山里の神社を中心に、歴史や建築等からの観点ではなく、風景という視点で巡ります。
神社のある風景



前回の「その2」から随分と間が空いてしまいました。
申し訳ないです…。

さて、山國神社からは来た道を戻る形で、往きとは違う場所に立ち寄りながら帰ることにする。
まずは余野という集落にある九頭神社に参拝。
ここは以前に掲載したことがあり、お気に入りの場所でもあったが、どうも以前と印象が違う。
何となく乾いたような風景になっていたので、何故かと見渡して、参道横に本殿方向へと続く車道が出来ているのに気付いた。
車道といっても、舗装されているわけでもなく、軽トラがやっと通れるほどの道ではあるが、多少は木々が伐採されたようで、風通しと日当たりが良くなっている。
景観を大きく損なうようなものではないけれど、明らかに緑の潤いは勢いを失っていて、参道の苔もかなり減っていた。
ただ、こういった道は多くの神社で見かけるし、数年も経てばある程度は回復するものと思われるが、今回は載せたいような写真は撮れなかった。

九頭神社から西側の峠を越えた谷間に滝又ノ滝というのがある。
「その1」で載せた菩提の滝を初めて見た時から滝に魅せられた私は、中学生の頃には滝又ノ滝の存在を知っていたのに、今に至るまで行く機会は無かった。
車で行くには道が悪そうだし、近くまで来たとはいえ行くのは躊躇ってしまうのだが、むっちゃんさんは「行きましょう」、と言ってくださる。
お言葉に甘えることにする。

案の定の悪路で、途中で車を降りて歩き出そうかと思ったりしつつも、何とか林道終点まで辿り着く。
そこからは谷川に沿って下る山道で、地形図を見る限り穏やかな道のりなのだが、こちらは案に相違して意外と険しい。
というよりも、地形図に記載されている滝又ノ滝の位置がおかしいように思われる。
もう少し下流、山道が右岸に移ってから等高線がやや密になった辺りが滝の位置であろう。



滝付近の険しい地形を巻いて急坂を下り、谷川に降り立ったところから上流側に歩くと滝が現れる。



なかなかに表情豊かな滝であると思うのだが、正面からの表情しか上手く撮れず。



滝の下流側は、右岸の岩壁が迫り出していて、小さい滝ながらも、やはり滝を形成するだけの地質というか、地形を形作っている。
行こうか迷ったが、来て良かったと思える場所だった。



滝又ノ滝の次は、大森の加茂神社に立ち寄る。
ここも以前に掲載したことがあるが、前回訪れた時と全く変わらない印象で嬉しくなる。



神社前は、やや草が茂っているけれど、ちゃんと手入れされているし、いかにも山里の神社といった風情で心地よいところだ。



ここは式内社でもあり、それなりの規模がある。






本殿は覆屋の中。



本殿向かって右側にある境内社。



ここは秋には紅葉が美しいだろうと思う。









以前に載せた写真と同じようなものだが、境内から鳥居の外を見た風景は惹かれるものがある。

加茂神社の少し上流に、加茂神社の旧社地があるらしいので、そちらに向かう。



明神祠と呼ばれているらしいその場所は、せせらぎの響く林内にあった。



なるほど、これは神域だ、と思わせる気配が残っている。



最後は、岩戸落葉神社に参拝。



もう夕暮れ時で薄暗くなってきたけれど、しっとりと落ち着いた気配に満ちていた。



苔も豊かで、すぐそばに民家もある場所でありながら、潤いある空間になっている。



陰翳を纏った神社は美しく、この日を締め括るのに相応しい風景を見せてくれた。

最後に、遅くなりましたが、むっちゃんさん、お誘いくださりありがとうございました。
お陰様で、思い出深い一日になりました。
またどこか、ご一緒できればと思います。



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中川から少し進むと、すぐに杉坂方面への道が分岐する。
杉坂川に沿ったその道を更に進めば、小野道風ゆかりの道風神社や、かつて宮中に氷を献上した氷室の里と氷室神社などがある。
その辺りも高校時代によく歩いた地域で懐かしいのだが、今回は真弓方面へと向かうことにする。
杉坂周辺は何度も歩いているのに、何故か真弓集落には訪れたことが無かったし、そこにある八幡神社も気になっていた。

どちら方面に進んでも、この辺りは北山杉の里で、杉ばかりのやや単調な風景が続く。
真弓の集落も、さして特徴の無いところで、想像していたよりも明るく、平凡な長閑さがある。
車を停め、学校跡と思しき建物のところから横道に入る。
民家の尽きたところで舗装も尽きると、ふっ、と涼しくなって神社の気配になる。



小さな谷間にある神社なので、湿度が高く、道は苔生している。



カーブのすぐ先に鳥居。
その奥に、苔生した素朴な石段が続き、一気に引き込まれる。



天気は晴れたり曇ったりで、どちらの光でも写真を撮ってみるが、理想的な光には出遭えない。



ちょっと雑然としていて写真にしにくくもある。
あと百年くらいしたら、参道両脇の杉が門のように聳え、いかにも神域への入り口といった素敵な風景になりそうだ。
人生は短くて口惜しくなるが、植えた人が頭に描いた風景に、近づきつつはあるのだろう。



本殿は覆屋の中。
拝殿は簡素なもの。



山里の神社らしい雰囲気に満ちた、寛げる場所だった。
スズメバチがいたのですぐに退散したけれど…。

真弓からは周山街道を更に北上する予定だが、いったん峠を越えて雲ヶ畑へ向かう。
雲ヶ畑は鴨川の上流にある集落で、かつて集落に死人が出た場合、下流の御所に畏れ多いとして遺体を真弓側へ運んだことから、峠には持越峠という名前がついている。
むっちゃんさんは、式内社や磐座に関心がおありのようで、雲ヶ畑には式内社である厳島神社がある。



峠を越え、鴨川の上流部を少し下ると厳島神社。
道路に沿った細長い境内の神社で、式内社としては規模が小さいが、鳥居前の巨杉や、その手前にある切り株の大きさからすると、やはり長い歴史があるのだろう。



鳥居を振り返る。
左手は遊具などがあって、子供の遊び場になっていたようだが、もう遊ぶ子供もいなくなって久しいようだ。



右の覆屋の中には四つの境内社。



本殿も覆屋の中である。



本殿右側の斜面上には磐座らしき露岩があって、石門岩と呼ばれているが、例によって上手く写真に撮れず。
磐座を撮ると、何故かボケることが多い。

再び持越峠を越え、周山街道に出て北へ進む。
周山の道の駅で昼食後、この辺りの中心的な神社である山國神社へ向かう。



ここは過去に掲載したことがあるし、開けた境内に良い天気と撮影条件は悪いので、あまり写真は撮らず。



ここも式内社であるが、境内はそれほど広くはない。



ただ、拝殿は凝った格天井で、前回もこれを見上げた記憶がある。
蜂の巣の跡が多いのも前回と変わらず。



本殿も立派で格式が感じられる。
覆屋も無いので維持管理は大変だろうが、やはり隔たり無く見られるのは嬉しい。

次の「その3」で最後です。



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長い間サボっていたところに、以前にオフ会でご一緒したことのある「むっちゃんさん」から、お誘いの電話をいただいた。
暑くて出掛ける気になれないくせに、実はポケモン捕獲には熱を入れていて、近所は歩き回っていた。
このブログでポケモンなんて名称が出てくると、「え?」と思われる方もいるだろうが、それについては別記事で書いてみたいと思うくらい楽しんでいたりする。
それはともかく、神社とも山ともご無沙汰である。
むっちゃんさんからは、京都市街の神社はどうですかと言われたが、私は「電車と徒歩では行けない山の方へ行きたい」とお伝えした。 
車を出してもらい、運転もしてもらう身分でありながら、随分と身勝手なものである。

当日、むっちゃんさんの最寄り駅で待ち合わせ。
お会いするのは二度目だが、気さくな方なのですぐにリラックス出来る。
おまけにオニギリとお茶まで用意されていて、私は助手席でただ寛いでいればいいという状況。
私がナビをする必要もなく、大阪近郊から京都市西部の都市部を抜け、周山街道に入る。
大体の目的地は決めてあるものの、道中、気になるところがあれば臨機応変に、という形で進むことにする。

山が近くなって暫くで、平岡八幡宮の看板が現れる。
こういう予定に無い神社に出逢った場合、私は躊躇している間に通り過ぎてしまうのだが、むっちゃんさんは即断即決で車を乗り入れる。
長い参道の奥に駐車スペースがある。
参道も駐車場所になっているようで、写真は撮らず。
というか、光線状態が悪いので、写真自体あまり撮る気にはなれない。 



駐車スペースのすぐ正面に拝殿。



思いのほか立派な神社であったが、木材の傷みは激しい。
この規模の神社でも資金難なのだろうか。
尤も、私としては、このくらい古びている方が好きではある。



本殿は瑞垣の中で写真にしにくいが、結構な規模で見応えがある。
京都市の有形文化財に指定されていて、天井には極彩色の花卉図が四十四面描かれているらしい。
なんと二日後から一般公開されるらしいのだけれど、どうせ上手く写真に出来るわけでもないし、口惜しがっても仕方ない。



まだ暑さは厳しいが、一頃に比べれば木漏れ日は柔らかくなったような気がする。


平岡八幡宮を後にして、有名な高雄を過ぎ、更に北へ向かう。
この辺りまで来ると、私が高校時代に何度も歩いた山域でもあり懐かしくなってくる。
ということで、今度は神社ではなく、私にとって思い出の場所である滝に立ち寄るため、車を林道に入れてもらう。



林道を1.5キロも進めば菩提の滝がある。
昔は滝の直ぐ傍から滝へと降りる階段があった筈だが、大雨か何かで崩壊したようで、今は少し下流から歩道がついている。

菩提の滝を初めて見たのは小学校六年生のときで、友人と二人で山歩きをしていて道標に導かれてのことだった。
大人同伴でなく、それまで子供だけでこんな山の中を歩いたことは無かったし、不安や楽しさの入り混じった道中で、しかも生まれて初めて見る滝だったので、強烈な印象を私に残した。
尤も、滝そのものは落差10メートルほどで高くも大きくもないし、数多くの滝を見てきた今となっては格別なものでもないのだが、とにかく滝好きになる原点がここである。
最後に見てから三十年近くが過ぎているが、滝の姿は変わらずここにある。



滝の上に林道のガードレールが見えるのが残念だが、これは私が子供の頃から変わっていない。



殆ど北山杉に覆われた地域で、谷も深さは無いけれど、滝の辺りだけは暗く、モミジの緑もあって、雰囲気は良い。



水は上流に溜池があるので、やや濁っている。
滝壺周りは、昔はもっと砂利が多かったように思うし、ここの砂利で北山杉を磨くという話を聞いた気もするのだが、今は小石が多くなっていた。



周山街道に戻り、すぐに中川集落。
昔は車の量が多く、さっさと通り過ぎていたところであるが、今は新道がトンネルで抜けているため、滅多に車の通らない静かな場所になっている。
中川は北山杉の中心的な集落で、以前は街道沿いの民家に、皮の剥かれた杉の白い幹がズラリと並んでいるのを見かけた。
不況のせいかどうかは判らないけれど、今日に限っていえば、そういった光景は少ない。
今までは、車は多いし駐車場所は無いしで立ち寄らなかった中川の神社に参拝する。



谷間にある集落だから、神社は斜面にある。
杉ばかりが目に付く辺りの風景の中で、ここはモミジの緑が鮮やかだ。



斜面にあるから、どうしても奥行きはあまり無い。
どちらかといえば横に広い形になるのだが、それでも思っていたよりかは深さがある。


その印象は、緑が豊かだからでもあるのだろう。






本殿は覆屋の中。



本殿前から。



本殿から横へと続く道。
こちらから下へも降りられるが、更に上へと続く道もある。



上っていくと御神木があり、そこから本殿裏へと進んでいけば、磐座と思しき岩がある。
磐座は写真にはしにくいし、実際、撮った写真はダメダメなのだけれど、なかなかに存在感のあるものであった。


撮影日 160902



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京都府木津川市鹿背山


木津川市鹿背山の民家から離れた山中に、どうしてこんなところに? といった感じで神社記号がある。
山中といっても標高100メートルほどではあるけれど、浅い山だけに、民家から離れているのが興味を引く。
三十八神社から見れば、山を越えた反対側にあって、山を迂回すれば結構な遠回りになる。
山越えすれば距離を短縮できそうだが、地形図には観音寺峠という地名が記載されているものの、峠越えの道は記されていない。
ところがyahooやgoogleの地図を見てみると、峠を越える狭い車道のようなものが記されている。
ネットで調べてみると、車はともかく、人が歩くぶんには問題無さそうな道があるようだ。

三十八神社から少し北に移動して、民家の間の狭い道を西に進む。
民家が尽きるところから山道のようになり、暗い樹林の中を進むと小さな池が現れる。
どうもおかしいと思い、スマホで現在地を確認すると、明らかにコースから外れている。
一旦、民家のあるところまで戻る。
民家の裏手の塀に沿うように道があって、こちらが峠への道らしいが、入り口付近は下草が生えていて、あまり歩く人はいないようだ。



暫く進むと下草は消えて、こんな感じの道になる。
とても車が通れる道ではないし、かといって地形図に記載されないのも困る、といった程度の道だ。



途中、前日の雨のせいか、ぬかるんでいるところもあるが、道ははっきりしている。
ただ、山歩きに慣れている人なら何でもない道だけれど、神社めぐりだけをする人なら、ちょっと不安を覚えるかも知れない。



峠付近は軽トラなら通れそうな道になる。



峠の先も同じような感じで、緩い坂道を下っていけば農道のような雰囲気になり、すぐに鹿背山の集落に入る。
集落内は特に見るべきものは無いけれど、のんびりと歩いていける。



集落内を600メートルほど歩いたところから、右手の山へと入っていく狭い車道を進む。
途中、道が大岩を避けるようにカーブするところがあって、曲がりきって岩の反対側を見ると、磨崖仏が彫られていた。
回復地蔵磨崖仏と呼ばれているものらしい。



道端に咲くノアザミにバッタが乗っかっていた。



何してはるん? という感じで覗き込むと、少し警戒するように身じろぎするが、居心地がいいのか花の上に留まったままだ。
顔の正面に花粉を付けているから、受粉の役割も担っているのかも知れない。



低い峠を越えて、浅い谷間に下りたところに神社がある。
思いのほか立派な鳥居が立っているし、神社前は駐車場として小さな広場になっていて、山中の神社のイメージは無い。
この日、訪ねた神社は4社で、ここが4社めになるわけだが、奥深さという点においては最もそれを感じさせない。



よく手入れされている、と言うよりは、よく整備されているといった感がある。






境内は小石が敷き詰められ、拝殿も小綺麗なものだ。



本殿も立派なもので、今回の神社巡りでは、唯一、奈良を感じさせないものだった。



何となく物足りないような気もするが、やはり民家から遠く離れた場所にあるので、一人の空間は満喫できる。
それに、周囲の地形はなかなかに興味深く、近くに住んでいたなら探検気分で歩き回ってみたくなるところだ。

ここからは、加茂駅よりも木津駅の方が近いので、そちらに向かって歩く。
やや退屈な道のりではあるが、時折お邸と呼べるような古い大きな民家があったりして、やはり歴史ある地域なのだなぁ、と見入ったりした。


撮影日時 160517 14時40分~15時(神社のみ)
地図



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京都府木津川市加茂町観音寺


白鬚神社からは集落に戻り、北西へ向かう道を進む。
偶然にも、これから向かう神社への道のりは、途中まで大仏鉄道遺構めぐりコースと重なっているようだ。



集落を抜けるとすぐに長閑な風景が広がる。
山城は竹林の多いところで、道路横に竹林があったりするが、薄暗いイメージのある竹林とは違って、ここは随分と明るい竹林だ。






ひっそりとした竹林が好きだけれど、これはこれで面白い。



やがて三叉路。
何故かカーブミラーのある風景も好きだったりする。



右への道を見ると、大仏鉄道の遺構があった。
観音寺橋台と呼ばれるもので、奥に見えているのは現役の関西本線の橋台である。
大仏鉄道は1907年廃止ということらしいから、今から100年以上前の遺構ということになるが、まだまだ使えそうな堅牢な造りだ。



橋台の向こうの風景に少し惹かれたので進んでみる。






平凡だけど、いいなぁと思える風景。



三叉路のところに戻る。



線路に沿う道の方も、いいなぁと思える風景が広がる。



左に道が分かれて竹藪の中に入っていく。
大仏鉄道の跡を辿るならこちらに進むらしく、私自身、進みたい衝動に駆られる。



衝動を断ち切って右の道を進む。



JRの踏切を渡って、観音寺の集落が近づいてきた。
というか、ここに至るまで神社と関係ない写真ばかりなのはどうなのか、と思いつつ、楽しい道中だったので。



集落から山の手へ入っていく狭い車道を進むと、突然といった感じで石段が現れる。
ずっと伸びやかで長閑な風景の中を歩いてきたから、大袈裟に言えば、いきなり深山に入り込んだような気分になる。



実際、天気や時間帯によっては、深山の気配を漂わせそうな気がする。



地形図にも記載されている、それなりに長い石段を上っていく。
地図に直線の長い石段記号のある場所は、大抵コンクリートの階段で、周囲が開けて味気ないところが多いものだが、ここは味わい深い。



石段を上りきればすぐに社殿という形態じゃないのもいい。



平坦な道が続いて奥深い。
鳥居が見えてきた。



電柱が邪魔だが、鳥居もいい雰囲気の中に立っている。
もっといい光線状態のときに訪れたかった。






鳥居の先にも、もう少し参道が続く。



二手に分かれるが、上の本殿前の広場で繋がっている。



左の参道から広場に出たところ。



こちらは右から。
本殿方向以外の三方に、似たような形状の建物が建っていて広場を囲んでいる。






本殿はやはり朱塗りで、所々色褪せてはいても綺麗に保たれている。



本殿右の境内社。



更にその奥に朱の鳥居が立っている。
この先には何も無いようだし、鳥居の下に台のようなものもあるから、遥拝所か何かだろうか。
ここも照葉樹林が豊かだ。

掲載した写真の半分ほどが神社以外のものになった。
道中の寛げるような風景が気に入ったためでもあるが、撮影条件さえ良ければ、この神社だけでこのくらいの枚数は掲載したと思う。
奥深い参道と鳥居の佇まいは、もっともっといい風景になる筈で、心奪われるような瞬間が想像出来るだけに、自分の力量不足を痛感。


撮影日時 160517 13時~13時45分(神社のみ)
地図



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