山里の神社を中心に、歴史や建築等からの観点ではなく、風景という視点で巡ります。
神社のある風景



京都府木津川市加茂町高田


春日若宮神社からは、やや広い道に出て南へ向かう。
田畑と丘陵が広がる風景の中とはいえ、それなりに車や住宅の多い、ちょっと退屈な道だ。
天気も良くて、歩いていると少し汗ばむ陽気になってきた。
更に車の多い道と合流するが、そこからすぐに集落内の狭い道に入る。
これから向かう神社は過去に車で訪ねようとしたことがあって、そのときは神社への道がかなり狭そうだったし、集落内に駐車できそうな場所が無かったことから立ち寄っていない。
集落に入って少し進むとお寺があり、何組かのハイカーの姿を見かける。
近くに登るような山は無いし、歴史ハイク的なものかな、と思うが、「大仏鉄道遺構めぐり」という立て札を見かけたから、それ目的の人達かも知れない。
大仏鉄道の存在は知っていたけれど、具体的にどこを通っていたかは知らなかったので、今回の神社めぐりでコースが重なるとは思っていなかった。
私は鉄道も好きだし、廃校や廃線といったものにも惹かれる性質なので、ちょっと立て札に従って道を辿ってみたくなる。



神社は集落の北の外れにある。
民家が途切れるとこんな風景になる。
なんでもない風景だが、私が子供の頃に遊びまわった環境に似ていて、どこか懐かしいような気分になる。
尤も、私が幼少期に暮らしたのは城陽市で、ここからさほど遠くはない。



神社が近づくと木々は深くなって雰囲気が変わる。
コントラストが強く、木々の下は斑模様になるので、カメラのコントラスト設定を下げて撮る。
付近は丘陵の上で、集落からは平坦なままここまで来られるが、山地でもないのに豊かな木々に包まれている。
実際、航空写真でこの辺りを見ると、常緑広葉樹の緑がべったりと張り付くように覆っていて、こんな穏やかな地形でよくぞ残っているものだと感心する。






建物をくぐりながら、本殿方向を見る。






振り返って鳥居方向を。



この建物、割拝殿のようでもあり、



絵馬殿のようでもあり、



舞台のようでもある。
まあ色々な用途を兼ねているのだろうし、よくは判らないけれど見ていて楽しいものだ。



本殿はやっぱり奈良を思わせるもの。



本殿前から振り返る。
参道と言うほどのものでもないし、さして広い境内でもないけれど、飛び石とクマザサ、羊歯のシシガシラや、鳥居とくぐる建物などが調和して、思いのほか素敵な場所だ。






ここの狛犬さんは、珍しく涎掛けを着けている。
お地蔵さんの涎掛けは、子供との繋がりもあって理由があるわけであるが、狛犬に関してはたぶん無いだろう。
是非はともかく、大事にされているからであろうし、どこか茶目っ気があるようにも見える。



本殿左から。






本殿右から。
ここも、春日若宮神社ほどではないが、綺麗に保たれている。
定期的に塗り替えられているのだろう。



本殿周囲は緑がいっぱいだ。






斜面ではないのに、木々が奥へと続く環境はあまり見られないもので、森を思わせる。



神社横に続く小道を少し辿ってみた。
暫くで森のような雰囲気は尽きるが、神社も含めて、とても素敵な環境と雰囲気が保たれており、居心地の良さを満喫した。
ただ、先ほど見かけたハイカー達は、お寺には立ち寄っていたのに、ここには来る様子が無さそうだ。
お陰で静かな環境に浸れるのはいいのだが、神社好きとしては、何でだろうなぁ、と思わないでもない。


撮影日時 160517 11時20分〜12時10分
地図



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




京都府木津川市加茂町里口薬井


久しぶりに、山城南部を訪ねることにした。
この地域は、車で移動していた時にはあまり行く気になれない地域であった。
行き帰りで渋滞に巻き込まれる可能性が高いことと、神社周辺の生活道路が狭く、駐車場所にも困りそうだったからだ。
奈良と京都の間ということもあって、古くから開けた地域でもあるから、田舎というわけでもなければ都会でもない。
古い民家の立ち並ぶ集落を縫うような、車社会に対応してない狭い道路の先に神社があったりする。
山里の鄙びた風景を好むことからしても、少し違う、という印象もあった。
だが、鉄道と徒歩で神社巡りをするようになって、好みというか視点がちょっと変わった。
狭い道が入り組むところは、寧ろ楽しそうに見えるし、どの道を辿ろうかと思案するのも面白い。
車だと、最短経路、若しくは最も走りやすそうなルートを選んでいたが、徒歩だと探索の趣が深まってくる。
そうなってくると、少し敬遠気味だった山城南部も魅力的な地域に思えてくる。
尤も、六所神社、高神社、松尾神社、朱智神社、天神神社など、かつてここでも掲載した神社は、とても惹かれる風景に出逢えた場所でもあり、もともと魅力的な地域ではあったのだが。


関西本線の加茂駅で下車する。
大阪に直通する快速電車が出ているので、駅前に高層マンションが建っていたりするが、駅から少し離れると古い家並の続く静かな町になる。
天気予報は快晴で、家を出るときにも快晴だったが、加茂駅を降りたときにはどんより曇っており、気温も肌寒いほどだった。
これから向かう春日若宮神社は、計画を立てた当初は立ち寄るつもりは無かった。
いくら都市部ではないといっても加茂町の中心部にかなり近く、地図をぱっと見ただけでは目を引かれない。
だが、詳細な地図を見ると参道は長く、航空写真を見れば杜は深い。



駅から500メートルほどで狭い道に入り、更に100メートルも進めば左手に鳥居が現れる。
これは帰りに撮ったもので晴れているが、着いたときにはまだ曇っていた。



鳥居をくぐれば桜などが植わった参道。
これも帰りに撮ったもので、コントラストが強くて困った。
往きに撮っておくべきだったが、先が暗くなっており、杜が深まることが判ると思う。



ここからは撮った順番で。
雰囲気が一気に変わり、木々に覆われた素敵な参道になる。
正面に見える紅い社殿は境内社である。



山城地域の神社は照葉樹が多く、ここも照葉樹の濃密な香りが漂ってくる。
ただ、モミジも結構あって、紅葉時にはさぞかし映えるのではないかと思う。



境内社の手前で左に90度折れた方向に本殿がある。



本殿が見えると、ああ、奈良の文化圏だな、と感じる。
京都府南部は京都市よりも奈良市に近いし、この辺りの神社を訪ねれば、京都というより奈良にいるような気分になる。



それはともかく、美しい佇まいだ。



本殿を囲むように、湧き上がるような勢いを見せる緑も見事。



民家から近く、時おり電車の音も聞こえてくるが、落ち着いた心地のよい空間。



参道の手摺も朱色に塗られていたし、ここの手摺もそうだ。
多くの人にとってはどうでもいいことかも知れないが、写真を撮る者としてはありがたい。



春日造の本殿。







建て替えられて間が無いのか、塗り直されたばかりなのか、とにかく汚れ一つ無く鮮やか。



本殿を囲う塀も真っ白だ。
普通なら、こういう状態は違和感があったり、風景から浮いてしまったりするものだが、ここでは何故かそれが無い。



晴れて青空が広がりだした。



雰囲気が変わって、写真も撮りにくくなってきた。



コントラストが強く、これから向かう神社の写真がちゃんと撮れるかどうか…。



とはいえ、晴れた空は心地よく、陽の光を浴びた緑も気持ちいいもので、歩く足取りは軽くなる。


撮影日時 160517 10時〜11時
地図



コメント ( 10 ) | Trackback ( 0 )




三重県名張市の赤目町に行く。
赤目といえば赤目四十八滝が有名で、過去にこのブログにも掲載したことがあるが、今回の目的は赤目周辺をぶらっと歩くことにある。 
四十八滝以外に何か見所があるというわけではないけれど、以前、四年ほど赤目に住んでいたことがあるので久しぶりに歩いてみたくなった。

近鉄赤目口駅で下車する。
たぶん17年ぶりで、車では何度か近くに来ているのだが、無人駅になっていたことや、トイレの位置が変わっていることなどは知らなかった。
改札を出て駅前に立てば、何となく以前よりも閑散とした印象を受ける。
一軒あった商店が無くなっているせいばかりでなく、行楽客が一組しか見当たらないからだろうか。
いくら平日とはいえ、気候のいいこの時期なら、昔はもう少し賑やかだったと思うのだが…。

何の変哲もない車道を南に向かって歩き出す。
何の変哲もないけれど、一歩一歩、進むごとに全てが懐かしい。
銀行、個人商店、小学校、酒造会社…殆ど何も変わっていないから、17年という歳月が嘘みたいに思える。

車道が滝川を渡るところから、川沿いの小道に入る。



この滝川の上流に四十八滝がある。
ここはかつて住んでいた場所から徒歩で10分ほどのところ。
懐かしさもあるが、こんな緑豊かなところに住んでいたんだ、という思いで胸がいっぱいになる。



秋には対岸に彼岸花が咲いた筈で、当時写真を撮ったことを思い出す。



この先で川沿いからちょっと逸れて、勝手神社に立ち寄る。
この神社の社務所で町内会をしたこともあって懐かしいところだが、当時は神社に興味が無かったせいか、あまり甦ってくる記憶が無い。
ただ、拝殿はアルミサッシのガラス戸が目立っていて、これは当時と違うのは確かだ。
あまり写真を撮る気になれないし、実際、掲載するような写真も撮れなかった。



川沿いに戻り、友人と遊んだことのある小橋で暫しぼーっとする。
桐の花が盛り。



こういう古びた無機物と、瑞々しい草花の取り合わせには、何故か惹かれる。



滝川から離れ、支流の梶川林道に入る。
何度も歩いた林道で、ここは家から2キロほどだ。






ずっと谷川沿いの林道だが、撮るほどの渓流でもないので、草花を撮ったりしながら進む。



林道が大きくカーブするところで小道を降りると滝がある。
明るさの加減で中途半端なシャッター速度しか選べなかったし、そもそも大した滝でもないけれど、とても居心地のいいところで、よくここで休憩をした。



滝より上流は落葉樹が増えて、新緑が鮮やかになる。






新緑の時期に咲く桜は、カスミザクラだろうか。



林道から逸れて小道を辿ると溜池がある。
新池という池で、以前、ここの秋の風景を掲載したことがある。






秋もいいが、新緑も捨て難い。



更に上流にある溜池に向かおうとするものの、道が荒れていたので断念。
真っ昼間なのに鹿の鳴き声が近くで響いた。






小さくて普通の池だけど、何故か写真にしやすい池でもある。



来た道を、滝のところまで戻る。
対岸に流れ込む小さな支流に沿った山道を登る。
峠を越えれば七ツ池という大きな溜池があるのだが、池に沿う道は随分と荒れてしまっており、昔と違うので戸惑う。
堰堤の嵩上げがなされたのか、以前は歩けた池畔が完全に水没している。



堰堤の上から七ツ池。
やはり堰堤は大きく高くなっているように思えるし、そもそも、もっと草に覆われて自然な感じだった筈が、コンクリートで護岸されている。
星川大池竣工記念碑なるものもあって、これまでは懐かしんだり、やっぱりいいところだったなぁ、などと思ったりしていたのに、ここに来てちょっと思い出が壊された気分になってしまった。



池から先の山道も、以前に比べて荒れている。
池から流れだす谷川は急流が続く。
田植えシーズンのためか放水量を増やしているようで、途中、二、三回対岸に渡る場所では難儀した。



滝のような急流のような流れが続くが、唯一、名前の付いているのがこの不動滝である。
が、とにかく水量が多すぎるし、光の状態も悪いし、まともな写真が撮れない。
本当なら、もう少しひっそりと落ちる滝の筈…。

ここから暫くで八幡神社の前に出る。
ここも懐かしい場所であるが、挨拶を兼ねた参拝はするものの写真は撮らず。
神社からは車道歩きになる。
かつての我が家を遠目に見て、駅までの道をのんびりと歩いた。

散歩、と題したけれど、読んでもらえば判るように、ハイキング程度のコースである。
住んでいた当時、それこそ庭のように歩き回った範囲なのでそう表現した。



撮影日 160426



コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )




昭和61年、福知山線の生瀬‐道場間が新線に切り替えられた。
それまでは武庫川の峡谷に沿って走る単線非電化の路線で、大阪近郊でありながらローカル線の趣を呈していた。
新線に切り替えられた福知山線のこの区間は複線電化されて便利になったものの、トンネルばかりの連続する味気ない路線になった。
代わりに、かつて車窓から眺められた風景を、今は歩いて楽しむことが出来るようになった。
ハイキングコースとして有名になり、平坦なコースでありながらもトンネルや鉄橋があって変化が楽しめることから平日であっても賑わっていることが多くなった。
それは、ただ消えゆくだけの廃線と比べれば、幸せな余生を過ごしていると言える。
私は鉄道が好きなので、廃線という言葉の響きに何か特別なものを感じてしまうのかも知れないが、枕木に歩幅を合わせてトンネルや鉄橋を歩いてみれば、レールは残っていないものの、往時が偲ばれて心は過去に馳せる。
とまあ、少し当時を懐かしむようなことを書いたが、私自身は旧線時代に乗車したことは無く、廃線になってから何度か歩いたことがあるだけだ。
尤も、歩けるのは武田尾‐生瀬間のみで、道場‐武田尾間はほぼ草木に埋もれてしまっている。

廃線跡はハイカーが多いので、当初は歩くつもりは無かった。
ただ、武田尾付近の山峡なら、遅咲きの山桜が楽しめるかも、という期待があったことと、何か春の草花でも撮れればという思いから訪ねることにした。
それに、自宅の最寄り駅から30分ほどもあれば行けるので、緑に接したくなったとき、とても気軽に行ける場所なのである。

武田尾駅を降りたのは、私以外には一人だけだ。
武田尾は変わった駅で、駅の三分の二はトンネルの中、残りは橋の上という構造になっている。
駅前から暫くは線路跡は車道になっているので廃線の趣は無い。
やがて車道が武庫川から離れ、左の谷間に入っていくところから廃線歩きが始まる。



先日、桜の撮影で武庫川上流部を載せたけれど、中流部であるこの辺りは上流部より深い山峡を流れる。
ただまあ、上流部でも水が濁っていたから、当然、この辺りも水が汚れている。



一つめのトンネル。
辛うじて花を残した桜がある。



桜の木は寂しい状態だが、足下には花びらが沢山落ちている。
この枕木は、いったい何十年ここにあるのだろう。



二つめのトンネル手前も桜は似たような状況だが、強い風が吹くと、僅かばかり残った花びらが散って、トンネルの前でキラキラと輝いた。



トンネル内に照明は無いから、懐中電灯は必携である。
このトンネルを抜けたところは、来る度に緑に包まれるような思いがする。



色彩や光の無い場所から抜け出た目には、色はなんと鮮やかで、光はなんと眩いものであるか。
ここは、紅葉や雪景色、雨の日などにも撮ってみたいところだ。

トンネルを抜けて左手の山は「桜の園」と呼ばれている。
桜博士とも呼ばれた笹部新太郎が、演習林として多くの桜を植えた場所で、今日の一番の目的地はここである。

今から20年以上前、私はよくこの辺りに遊びにきていた。
当時、「桜の園」は整備されておらず、笹部氏の死後、多くの桜は枯死していくような状況だった。
私は「桜の園」という名称は知っていたが、何故そう呼ばれているのかを知らなかった。
さして桜が多いとは思えなかったし、「園」と呼ぶような雰囲気も無かった。
あるとき、水上勉の「櫻守」という小説を読んだ。
そこに、この武田尾の「桜の園」が出てきた。
笹部氏をモデルにした小説だったのである。
以後、長らく放置されてきた演習林は、2000年頃から本格的に整備されるようになり、今は多くの人が廃線跡と共に訪れる場所になっている。
桜も増えてきているようで喜ばしいことではあるが、昔、私が遊んだ頃は廃線跡にハイカーは多くても、ちょっと横道に逸れた「桜の園」は静かで寛げる場所だったので、それがちょっと残念である。



左手の山道に入り、「桜の園」をぐるっと周る。
整備されてから来るのは初めてで、案内板があちこちに立てられ何人もの人とも擦れ違うので、かつての印象とは全く違う場所のようだ。
で、その「桜の園」であるが、やはり来るのが遅すぎたようで、山桜の多いこの辺りも花は残っておらず。
ただ、花が終わっても芽吹いた葉が紅葉のような美しさを見せるのが山桜の良さで、緑の濃淡で覆われた新緑の山に彩を添える。



モミジを主体とした、まさに「緑」といった林もある。
燃えるような紅葉という表現があるが、緑もまた、燃えるような鮮烈さであると思う。



廃線跡に戻る。
「桜の園」で桜と山野草でも撮ろうと思っていたのに、桜は終わっており、山野草はタチツボスミレくらいしか目立ったものが無かったので、さてどうしようかと迷う。
武田尾駅の方へ戻って、どこか山道にでも入って植物を探そうかとも思うが、廃線の先を見れば、緑が滴るようで、ちょっと進んでみたくなる。



ハイカーも増えてきたので、それほど気乗りしなかったのだが、新緑の斜面を見ながら歩くのは気持ち良く、適当なところで引き返すつもりが先へ先へと進んでしまう。



武庫川を鉄橋で渡る。
かなり錆付いているし、補修等は全くされていないから、果たしていつまで持つのだろうか。
体がふらつくほど風も強くて、少しだけスリルがある。



当然のことながら、JR西日本はこのコースを歩くことを推奨しておらず、事故等の責任は一切とらない旨の看板がコースの両端に立っているし、「橋りょう上歩行禁止」の看板があったりする。



またトンネル。



トンネル出口のレンガが、外の光と緑を映していた。
まるで蛇の鱗のようにも見え、金属のような光沢を帯びていた。
こうやって見ると、レンガはかなり波打っており、剥落して頭に落下なんてことも有り得なくは無いなぁ、と思う。



岩肌も反射して綺麗だ。



トンネル?
もうここまで来ると引き返す気にもならないので、生瀬に向かって進む。
道の脇にはアケビが多く、花を付けている。



もう住宅地にかなり近いところまで来たが、対岸の山は最後の険しさを見せる。



地形図に高座岩と記されている岩だろう。
ここからすぐに両岸の山は左右に広がって空は広くなり、高速道路や住宅が見えてくる。
生瀬駅まであと1.5キロほどとはいえ、かなり苦痛な道になりそうだ。
もうちょっと長閑な田畑が広がるようなところで、蓮華草でも撮りたかったなぁ、なんて思う。



と、道からちょっと横に入ったところに蓮華草が咲いていた。
一面に咲いているのもいいが、こういう風にぽつぽつと点在して咲くのもいいものだ。



アップで。



スズメノテッポウの間から。
子供の頃、スズメノテッポウを使って草笛を吹いたことを思い出す。



カラスノエンドウ。

最後にちょっと楽しめたが、この後はひっきりなしに車の行き交う国道を歩くことになる。
都市部にいるより空気が悪く、かなり苦痛な道のりだった。
このコースは、生瀬から武田尾に向かって歩く方がいいかも知れない。


撮影日時 160415 11時〜14時40分


コメント ( 8 ) | Trackback ( 0 )




兵庫県篠山市栗栖野


当野の大歳神社から栗栖野の大歳神社までは2キロほど。
以前に訪れたときも、この二社は同じ日に参拝したと思うが、当野の大歳神社は一つの記事としては初掲載で、この栗栖野の大歳神社は再掲載になる。
因みに以前の記事を見ると2008年の7月に参拝したらしく、三、四年くらい前に訪ねたような気がしていた私はちょっと愕然としてしまった。

栗栖野へは途中、国道を歩かねばならないので退屈な道のりだ。
若林寺への立て札が立っているところで集落内の狭い道に入る。
大歳神社は、その若林寺のすぐ手前にある。



前回訪れたときもそうだったのだが、どういうわけか、ここの鳥居の写真はとても撮りづらい。
どうしても納得のいく色調にならないので早々に諦めた。
風景自体は、以前と同じように欅の大木が迎えてくれて嬉しくなる。



鳥居の先は、当野の大歳神社と同じように、椿で彩られていた。



この二本の欅、なかなか立派なものだと思うのだが、あまり知られていないようだ。
奥に見えている木も大木といってよいもので、樹形からするとシイの類だろうか。



それにしても、鳥居の内と外は別世界である。



外は明るく開けた空間。



内は杜に覆われて深く鎮まっている。



ここも背後には舞鶴若狭自動車道が通っているが、当野に比べれば離れており、そんな気配は感じられない。



正直なところ、神社には立ち寄らずに桜に集中しようかとも考えていたけれど、どちらの神社も訪ねてみて良かった。
桜に負けず劣らず、椿もいいものだ。



踏まずに歩くのは、ちょっと難儀だけれど。



拝殿前の狛犬は、残念ながら新しいものに代わっていた。



本殿右側の境内社。



本殿左側の境内社。
前回来たときもそうだったが、ここは木漏れ日が気持ちの良いところだ。



鬱蒼とした杜の中でありながら、暖かい色合いになる。



椿もそれに一役買う。



更に左側にある境内社。



何となくだけど、水の中を連想してしまう。
木漏れ日の揺らぎと空気感のせいだろうか。



まるで供えたかのような椿の花。






本殿は前回と変わらぬ印象。
ただ、立て掛けられている箒が新しくなっているので、何だか気持ちがにっこりする。



拝殿前から振り返れば、木々に優しく包まれた空間であることを実感する。



ここから南矢代駅までは一キロも無い。
桜を見て寄り道しながら、のんびりと帰った。


撮影日時 160408 12時〜12時40分
地図



コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )



« 前ページ