巨樹、巨木巡礼

僕が訪ねた大きな樹を紹介していきます。

朝倉市古賀 松尾神社の大楠

2013-08-30 | 福岡県

家並みと田園風景のちょうど境界辺りに大きく聳える楠。

安長寺の大楠」より東へ約3km、何故だかNET地図はどれを見ても「田神社」と表示されていて紛らわしいが?石鳥居には「松尾宮」の懸額があり間違いなくここは松尾神社。

元和2年(1616)、松尾神社はこの地に遷座とあるので、旧くは「田神社」と呼ばれる古社の境内地だったのかも??

境内の片隅にはそれを物語るかの様に小さな朱鳥居の祠が祀られて居る。

大楠はちょうどそんな小社と松尾社の中央にどっかり腰を据えている。

朝倉市の天然記念物に指定された大楠は、現地案内板に拠ると、目通り8.1m、樹高35mと有るが樹齢は書かれて居ません。

うねる様な根張りはそれなりの樹齢を重ねて居る様ですが主幹や根元にも大きな傷みや洞も確認できず、見た目にも若々しく活力いっぱいの大楠です。

九州にはこれぐらい楠はいくらでも有るのか??特別視はされて居ない様です・・・。

撮影2011.12.16


春日市 「春日の杜」の巨楠群

2013-08-25 | 福岡県

福岡市中心街のすぐ南に隣接する春日市の「春日神社」境内 に有る「春日の杜」と称される巨楠群。

鹿児島本線大野城駅より西へ約1km、春日貯水池東側の楠樹林の一角を拓いて奈良時代に創建されたと言う春日神社が有る。

境内は広く開けて居るがポツポツと楠樹林から取り残されたで有ろう巨楠が在り、「春日の杜」として県の天然記念物として指定されて居る。

正面、石の鳥居を潜ってすぐ右手、周りを柵で保護された大楠が林状に成って居る。

5本の大楠が密集し、一つの樹林ででもあるかの様に高く天を目指し・・・・・

根元部分はお互いに絡み、密着し、波打ち蠢いて居るかのようです。

因に左の癒着樹は目通り12.5mとされています。

境内を横切るバス通り道、バス停前にはすっかり腸(はらわた)をさらけ出したこんな楠・・・・。

又バス通り道を挟んだ対面する「ひょうたん池」の畔には・・・

根上りの激しい巨楠、しかしいずれも元気そうで青葉を枝いっぱいに茂らせて居る。

南国九州、何と言っても楠の巨樹が目立ちます。

撮影2011.12.15


福岡市 筥崎宮の大楠

2013-08-22 | 福岡県

前回の櫛田神社より北東に約3km、博多湾まで伸びる長い参道を持つ筥崎宮の大楠。

筥崎宮は筥崎八幡宮とも称し、宇佐、石清水両宮と共に日本三大八幡宮に数えられ、延喜式神名帳にも記録された由緒深い神社です。

又鎌倉中期の元寇のおり、この神に祈り、俗に云う神風が吹き未曾有の困難に打ち勝ったことから、ますます有名になり、その神徳は天下に轟き広く崇敬を集めた。

一之鳥居は慶長14年(1609)、時の藩主黒田長政が建立したもので、独特なその様式から「筥崎鳥居」と呼ばれ、国の重要文化財に指定されています。

大楠はこの一の鳥居を潜った右奥、清明殿の手前に古色蒼然・・・・立ち尽くしています。

最早、全身洞だらけ、まるで形骸化したような主幹には、木蔦や寄生植物がびっしりと張り付き、息も絶え絶え・

主幹前面はとっくに枯れ死状態、脇から伸ばした枝だけで生を繋いで居るかの様です・・・

それでも樹齢800年、目通り12m、樹高20mとカウントされ、生死渾然一体となり、しっかり生をつないでいます。

撮影2011.12.15


福岡市博多区 櫛田の銀杏

2013-08-18 | 福岡県

博多っ子の夏、血湧き肉踊らす博多山笠追い山はこの銀杏の神木がスタート地点という・・・。

博多祝い唄にも「さても見事な櫛田のぎんなん、枝も栄ゆりゃ葉も繁る」と歌われている様に博多とは切っても切り離せない巨老木の公孫樹です。

博多の中心地に近く、ビルが林立する谷間に博多の総鎮守として天平宝字元年(757年)創建といわれる櫛田神社が在り

古くより博多市民の信仰と崇敬を集めています。

境内脇には大きな山笠の山車が常設され、厭が上にもこの地が博多山笠の中心だと知らされる。

福岡県指定天然記念物の「櫛田の銀杏(ぎなん)」は樹 齢約1000年、目通り9.3m、樹 高23m・・・・風格の有るその姿をビル街の谷間から見せて居る。

博多でも最高齢の公孫樹の巨木も依る歳波には勝てず、無骨な鉄製頬杖のお世話に成って居ますが、博多祝い唄の歌詞通り「枝も栄ゆりゃ葉も繁り」・・・・・、まだまだ秋には、たわわのギンナンを付けるそうです。

撮影2011.12.15


香春町(かわらまち) 元光願寺大楠

2013-08-11 | 福岡県

田川郡香春町の元光願寺跡の急斜面に異様な姿で立ち尽くす巨楠です。

北九州市の南端、小倉南区と北端で接する田川郡香春町(かわらまち)は、五木寛之氏の小説「青春の門」でも知られる筑豊のシンボル香春岳の麓に広がる歴史深い土地、この地の香春神社は「新羅国神」を祀り、九州最初の官社に認定されている。

巨楠は香春町を縦断するように流れる金辺川右岸、町役場北方の山裾、参道脇の急斜面から諸手を挙げるように起ち上がって居る。

根元に大きな膨らみを蓄え、その上に女性器を思わせる様な巨大な洞をパックリ開けている・・・・まるで今にもムジナでも飛び出してきそうな??

目通り8.4m、樹高30m、推定樹齢800年とされ、福岡県の天然記念物に指定されて居る。

大空を覆い尽くす様な大きな樹冠は麓の街並を見下ろし続けて幾百年・・・・・、

<大楠の説明板>

光願寺は昭和20年の大水害で土砂崩れのため全壊移転し、現在元境内に延命地蔵尊が祀られています。

なお参道入口には日本地図作成の父、伊能忠敬が文化9年(1812年)この地で止宿した、という石碑 が立っています。

撮影2011.12.15


北九州市小倉南区呼野(よぶの) 大山祇神社の公孫樹

2013-08-03 | 福岡県

前回紹介の長行(おさゆき)貴船神社より国道322号線を南下する事約15分、呼野大山祇(おおやまづみ)神社の大公孫樹です。

呼野(よぶの)大山祇神社は、山合いの谷間を走るJR日田彦山線呼野駅の南西寄り、山裾斜面に鎮座する古社。

集落は長い参道の下に甍を並べて居る。

大公孫樹は境内への最後の石鳥居潜った左手、一段高い境内の石垣上にどっしり腰を据えて居る。

この地を訪れたのは12月中旬、九州の遅い黄葉もいくばくかを残し、梢迄見仰げる裸樹になって居た。

説明板に拠ると、目通り8.5m、樹高37mと有るがちょっと大げさな感じ・・・・、実際はもう一回り小さいかも??

方向を変えれば主幹はすっかりこの様、すっかり枯骸化が進みコールタールで固められて居る。

説明板には二度の治療の甲斐有って蘇ったとあるように境内一面黄金の絨毯を敷き詰めたように黄金色に輝いて居た。

足元は心もとないが、これだけ葉を付けて居たのなら持ち直して居る様です。

撮影2011.12.15