面倒くさい」という気持ちがあるのも事実…「コロナ禍」という理由付けは、個人の気持ちを覆い隠す、程よい理由になるものだとつくづく思うのでありますよ。


「土側溝」の堀上もしてみましたが…

我が家の田んぼに水を引くためには、草刈り、堀上をしなければいけない。(手抜きをした結果は、自分に還ってくるだけでありますから^^;)そこに、『荒らして置くとめくさい(みにくく恥ずかしいこと)』とか、下流の耕作者に迷惑を掛けてしまうといった、『他人の目』という要素が絡んでくるものであります。田舎暮らしの厄介さのひとつに、『他人の目(評価)』があることは否めない。今まで、細々と続けて来られたのも『他人の目』を気にしてという理由もあるわなぁ^^;
「今までやってきたのに、何故やれない?」VS「仕事が忙しくてやれる訳がない。」と、仕事を理由に上げる方もいらっしゃるけれど、正直なところ「仕事が忙しい。」とか「時間がない。」という理由を上げる方は、職場、家庭で「忙しい。忙しい。」と連発しても、ろくな仕事もしていないんじゃないのと勘ぐってしまう。正直に「面倒くさくてやりたくない。」と言ってしまえば良いのに…これじゃ、格好が付かないか(笑) 「時節柄、コロナ禍で…。」という理由は、実に万人ウケする、格好の付く理由になるもの^^;
はてさて、一度、壊れてしまうと、あるいは壊してしまうと、再生(再開)するためのエネルギーは、維持、継続してきたエネルギー以上の熱量が必要なものでありますよ。「面倒くささ」を「楽しさ」が上回るか…水路の草刈りを終えて、今度はこまめに管理しようと心の中では思った『おやじぃ』でありますよ。お題の『再生可能エネルギー』とは少々、意味が違うけれどね(笑)

#戦争反対 せっかく作り上げて来た都市を生活を破壊して、また、再建のためにエネルギーを投下するなんて「無駄」の極み…届かない思いであっても「戦争反対」の呪文だけは唱え続けます。

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ふぁんたじぃ~!

2022-05-13 07:29:53 | 転職

季節の山菜料理をゴチになりました^^;

「ファンタジィー(英:fantasy)」は、幻想的、空想的な事象を主題や設定に用いるフィクション作品のジャンルなんだそうだ。一方、「SF(Science Fiction)」は、空想的な世界を科学的仮想に基づいて描いた物語なんだそうであります。(だから何なの?)作品の発表当時は、荒唐無稽、空想と思える題材も、時を経て、宇宙旅行やロボットetc.が現実のものとなっているから、『馬鹿の絵空事』と切り捨ててしまうのは如何なものか…『馬鹿バカしい努力』を続けて、『絵空事』を「現実」に変えてしまうところが天才と凡人の分岐点かも知れませんなぁ^^;
かく言う『おやじぃ』だって、子どもの頃は「ロボット」(あくまで、おもちゃです。)に憧れていたからなぁ…ぎこちない動きの有線操作の「ロボット」は、50年以上の時を経て、二足歩行を行い、「無理」だろうと勝手に思っていた指関節の動きも非常に滑らかになっている。当然、そこには開発に携わった方々の不断の努力の結晶ということなんでしょうけれどね。夢に向かって歩みを続けるか、『絵空事』として切り捨ててしまうかで、世界は大きく違ってくる。
はてさて、季節の山菜料理をゴチになりながら、これらを初めて食べた先人たちに『敬意』を表する。苦い(エグミ)もあれば、毒の野草もある…こうして食卓に上るまでに、果たして幾多の先人たちが『食中毒事故』を起こし、そして、幾多の犠牲者が出てしまったのだろうかなんてね。


外が暑くて、ノビております^^;

果たして、『空腹』が勇気を出させたのか、食への『興味』が先人を駆り立てたのかは分かりませんけれど…。暑さでダレてしまった『おやじぃ』は、昼下がりに『妄想』を繰り返す。もしも、これだけハッキングが横行する世の中ならば、「攻撃」、「迎撃」に関わらず、そのシステムが自国の要衝に落ちる設定に書き替えられていたなら、為政者は恐くてスイッチを押せないに違いない。下らない『妄想』…しかし、現実には起きえない幻想(ファンタジィー)ではなく、科学的根拠が無い訳でもないSFの世界じゃないかなんてね^^;
ロボットが隆盛し人が仕事を失い、人工知能が進歩し人が機械に支配される世界など、SFの世界では結末が悲観的なものも多いようである。単純労働から解放される『夢』が、単純労働者の働く場所を奪い、コンピューター制御の世界は、事務の効率化を超えて人員削減の方向へと走り出す。開発者にしてみれば、意図していない方向へと流されていく。人間らしい生き方、暮らし方って一体何なんだろうねぇ?季節の山菜料理を食べながら、そこまで妄想するかね?只々、残り少ない期間を平穏無事で乗り切りたいと思っているだけなのだけれど、これまた『絵空事』なんでしょうかねぇ?

#戦争反対 『おやじぃ』だって、憲法第9条で日本が戦争に巻き込まれないなどとは思っていない。『絵空事』と言われたとしても、「戦争のない世界」を『妄想』しなければ、現実に平和な世界は訪れないと思っているだけなんだけどなぁ…。

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ホップ、ステップ、どぼん^^;

2022-05-12 07:35:00 | 転職

「ホトケノザ」(春の七草ではありません。)…

トラクター作業が出来なくても、春作業はまだまだ続く…こうしてみると、昨年の秋はかなり手抜き(サボリ)をしてしまったようです^^; 除草剤の散布ムラが目立つ屋敷回りに二度目の除草剤を散布したり、荒れたトマト畑の畝を復旧したりetc. 秋の内に残渣片付けをしていれば、こんなはずではなかったのに、雪が降れば雑草も枯れるでしょう…という安易な考え方(寒くて辛かった^^;)が、春作業を増やしております。あとの後悔先に立たずなどと申しますが、出来なかった(しなかった)ことを今さら悔やんでも仕方がない。「やらなかった。」のは「やれなかった。」理由と言うものがあるはずである!と、どこまでも自分にだけは優しい『おやじぃ』であります。
直売所回りをしていたらカーラジオから「上島竜兵さん」の訃報が流れて来た。先だっては俳優の「渡辺裕之さん」の訃報があったばかりなのにねぇ…若い方々の自死は痛ましいと感じるのだけれど、同年代の方々の自死については、お付き合いなど無いのだけれど心中穏やかではありません。「何でまた?」という心境は同じなのだけれど、同年代の方々の「死」については、どうも自分に重ね合わせて考えてしまうフシがある。他人には推し量ることの出来ない悩みや心の闇(病み)があったに違いない。それ以上は考えない…考え始めると自分も心の闇(病み)に取りつかれてしまいそうな気がするから。ご冥福をお祈りすることだけにしておきます。


「黒マルチ」の下のヒルガオです^^;

わずかばかりの光を求めて、マルチの下で伸びて来たに違いない。深く耕運して草むしりを繰り返すこと度々…それでも根(栄養根)が深いから、こうして絶えることなく生き残っておりますよ。そして、また、むしり取る^^; 農園を始めた頃に比べれば、着実に量は減っておりますが、「ヒルガオ」と「スギナ」は絶えることがないようです。そして、ちょっとでも気を貫くとパイプハウスの周辺では、勢力を回復してしまうのでありますよ。抜かれても、除草剤で叩かれても生き残る「強い生命力」…厳しい条件下でも生き残れるのは、根の深さ(芯の強さ)なのかも知れません。
大した成果(売り上げ)は上がっていなくても、以前に比べたら着実に成果が出ているじゃないか!と、自分を自分で褒めてあげる。思惑が外れて、失敗しても、こんな年もあるわなぁ…と、来年に期待と反省をする。(来年も生き残れていたらのお話でありますが^^;)将来への不安が無い訳でもないけれど、自分は通常の「定年退職年齢」まで働き続けたじゃないかと言い訳し、これから先も、金、カネとアクセクと働き続けるのかね?と自分の働き方を許してしまう。そうそう、もうそんなに先が長く続く訳でもないのだから、「自分に優しく」生きてもいいんじゃないかなぁ…。若い内は「ホップ、ステップ、ジャンプ!」と自分を鼓舞し、歳を重ねたら「ホップ、ステップ、どぼん!」と落ちないように、ホップとステップの歩幅は小さめに^^; 「ホトケノザ」の花に気付けたことに幸せを感じる…そんな、ちっぽけな幸せさえ感じれれば良い一日だったということにしよう(笑)

#戦争反対 除草剤で草も全滅…かけむらでちゃっかり生き残った「ホトケノザ」。のどかに暮らしたいだけなんだから…多くを望んだりしていないのだから…。

コメント
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