巨樹、巨木巡礼

僕が訪ねた大きな樹を紹介していきます。

八女市 鈍土羅(どんどら)の樟

2013-10-20 | 福岡県

前回紹介の「南馬場の大樟」の直ぐ近く、鈍土羅(どんどら)と言う妙な地名を持つ地の鎮守に立つ巨樟。

神社らしくもない、児童公園の様な境内の中央に君臨して聳え立つ神木の巨樟、肝心要の熊野神社は片隅に簡素な祠があるだけ。

この楠は、往古、熊襲(くまそ)討伐に従軍して戦没した朝廷側の将士を葬った墓標変わりに植栽されたものだとされ、「七つ塚」と呼ばれるものの一つだといわれています。

大正初期初、この樟の根元を掘ったところ、内部に朱の彩色を施した石棺と、ほかに土器数片が出土したと言い、石棺の一部が根元に置かれて居る。

巨樟は目通り15.2m、樹高30mと言う巨体、しかし御覧の通り、昭和43年の台風により太枝の一本が引きちぎられて居る。

その部分は既に白骨化、しかしその傷を隠すかの様に他の太枝は樹勢旺盛まだまだ若々しい。

傷の隠れる反対側から見れば、伝説の墓標の樟としては若過ぎの様に見え、多分その話が事実とするならこの樟は何代も世代交代を繰り返したのだろう。

現在、福岡県の天然記念物に指定されて居る。

撮影2011.12.16


八女市 南馬場の大樟

2013-10-15 | 福岡県

社殿を覆い隠さんばかりに伸び立つ大樟。

一体北九州に楠の巨樹と言われるものはどのくらい有るのだろう???

どこの神社、寺に行っても楠の巨樹ばかりの様な気がする。

国道3号線、矢部川畔の馬場交差を西へ約500m、矢部川と矢部川に合流する支流の狭間域に位置する南馬場「熊野速玉神社」に立ち尽くしている。

熊野速玉神社と云えば三重県南部の熊野市、この地域には熊野神社が多く見受けられるが、どうしてそんなに遠く離れた神を勧請したのだろうか??

社伝に拠れば 天武天皇の時代、白鳳24年(673)、神社建立と同時に、御神木として植えられたと伝えられている。

しかしこの樹姿はまだまだ若々しく、ましてや1300年もの長い歳月を生き存えて来たと言う老獪さは感じられない。

目通り10.4m、樹高35m、・・・・・神社建立と同時に、御神木として植えられた樟の孫にでも当たるのでは無いだろうか??

 因に、福岡県の天然記念物に指定されて居る。

撮影2011.12.16


久留米市 高良大社(こうらたいしゃ)の大樟 

2013-10-10 | 福岡県

 

久留米市街の東方、耳納連山の高良山中腹に鎮座する高良大社の大樟です。

高良大社は筑後国一宮の式内社として仰がれ、社殿は重要文化財に指定され、神社建築としては九州最大の大きさを誇る格式高い古社。

裏山には7世紀半ば以前の築堤と推定される、国の史跡「高良山神護石」の列石遺跡蛾有る事でもよく知られて居る。

神木の大樟は社殿に向かい右側の境内端、低い木柵で守られるように聳えています・

並立する二本の大楠は大きい方を1号樹、他を2号樹と呼び、共に神木とされ、しめ縄を掛けられて居ます。

1号樹は巨大な株を持つ下膨れ、株元の直ぐ上で大きく二股に岐れ大きな樹冠を作っています。

目通り約9m、樹高23.5m、大きな損傷は見られず、まだまだ若々しく見えます。

一方こちらは2号樹、目通り4.7mと随分小振りですが・・・・・、共に樹齢400年、福岡県の天然記念物に指定されています。

撮影2011.12.16


久留米市 北野天満宮の大樟

2013-10-04 | 福岡県

行っても行っても、何処へ行っても楠の巨樹ばかり。

西鉄甘木線北野駅の直ぐ南、筑後川に注ぐ陣屋川の迂回枝流右岸に鎮座する北野天満宮、朱塗りの太鼓橋を渡って直ぐ左手、特徴のある石鳥居脇に聳える大樟。

なんと形容すれば良いのか見事なしもぶくれ、まるで巨大な土団子に枝付きの串でも突き立てたような・・・・

巨大な根回りはその根元で約22m、樹高は17.5mと以外にちんちくりん。

因に樹齢は900年余りとか??とにかく異様な樹姿を誇って福岡県天然記念物に指定されています。

一方だだ広い境内の突き当たり、楼門を真ん中に一対の巨楠が立っていて素晴らしい景観を醸し出しています。

この一対の樟も中々の巨木ぶりですが、この地域では特別に取り上げるべき存在では無いのかも??

因にこの北野天満宮は天喜二年(1054)に京都の北野天満宮の分社として建立されたと云う事です。

撮影2011.12.16


久留米市 善導寺の大樟

2013-09-29 | 福岡県

九州には楠以外の巨木は無いのかと思うほど・・・・、又々楠の巨木です。

九州道久留米ICより東へ約6km、筑後川に注ぐ巨勢川左岸、穀倉地帯の広がる中、大きな山門を持つ、名刹「浄土宗光明院善導寺」がある。

善導寺は広大な敷地に数多くの伽藍を配した一大寺院、釈迦堂への参道右手脇に二本の大楠が聳え立って居る。

一見、三株に見える大楠は、向かって左手1号樹、大きく洞を空け背後の一株と連理癒着した2号樹。

1号樹は目通り9.5m、樹高39m

2号樹は目通り12.3m、樹高41m。

2号樹の主幹には大きく深い空洞が見られるものの樹勢は頗る旺盛。

緑濃い苔のの大地にどっしり腰を下ろして、共に樹齢は800年・・・・、開山「聖光上人」のお手植えだとされ、福岡県の天然記念物に指定されています。

撮影2011.12.16


朝倉市杷木志波 志波宝満宮(しわほうまんぐう)の楠

2013-09-24 | 福岡県

前回紹介の水神社より、前の国道386号線で東へ約1.5km、志波宝満宮参道入口に君臨する巨楠です。

志波宝満宮の鎮座する杷木志波は筑後川右岸に建ち並ぶ古い集落、背後の丘陵上に「志波宝満宮」が鎮座してりますが、社叢全体が暖地性樹木の杜として、福岡県の天然記念物に指定されています。

背後すぐそこに筑後川が見える在所道、志波宝満宮の石鳥居と境内への登り石段・・・その左手、なだらかな斜面原に巨大で異様な巨楠が聳えて居る。

この巨楠は連理らしいのですが石段側からでは全くそれと気づかない。

ゴツゴツした巨大な主幹にはしめ縄が巻きつけられ、神木で有る事を窺わせる。

巨楠上部に回り込むとこの通り主幹の中心部が大きく抉れて異様な姿を晒しています。

この抉れた部分は、右側の主幹の半身が焼け爛れ左手楠が寄り添うように合体して居るらしい・・・・。

誰の目にも大きい洞を持つ一本の巨楠に見えるのだが・・・

洞の根元を見てみると、中心部に腐朽の痕が無く・・・連理なのかなあと頷け無くはない。

樹齢450年以上、目通り9.8m、根回り15.3m、樹高20m。

これだけ巨楠ばかりを見せ付けられると驚きが無くなってしまう、ああ、こんなもんかと・・・・・・。

撮影2011.12.16


朝倉市山田 水神社の大樟 

2013-09-16 | 福岡県

前回紹介、「恵蘇八幡宮の大樟」からちょうど見下ろせる水神社境内に君臨する大樟。

筑後川「山田大井堰」の取水口に在って、水を司る為の神社なのだろう・・・・、小さな社なのだが境内は付近住民の憩いの場となって居る。

社殿とこの地の土地改良区などの建物の間に立って窮屈そうに太枝を四方八方にに伸ばしている。

この大樟は社殿建築に際し、約2m程も盛土され、当時の根元を見ることは出来ません。

目通り8.2m、樹高21m、樹齢は不明ですが、まだまだ若々しい壮年期のように感じます。

福岡県の天然記念物に指定されていますが、いかにこの地域には巨楠が多いと云えども、無粋な建物に囲まれた大樟は可哀想過ぎる気がします。

撮影2011.12.16


朝倉市山田 恵蘇八幡宮の大樟 

2013-09-11 | 福岡県

均整のとれた樹姿ゆえ少しスマートに見え過ぎ、その巨大さが表しにくい。

この巨楠の立つ恵蘇八幡宮は応神天皇、斉明天皇、天智天皇を祭神とし、「日本書紀」斉明天皇七年条にある朝倉杜にも比定される古社。

前回紹介の「下古毛(しもこも)の大楠」より筑後川沿いに東へ約4km、以前に紹介した「隠れ家の森」とは目と鼻の先、筑後川が蛇行する国道386号線沿いの山側斜面にそれと分かる姿で立って居る。

目通り9m、樹高約32m、樹齢は不明ですが・・・、見たところ大きな傷みもなく元気そのものの壮年期の大樟の様です。

ちょうど本参道の石段と、脇参道を隔てる斜面に力みなぎる巨根を降ろし君臨している。

下方筑後川堤には水神社の巨楠が見下ろせ・・・・この辺り一帯が巨楠の森であった事を窺わせるに充分。

ちなみにこの巨楠は福岡県指定天然記念物。 

撮影2011.12.16


朝倉市 下古毛(しもこも)の大クス

2013-09-05 | 福岡県

朝倉市の筑後川沿いには楠の巨樹が密集しているが、大分自動車道「朝倉IC」のすぐ南側にも巨大な樹冠を見せる 「下古毛の大クス」が有る。

以前このページでも紹介した国天「隠れ家の森」より県道14号線で西方へ約3km、筑後川右岸の田園地帯に有る下古毛集落。

ちょうど集落の中程、集落センターの傍らに簡素な観音堂が建ち、御堂を覆い守るかの様に「下古毛の大クス」が聳え立つ。

どっしりと腰を据え、仁王立ちして諸手を突き出した様なその姿は、子供が描く大きな木を彷彿とさせるに充分・・・・・。

絵に描いた様な巨樹らしい巨楠だと云う事が出来る。

まだまだ若々しく活力一杯に見える大楠は、目通り13.3m、樹高26m、樹齢400年以上とされています。

それにしてもウエストが見事にくびれ、どっしり大地に息づいて居る。

これだけの大楠がこの地では無冠の巨樹だと云う事です。

撮影2011.12.16

 

朝倉市須賀 志賀様の大楠

2013-09-01 | 福岡県

楠の巨樹が多いこの朝倉市にあっては余り目立たない存在なのか??ちょっと割を食ってる巨楠です。

斉明女帝の百済援軍の際、海上安全を祈願するため、志賀大明神を祀った場所とされ、この楠を「志賀 様の大樟」と呼んでいる。

朝倉市役所より南西に約10km足らず、山裾に拓けた小さな里山集落の在所道沿いに立つ。

大樟は道路脇を流れる小さな溝の様な小川淵より斜めに起ち上がり、途中で向きを替え大空へ向かう。

目通り10m、根回り14.8m、樹高22m・・・福岡県の天然記念物に指定されている。

地表の根元には大きな洞が口を開け、その下からは清水が湧き出し、小川に接する根際はいつも水に浸かっています。

傍らに床だけのお堂と、傍らには水神様を思わせる様な石祠が有ります。

もはや、この樟も神格化されて居る様な気がしました。

撮影2011.12.16


朝倉市古賀 松尾神社の大楠

2013-08-30 | 福岡県

家並みと田園風景のちょうど境界辺りに大きく聳える楠。

安長寺の大楠」より東へ約3km、何故だかNET地図はどれを見ても「田神社」と表示されていて紛らわしいが?石鳥居には「松尾宮」の懸額があり間違いなくここは松尾神社。

元和2年(1616)、松尾神社はこの地に遷座とあるので、旧くは「田神社」と呼ばれる古社の境内地だったのかも??

境内の片隅にはそれを物語るかの様に小さな朱鳥居の祠が祀られて居る。

大楠はちょうどそんな小社と松尾社の中央にどっかり腰を据えている。

朝倉市の天然記念物に指定された大楠は、現地案内板に拠ると、目通り8.1m、樹高35mと有るが樹齢は書かれて居ません。

うねる様な根張りはそれなりの樹齢を重ねて居る様ですが主幹や根元にも大きな傷みや洞も確認できず、見た目にも若々しく活力いっぱいの大楠です。

九州にはこれぐらい楠はいくらでも有るのか??特別視はされて居ない様です・・・。

撮影2011.12.16


春日市 「春日の杜」の巨楠群

2013-08-25 | 福岡県

福岡市中心街のすぐ南に隣接する春日市の「春日神社」境内 に有る「春日の杜」と称される巨楠群。

鹿児島本線大野城駅より西へ約1km、春日貯水池東側の楠樹林の一角を拓いて奈良時代に創建されたと言う春日神社が有る。

境内は広く開けて居るがポツポツと楠樹林から取り残されたで有ろう巨楠が在り、「春日の杜」として県の天然記念物として指定されて居る。

正面、石の鳥居を潜ってすぐ右手、周りを柵で保護された大楠が林状に成って居る。

5本の大楠が密集し、一つの樹林ででもあるかの様に高く天を目指し・・・・・

根元部分はお互いに絡み、密着し、波打ち蠢いて居るかのようです。

因に左の癒着樹は目通り12.5mとされています。

境内を横切るバス通り道、バス停前にはすっかり腸(はらわた)をさらけ出したこんな楠・・・・。

又バス通り道を挟んだ対面する「ひょうたん池」の畔には・・・

根上りの激しい巨楠、しかしいずれも元気そうで青葉を枝いっぱいに茂らせて居る。

南国九州、何と言っても楠の巨樹が目立ちます。

撮影2011.12.15


福岡市 筥崎宮の大楠

2013-08-22 | 福岡県

前回の櫛田神社より北東に約3km、博多湾まで伸びる長い参道を持つ筥崎宮の大楠。

筥崎宮は筥崎八幡宮とも称し、宇佐、石清水両宮と共に日本三大八幡宮に数えられ、延喜式神名帳にも記録された由緒深い神社です。

又鎌倉中期の元寇のおり、この神に祈り、俗に云う神風が吹き未曾有の困難に打ち勝ったことから、ますます有名になり、その神徳は天下に轟き広く崇敬を集めた。

一之鳥居は慶長14年(1609)、時の藩主黒田長政が建立したもので、独特なその様式から「筥崎鳥居」と呼ばれ、国の重要文化財に指定されています。

大楠はこの一の鳥居を潜った右奥、清明殿の手前に古色蒼然・・・・立ち尽くしています。

最早、全身洞だらけ、まるで形骸化したような主幹には、木蔦や寄生植物がびっしりと張り付き、息も絶え絶え・

主幹前面はとっくに枯れ死状態、脇から伸ばした枝だけで生を繋いで居るかの様です・・・

それでも樹齢800年、目通り12m、樹高20mとカウントされ、生死渾然一体となり、しっかり生をつないでいます。

撮影2011.12.15


福岡市博多区 櫛田の銀杏

2013-08-18 | 福岡県

博多っ子の夏、血湧き肉踊らす博多山笠追い山はこの銀杏の神木がスタート地点という・・・。

博多祝い唄にも「さても見事な櫛田のぎんなん、枝も栄ゆりゃ葉も繁る」と歌われている様に博多とは切っても切り離せない巨老木の公孫樹です。

博多の中心地に近く、ビルが林立する谷間に博多の総鎮守として天平宝字元年(757年)創建といわれる櫛田神社が在り

古くより博多市民の信仰と崇敬を集めています。

境内脇には大きな山笠の山車が常設され、厭が上にもこの地が博多山笠の中心だと知らされる。

福岡県指定天然記念物の「櫛田の銀杏(ぎなん)」は樹 齢約1000年、目通り9.3m、樹 高23m・・・・風格の有るその姿をビル街の谷間から見せて居る。

博多でも最高齢の公孫樹の巨木も依る歳波には勝てず、無骨な鉄製頬杖のお世話に成って居ますが、博多祝い唄の歌詞通り「枝も栄ゆりゃ葉も繁り」・・・・・、まだまだ秋には、たわわのギンナンを付けるそうです。

撮影2011.12.15


香春町(かわらまち) 元光願寺大楠

2013-08-11 | 福岡県

田川郡香春町の元光願寺跡の急斜面に異様な姿で立ち尽くす巨楠です。

北九州市の南端、小倉南区と北端で接する田川郡香春町(かわらまち)は、五木寛之氏の小説「青春の門」でも知られる筑豊のシンボル香春岳の麓に広がる歴史深い土地、この地の香春神社は「新羅国神」を祀り、九州最初の官社に認定されている。

巨楠は香春町を縦断するように流れる金辺川右岸、町役場北方の山裾、参道脇の急斜面から諸手を挙げるように起ち上がって居る。

根元に大きな膨らみを蓄え、その上に女性器を思わせる様な巨大な洞をパックリ開けている・・・・まるで今にもムジナでも飛び出してきそうな??

目通り8.4m、樹高30m、推定樹齢800年とされ、福岡県の天然記念物に指定されて居る。

大空を覆い尽くす様な大きな樹冠は麓の街並を見下ろし続けて幾百年・・・・・、

<大楠の説明板>

光願寺は昭和20年の大水害で土砂崩れのため全壊移転し、現在元境内に延命地蔵尊が祀られています。

なお参道入口には日本地図作成の父、伊能忠敬が文化9年(1812年)この地で止宿した、という石碑 が立っています。

撮影2011.12.15