アイ・ラブ みどり

逆境にもめげず、けなげに生きるみどり達がいとおしくてなりません。

ヤブジラミ

2015年02月24日 | うちの庭では

 ヤブジラミはひっつき虫の一つで、セリ科の二年草です。現在幼苗が葉を地に伏せて春を待っています。秋には楕円形の実が表面に生やした先端が鈎状の刺毛で衣服や動物にひっつきます。そこで、花言葉は「逃さない」です。

 私の趣味は囲碁です。1局あたり2人合わせて概ね200手が標準の手数ですので、その間に何度か訪れる勝機を「逃さない」ことが勝ちにつながるのです。勝機は自分で導くこともあれば、相手のミスで生じることもあります。対局者間の駆け引きが囲碁の面白さなのです。修練を積むほどに駆け引き上手となり、「勝機を作って」勝利を手中に収める確率を上げることができます。

 囲碁の世界では、ルールに従って客観的に勝ち負けを決めるのは簡単です。ところで人の人生の勝ち負けを評価することはできるのだろうか。何をもって人生の勝ちとするかでさえ議論の尽きることはありません。高度成長期に活躍した我々標準的後期高齢者にとっては、「良い」家庭に生まれ、「良い」大学を卒業し、「良い」会社に就職することが良い人生であると言われていました。文句を言わず、黙々と働く「良い」企業戦士を育てることが当時の教育政策だったのです。後期高齢者になったかつての企業戦士達は、果たして人生の「勝者」になることができたのだろうか。私は高齢者クラブ会長の6年の経験から、仲間ができず孤独になることが人生の最大の「敗者」ではないかと実感しています。

 私はチャンスを「逃さない」人生を送ってきました。高校時代に農業に憧れ、国民のために貢献できる公務員を目指しました。首尾よく農林省に入省でき行政官として勤務しました。そこで官民癒着、政官癒着のおどろおどろしき世界を見てしまい幻滅を覚えました。そこに訪れたチャンスを「逃さず」研究職に職種変更しました。研究職では、今度は学閥のコネ社会にうんざりしました。再び訪れたチャンスを「逃さず」東南アジアでの長期在外研究に飛び込み、これが私の人生のハイライトとなりました。さらに在外研究の成果で生まれたチャンスを「逃さず」大学教授になることができました。そして大学を定年退職して5年後にやってきたチャンスを「逃さず」高齢者クラブ会長に就任しました。チャンスを「逃さず」公共奉仕の喜びを一貫して目指した私の人生は、自分でも褒めてやりたいものとなりました。

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