お米作り=『夢拓人』。お茶作り=『錦峰園製茶場』。 “松江の専業農家の徒然なるブログ”

松江でお米とお茶を作る、3世代9人家族の専業農家。
子育て+農業+α。
風を感じながら、夢を持って365日奮闘中!

今年も「認定農業会の視察」に参加しました ②

2017年02月24日 21時04分45秒 | Weblog

父 綴ります。

研修初日の宿は、松山市の”道後温泉”でした。てっきり、格安ビジネスホテルの個室だろうって考えてました。

でも観光バスが入ってたのは、老舗旅館”葛城”。しかもあの有名な”坊ちゃん風呂の館”のすぐ上に位置。

こうなったらもう絶対、’旅の思いで作り’のためにも行くしかないでしょう。

相部屋になった「堀尾先輩」に導かれてイザ!。

 (今回を含めると、生涯で3回目の”道後温泉泊まり”でしたが、道後温泉のシンボル”道後温泉本館”は初。)

 

「堀尾先輩」は、以前に入湯した折には一階の400円風呂だったので、今回は2階の部屋でって希望。

そこで、手回し良く旅館”葛城”のフロントで’1250円の入浴券’を購入して、浴衣姿でぶらぶらしながらGO!。

履物を下駄棚15番に入れて、番台案内所にチケットを差し出して。

そかからは、建物の2階に案内してくれるスタッフさんに導かれて、「風呂待ち部屋」に上がりました。

そこで待ち受けていたスタッフ女性に、うながされるままに畳部屋に並べられた座布団に座って、。

 

準備万端の我々二人は、時を置かずに木造会館の木造階段を下って”明治・大正時代に築された風呂”に。

そこの脱衣場の空いていた15番棚に脱いだ衣類を入れて、いざ戸をあ開けて浴室へ。

おお~これがかの有名な”重要文化財の道後温泉本館”の風呂!!。

そこは、結構シンプルな作りで風呂は、コンクリ張り?の10畳くらいの長四角ぽい構造。

でも、愛媛石を使った二つ彫像から零れ出す湯は、少し熱めながらも豊富で、やや深めの浴槽に『これぞ温泉!』。

金を払って入った戒があった!。

 

でも、少し先に来て入ってた’原会長’・’竹谷副会長’・’Kさん’・’K君’・’S君’・’F君’とも一緒に入りましたが。

『わしらは、1500円払ってるので、風呂上りには三階の部屋で、”ぼっちゃん団子”をお茶請けにくつろぎます。

 

結局、ほぼ皆一緒に風呂を満喫して出ました。 体を拭いて身づくろいをして其々に、、、。

私と「堀尾先輩」は、2階にある部屋に戻って、お茶を戴きながら座布団に座って風呂上りの余韻に、、

でも、お茶請けは”道後温泉の焼き印の入った煎餅2枚”。 まあぁいっか!。

 (今頃、1500円払った3階部屋の彼らは”坊ちゃん団子”をお茶請けにくつろいでいるだろうなって、、)

 

でもその後、館内の案内をお願いしたところ、木造3階建てのあちこちを見せていただくことができました。

’皇室方専用の入り口門!・’皇族のくつろぎの部屋’・’皇族だけの風呂’・’専用のはばかり’。

そして、3階の”夏目漱石利用の部屋”。

(4畳半ほどの個室が廊下の両側に並ぶ’1500円のBIP部屋’に、外景色を見ようと立ち入った時。ダメです!って)

まあ、旅の話には十分できる体験が出来ました。

 

豪華な夕食を戴きながらの’交流会’も盛り上がりました。

ビールや酒・焼酎を注がれ注ぎながらの話や、カラオケの熱唱した時間はあっという間。

「堀尾先輩」の’3本締め’で散会しました。

(締め儀式の後、豪華料理の’お頭鯛の煮付け・愛媛牛の鍋・しょけご飯・汁・オレンジのデザートをパクパク。。)

最後の宴会場の一人になってしまった状況で、完食を断念して退席、、、。

 

続いてある部屋で開催された2次会会場へ参加しました。

でも、「酒はたくさんあるけど、つまみ類が無い」ってことで、夜寝る相部屋の’Nくん’と買出しに。

旅館を出て、’道後温泉本館’の横を歩いて「道後ハイカラ道り」方面に向かってると。

『もしもし、’咥えタバコ’は止めてください』って、’道後温泉本館’の横に並べられてる”人力車の車夫さん”。

投げかけられた突然の言葉に、タバコを吸ってた’Nくん’もあっけに。 そばの私も何何?

すると声掛けした若い車夫さんでは効き目薄いと感じたのか、一見強面のお兄さんが後ろから現れて、

『ここは、喫煙禁止になってますので!。』

煙草を吸ってて注意された’Nくん’も、横にいる私も。 心内がアタフタアタフタ。。。

「あのう、何処で煙草の火を消したらいいんでしょう?」って私。

『足で揉消してもらったら良いです』って、強面のお兄さんの言葉に、すぐさま反応した’N君’でした。 

(結局’Nくん’はその吸殻を、つまみを買いに入った’ローソン’の女店員さんにゴミ委ねしました。)

ドッキリドッキリしたけど、それはそれで”印象に残る旅思い出”になりました。

 

 

 

 

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今年も「認定農業会の視察」に参加しました ①

2017年02月23日 20時14分03秒 | Weblog

父 綴ります。

先週の15日(水)16日(木)に、毎年恒例の一泊二日の「松江市認定農業者会」の先進地視察研修参加しました。

今回は、四国の愛媛県。

松江~尾道間の自動車道が全線開通してるので、朝7時半に’JAくにびき’を出発しました。

 

午前11時過ぎには、瀬戸内海の島々を繋ぐ七つの橋の’しまなみ海道を通って、四国小松で昼食。

メニューには、’瀬戸内魚の寿司盛り合わせ’・’定番のさぬきうどん’・’キビナゴ魚の甘酢漬け’などなど。

デザートには、’伊予かん’と’甘平みかん’。

売店には、今が旬の「かんきつ類」が10品種ほども並べられてました。

皆さんが、試食しながら早速買い求めておられました。

 

午後1時には、最初の視察先の松山市の「OCファーム暖〃の里」に行きました。

経営者の長野(兄)と、長野(弟)から説明を受けました。

長野(兄)は、’東京農大’を出て、’派米研修生’で2年の経歴の後、親父さんの経営に参加。

愛媛県の普及センターからのアドバイスもあって、自園プラス周辺農家のみかん園の栽培。

そして、恵まれた四国の天候と、排水性の良い砂質穣土の田んぼで、「稲」・「玉ねぎ」・「きゃべつ」などを栽培。

何よりも、長野(弟)も協力なパートナーとして、その知能を十分に発揮しながら経営と栽培に参画!。

さらには、両親と兄・弟の嫁さんも、其々の担当部門でアシスト体制!。

勿論、27haの経営規模なので、若者の雇用もして!。 理想的な、、、。

 (でも若者たちには、35歳を目途に”自立農業者”となるように、技術と意識付けとを指導してるって、、。)

 

山陰の’雪模様と曇天の地’からきた皆には、その’青空天気’と’35歳と32歳の若い心意気’がうらやましかった。

 

続いて、(株)井関農機本社の「植物栽培のモデル工場プラント」を見学しました。

”植物にとって最適な温湿度・光と炭酸ガス濃度を機械で制御しながらのドリップ水耕栽培工場”。

パソコンやスマホでデーターを確認しながら、理想な生育環境を遠隔操作して、指示どうりに環境をシステム制御。

 

 その設備への投資額’億単位’との説明に、、、、。

 

一階の説明ホールに並べられた”昭和の機械”と、”平成29年の田と畑の作業機械”が興味!。

 (結構参加者には、’井関党’が私も含めて結構いたのに。

  カタログ配布も、見学記念粗品も、まして飲み物一杯も無かった。

  オカシイ!?。我が家の見学会でもお茶の一杯くらいは当たり前に出してるのに。ケチッ!。)

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想いを新たにする葬儀でした

2017年02月21日 22時36分26秒 | Weblog

父 綴ります。

今日(21日)の午後2時から、急に亡くなわれた”恩義一杯ある先輩”の葬儀に出かけました。

多分たくさんの弔問の人たちで込み合うだろから、家を早めに出ようって考えていましたが。

葬儀会場の葬祭会館の駐車場に着いたのは、20分前でした。

 

ホールの玄関を入って遺族さんの出迎えを受け、「この度は急なことで、誠にご愁傷さまでございます。」ってご挨拶を、、、。

会場ではすでに大ホール席は満席。 しばらく立ってると次々に補助椅子が運び出され、、、。

後ろから3列目くらいの席に座ることが出来て、ゆっくり’〇〇先輩’へのお別れ儀式に集中出来ました。

 (並べられた椅子席をざっと数えたらば、約250~300でした。)

菩提寺の”迎接寺”の和尚さんが、葬儀を執り始められ、、、、。

 (祭壇には、昨日拝見した’赤いスエットのイカス姿の遺影’。 お供えの’生花と供物かご’は右左に20数個。)

さらに”弔辞”を、「〇〇先輩に45年に渡って指導いただきました」って、私も知友の「安部かつくん」が、、、。

『〇〇さん!。武っさん!。えっとお世話をしてごしなった。 一緒にやりたいことがもっともっとあったのに,、、。』

思わず私の気持ちそのままの”弔辞の言葉”に、涙腺が、、、。

 

先輩は、たくさんの’縁あった人々’に見送られて、”愛しい奥さんや、リッパであられた両親のおられる天国”に旅立って行きました。

今夜は、〇〇先輩の結婚式に招かれてもらった折の、「祝 武・益美の文字の入った花瓶」に、’水仙の花’を活けてみました。

運よく残った「形見」を見ながら、、、、

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恩多き先輩の突然の訃報

2017年02月20日 19時40分40秒 | Weblog

父 綴ります。

先週は、色々と用事の多かったです。

(パソコン室のコンパネ板交換・亡き親父の同級生さんの葬儀。

 一泊二日の研修旅行・地元土地改良区の4地区合同の交流会・JAの機械展示会・我が家の分家の一周忌法要。)

 

今朝、過ぎし日の新聞を、拾い読みしながら整理。

すると、昨日19日付けの”お悔やみ欄”をチェックしたところ、「2月17日夜11時死亡、〇〇 〇。松江市八幡町の69歳。」

ええぇ!。 まさかまさかぁ!。 あの”恩多い先輩”かァ?。 気が動転!。 

デモもしかしたら、、、。 とっさに頭の中のファイルを、パラパラパラッ。

結局、先輩と家が近くにある私の農高時代の同級生の’修君家’に電話して確認しました。

 

すると、やっぱり”私にとって恩が一杯ある先輩”の訃報でした。

『夜、風呂に入ってて”急な心筋梗塞”が命取りだったみたいだよ。つい先日も一緒に飲んだりしてたんだけど、、、。』

 

去年暮れに、お世話になってるお礼に’お歳暮のお茶’を持ってた折にも。

『公ちゃん、このお茶を飲んでみて勉強してみな。』って、

静岡市から安倍川を30km上がった山間いで造られた”有東木産の手摘み高級茶”をくれました。

又、『松江市内で唯一、”有機野菜セット”を全国に発送してるけど、品揃えがなかなかに大変だよ。』って話してくれました。

「〇〇さん、第一次生産もですけど、農産加工もしっかり工夫しなければって考えるこの頃です。知恵を貸してくださいよっ!。」ってお願いしました。

 

想い起こせば、20歳過ぎからもう45年もの間付き合わしてもらってました。

初め頃は、農業青年組織「NAC」、(ニュウ アグリカルチャア クリエイション コントラクション)の立ち上げから鍛えてもらいました。

今では全国で大流行の”ゆず栽培”も、40年前に着眼して”徳島県の山の中の上勝町”の、

”種無しゆず「多田錦」”の生みの親を訪ねて、直接の話し聴きを段取りしてくださいました。

 (マイクロバス2台に分乗して、高速道路も出来てないので「ルート11」を走って、、。私もクネッタ山道を交代で運転しましたっけ。)

結果、”種無しゆず”は、NAC会員で1000本以上の苗を植えつけたでしょう。

京都市北村の明治時代に海外輸出してた”ゆずの村”の現地視察も企画してもらいました。

 (京都の夏の風物である「川床での精進定食」も味わうことが出来ました。)

”ゆず”の青果を出荷するための独自シールや、「原徳ホック」への直販の段取りも、先輩がつけてくださいました。

 (冬至頃には、「冬至のゆず風呂」用の、’ネット詰めゆず’を店内でお客さんにサービス配布の体験もしました)

”ゆず”のジャムや果汁加工をする業者の、愛媛県の「えひめ果汁(株)」への、共同出荷の段取りもしてくださいました。

  

歳が3歳下の私を、個人的にも随分可愛がってくださいました。

松江の産品を使った『松江づくし』の、第3弾商品として声掛けをしてもらった『煎茶』。

開発メンバーによる”お茶摘風景”や、松江市役所記者室での”製品発表”も段取りしてもらって、、”写真付き記事”が新聞に掲載!。

『松江づくし』の題字揮毫者の「小泉 凡」さんの、県立女子短期大学生を引率しての’錦峰園工場’の見学もセットしてもらいましたっけ。

何よりも感謝しなければならないのは、”島根県物産館”(市内の城山前、東京の三越前)への、「出展者の資格」をお世話して貰った事です。

 既に「出展資格」をお持ちの、2業者さん以上の推薦がなければ’物産館’への商品ならべが出来ないというハードルを。

「〇〇先輩」の尽力で、「米田酒造さん」・「袖師窯さん」の後ろ盾推挙を頂いて、会員仲間にして頂くことができました。

 

その後も、「服部珈琲さん」に、”松江づくし煎茶セット”の提案をして頂いたり、、、。

厳寒の2月に行われるようになった「松江食まつり」への参加を促してもらったり、、。(伯太町のわたなべ牧場さんの隣ブースで)

八束町の「由志園さん」に、紹介をして下さったり、、、。(お茶も米も)

数年前には自宅で、雲南市から講師を招いての”本格的などぶろくつくり”にも呼んでもらいました。

 (その当時知り合ったばかりの、オランダ人シェフにも私がTeLして一緒にレクチャーを受けましたョ)

 

今日の午後、「せめて’棺の中のお顔”だけでも見させてもらって」と、自宅にお伺いしました。

祭壇前の線香に火をつけ、鐘を打ち、、、。

棺の中の〇〇先輩を拝顔すると、、、、。

年末に会った時よりも艶顔で、髪も黒くて、数年前の”〇〇さん”でした、、、。

ご遺族にお声掛けしながら、私の顔見知りの弔問客さんと一緒に話をしてると、

『’ご遺影写真’が出来ましたので、持ってまいりました。』の声が玄関で。

 

居合わせた私たちが目にしたのは、この間まで付き合ってた〇〇先輩そのままの写真でした。

しっかりと正面を向いて、ちょっとお洒落な赤いシャツ。でも顔と額には数本のしわがあって、『わしもがんばっちょうで!』って言ってた姿そのまま。

思わず、「〇〇さん、あんたあんたでしょ。何がどげしたかね。」って、声を出しそうになりました。

『亡くなった日も、皆さんを集めて我が家で”味噌仕込み”をやって。夕方から営農グループでの飲み会に参加して。』って、ご遺族さんが。

 

はぁ~っ。 

明日の葬儀会場で、改めて感謝の数々と、〇〇先輩の意思を少し実現できるようにという意思とともに、冥福を祈ろうと思います。

 

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懐かしがられる”おじじ”になろう!

2017年02月14日 18時26分37秒 | Weblog

父 綴ります。

今日の午後2時から、黒礼服に着替えて、葬儀に行ってきました。

亡くなられた方は、平成20年に亡くなった私の親父の、小中の同級生だった’Mさん’90歳でした。

親父が亡くなった時に、葬儀に駆けつけてくださり、’香典’を戴いていたので出かけました。

 

病院に、去年の11月に入院されてて、満90歳の誕生日を12月に病院で迎えられて、、、。

(ここの近年特に感じるのは、病院の外の気候が入院されてる身には関係ないように思えても。・・・・)

葬儀会場の’遺影写真’は、20年前に「元気な男前」の”自分写真”とか。 (覚悟の心にエぇ~)

(本家から’初代分家’としての”意地”が、大正15年生まれの”意地が”、戦中に生き延びた”経験”?。)

 

去年の6月・8月・11月には、私の同級生の親さんが”旅立ち”をされ、見送り葬儀に参列しました。

改めて親父世代の人には、’親父の付き合い方”やら’親父のことば’から、結構な”人生訓”を学んだ気がします。

亡くなられた葬儀会場でも、”これからの自分の生き様” の参考を戴いた気がしました。

 

夕方、ポストに配達されてた”京都の月間誌「のうけん」”のページをめくっていたら。

’三上和志氏’の、『懐かしがられる親になれ!』の一文が載ってました。

 

雪ノ下で仕事できない今。

年齢をもらった今。

寝付かれない夜時間に、、、。 (よ~くよ~く、じっくりじっくり、考えてみようって思いました。)

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雪はうんざり。

2017年02月13日 09時03分36秒 | 

父、綴ります。

10日(金)、日中も、夜から朝にかけても断続的に雪が降りました。

11日(土)のテレビ、ラジオでは、鳥取県では列車が止まったり、

高速道路が通行止めになったり、停電したところもあったりして、

大変な状況でした。

我が家でも、今回はもう大丈夫だろうって考えていましたが、

二週間前の大雪で凹んだトラクター・トラック用のビニールハウスは、

支柱をしていたので油断していました。。

 

昼前に行ってみると、5本立てていた支柱の3本が倒れていて、

前回と同じようにやっぱり三トントラックの屋根部分にハウスパイプが折れ止まっていました。

 

屋根の上に登って約20センチほどの雪下ろし。  ・・・頑張ったよ。

倒れていた3本を改めてジャッキアップ。  ・・・頑張ったよ。

 

12日(日)は、時折晴れ間もあったりして、庭の雪かきを女子5人でやっていました。

(私の参加は無しでした)

 

宮崎県の井尻くん(国立茶試の同級)が、携帯に連絡をしてくれました。 

「雪の報道を見て、”雪の下で息してるか~?”」って・・・。

彼は、お茶7ha経営なのに、野菜類もたくさん栽培しているみたいです。

『宮崎は天気がいいので、この頃は“切り干し大根”の加工をしている”』とか、

『お互いに健康に気をつけて、頑張らんばね~』って、話しました。

 

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寒い日は家でDIY

2017年02月09日 21時34分52秒 | 

父  綴ります。

立春を過ぎたとはいえ、まだまだ寒さは続きます。

こんな日には、懸案としていた”補修作業”をしようって、身繕いをして頑張りました。

下部分が腐食して、壊れた隙間から’野良猫’が出入りしてた戸(多分30年は経ってた)を新しく作りました。

寸法は、今までの木材をそっくりそのまま作ろうって、1mm~2mmを気を使って、、、。

今まで通りの’ほぞ穴堀り’をする為に、’錐り’・′ノミ’を使った本職さんの真似をして、、、。

 

耐久性を考えて、”赤ペンキを塗って”。

明るさを考えて、”ポリカネートクリア波板”を、傘釘が曲がらないように慎重に打ち付けて。

勿論、台風時の強い塩っけ混じりの東風を考えて、”ステンレス製”の蝶番を、3個付けたりして。

 

イザ取り付けてみると、完璧!!。 満足!!。

素人細工とは思えない出来上がり!!。 

(人が褒めてくれる目立つ場所ではないので、自分で眺めて納得・納得。 

(本職さんに頼べば、数万円払わなければならないのを、楽しみながら完成出来たので、。

 

先日の屋根雪下ろしの時に、錆びたトタンを踏み外した部分を、

透明ポリカに取り替えました。

傘釘は、もちろん、ステンレス製。

 

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今夜は、’紫吹淳’の”餃子”を作ってみました

2017年02月06日 20時50分03秒 | 

父 綴ります。

節分が過ぎて、2月4日の立春を過ぎたので、ボチボチ寒さもやわらぐかなァって思っていますが、

今日も何だか一時、みぞれ雨が降ったりしました。

妻は、確定申告の時期を目の前にして、連日パソコンに向かってます。

私は、今年度の稲作の種籾・肥料・農薬の予約を発注したので、ちょっと一息です。

でも、行政やJAや農業団体への、前年度の結果の数字や、始まったばかりの今年度の計画の提出書類や、

’農業経営者’としてのスキルアップの研修会や、JAの会合、農業新聞や農業書籍での知識を学習する時期です。

この頃は、パソコンを駆使しての具体的なツールや、効率的な作業を学習して行かなくっちゃです。

 

そんなに忙中でも、やっぱり時間的な余裕時間がこの時期はあります。

2月4日(土)朝に、たまたま見入ったテレビで”、元宝塚ジェンヌの「紫吹淳」さん”が、不得手の料理に挑戦する番組を観ました。

前からヤってみたいなって思ってた”餃子”と、焼き飯”の作り方番組でした。

 

なので、昨日5日(日)には、東出雲町の’コスモス’で、「合挽きミンチ肉/税込定価98円」や、玉ねぎ、生姜チューブを購入。

今日6日(月)は、ATM記帳に出掛けた’みしまや楽山店’で、「餃子の皮」を探して探してゲット!。

インターネットを検索して、”弱火料理人「水島弘史」”を引っ張り出して、「紫吹淳コーナー」をプリントアウトしました。

 

実は、今夜の夕食を皆が食したあと、私はプリントアップしたレシピに載っとて、「白菜」を細かくカットカットカット、、。

レシピには載ってなかった「キャベツ」も、切ってカットカットカット、、。

 (餃子のキャベツには、思い入れがありまして、、。三女の中学生のクラス交流会の折に、”中国留学生の女の子が講師で「餃子作り」がありました。)

 (10数年前のその時の具材は、挽肉の他にキャベツがメイン野菜で、細かく細かく包丁使いをさせられた思い出がトラウマ?的に残ってますので。)

 

今夜は、私が主シェフで三女と孫娘二人が頑張った”焼き餃子作り”でした。

ほぼレシピに載っとて、コネコネマゼマゼ。 

「餃子の皮」の辺に水つけて、スプーンで掬った調味した具を乗せて、縁をシワシワシワ・・・。

(2番目の孫は、4歳前なので餃子の皮が破れちゃったりして、、。愛嬌愛嬌、、。)

 

レシピにあるように、仕上げの焼きは’弱火’で10分。強火で30秒。

 

『美味しい~』って、孫。 

 (パリパリの縁は、、良いかなぁ、。 でももうちょっとジューシーな感じな方が美味しい~って、言葉に出さないけれど、、、。)

初回のチャレンジは、60パーセントokか?。

   

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凹んだビニルハウスを、何とか利用可能にしました

2017年02月05日 20時20分53秒 | 

父 綴ります。

1月30日(月)の夜更けから降り積もった雪で、凹んでしまった’ビニールハウス’の回復に頑張ってみました。

 

2月1日(水)にまずは、3トントラックを脱出させるために、トラックの荷台にジャッキを2台・3台使って、ヘッタタ鉄パイプを、押上げァア~ップ

ジャッキを上げる度に、ビシッビシッって音がして鉄パイプが上がって行きます。

ジャッキの揚げしろは30cm程なので、少しずつ位置を変えながら慎重にアップ・アーップ!。

勿論のこと、木柱の長さも関係するので、丁度手頃な長さのやつを選んでアップ・アーップ!。

そして、高さが微妙な時は、ジャッキの下にブロックや厚板や薄板を敷いてアップ・アーップ!。

 

何十回も繰り返しして、入口の高さをキープ出来たので、、、。

慎重に慎重に、3トントラックの運転席屋根高さに気を払いながら、無事脱出に成功!。

ホッと一段落しました。

 

2月2日(木)には、長女と妻のアシストを得ながら、当分の使用に耐える状況まで回復させる作業をしました。

前日と同じように、3台のジャッキを使いながらのアップアーップに加えて、ミニバックホーの力を発揮させながら。 

適度な高さの余裕を見定めて、アップアーップ。 

でも一台をアップすると、既に力を受けてた木柱が、圧力を支えてた力を失ってバッターン。

結局3人が、”ジャッキアップの人”・”倒れようとするつっかえ木を受け支える人”に分かれて、気持ちを合わせながら、、、。

念の為に、ビニルハウスの外側からも3本の支え柱をして、、。、

 

出来るだけ少ない支えで、今季の雪を乗り越えてくれョ。 

来年の平成30年の積雪時期までに何とか出来ればなァって。

 (だって、6×15mのハウス部材の値段は、40万円位になるでしょうから、、。 お金の余裕を待っての計画です。)

 

2月4日(土)の、JAの飼料用米の研修会の折、顔見知りの’ビニルハウス屋さん”と隣の席になって話しました。、

 『今回の雪害で、ハウス倒壊した人のうち半分の人方が、「もう再建しない」って言っておられます。 

 「島根県とかから、1/3位の補助が出るみたいですよって」って、再建を勧めても、「これをキッカケにヤメル」って。』 

 『倒壊したビニルハウスの撤去作業や、新たな立て直し作業を自分でやったら”補助”の対象にならない!。ので、

  専門業者に’丸投げ’しなくっちゃ”行政の補助対象”に認めらないことになってますんで、ハードルが一杯です。』 

 『例えば、ハウス栽培仲間やら、近所の、親戚の”応援ボランテア”の作業お礼賃も、”補助外”ですので。』 

 

おいおい’行政屋さん’よ!。

単価金の高い業者さんに払う金額よりも、自らのネットワークを駆使して出来るだけ単価の安い作業料で、やるのがベスト選択!。

それこそ”自覚ある優秀な経営者の選択”でしょう。

折しも、’確定申告の時期’です。 農業者の提出する「経費領収書」はまるで信用出来ませんてかっ?

税務署や、財政当局に、しっかりと”農業経営者の信用”を納得させる事を、農政畑で飯食う人に言いたいで~す。 

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一面銀世界。

2017年01月31日 10時00分08秒 | 稲作

娘、綴ります。

畑も田んぼも雪に覆われました。

 


大地は雪解けまで冬眠に入って、田も畑も一面銀世界です。

 


 

 

…静かです。


 

雪が降りすぎるのは困りますが、この時期は、田んぼの土を休める大事な時間です。



雪の下には、秋にコンバインが刈り取った後の稲わらが全面に散らばっていて、

山陰地方位独特の気候の中で、雪の水分と稲わらがなじんで、ゆっくり土に触れて腐食していきます。

 

そして、春耕耘で、土に鋤き込まれて、

その年の稲と土の微生物の栄養になってくれます。

 

 

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