アイ・ラブ みどり

逆境にもめげず、けなげに生きるみどり達がいとおしくてなりません。

春の兆し、ヤマアザミ

2005年02月28日 | うちの庭では
三日前の雪残る まだ冬寒の庭の隅 しかし外はもう春の兆し オドリコソウも咲き出した ボクもそっと目を覚ます やわらかい光が「おはよう」と 寝ぼけ眼に微笑んだ . . . 本文を読む
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みどりを育てる土

2005年02月28日 | みどりの風景
 エジプトの国土の98%は砂漠で、残り大部分がナイル川沿いの緑地です。かつてナイル川は、7月から10月にかけ毎年定期的に氾濫/増水していました。この増水期に、上流から石材を船で運搬し、ピラミッドや神殿の造営に使ったとも言われています。また、増水時に氾濫原に肥沃な泥土と水分を供給し、豊かな農産物をもたらし、古代エジプト文明が栄えたのでした。  ナイルの氾濫は、日本の洪水とは異なり、穏やかな増水でした . . . 本文を読む
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みどりを集める

2005年02月27日 | ナイル川のみどり
 エジプトの名物料理の一つにハト料理があります。旅行中、ローストしたハトを食べる機会がありました。肉の量は少なかったのですが、肉質は適度に硬く歯ごたえがよく、しっかりした奥深い味わいでした。スープに仕立てても美味しく食べられるように思いました。  写真は、立ち寄ったドライブインに隣接する民家のハト小屋です。小屋は、ハトの巣となる穴が多数明けられた円錐状の塔が2本1対となっており、土壁造りのようです . . . 本文を読む
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みどりの力、岩を割る

2005年02月26日 | ナイル川のみどり
 ピラミッドの脇に石切り場の跡がありました。人が中で作業できる幅60cmほどの溝が格子状に掘ってあります。各区画の岩の表面は水平に揃っています。元の溝の深さは、ピラミッドに使われている石材の形から推定して、2m位あったものと思われます。全て人力に頼り、石器のたがね・槌を振るい、根気良く掘ったことでしょう。私達現代人には、削岩機やカッターなど機械を一切使わず、これだけの溝を堀るだけでも魔法或いは奇跡 . . . 本文を読む
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みどりを紡ぐ

2005年02月25日 | ナイル川のみどり
 母なる大河、ナイル川が育んだ肥沃な土地は、世界的に有名な良質な綿花、羊毛を産み出しました。この綿糸を縦糸に、毛糸を横糸に編んで作られるのが、世界の人々のあこがれ、サッカーラの絨毯です。美しい絨毯はナイル川のみどりの化身とも言えるのです。  絨毯の織姫は、細い指を持つ10歳前後の少女達です。ハイティーンでは早くも指が太くなり過ぎ、絨毯織には不向きになってしまいます。絨毯織の工程は先ず模様のパターン . . . 本文を読む
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みどり神殿の列柱、ナツメヤシ

2005年02月25日 | ナイル川のみどり
 カイロのある五つ星のホテルの中央プロムナードを、高さ40mはあろうかというナツメヤシの並木が飾っていました。毎朝6時頃朝食を摂りに、このプロムナードを、ヤシの木を見上げながら歩いてレストランに通いました。ヤシの各個体は高すぎてバランスが悪いのですが、並木全体として地面と空を見事につなぎ、美しい景観をかもし出しておりました。  ナツメヤシは作物としても極めて有用で、木材・葉・繊維・実などが余すとこ . . . 本文を読む
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みどりのいのち、朝靄

2005年02月24日 | ナイル川のみどり
 昼間30℃に達した気温は、夜間の放射冷却で明け方には5℃に下がっていました。この大きな気温の日較差により、早朝には地上には朝靄が低くたなびき、植物の葉の表面は結露で濡れ、露が地上に滴り落ちていました。これが、砂漠に住む生物にとり文字通りの命水となる、いわゆる木雨と言われているものです。年間雨量100mm以下の厳しい気候条件のもとでも、この露に頼って生物が生存できるのです。  地表が裸地状態でも結 . . . 本文を読む
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砂漠のみどり

2005年02月24日 | ナイル川のみどり
 ピラミッドから500mほど離れた附帯神殿の近くで、エジプトガジュマルの孤立木を見つけました。サボテンのような乾燥地向けの特殊構造を持っているようには見えませんが、砂漠には不似合いなほど、葉を豊かに茂らせています。砂漠と言えども地中深くには水分が存在し、根の深い樹木は生存できるのでしょう。  アフリカ最大のサハラ砂漠もかつては密林に覆われ、狩猟民族が狩をして生活していたことが、洞窟壁画遺跡で知られ . . . 本文を読む
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みどりの結晶、ピラミッド

2005年02月24日 | ナイル川のみどり
 世界七不思議・世界遺産として名高いエジプト・ギザのピラミッドは、標準10トン位の石約300万個を140mの高さに積み上げて構築されたと言われています。重機械も鉄も無かった時代ですから、全て人力に頼って、原始的な石の槌を振るいながら、こつこつと工事が進められたと考えられます。その人力のエネルギー源は勿論食料、即ちみどりなのです。あの巨大な建造物は、みどりのエネルギーの巨大な結晶なのです。  ピラミ . . . 本文を読む
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土浦市仲城町の町屋

2005年02月13日 | 私の町、土浦
 真壁町の蔵造りの街並に匹敵する規模のものは土浦にはありませんが、旧水戸街道筋の仲城町には蔵造りの町屋が数軒、土浦市の文化財として保存されており、観光協会、蕎麦屋、薬局などに利用されています。城下町特有の鍵型に屈折した道も残っています。ここを土浦市民の心の故郷として整備してもらいたいと願っています。  土浦市もここの景観保全に力を入れておりますが、現状はまだ改善の余地がかなりありそうです。先ず、景 . . . 本文を読む
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