巨樹、巨木巡礼

僕が訪ねた大きな樹を紹介していきます。

上松町小川 大木(おおき)の橡(とち)の木

2012-03-28 | 長野県

ネット情報では見つかりにくい橡の巨木が上松町に有るというので、せっかく近くまで来ている事だし寄ってみる事にした。

上松の中心街より木曽川に注ぐ中沢沿いに遡った、山間部の谷間にポツポツと散在する集落の一つに大木集落がある。

しっかり目標を定めて探さないと見つからないような、集落外れの林の中、隠れるように橡の巨体が人知れず在る。

橡の巨木も深山幽谷でないと育たないと云われる様ですが?此処は意外と開けた谷間平地部の浅い林間

遠目からでは余り目立たないこの巨樹も、傍まで近づくとその見事な巨樹ぶりに驚かされる。

双頭の龍がまるで雲をつかむように高み高みへと勢い良く伸びる

元元は2本の合木なのだろうか?連理したのか?根元が妙に扁平で、地上ほど無く二主幹一支幹に分岐する。

根元には小さな祠が祀られ信仰対象となっているようです。

地上から踏ん張り、斜に起ち上がる姿は見事に力強く、主幹の樹肌はまるで巨魚の鱗の様にも見える。

樹齢約500年、目通り約8.7m、見事な巨体ですが、上松町指定天然記念物に指定されているだけで、余り知られていないようです。

樹勢は申し分なく、これだけの巨体にも係わらず、大きな洞や傷みも無い。

九月の中旬、見事な栃の実を辺り一面に落としていた・・・・浅い里山育ちの僕には橡の実は珍しい恵みです。

まるで毬の無い栗の実??

撮影2009.9.21


中山道(なかせんどう) 上松(あげまつ)宿の桂

2012-03-26 | 長野県

旧中山道木曽路、上松宿の町並みの中に聳える桂の大木です。

桂の巨木としては一寸物足りなさを感じない訳でもありませんが・・・、桂は本来深山幽谷、水の豊かな谷間に育つものだが、こうした人里、それも人通りの多い宿場街に育つ桂の巨木も珍しい。

国道19号線から旧街道の県道266号線に乗り入れて直ぐ、目の前のY字路に立つ大きな桂の樹が目に飛び込んでくる。

小さな社の津島神社境内だという狭い空間に立ち、おまけに水源が有るでもなく一寸気の毒な桂です。

旧中山道宿場町としての景観が残る町並みに桂の巨木は、確かにそれなりの風情を醸し出しますが・・・

周りの環境は決して桂の好む環境ではなく、根元は少し痛々しく見えますが全体的には、いたって元気なようです。

ヒコバエはその都度処理をされるのか?主幹一本が聳える見慣れない桂の巨木は、この上で発生した山崩れに流された桂の苗木が根を下ろしたと云われています。

樹齢約300年以上、目通り4.1m、樹高10m余り、上松町の天然記念物に指定され、往時、上松宿の名物桂として旅行く人たちの心を癒して来たのだろう。

撮影2009.9.21


木曽町開田高原 藤屋洞(ふじやぼら)の大橡(おおとち)

2012-03-24 | 長野県

木曽開田高原山中の小さな集落の鎮守に立つ、一見、生きているのかと思うほど筋皮だけの老古木です。

先日紹介の旧高根村大古井、岐阜県、乗鞍南西山麓を長野県側へと走りぬける国道361号線で約1時間強・・・、長野県開田高原山麓集落の藤屋洞に着く。

集落の東外れ、山裾斜面に小さな祠が在り、それを前にして異様な姿の大橡がたって居る・・・・

傷つき息も絶え絶えの野武士のような・・・・ふとそんな感慨にも陥りそう。

主幹の大部分はは遠い昔に朽ち果て、大きな洞を僅かな表皮で包み、一本の支幹が生きてる証でも有るかの様にすくっと大空を目指す。

目通り8.8m、樹高16m、樹齢は不明と成っていますが、周りを威圧するような圧倒感と神が宿ると云う存在感はたじろがない様に感じる老巨橡でした。

いつまでも元気で居て欲しいが今年の豪雪には耐えられただろうか??

撮影2009.9.21


下伊那郡阿智村清内路(せいないじ) 小黒川(こぐろかわ)のミズナラ

2012-01-21 | 長野県

見事な団栗の巨木です、一体秋にはどれほどの団栗をつけて山の生き物達を狂喜させるのだろうか??

その樹姿や周りの景観も素晴らしく僕の脳裏からいつまでも消えない巨木になりました。

中央道、恵那山トンネルを長野方面に越え、直ぐの園原ICで一般道へ、昼神温泉方面へと取り国道256号線へ、256号線でそのまま道なりに約5kmほど北上、清内路(せいないじ)村役場を過ぎ中学校の有る角で右折、小黒川(こくろかわ)と呼ばれる谷川沿いの林道に入る。

国道から離れて谷川沿いに約10分、谷間の少し拓けた空間にその雄姿を中天一杯に広げ、まるで深呼吸でもしてるような・・。

山の緑が目一杯にその濃さを増す七月、山深い伊那谷奥地のこの土地はなんとも清々しい緑と空気に包まれていた。

よくもこんな奥地にまで集落が??と思うほどの山間僻地、おおきな株元には2つの小さな祠・・・しっかり信仰の痕が見える注連縄が掛かっていました。

一つは山の神、もう一つは何だろう??庚申さんかな?

ミズナラとしては全国一の大きさを持ちその樹姿の美しさでも群を抜いている。

緩やかに力強く捻れた主幹は目通り7.25m、何本もの大枝には目一杯の緑を蓄え、その樹高は30m、因みに樹齢は300年とまだまだ巨樹としては若い。

秋の黄葉、団栗が地面を埋め尽くす頃にも訪れたいと思った。

しかし此処は標高1000m以上、雪の訪れも早いのだろうなあ・・・、今頃はどんな姿だろう??

撮影2009.7.18


伊那市伊那 内の萱(うちのかや)の桂

2012-01-19 | 長野県

中央高速小黒川(おぐろかわ)パーキングの南側を流れる天竜川支流、小黒川に沿って中央アルプス木曽駒ケ岳麓をめがけ一直線に県道202が伸びている。

天竜川沿い、伊那谷を下る国道153の伊那市街より中央高速を潜り小黒川に沿って遡ること約15分程か?やがて集落も途絶え林道に入る。

もう此処は中央アルプスの裾野、右手に何やら曰く因縁のありそうな社と看板を発見・・・・。

この地が信州蕎麦の発祥地、駒ケ岳修行していた「役小角(えんのおずぬ)」が伝えたとされ、付近には今でも「行者蕎麦」の看板の立つ店がある。

そのまま道成りに進めばシーズンオフなのか人影も無いキャンプ場、更に進めば駒ケ岳登山道口、脇に建っているのは信州大学演習林の宿舎らしい。

内の萱の桂はこの山小屋の手前、演習林入り口辺りの空間を独占するように聳え、根元には素木の鳥居と小さなな祠が祀られています。

国有、信州大学の演習林とは言え、地域住民の信仰対象として大切に守られ、それが今も続いているのでしょう。

目通り約9.2m、樹高30m、桂の古巨樹としては見慣れない単木立ちです。

通常桂の古木は主幹を取り囲むようにヒコバエが発達して一種独得な樹姿を見せるものですが、この巨桂の樹姿はごらんの通り。

苔生し太い主幹が2~3本に分かれて天空に聳えています。

やっぱり桂の巨木としてはちょっと異様な姿のように思われました・・・・、これは神木故、手入れが行き届いていると言うことの表れなのだろうか??

撮影2009.7.19


伊那市西箕輪 前平のサワラ

2012-01-17 | 長野県

前回の中曽根の桜より約2km西方、中央アルプス山裾、吹上地区の最奥に集落を見下ろす様に鎮座する産土神。

この地はもう海抜930m、中曽根の桜が海抜820mだから2kmで約100m以上も高みに有る事になる。

檜(ヒノキ)の亜種であるサワラは檜より成長は早いが木質が柔らかいため建築資材としては余り長方されないとか・・・。

夏草が伸び放題で余り人も近づかないような境内、石段を上がった社殿脇に聳えるサワラの巨木はその先端を落雷に打たれ頂部を欠損、有るべきものが無い空虚さが痛々しく感じられます。

サワラ王国の長野県に在って県下一と言われるこの吹上神社の御神木は推定樹齢約1000年、目通り8.0m、長野県天然物指定と記されています。

まっすぐ中天を目指して立ち上がるサワラの樹肌には威厳に満ちた風格を感じますが、なんとも頂点を無くした樹脂は中途半端な印象です。

主幹に大きな藤蔓が絡み付きまるで昇り竜のような・・・・傍の社倉が小さくみえます。

名称が前平のサワラと成っているが、そんな地名は地図上で確認できない。

今に始まった事ではないが、近頃の市町村合併でもまたまた歴史的地名が失われ、なんとも歯がゆい想いをすることが多過ぎる

撮影2009.7.19


上伊那郡箕輪町中曽根 中曽根のエドヒガン

2012-01-15 | 長野県

前回紹介した木ノ下の大ケヤキから中央アルプスの山並みをめがけて 西方へ約5km、中央アルプスの裾野に広がる農地の中を一直線に進んで行くと中央高速道の下を潜り抜け中曽根集落の家並みに出遭う。

集落の中ほどに公民館があり、その脇道を右折すると、左手空き地に巨大な桜の巨木が孤立している。

勿論桜は花の時期に撮影するのが一番でしょうが遠く離れてそうも行かなく、花の時期を逸した時期、他の巨木達とついでの訪問になってしまいました。

遠目にも雄大でまるで絵に描くようなその樹姿は、周りの風景とも相俟って素晴らしい景観です。

根元から大きく二股に分れ、主幹は樹瘤を一杯付け、少しねじれながら起上がっています。

傍らには簡素な鳥居と社の権現様が祀られ、地元では「権現桜」と呼ばれ親しまれているようです。

樹齢1000年、樹高15m、幹周り8.2mと記され、長野県の天然記念物指定。

根元付近には大きな治療痕があり相当な洞があったと推察できますが御覧のように樹盛は良好。

洪水で流れて来た別種の二本が合木したようで、花色は二股の幹でそれぞれ少し違っているようです。

そんな花の時期にもう一度機会を作って訪れて見たい桜の巨木です。

撮影2009.7.19


上伊那郡箕輪町 木ノ下のケヤキ

2012-01-13 | 長野県

前回紹介の「白山、八幡社合殿」のケヤキより国道153号線で北上すること約8km弱、JR木ノ下駅より500mほど北方に有るの園庭に「木下のケヤキ」と呼ばれる大ケヤキがどっしり腰を下ろしている。

現在市街地の一角に位置する木ノ下北保育園、この地は元「芝宮」という神社があってこのケヤキの巨木はその境内に聳える神木だったようです。

遠目にも見事な樹姿、樹冠は付近の住宅街を見下ろす様に聳えていて圧巻です。

所々、治療痕は見られるものの大きな洞や激しい傷痕も無く、巨大な主幹はまるで生き物のが蠢いてでも居るように生気に溢れている。

長野県はケヤキの巨木の多い地方、その中でも三位の太さを誇るその目通りは10.4m。

大地をしっかり捕まえるその根元の力強さ素晴らしい。

樹齢は不明ながら、約1000年と云われてもそのまま納得してしまう程・・・

巨大な主幹越しに見ると、傍に軒を並べる民家がまるで箱庭細工の様に小さく見えてしまう。

ずば抜けて美しい樹姿を持つこの大ケヤキは、園庭で遊ぶ子供達をこれからもずっとやさしい母親の微笑で見守り続ける事だろう。

撮影2009.7.19


伊那市山寺区 「白山、八幡社合殿」のケヤキ

2012-01-11 | 長野県

異様に大きな瘤を持ち、主幹は既に白骨化したような様相で立ち尽くす神木のケヤキです。

JR飯田線伊那北駅から直ぐ北方に有る伊那北高校北東脇、新旧入り混じる住宅街外れの一角に、小さな鎮守の杜を持つ白山社と八幡社の合殿がある。

合殿の正面、一壇下がった狭い境内にでんと鎮座するケヤキの巨木。

主幹は既に遠い昔にでも失ったのか?殆ど形骸化、そんな脇より伸び出した大枝一本だけで命をつないでいる。

異様といえば異様、見事だと言えば見事な株元、そんな痛々しい老骨さの一部の木肌には、まだまだ精気が残っていて僅な大枝の命を繋いでいる。

明治初期の記録によれば幹囲6.7m、樹高約45m、雲にまで届きそうな大樹であったと記されているが、昭和に入り度重なる天災や火災見舞われ、現在のような痛々しい姿に成ったと言う・・・。

推定樹齢800年、目通9.8m、伊那市の天然記念物に指定されている。

これでも樹盛は治療のかい有って随分持ち直しているとか??。

撮影2009.7.19


飯田市南信濃和田 龍淵寺のスギ

2012-01-09 | 長野県

南アルプスの深い谷間を下る遠山川沿いに併走するような国道152号線、「天空の里」麓より流れに沿って下ること約10分ばかり、遠山郷の中心として知られる南信濃和田の町に着く。

<龍淵寺からの和田の町>

遠山郷は長野県の最南端、深い谷や山襞に在り、日本三大秘境のひとつと言われて居るようですが、往時この地は遠山氏という地方豪族が和田城を構え、城下町として又、宿場としても栄えたという。

元々遠山氏の菩提寺だった龍淵寺は遠山氏没落で和田城が廃城と成った後、近くの旧地よりこの地、山氏ゆかりの本丸跡に移転したようです。

大杉は本堂奥手の墓地正面、遠山一族墓碑が数基、一列に並ぶのを見守るかの様に並び立っている。

寺の移転と同時に植えられ、主君を偲んで大切に守り育て来たのであろう・・・・。

並び立つ四本の巨杉の内、向かって右端の固体が最大で、目通り6,1m・・・・・樹齢は四本共に約450年とされている。

推定樹齢と寺の移転の時期がいくらかずれているようですが??

とにかく今も縄を渡され大切に守られている。

撮影2009.7.18


飯田市上村 赤崩沢(あかなぎさわ)の大栃

2012-01-07 | 長野県

「天空の里」と呼ばれ、また昨年などは有名宅配業者のTVCMのバックグランドとしても使われた南アルプス山麓、遠山郷上村はまさしく遥か雲の上。

深い谷を見下ろす急斜面に耕地と低い軒を並べる下栗集落。

雛壇状の集落直下を掠めて通る林道、遥か下界に深い遠山川の谷を見下ろし道なりに約4~5km、深い崖渕にそれと解る説明板が見える。

深い峪にも青葉の萌え出す五月半ば、周囲は一面の緑に包まれ全く巨木の姿など見えもしないが・・・・

赤崩沢の大栃は深く落ち込んだ谷底に近い急斜面に在り、林道から建築現場で使われる鉄パイプの仮設足場階段が一気に急斜面を下り・・

巨栃は山深い谷間にしか育たないと言われるように、深い谷間からその諸手を広げて起ち上っている。

仮設足場が無ければとても近づけ無い様な急斜面、目の下に遠山川支流沢、赤崩沢の流れが見える。

仮設足場はデッキ状に大栃を三方から取り囲むように造られ、巨木ファンにはこの上ない撮影ポジションを提供している。

右手下部より見上げた大栃・・・・巨大な根元がしっかり急斜面の崖に踏ん張っています。

こちら側は主幹にもおおきな傷みは見えず、元気そのもののように見え、目通り10.5m、樹高40m、深い谷底から大空一杯枝を広げています。

片や左に廻り込めばこの通り・・・・根元から半身を抉られたように大きく深い洞?傷痕?。

上部の大枝は二本、一寸アンバランスながら元気一杯大きな葉を広げています。

この時期すっかり雪に覆われ息を潜めているのだろうか??

環境庁の巨樹・巨木調査の栃の木部門では全国三位にランクされているようです。

撮影2009.7.18


飯田市 立石の雄杉雌杉

2012-01-05 | 長野県

飯田市の最南端、市街から約15km、天竜峡沿いに走るJR飯田線天竜峡駅に程近い山襞にひっそりと軒を連ねる立石の山里が有る。

周りに棚田を見下ろせる峠を越えれば・・・・・

青田の広がる中に古刹立石寺の山門・・・・

その向こうには集落の家並みを見下ろすかの様に巨杉が聳えている。

先端が1本アンテナを立てたように白骨化しているのが一寸気に成るが??

この大杉は集落の何でも屋さんの横、多分鎮守のお旅所だろうと思われる広場に根を下ろし天空高く直立している。

「立石の雄スギ・雌スギ」として長野県の天然記念物に指定され、こちらは雄杉。

樹齢約1000年、目通り9.8m、樹高約40m、巨木の多い伊那谷でも以前紹介した根羽村の「月瀬の大杉」に次ぐ巨漢振りです。

一方400m程東方の民家裏庭に雌杉が相対峙するかの様に聳えている。

雌杉と呼ばれるだけあってこちらは一寸遠慮の目通り約9m

こちらは樹頂まで葉を一杯の茂らせ、樹高、樹齢はほぼ雄杉に等しい。

こちらは柵も無く根元まで近づくことが出来、その巨大な根元は一瞬たじろぐ程の迫力。

地元では夫婦杉と呼び慕われ、春秋彼岸の朝夕にはそれぞれの影が伸び、一方の根元に達すると言われている。

一寸確かめたい気もしないではない。

撮影2009.7.18


下伊那郡阿智村  駒繋ぎの桜

2012-01-03 | 長野県

巨木としてより名木の誉れが高く、水をたたえた田植え前の田圃に映すその姿、その景観はアマチュアカメラマンの垂涎の的となっています。

花のある内に訪れたかったけどそれ程近場ではない恵那山麓、神坂神社の日本(やまと)杉 と共に遅い花も散り果て青葉の蒸せ返る五月中旬に訪れた。

神坂神社より谷沿い道を駆け下りること約2km、右手路肩にそれと解る看板が有り、見下ろす谷川沿い棚田の畦道に青々と葉を繁らせた格好の良い大きな桜木が見える。

早苗が風にそよぐ奥、畦道の孤立する桜は、源義経が奥州に向かう折、馬をつないだという伝承のある桜・・・・現在のものはその親木から世代交代を果たしたものだと言うことです。

あの厳しい東山道、神坂峠を駒と共に越えて来たのかと思うと感慨一入。

主幹は苔生し古色を帯びて弱っているかの様にも見えるが樹冠の繁りを見るとまだまだ元気そのもの・・

樹齢約400年、目通り約5.5m、花のある時期に又出直してみようかとも思うが、その時期の激しい車列やレンズの列を考えると一寸踏み切れないかも・・・。

撮影2009.7.18


阿智村 神坂(みさか)神社の栃

2012-01-01 | 長野県

前回紹介の神坂神社には日本杉(やまとすぎ)と名づけられた巨杉の他にも阿智村の天然記念物の指定された栃の木群が有り、この杜の歴史感じさせてくれる。

拝殿正面、石段脇の石垣を食み、大きく立ち上がる巨栃。

樹齢約300年、目通り4.7m、栃の巨木としてはいくらか物足りない気もするが、根元の樹瘤や樹肌には目を見張る迫力がある。

樹高20m、中天で双幹と成り、あの特徴有る若葉を茂らせていた。

境内傍らにに有ったもう一本の栃。

社殿前の一本に負けず劣らず近づいて見ると中々の迫力です。

この地が山深い幽谷を証明するように幹全体が苔生している。

撮影2009.7.18


阿智村 神坂神社の日本杉(みさかじんじゃのやまとすぎ)

2011-12-30 | 長野県

神坂神社はその昔東国と都を結ぶ東山道の官道筋、往古この道を辿り遠く九州の防人に徴用された若者の詩が万葉集にも見られるほどに古い官道脇に佇む古社です。

この道は恵那山の中腹、神坂(みさか)峠を越え、あの馬籠宿へと続いているが、現在中央道恵那山トンネルが8.5kmと言う長さでその直下を貫いている。

ここは長野県阿智村、僕は馬籠からこの長くて遠いこの急峻な九十九折れ、車の離合も困難な山道を遥かこの神坂峠を越え神坂神社へとやって来た。

しかし往古よくもこんな山中を歩いて越えたもんだ。

日本杉(やまとすぎ)と呼ばれる巨杉は神坂神社の小さな社の向かって右側直下、拝殿石垣脇の窮屈な場所で天空を貫いている。

周りには柵がめぐらされ撮影ポイントも限られ、どうにもこの角度からの撮影せざるを得ない。

特別品種の変わった杉とは思えないが何故だか日本杉と書き「やまと杉」と特別に呼ぶ。

雪の多い山懐にも係わらずすくっと直立する目通りは9.3m、主幹の樹皮は殆ど剥離、枝も少なく葉付も甚だ心基ない。

推定樹齢1000年以上、樹高約30m、それでも主幹は力強く脈打ち根元の迫力は圧巻、しかしこんな深山幽谷にまで足を延ばす人も少なかろう??

撮影2009.7.18