巨樹、巨木巡礼

僕が訪ねた大きな樹を紹介していきます。

御杖村「春日神社」の「ラッパ銀杏」

2006-06-28 | 奈良県

 


奈良県の東端、三重県と県境を接して、旧伊勢本街道に沿って宇陀郡御杖(みつえ)村の各集落が連なっている。


伊勢本街道、曽爾川に沿って御杖村土屋原にある春日神社に、昭和44年日本で始めて発見されたラッパイチョウの巨木が有る。



ラッパイチョウと呼ばれるものは、葉の10-20%程度が、くるりとロート状に巻いたラッパ型をしている.


その後、ラッパイチョウは全国各地で発見されているが、ラッパイチョウとしてはこの春日神社に有るものが1番大きい。


土屋原集落の旧伊勢本街道から春日神社の参道に入ると石鳥居の遥か上空にその梢えを突き上げている。



残念ながら、美僕がここを訪れたのは山奥の御杖村では春まだ浅い4月23日、このイチョウの木にまだ芽吹きも無く、


ラッパイチョウの葉がどんなものであるか確認は出来なかった。



樹高20m、幹周5.4mで、奈良県の保護樹木に指定されている。


 


撮影2006.4.23


場所はここ


 



 


荒木又右衛門ゆかりの「大杉」

2006-06-26 | 京都府

 

木津川沿いに走る国道163号線は、笠置町に入ると、右手に笠置山を見てやがてトンネルに吸い込まれる。

トンネルを抜けると、笠置町の有市の集落が、左山の手に開けている。

集落側から木津川に流れ込む川沿いの道へ左折して進むと右手前方に、ひときわ高い杉の木が見える。

車をそのまま進めていくとやがてこの杉の前に出る。

この杉の巨根の前に可愛い社の「山神社」が鎮座して、左手には小さな地蔵堂があって地蔵石仏と、如意輪観音石仏が祀られていた。

この杉は京都の自然200選に選定されていて、樹齢千百数十年、幹周り5m、大昔村人が山の神に若木を授かり植えた物が大きくなった物だと伝えられている。

この杉の幹には、一面に蔦が絡まっており、殆ど杉の幹が見えなくなってしまっている。

その昔、荒木又右衛門が、寛永11年(1634)11月、伊賀上野「鍵屋の辻」で、妻の弟、岡山藩士の渡辺数馬が仇討するのを助太刀するため出かけて行く時、途中ここで一休みをして、この「山神社」で必勝祈願をしたと言う。

撮影2006.3.5 

場所はここ

 

 


国津神社のケヤキ

2006-06-25 | 三重県

車なしではとても行けつけないような山又山の谷あいの町、今は三重県津市美杉町、つい最近までは一志群美杉村だったところ、そんな辺境の太郎生(たろう)にある国津神社にケヤキの巨樹がある。

旧国道から神社境内への石段を登り鳥居をくぐると左手にその老巨木が聳えている。

手水舎の横手にある大きな平石を巨大な根が飲み込むようにうねっている。

南北に並んだ2本が根元で癒着してして1本の樹となっていて、南側の大きいほうが目通り7.6m、北側の方は4 mの大きさで、樹齢800年以上と言われていて、県の指定文化財。

しかし、この老体の主幹には大きな裂け目が出来ていて、サポーターは当てているものの、ワイヤーで締め付けている様がいかにも痛々しい。

この神社には巨樹がおおくて、拝殿左手には大きなカゴノ木がある。

 

撮影2006.4.23

場所はここ。

 

 


大川杉

2006-06-22 | 奈良県

 

この杉の有る御所市の西佐味は大阪の東南部の千早赤坂村と境を接している。

なだらかな山のふもとに開けた集落で、集落内の道路はかなり狭く勾配もきつい。

この杉は井戸杉とも呼ばれていて 、根元から湧き出している水は、飲料水として尊ばれ、この地区の田畑をも潤してきた。

小高い丘に独木のこの大杉は遠くからもそれとわかる姿で、どっしりと地に足を下ろしている。

大杉の根元にはこの杉を守っるための三体地蔵が祀られており、毎年七月三十日には注連縄を飾り豊作を祈念すると言う。

樹齢約600年、目通り約6m、奈良県指定天然記念物。

撮影2006.5.3

場所はここ


一言主神社の乳銀杏。

2006-06-20 | 奈良県

 

奈良県御所市にある葛城一言主神社は「いちごんさん」とも呼ばれ、全国各地の一言主大神を祭神とする神社の総本社です。

神社の歴史は古く、神話時代にさかのぼり、古事記や日本書紀、今昔物語にも登場する一言主大神が祭神で、どのような願い事でも一言だけ聞いてくれる神様です。

また、大和朝廷が制圧する前のその地方の支配者、鴨・葛城氏の氏神と言われています。

大和朝廷は奈良へ侵略してきてこの葛城氏を制圧、大和政権を樹立したという。

御神木でもある大イチョウは樹齢1200年という古木で、幹周/3.85m、樹高/25m、「乳イチョウ」と呼ばれ、健康な子供を授かり、母乳が良く出るようにと子供を思う親の信仰を集めています。

「乳(にゅう)」とはイチョウの古木にできる気根(きこん)のことで、写真のように巨大な幹から奇妙なリアルさで、垂れ下がっている。

 

僕がここを、訪れたのは5月の初旬、この老大木はそれでも若葉にいっぱいの花を咲かせていて、

樹勢は、ますます盛んに見えた。

秋の黄葉のころにはさぞかし見事であろうと思った。

是非ともその頃に再び訪れてみたい巨樹です。

 

撮影2006.5.3

場所はここ

 


天川村坪井の銀杏の巨樹

2006-06-18 | 奈良県
  

天川村は吉野のまだ奥の山深い地にあって、信仰の山として知られる大峰山の登山口のある処としても名高い。

又、この地の 天川神社は、巌島、竹生島と並ぶ日本三大弁財天、芸能の神様として知られ、今も芸能人がお参りにくる古社です。

 

この天川神社の前の道路を挟んだ来迎院という小さな寺院に、公孫樹の巨木が聳えている。

 

僕がここを訪れたのは、5月の初旬、山深きこの土地では、ようやく若い小さな葉が芽吹き始めたところでした。

 

樹勢は盛んで、幹周り6.5m 樹高25mと成っていて、奈良県の天然記念物に指定されています。

撮影2006.5.3

場所はここ。

 


曽爾村小長尾天神社の欅

2006-06-16 | 奈良県

奈良県の東端、三重県境に接して宇陀郡曽爾村が有る。

曽爾村は室生火山帯に属し、その山容の異様さや、曽爾高原の大ススキ原などがよくガイドブックなどに取り上げられ、関西のハイキングスポットとして有名なところです。

今はバイパスが開通していて、この地域は一目散に駆け抜けてしまうのだろうが、旧道を走ると曽爾小学校を越えて、曽爾村役場の少し手前を、左山手に進むと小長尾という集落がある。

2本の巨欅は神域の玉垣の中に有る

この集落の入り口辺りに、こんもりとした杜があって、産土神の天神社が鎮座している。

左側の欅の巨樹

この、境内は小さいながらも巨木が多いのには驚く。

道路を覆うように神殿を囲う塀の内よりその巨大な幹を突き出している。

突き出した幹ははるか上空で枝分かれして、まだ若葉の出ていない枝を、神社の杜を突き破って大空に広げている。

右側の巨欅・椿の枝が邪魔をして幹がよく見えない。

もう、1本巨大な欅の幹が神殿に向かって右奥にも見えるが神域の奥まったところにあって根元も幹周りもよく確認できないが、根元に大きな洞が在って小石仏が二体立っているのが見える

帰って、環境庁の巨樹データーを調べて見ると、曽爾村には幹周り8m以上の欅が3本存在していることに成っていた、それぞれ樹高は40~50mとあり、樹齢にあっては空欄になっていて不明である。

特別な名前も無く、又何の掲示板も無く人知れず、産土神の神木として崇められてきたであろう欅の巨木です。

撮影2006.4.30

場所はここ


白馬寺(はくばじ)「衣掛けの杉」

2006-06-15 | 奈良県

                                                 

 奈良県東吉野村滝野に曹洞宗、天冠山「白馬寺」があります。

白馬寺には弘法大師空海が、ここの境内の「投石(なげし)の滝」で修行の際に衣を掛けたといわれている樹齢千年の「衣掛けの杉」があります。

この境内の奥まった所、「滝野川」沿いに暫く行くと、「投石(なげし)の滝」があり、落差約15mあり、付近はマイナスイオンに満ち満ちており、心も洗われるような心地よさです。

不動堂前の巨杉

滝つぼの手前、左側に不動堂があってその前にも杉の巨木がある、目当ての「ころも掛けの杉  」は、滝つぼ左ての斜面から天を突いて聳えている。

森閑とした奥山の聖域で多くの大木が立ち並ぶ中でも、ひときわ目立った杉の巨木で、環境庁調査(1991)によると、樹高50m、幹周5.76mとあり樹齢1000年といわれている。

弘法大師の話はともかくとしても、樹齢を考え合わせて見ると、時代的にはおかしくは無い。

しかし、このての話は数多くあって、いつもの事ながら、一体、空海は何人いたんだろうと苦笑せずには居られない。

 

 

撮影2006.4.21

場所はここ。


水分神社の大ケヤキ

2006-06-13 | 奈良県

 


国道369 号線、開路トンネルの手前をトンネルに入らないで旧道を登っていくと 県道28号線の分岐点があって、その28号線へと進んでいくと、やがてこの狭い県道は吉野杉のうっそうとした杉木立の中を暫く進む、杉木立ちから開放されて視界の開けた辺りが東吉野村滝野で目的地。



この集落の入り口に近い所に白馬寺という古刹があって、小さな水分神社が同居していて、社の裏手に巨大なケヤキが聳えている。



大ケヤキは、説明板によると推定樹齢1000年、樹高32m。村の指定天然記念物で、地上10mのところで二股に分かれています。幹周りは6.5m。



根元付近の樹肌は波のような模様を見せており、樹齢の多さを感じることができる。



僕がここを訪れたのは4月の後半、しかしこの老木には未だ充分に若葉が芽吹いてなく寂しい姿しか収める事は出来なかった。


今年は春の訪れも遅く、この滝野の地が山深き山里ゆえ、余計に芽吹きが遅いのかも知れない。


撮影2006.4.28


場所はここ


 


門真市 三島神社の薫蓋樟

2006-06-11 | 大阪府

驚き桃の樹山椒の樹じゃなくって、楠木。

大阪、奈良、滋賀、三重に近い京都に住む僕にとって門真市はそう遠くないところです。

三ッ島神社は、旧の昔ながらの住宅と新興住宅が混在一体となったところで、境内もそう広くなく

こじんまりした神社である。

薫蓋樟とは、新緑のころに緑の蓋を掛けた様に美しい様からそうよばれていて、国の天然記念物に指定、また大阪緑の100選の第一位に選ばれ、門真市の「市の樹」に楠が選定されている。

その姿は、まったく驚きの質量感で、見るものを圧倒する。

目通り、12.5m、樹高約30m、樹齢少なくとも1000年以上・・・・。

まるで巨大な人工のモニュメントの様でもあり、この圧倒的な自然の存在感は他に比べるものが無い。

小さな社務所や、拝殿はこの巨大な楠に完全に覆い尽くされる様に建っている。

毎年、四斗樽の酒を根元にばら撒いて肥料にする慣例があったらしく、その影響では無いだろうが、

根元に樹瘤がおおく、写真を見た誰かがゾウさんの楠木といっていた。

撮影2006.6. 4

 


月ヶ瀬桃香野のカゴノキ

2006-06-08 | 奈良県

今は奈良市の一部となった月ヶ瀬村は名張川の渓流に沿って梅林の広がる風光明媚な山里で観梅の時期には近郊からの観梅客でごった返す。


桃香野地区は、この名張川の西側山手にある集落で、その昔奈良から柳生街道を経て伊賀上野へ至る道筋にあり、古い歴史の残る地でもあります。


 



 


この地には、重要文化財の「菊家家住宅」が建っていて、古い歴史を忍ばせてくれます。


元は農家の外に旅籠屋も兼業し、その当時の屋号が「菊家」で、主屋の建築年代は、18世紀初頭頃と考えられています。


この「菊家家住宅」付近を、ぶらぶら歩いていて見つけた大木。


 



 


狭い昔ながらの民家と民家のあいだの道路の空一杯に、その幹と葉を広げ巨大な根元を、高い石垣のうえの方から突き出している。


根元の幹には大きな洞があってこの樹が活きてきた歳月の長さを推し量ることができる。


僕は、余り見かけた事の無い樹なので調べて見ると・・・・・・。


 



 


木の幹がまだらに剥がれて、白と茶色の鹿子になっているので「鹿子の木」と呼ばれていたが、なまってカゴノキとなった。


随分と大きくなる常緑高木で、・・・・・」とあり、環境省の1988年巨木データーによると、幹周り510cm、樹高11mとなっている。


 撮影2006.3.21


場所はここ


宇陀市高井の宿、松本家のカヤ

2006-06-05 | 奈良県

高井の宿は榛原で伊勢街道が、伊勢本街道と阿保(あお)越え<伊勢表街道>に別れて、本街道での最初の宿場町であった。

また、この高井は、仏隆寺を通って室生への道の分岐点であったところでもあった。

この宿の名残である松本家は1781年(天明元年)に建てられた、旧伊勢本街道の峠道に残る一軒屋で、最盛期には十数頭の牛馬がつながれていたという。

高い石垣の間から太い注連縄の巻かれたカヤの巨木が起ちあがっている。

幹には羊歯がびっしり寄生しているが樹勢は衰えをみせていない。

あいにくお留守のようで中に入って撮影するわけにもいきません。

この道を少し進むと高井の千本杉がある。

撮影 2006.3.21

場所は


真福院のケヤキ

2006-06-03 | 三重県

真福院への道は京都からだと結構遠い。

R24、R163、笠置から柳生へと、柳生から都祁越えで室生、室生から御杖、美杉へと入る。

真福院は、三重県、今は津市になっている旧美杉村にある国の名勝「三多気の桜」の桜並木を通り抜けたその最も奥にある。

奈良県境に近い美杉は山又山のあいだにある伊勢街道沿いの古い土地で、淀川水系原流域の一つで知られる。

1100年前、大峯や吉野にかかわりの深い理源大師が開いたとされる真言宗の寺で、伊勢国司を務めた北畠氏一族の祈願所でもあった。

山門に至る急な参道を登ると石段中程に巨大な2本の杉の木が天を突いて聳えている様がまるで山門が二重にあるようにも見え、その根元の寝針が見事に石段の役目を果たしている。

ケヤキの巨樹は樹高35m、目通り幹周6.5m、このケヤキは、すぐ隣の二本の巨杉のためにその方向への枝張りが少なくケヤキ独特の広がりには欠けているが、重厚な主幹は実寸以上の大きさを感じさせるほどに堂々としている。

撮影2006.4.21

場所はここ