巨樹、巨木巡礼

僕が訪ねた大きな樹を紹介していきます。

木の本町、黒田のアカガシ

2007-05-31 | 滋賀県

 


この木は「新日本名木百選」に選ばれていて、画像で見るたびぜひとも逢って見たいとあこがれていた巨木です。


琵琶湖の湖北、木の本町まるで巨樹の町のような地名ですが、この地の黒田は筑前藩主黒田氏発祥の地で、賤ケ岳古戦場の東麓にある。



この地の天正寺??裏山、山裾に立て看板があって、看板どおりに竹やぶ道を登って視界が開けるとすぐにこのアカガシの威容が目に飛び込んでくる。



山裾の斜面にしっかりと根をおろし、短い主幹から5本の枝を広げ、その様はまるで天に向かって大きく腕を伸ばした巨人が吠えているようです。



 樹齢400年、樹高15m、幹周り6.9m、この樹齢にしては枯淡な風格ががあって、新日本名木百選に選ばれるのも納得できる。



仰ぎ見るこのアカガシはみごとに威厳があって、主幹も巨大に見えるが、上側から見ると主幹が埋没しているのと中央部の太い枝が一本欠損しているため少しイメージダウンしてしまう。



しかし地表を覆いつくす荒々しい根回りはその不足分を補うに充分過ぎるほどです。


この木も湖北の巨木に多い野の神として、地域の人たちから大切に祀られ、守られている。


雪の多いこの場所でのアカガシの巨樹は、珍しいということです。


撮影2007.4.7


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高月町柏原八幡神社の野神ケヤキ

2007-05-29 | 滋賀県

 


この地を最初に訪れたのはまだ春浅き4月の7日、この老大木のケヤキにやっと新芽が芽吹きだした頃でした。


往古ケヤキの木を「槻」と書いたので、大きな(高い)ケヤキの木が多くある所という意味でこの地方を「高槻」(たかつき)と云っていたようで、それが高月に転化したようです。



この地には現在でも多くのケヤキが「野の神」としてたいせつに守り崇められています。


国道365号を南から木之本方面に北上すると「柏原南」交差点のすぐ左手に、この「八幡神社の野神ケヤキ」の威容を見ることができます。



近づいて見ると一見、磐かと見まごうばかりの樹瘤を蓄えた主幹は目通り8.4m、まさに大樹、巨木のいでたちです。


樹高22m、樹齢300年以上と表示されていますが、樹齢の300年はこの巨ケヤキに余りにも失礼な数字のような気がします。



威風堂々としたケヤキの単木はそれだけでも孤高の巨木としての風格がありますが、この主幹のどっしりと大地を捕まえた姿はまさに巨木そのものの威厳もかね備えています。



 樹勢は旺盛で御幣が幹の縦穴に差 し込まれ、野の神として地域住民に親しまれているようです。


撮影2007.4.7


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高月町唐川.野神スギ

2007-05-25 | 滋賀県

 


湖北は琵琶湖の北岸地域で北陸の入り口、僕の山城からは湖西経由で行こうが湖東経由で行こうが100km前後、車で片道2時間と長丁場。


しかし、この地域は僕が巨木に興味を抱いた頃からどうしても行ってみたい土地でした。


この地域の巨木は各集落に野神として手厚くまもられ、信仰されている場合が多い。



この唐川の野神の巨杉は、北陸道の木の本インター付近からもその威容を確認することができる。


唐川集落の入り口に当たると思われる道路中央に立ち道路は野の神を迂回しているように見える、横手の空き地には公民館もあって、


そこはまさしく野の神が鎮座するに相応しいところです。



このあたりの野神にはけや木の巨木が多く、巨杉の野神は珍しい。



只者ではない容貌をしたスギの前には「野大神」と記された石柱が立っていて、長い竹筒に幣をつけた祀り物が巨杉の幹に立てかけられていた。


推定樹齢400年、樹高23m、目通り幹周8.7mと記されているが、その威容はこの数字をはるかに凌ぐ迫力で立っている。



頂部の枝は白骨化、主幹の一部も白骨化、少し衰えは見せるものの巨大な枝を複雑に伸ばしている姿はとても印象的な姿です。


神社や寺の境内でなく、民家のそばでこれだけの巨木が守られているのは嬉しい。


撮影2007.4.7


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久多大川社の大杉

2007-05-23 | 京都府

 


久多の地は京都市左京区と言えども 、滋賀県境に接する山深き里山で自然そのまま、山紫水明の土地です。


京都市内中心部からは約1時間、滋賀県大津市へも約1時間、いずれにしても辺境の地に違いない。


この地を流れる久多川は安曇川となって琵琶湖に注ぎ、久多へ進入する峠が分水嶺になっているようです。



京都鞍馬より花背を越え、広河原で右折、峠を越えて久多地区へと入って行くとすぐに、目的の杉の存在がわかる。


「大杉の里久多」と書かれた看板が目につく、看板どおりに車を進めると、遠くからでもよく目立ってそれとわかる。



道路脇の久多川との狭い境内の小さな祠の大川社に聳え立っています。



樹高約40m、幹周6.59m、推定樹齢約350年、主幹はわずかに東に傾き、主幹の下部から上部まで枝を伸ばし、幹の南側で別のスギ1本を巻き込んでおり、地上8mまでは完全に合着しています。



周囲には高木もなく独立木であるため光を十分にあび、樹勢は旺盛ですが、枯れた大枝が落下するのか旧道には通行止めの看板が掲げられている。



 


撮影2007.3.31


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花背八桝町春日社のイチョウ

2007-05-20 | 京都府

 


鞍馬から大悲山・峰定寺(だいひざん・ぶじょうじ)に向かう国道477号線沿いに見える銀杏の巨木。



京都バス春日社バス停横ににこの銀杏がそびえたっている。



バス停の時刻表を見ると午前中2本午後2本のバスが通っているばかりで僻地の感がぬぐえない地域です。



この春日社の小さな祠まえの小さな境内にある大銀杏、目通り約5m、樹高約40m、まだ少し若葉には早かったようです。


撮影2,006.3.31


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峰定寺のコウヤマキ

2007-05-18 | 京都府

 


大悲山・峰定寺(だいひざん・ぶじょうじ)」は、鞍馬からさらに北に車で30分くらい行った大悲山(だいひざん)の麓にある。


平安時代末期に創建された寺で境内の山全体が山岳信仰の地となっており、奈良の大峰山に擬えて北大峰とも呼ばれている。


僕がここを訪れた3月31日はまだこの寺が冬季閉山最後の日で、参道に至る手前の柵でシャットアウト、山門にさえたどりつけない状態でした。



山門前には寺谷川が流れておりその対岸側からこのコウヤマキを望むほか無かった。


対岸からの望遠レンズでの撮影では迫力も無く、ただ写っているに過ぎないコウヤマキの巨木。


こんど、もう一度開山期間中に行って見なければと考えているが何しろ遠い。



やっぱり巨木は近づいてその息吹を感じないと始まらないような気がする。


 撮影 2006.3.31


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峰定寺の三本杉

2007-05-16 | 京都府

 


春まだ浅き3月31日、鞍馬貴船を訪れその足を伸ばして、ここ花背の奥にある峰定寺の三本杉を訪ねた。


峰定寺の神木であるというこの三本杉、まずは峰定寺で聞くのが早いと門前まで行くが門は硬く閉ざされ、僕が訪れた3月末までは冬季閉鎖期間で開門されていないようでした。



門前にある料理旅館のお上さんがちょうど居合わせたので訪ねて見ると、ここから歩いて40分ほど山の中だという。


車が充分に通れる道路なのだが、両側から鎖のゲートで閉鎖されており車両は進入できない。


道はわかりやすいというので横着な僕も車は捨てて歩くことにした。


やっぱり、聞いたとおり山道を歩くこと40分ぐらい、道は悪くなく歩くのには何の不自由も感じなく、ちょうど散歩には頃合の距離です。


道の前方左手に一期は高くそびえる三本杉の梢がみえて、足の疲れも吹っ飛んでしまう。




この道路の終点地がこの杉へ近づく進入路になっていて沢越しに巨大な三本杉の主幹を見おろすことができる。



峰定寺の神木だという三本杉は一株三本立ちになった見事に直立する巨杉で樹齢1200年、樹高35m、目通り幹周13.6mと記されている。



沢から見上げる位置にあるこの三本杉はいかにも堂々たる巨杉で森の巨人100選にも選ばれています。



三本ともに天に向かって直立さまは見事で、1200年もの歳を重ねているとは感じさせない瑞々しさを保っている。


撮影2007.3.31


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由岐神社(ゆきじんじゃ)の大杉

2007-05-13 | 京都府

 


鞍馬寺は京都中心地から車で約く40分ほど北山のほうに奥まったところにある古刹で義経伝説でも名高く全国区でよく知られた所です。



この寺の境内にある由岐神社は、また鞍馬の火祭りでもTVで紹介されることが多く関西人なら誰でもが知っているところです。


鞍馬寺の山門を入って、ケーブルにはのらずに参道をしばらく登るとすぐにこの由岐神社がみえてくる。



 重文の脇拝殿を通して向こうに巨大な大杉の幹が立っているのが見えます。




脇拝殿をくぐり抜け、本殿に通じる石段左手にそびえる樹齢800年、幹周約6.5m、樹高が50mもあるこの杉の巨木は、神そのもので大杉社と言う祠が根元に建っている。



ここ鞍馬の由岐神社には、京都市の天然記念物として3本の杉が指定されていて大杉社の祀られた左右に1本ずつあります。


2本の巨杉が直立して天に向かって聳え立つ景観はまさしく巨杉らしい神々しさにあふれている。


撮影2007.3.31


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貴船神社の相生の杉

2007-05-10 | 京都府

 


 貴船神社の本宮から奥の院への参道は車道に成っていて貴船川の清流が左脇を流れている。



この参道の中間点あたりに結社と呼ばれる中社があってすぐその先の左手少し上方に2本立ちした巨杉がそびえている。


根元で癒合したものか、一株から2本立ちしているものかは解かりませんが表示板には「相生の杉」、同じ根から生えた日本の杉、樹齢1000年とある。



幹周り9.6m、樹高35mとカウントされています。



もちろん、この9.6mという数字は2本に分かれるまでの主幹の幹周りで、1本づつ見るとそう特別な巨木というほどでもなが、さすがにその根回りは巨木の貫禄充分で圧倒される。



また、奥社手前にも巨杉並木があって5mクラスの杉巨木が並び立っている。


撮影2007.3.31


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貴船神社のケヤキと杉

2007-05-08 | 京都府

 


貴船には巨木や古木が多く、それは加茂川の水源地として自然環境に恵まれた土地だという証なのかも知れない。



貴船神社の朱色の大鳥居をくぐると目の前に巨大なケヤキの根がうねっているのが目に入る。



巨大な根張りの割に、主幹は細く貧弱に見えますが、表示板にいわく、樹齢600年とあります。


しかし環境庁の巨木データーにはカウントされておらず、幹周りが3メートルに及ばないのかも知れないが、巨木の風格は充分に持っています。



ケヤキの対面、参道脇の山裾には樹齢700年と書かれた杉の木がそびえていますが、これもデーターにはカウントされていません。



この杉は幹周り3メートルに及ばない事などなく充分に巨木としての資格は持っているように思われます。


撮影2007.3.31


貴船神社のカツラ

2007-05-06 | 京都府

貴船は京都の奥座敷と称せられ、春は新緑、夏は川床、秋には紅葉と観光客が絶えないところです。

貴船神社はその昔、反正天皇の頃、神武天皇の母である玉依姫が黄船に乗って、加茂川、貴船川を遡り、祠を設けたのがその興りと云われ、鴨川の水源地にあたり、古来より水の神さまとして崇敬を集めています。

また、貴船と云う地名も、この黄船と関係しているようですが、一方古くは気生根、気生嶺と書いて「きぶね」と読んでいた時代もあると云い、気が生ずる所、気の生ずる根元と云う意味があるらしい。

日照りや長雨が続くと、馬を奉納し、降雨、晴天を祈願し、生きた馬に代えて「板立馬」を奉納したらしくこれが今に伝わる絵馬の原型だと云われています。

現在では縁結びの神様として参拝する人の姿が絶えません。

長い急な石段を登りはじめると、門の脇から幾本にも株立したカツラの巨木が聳えているのが見える。

この桂は、樹齢400年、幹周り4.6メートル、高さ30メートル、根元からいくつもの枝が天に向かって伸び、上の方で八方に広がっていて、これは御神気が龍の如く大地から勢いよく立ち昇っている姿に似て、貴船神社の御神徳を象徴して居るといわれて、御神木と崇められている。

しかし古い歴史の神社にしてはこの神木は、ちょっと頼りなさげであるけれど。

奥宮にもカツラの巨木があると書いてあるが、現地にはそれらしきカツラの巨木は見当たらなく、枯損してしまったのか別の場所だったのか??。

小さな幹のカツラが一本あっただけ。

撮影2007.3.31

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海神社の神代杉

2007-05-04 | 奈良県

 


室生寺へ行った帰りに、こんな山の中に海神社か??と訪れてみた。 



近鉄大阪線室生口大野駅のすぐ近く、旧室生村役場横の鳥居をくぐると急な石段、ちょうど中段左手に空をつくように杉の巨木が聳えている。



急な石段の中段にあって下から仰ぎ見る形になるので、姿よく、より巨大に見えるのかも知れないが??


神代杉という表示板が立てられていて居るがちょっとオーバーな形容のようにも思える。



データーの表示は無く、なんらの指定も無い巨木です。


同株の二本立ちのように見えるが、根元だけが合体しているだけなのかも知れない。



ちなみに環境庁のデーターで海神社を探してみると、幹周り4.9mのものと3.9mのものがカウントされている。


もう少し大きく見えるのだが??。


撮影2007.3.11


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