鹿島アントラーズ原理主義

愛する鹿島アントラーズについて、屈折した意見を述べていく場です。

トルシエ氏、鹿選手を挙げる

2009年12月09日 | Weblog
本山、新井場ら挙げ トルシエ氏が日本代表にエール
 サッカー元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏(現・FC琉球総監督)が9日、来年のワールドカップ(W杯)に挑む日本代表にエールを送った。「オランダとカメルーンが1次リーグを突破するという見方が必然的だが、日本も突破する力は持っている。まず第1戦(カメルーン戦)で負けないことが鍵」と指摘した。

 東京都内で行われた日本フットボールリーグ(JFL)の表彰式に出席した同氏は代表チームの編成にも持論を展開。「全体的に若く、ベテランが足りない。小笠原、中田、本山、新井場といった選手が貢献できると思う」と、Jリーグを3連覇した鹿島の選手を挙げた。

[ 2009年12月09日 20:03 ]

元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏が我等が鹿島アントラーズの選手達を代表に推しておる。
流石に日本にワールドカップで決勝トーナメントに導いた監督である。
選手を見る目がある。
挙げられた4人を代表に加えることが出来れば決勝トーナメント進出も夢ではないであろう。
しかしながら、岡田現日本代表監督が彼等を加えることは無かろう。
夢は夢として見ておくしか無さそうである。

大迫・當間、韓国へ

2009年12月09日 | Weblog
U-20日本代表メンバー<国際親善試合 対 U-20韓国代表(12/17@韓国・昌原)>
U-20代表チーム情報
スタッフ

団長
原 博実 HARA Hiromi
【(財)日本サッカー協会 技術委員長(強化担当)】

監督
西村 昭宏 NISHIMURA Akihiro
【(財)日本サッカー協会 技術委員】

コーチ
小倉 勉 OGURA Tsutomu
【(財)日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ】

大熊 裕司 OKUMA Yuji
【(財)日本サッカー協会 ナショナルトレセンコーチ】

GKコーチ
慶越 雄二KEIGOSHI Yuji
【(財)日本サッカー協会 ナショナルトレセンコーチ】

選手

Pos. 氏名(英字表記)生年月日 身長 体重 所属

GK
権田 修一 GONDA Shuichi
1989.03.03 187cm 82kg FC東京

大久保 択生 OKUBO Takuo
1989.09.18 190cm 90kg 横浜FC

DF
當間 建文 TOMA Takefumi
1989.03.21 178cm 72kg 鹿島アントラーズ


鎌田 翔雅 KAMATA Shoma
1989.06.15 172cm 66kg 湘南ベルマーレ

村松 大輔 MURAMATSU Taisuke
1989.12.16 176cm 71kg 湘南ベルマーレ

鈴木 大輔 SUZUKI Daisuke
1990.01.29 181cm 69kg アルビレックス新潟

高橋 峻希 TAKAHASHI Shunki
1990.05.04 169cm 68kg 浦和レッズ

MF
金崎 夢生 KANASAKI Mu
1989.02.16 180cm 70kg 大分トリニータ

青木 拓矢 AOKI Takuya
1989.09.16 179cm 73kg 大宮アルディージャ

山本 康裕 YAMAMOTO Kosuke
1989.10.29 177cm 76kg ジュビロ磐田

清武 弘嗣 KIYOTAKE Hiroshi
1989.11.12 172cm 63kg 大分トリニータ

山村 和也 YAMAMURA Kazuya
1989.12.02 184cm 75kg 流通経済大学

山田 直輝 YAMADA Naoki
1990.07.04 166cm 64kg 浦和レッズ

米本 拓司 YONEMOTO Takuji 
1990.12.03 176cm 63kg FC東京

FW
大津 祐樹 OTSU Yuki
1990.03.24 180cm 73kg 柏レイソル

河野 広貴 KAWANO Hiroki
1990.03.30 165cm 58kg 東京ヴェルディ

大迫 勇也 OSAKO Yuya 
1990.05.18 182cm 70kg 鹿島アントラーズ


原 博実技術委員長(強化担当)コメント

「今回韓国から招待され、U-20ワールドカップベスト8のU-20韓国代表と対戦できることになり、非常に楽しみにしている。
この世代は今年、韓国やスペインの国際大会に参加して色んな選手に国際経験を積むチャンスを与えている。
今回はJリーグでレギュラーポジションを獲得している選手を多く加えた。この中から一人でも多くオリンピックやフル代表に食い込めるようになることを期待したい。」


大迫と當間がU-20日本代表に選出された。
2年半後の五輪チームの母体となる選手達と言えよう。
この選手全てがロンドンの地を踏むことは無いであろうが、この国際経験をJリーグに持ち帰って欲しい。

マルキーニョス帰国

2009年12月09日 | Weblog
マルキーニョス選手帰国のお知らせ
FWマルキーニョス選手が母親の急病のため、本日、ブラジルに帰国することになりましたのでお知らせします。

マルキーニョスがブラジルへ緊急帰国するとのこと。
これで、天皇杯ガンバ戦は出場せぬこととなろう。
大迫も東アジア競技大会に参加中のため出場不可能である。
FWは興梠と田代が組み、サブによよという布陣となろう。
田代は好調故、マルキーニョスの穴を埋めてくれると信じたい。
そして、よよである。
京都戦では途中出場し、勝利に貢献しておる。
本人も出場意欲も燃えておるであろう。
我等も精一杯声援を送りたい。
鹿島の底力を見せつけるときが来たのだ。

さらばダニーロ

2009年12月09日 | Weblog
ダニーロ選手退団のお知らせ
標記の通り、MFダニーロ選手が、契約期間満了のため今季限りで退団することになりましたのでお知らせいたします。同選手は天皇杯終了後に帰国します。

<選手プロフィール>
■選手名:ダニーロ Danilo
■本名:ダニーロ・ガブリエル・デ・アンドラーデ Danilo Gabriel De Andrade
■生まれ:1979年6月11日、ミナスジェライス州サンゴタルド市出身
■国 籍:ブラジル
■サイズ:186センチ、84キロ
■所属歴:2007年2月~2010年1月
■出場歴:
J1リーグ77試合6得点、ナビスコカップ13試合0得点、
天皇杯8試合4得点(4回戦終了時)、ゼロックス杯2試合1得点
AFCチャンピオンスリーグ11試合5得点   
公式戦通算111試合15得点(12月9日現在)
■優勝歴:
J1リーグ3回(2007、2008、2009)、天皇杯1回(第87回=2007-08)


我等にリーグ優勝三つと天皇杯を掴み取らせてくれたダニーロが退団とのこと。
これは少々寂しい。
ここ三年間の黄金期の裏にはダニーロがいたと言っても過言ではなかろう。
多くの喜びを与えてくれたのだ。
ダニーロと言えば、2007年の開幕戦が思い起こされる。
中後のコーナーキックに合わせたヘディングがゴールマウスに吸い込まれておれば、開幕7戦無勝利という不甲斐ないスタートは無かったと思われる。
その勝てない象徴としてダニーロがやり玉に挙げられておった。
しかし、今となってはこの問題点はダニーロではなかったと言い切れる。
結果的に優勝を飾っており、2007年度の天皇杯決勝戦では勝利を決定づける二点目を叩き出しておる。
ダニーロとの思い出を更に深めるため、今年の天皇杯は是が非でも勝ち取りたい。
我等はダニーロの勇姿を目に焼き付けるため、聖地に、国立に足を運ぼうではないか。

成長する遠藤康

2009年12月09日 | Weblog
2009年 12月 9日(水)

土曜日のG大阪戦に向けて、8vs8など実戦的なトレーニングで汗を流しました。

満男にマークされるヤスである。
なかなかのキープ力であると言えよう。
金崎とは交渉中ではあるが、我等としてはヤスにもっともっと活躍して欲しいと願っておる。
サテライトリーグや練習試合では無双の活躍を見せるヤスではあるが、トップでは実績に乏しい。
特に引き分けに終わったアウェイの山形戦では何も出来ずに終えた印象である。
ここでドリブル突破の一つも魅せてくれておれば、もう少し出場機会も増えたのでは無かろうか。
とはいえ、ヤスも日々成長しておる。
小笠原主将から学ぶことも多かろう。
来季は大いなる飛躍の年となるのでは無かろうか。
天皇杯はヤスのゴールに期待したい。

日本代表ショートキャンプ

2009年12月09日 | Weblog
[ SAMURAI BLUE(日本代表候補)ショートキャンプ ]

3連覇を果たした鹿島からは岩政、内田、興梠の3選手が参加。写真は内田篤人選手(鹿島)。

[ SAMURAI BLUE(日本代表候補)ショートキャンプ ]

報道陣に囲まれ質問に答える岩政大樹選手(鹿島)。ショートキャンプは今日まで行われる。

日本代表ショートキャンプに参加する篤人、興梠と岩政である。
興梠だけ写真が無く寂しい限り。
報道陣に対する受け答えが優等生過ぎて避けられたのであろうか。
何はともあれ、これで今年の日本代表活動は終了となる。
明日からは、天皇杯へ向け厳しい練習が待っておる。
元日の歓喜を呼び起こすため、気持ちを切り替えて挑んで欲しい。

5連敗をはね除けた理由

2009年12月09日 | Weblog
鹿島、5連敗を乗り越えた王者の処世術
3連覇を可能にした真の強さ

2009年12月9日(水)
■「なぜ、5連敗もしたのか?」



チームワースト記録の5連敗を喫した鹿島だが、苦難を乗り越え3連覇を達成した【写真は共同】
 2005年から続く最終節までもつれたJ1優勝争いを制した鹿島アントラーズが史上初の3連覇を達成した。
 最終盤の第33節に05年チャンピオンであるガンバ大阪、第34節に06年チャンピオンの浦和レッズから勝利しての偉業達成は、単に勝ち点を一番多く獲得したチームというだけでなく、誰もが納得する形でのタイトル獲得と言えるだろう。勢いで獲得した07年や安定感のあった08年とはまた違い、3連覇の重みをあらためて強く感じさせる優勝だった。

 連覇したチームの定めとはいえ、今季の鹿島に対するマークはとても厳しいものだった。前半戦こそ、昨季からほとんどメンバー変更がない強みと、けがで戦列を離れていた小笠原満男が序盤に復帰したことで快調に飛ばしたものの、夏場から後半戦に入ると急激に失速。どの対戦チームも試合に挑むモチベーションは高く、さらにサイドのスペースで起点を作ろうとする鹿島に対し、サイドバックの攻め上がりを抑えてスペースを与えず、最終ラインに4人の選手を並べる対策をとってきた。その結果、夏場には運動量が落ちてしまう弱点も相まって徐々にペースダウン。しかし、勝ち点獲得のペースは下げ止まることなく8月29日の第24節・大宮戦(アウエー)を1-3で惨敗を喫すると、ここから5連敗。一気に首位から滑り落ちてしまった。

「なぜ、5連敗もしたのですか?」

 シーズンが終了した今、鹿島の取材を重ねてきたこともあって、この質問を受けることが多い。「なぜ3連覇できたのですか?」「なぜ鹿島は強いのですか?」という勝った要因よりも、負けた要因を聞かれることが多いのは、この3連覇で13個目のタイトルを獲得した鹿島ならではなのかもしれない。だが、鹿島が5連敗したのは延長Vゴールが廃止されてからチームワーストとなる記録だ。確かに異常事態だったと言えるだろうし、多くの人が興味を持つのも分かる。
 あのとき鹿島では何が起きていたのだろうか。

■走ることで中盤は“いびつな構造”に

「大学のころだったら、僕もみんなを集めて『こうやってディフェンスしよう』と話していたと思う。でも、鹿島でそれをやってしまうとみんなの長所を打ち消すことになる。鹿島はいい意味で1人1人の個性が強いチーム。その特長を出そうとするのが鹿島のやり方なんだと入団してしばらくして分かりました」
 勝てなかった時期、お互いの長所を生かすサッカーができていなかったのだと岩政大樹は言う。小笠原も青木剛も、ボランチとしては同タイプの守備をする選手で、ボールを奪われたら、まずそこに寄せる早さを特長としている。全体の運動量が高かった前半なら、彼らがボールに寄せていっても空いたスペースを別の選手が埋めることができていたのだが、疲労のたまった後半戦ではそれも難しかった。

 とはいえ、ボールへ寄せるプレーが彼らの最大の特長であるならば、それを抑制してしてしまうのではなく、助長することで勝つのが鹿島のやり方だった。だから、岩政は「センターバックの前に残ってくれ」と言うのではなく、「走れ」と味方を叱咤激励していたのである。

 だが、皮肉なことに、走れる青木が前線に飛び出して攻撃をサポートしようとすると中盤の底でパスを受けるのは小笠原一人になってしまう。そのため、相手チームは小笠原に狙いを定めてプレスをかけるようになっていた。これを見ていた本山雅志や野沢拓也がポジションを下げて小笠原のサポートに走ろうとなる。すると攻撃的なセンスを持った彼らがゴールから遠ざかり、攻撃の点で見劣りする青木がゴール前に顔を出すという“いびつな構造”ができあがっていたのである。

■悪循環に陥る中、紅白戦に変化


JリーグMVPにも輝いた小笠原。中田とのダブルボランチで安定感をもたらした【写真は共同】
 鹿島のディフェンスはオズワルド・オリヴェイラ監督就任以降、相手にボールを奪われると最前線のFWから素早くボールにアタックして、高い位置で奪い取る切り替えの鋭さを武器にしてきた。意識の高さと運動量を必要とされるやり方だが、先制点を奪えばゲームをコントロールするすべにも長けているため、うまく試合を終わらせることができていた。
 しかし、夏場に入ると連動性の高かったプレスのタイミングが遅くなり、逆サイドまでパスを回されてしまう回数が増えるようになる。相手を走らせるつもりが、逆に自分たちが走り回ることになってしまうという悪循環に陥っていた。

 今季、鹿島を取材していて忘れられない光景がある。10月15日の木曜日に行われた紅白戦で、主力組は控え組の前に手も足も出なかったのだ。それまで見た紅白戦の中で、最も内容が悪かった。
 練習終了後、オリヴェイラ監督はグラウンドに全員を座らせ選手たちの奮起を促した。断片的に聞こえてくる声は「ハートを持って戦え」「声を出して助け合え」「走ることから始めろ」「下を向いてどうする」と強い口調だった。しかし、話が終わった途端、すくっと立ち上がり三々五々に帰っていく選手たちからは、監督と同じような熱を感じることはなかった。選手たちがグラウンドから去った後、オリヴェイラ監督と鈴木満強化部長は、かなり長い時間をかけて話し合っていた。

 そして、翌日に変化が見られる。本来なら試合前日の練習はセットプレーの確認で終わるはずが、この日も紅白戦を実施。先発から本山が外れ、2列目は野沢と小笠原、そしてボランチは青木と中田浩二が組んでいたのである。17日のジュビロ磐田戦では、圧倒的に攻められはしたものの無失点に抑えることができた。攻撃陣は渋い表情の選手が多かったものの、守備陣からは「ゼロに抑えられたことは大きい」という声が伊野波雅彦や岩政のセンターバック陣から聞かれ、その言葉通り、この後は最終節まで連勝を続け、3連覇の階段を駆け上がっていくのである。

■小笠原・中田の新ボランチコンビで復活

 磐田戦では青木・中田のコンビだったボランチも、その次のジェフ千葉戦ではさらに組み合わせが変わり、小笠原・中田となった。このコンビに変更してからは全勝、さらに失点もG大阪に喫した1点のみ。中田がセンターバックの前にどっしり構えることで、小笠原がすぐにボールに寄せていくプレスを敢行しても守備バランスは崩れることがなくなり、それに伴って小笠原、本山、野沢の3人が少しずつゴールに近づいてプレーできるようになったのである。
「青木が飛び出る部分をミツ(小笠原)が出るようになって、浩二が残るようになった」
 本山は中田が入ることで変わった部分を、そう説明してくれた。

 苦しい時期を乗り越え優勝した後、小笠原は「戻るところがあった」と、ジタバタしなかったことがタイトル獲得につながったと話した。しかし、それは単純に元通りになったことを意味しない。
 運動量が上がらない中で、どうすれば自分たちのサッカーを取り戻すことができるのか、自分たちの特長を生かすことでそのサッカーを取り戻すことができるのか、耐えに耐えて考えぬいた賜物(たまもの)と言えるだろう。

 ただ、昨季も青木が前、中後雅喜(千葉)が後ろという形で、小笠原がけがで抜けた穴を埋めて乗り切っている。1人1人個性の強い選手たちが、それぞれにチームのことを考え、自分の特長を最大限に引き出そうとしているからこそ、5連敗を乗り越えただけでなく3連覇という前人未踏の記録が可能になったのだ。


<了>

田中滋


田中氏のコラムである。
前回のスポーツナビコラムではユダの復活までを追い、今回はユダの先発固定による快進撃を述べておる。
田中氏はエルゴラッソの記事でもユダのボランチ固定が優勝へのキーワードであったと書いており、満男&ユダコンビにご執心である。
実際にジュビロ戦以降、リーグ戦6戦無敗、天皇杯2連勝と波に乗った感がある。
注目すべきは失点でリーグ戦と天皇杯8試合で合計2点と非常に締まっておることがわかる。
しかしながら、ユダ一人替えただけでこの結果になったわけではない。
バランスの妙がはまっただけであると断言出来よう。
青木を起用し、連勝もあり得たはず。
田中氏のコラムにもあるように、昨季は青木と中後で優勝しておるのである。
要は選手間の修正力であろう。
田中氏の言葉を借りれば「耐えに耐えて考え抜いた賜物」なのである。
選手全員が考え、走り、手に入れた三連覇である。
心から祝福を送りたい。
とはいえ、個人的には危機的状況を救った救世主であるユダの才能には改めて目を見張った。
昨年夏の復帰がここで効いてきたと言えよう。
本当に感謝したい。

気持ちを切り替え天皇杯へ

2009年12月09日 | Weblog
3連覇の次は天皇杯!鹿島が練習再開
 リーグ戦3連覇を達成した鹿島は9日、12日の天皇杯準々決勝G大阪戦(カシマ)に向けて本格的な練習を再開した。

 FW興梠、DF岩政、内田のA代表組とU―20日本代表の香港遠征に参加中のFW大迫、DF當間が欠けた中での練習となったが、約1時間半、戦術練習などを行った。

 リーグ戦が終了したばかりで周囲には気持ちの切り替えを心配する声もあるが、DF伊野波は「リーグ戦のタイトル1つだけじゃ昨年と一緒。(天皇杯も)獲りにいきますよ」と気合十分に話した。

[ 2009年12月09日 13:34 ]

天皇杯への意気込みを語るイノパンである。
イノパンとしては、まだ持ったことのない天皇杯という栄冠が欲しいであろう。
我等としてもその気持ちを叶えてあげたい。
思い起こせば一年前、Jリーグ制覇で終えた昨年末は寂しいものがあった。
そして、鹿島が参加せぬ元日の決戦も盛り上がりに欠ける。
世のため人のため、我等は勝ち上がらねばならぬのだ。
新たな気持ちでチャレンジせよ。
Jリーグ三連覇の喜びを一時封印し、目の前の試合に集中するのだ。
我等も気合いを入れ直し、聖地へ集いたい。

金崎夢生と交渉

2009年12月09日 | Weblog
FC東京 金崎交渉に城福監督も同席
 FC東京は8日、大分の元日本代表MF金崎夢生(20)と大阪市内で初交渉した。

 関係者によれば、城福監督も東京から駆け付けたという。名古屋、浦和など5クラブが獲得を目指している金崎はこの日、広島とも初交渉。
9日にはJ1王者・鹿島との交渉が行われる。

8 金崎夢生(かなざき・むう)MF
大分 生年月日:1989/2/16 出身:三重 身長:180 体重:70

[ 2009年12月09日 ]

本日、金崎夢生と交渉を行うとのこと。
ここまで来ておるのであれば、是非とも我等を選択して欲しいと願う。
思い起こせば一年前、優勝の決まった翌日に鹿島アントラーズの金崎への興味が報じられた。
報道後すぐに金崎自身が大分との契約を延長し、昨年の移籍は実現せなんだことも記憶に新しい。
金崎自身の気持ちが最も重要ではあるが、鹿島に入団せしむれば、史上初となる四連覇へのチャレンジやアジア制圧と、他では味わえぬ経験が積めるのである。
また、他からの日本人移籍が少ないクラブ故、このチャンスを逃す手はないと言えよう。
とはいえ、他クラブとのマネーゲームになるのであれば、我等は手を引く可能性が高い。
2004年の新井場移籍時も最も高い金額を提示したのは鹿島ではなかった。
鹿島というクラブと、そこで与えられる金崎のポジションが、金崎自身のイメージと合致するのであれば諸手を挙げて歓迎したい。
なんにせよ、早い決断が欲しいところ。
船山や修人の去就にも影響するのであるから。

ガンバ橋本、先発か

2009年12月09日 | Weblog
G大阪橋本が練習復帰!鹿島戦先発濃厚
 左太もも裏肉離れで戦線離脱していたJ1・G大阪の元日本代表MF橋本英郎(30)が8日、吹田市内のグラウンドで行われた全体練習に約3週間ぶりに復帰。宿敵・鹿島との天皇杯準々決勝(12日・カシマ)での先発出場が濃厚となった。

 完敗した11月28日のリーグ戦では、出場することができなかっただけに、紅白戦で復調をアピールした橋本は「後は監督次第」とすでに臨戦態勢。今季3戦全敗の王者に対し「支配してるようで支配されている」とその強さを認める一方で「リフティングはやります」鹿島MF野沢らに受けた屈辱には“目には目を”で応える構え。チームを支える“中盤の核”が有言実行を果たす。

(2009年12月8日)

野沢に対抗心を燃やすガンバの橋本である。
橋本と言えば、2006年第30節、ナビスコ杯決勝で敗れ不調のどん底におった我等を救った起死回生のオウンゴールであろう。
ここから不死鳥が如く蘇った鹿島アントラーズは中後と田代の活躍で怒濤の快進撃を魅せたことが記憶に残っておる。
その起爆剤となったのが野沢のCKに合わせた豪快なヘディングであった。
奇しくも舞台は同じカシマスタジアムである。
再び橋本のオウンゴールを期待したい。

岩政、相撲部屋弟子入り志願

2009年12月09日 | Weblog
岩政、白鵬に弟子入り志願/代表候補合宿
2009.12.9 05:03

来年のW杯へ向けて、岩政(右)は相撲部屋入門計画を明かす。その狙いは?(撮影・大橋純人)
 サッカー日本代表候補合宿(8日、東京・国立スポーツ科学センター)年内最後の活動として体力測定などを行った。J1で3連覇を果たした鹿島のDF岩政大樹(27)は、W杯へ向けた独自の調整として今オフの相撲部屋入門を熱望した。横綱白鵬(24)=宮城野部屋=の取り組みをテレビで研究して新境地を開いた男は、国技の神髄に触れて、南アでの秘密兵器へと覚醒(かくせい)する。

 J1最少失点(30点)での3連覇を果たした鹿島の守備の要が、胸に温めてきたプランを告白した。

 「できれば相撲部屋に行ってみたいと思っているんです」。W杯イヤーも目前。さらなる成長のヒントを日本の国技に求める1メートル87の長身センターバックは、土俵の上での実地訓練を熱望した。

 日本人の体格で外国のトップクラスの選手を止めるにはどうすればいいかと、昨オフから独自に取り組んできたテーマが「日本人らしい体の動き」。そこで注目したのが大相撲だった。中継を録画して白鵬の動きも研究。体幹から動き出す意識で「無駄な動きがなくなり、1歩目が速くなった」。5日のJ最終節・浦和戦でも1-0の終盤に、ゴール前で相手FWエスクデロの決定的シュートを左足を伸ばしてブロック。「去年までの僕だったらオウンゴールにしていたかも」と変身を確信した。

 「もちろん白鵬さんがベストですが、どなたでも勉強になる」。自宅でも風呂上がりにしこを取り入れたストレッチを欠かさない男。W杯初戦のカメルーン戦、3戦目のデンマーク戦は1500メートル級の高地での試合で、「無駄のない動き」はその対策にもなる。オランダを含めた対戦国のリサーチも自宅で開始。世界の猛者もうっちゃってみせる。
(丸山汎)

異色トレ!岩政 白鵬に“弟子入り”

日本代表ショートキャンプ初日を終えて、引き揚げる岩政
Photo By スポニチ

 DF岩政大樹(27=鹿島)が横綱・白鵬(24)に“弟子入り”する。日本代表候補合宿が8日、都内でスタート。代表定着を目指す岩政は、今オフに相撲部屋に体験入門するプランがあることを明かした。

 「相撲部屋に行ってみたい。軸、筋肉の使い方が参考になる。白鵬さんのところに行けるのがベスト」。岩政は貴乃花親方(元横綱)のストレッチを取り入れるなど相撲に興味があり、中でも取組中に体の軸がぶれない白鵬に注目していた。

 軸がしっかりすれば相手FWの動きに瞬時に対応することができる。スピードがあるオランダのロッベンやファンペルシー、カメルーンのエトオらを抑えるための武器になる。日程を調整し現役最強横綱のいる宮城野部屋に入門する意向だ。

 今季開幕前に見た狂言からも軸がぶれない動きのヒントを得て生かしている。「無駄な動きがなくなった。開幕の時とは違った動き方ができている。これからも変わっていく楽しみはある」。中沢、闘莉王の2人で不動のセンターバック陣に割って入るため、今度は横綱から“極意”を盗む。

[ 2009年12月09日 ]

岩政、白鵬に弟子入り希望「筋肉の使い方注目」

記者に囲まれる岩政
 W杯4強を掲げる日本代表は8日、都内で体力測定を中心としたミニ合宿をスタートさせた。DF岩政大樹(27)=鹿島=は相撲部屋に入門を志願し、世界を封じる守備力を習得することを明かした。

 DF岩政が今オフ、相撲部屋への入門を希望した。「オフの期間や(先方の)日程が合えば」と前置きした上で「今年のオフには相撲部屋にも行ってみたいですね。(横綱)白鵬さんのところに行けるのがベストです」と明言。今季から取り組んでいる「体の軸で動く」精度を上げ、DF中沢、闘莉王の2枚看板に割って入る。

 今年1月には和泉流狂言師の名跡、9世野村万蔵に弟子入り。「日本人に一番合った動き」とする「体の軸」で動く研究を始めた。「足から動くのではムダな動きが入る。体の軸ならムダがない」。その効果が競り合い、初動に表れ、鹿島ではリーグ最少失点(30失点)を記録。そして「以前から筋肉の使い方に注目していた」という横綱への弟子入りを希望した。

 W杯1次リーグ・カメルーン、デンマーク戦は高地で行われるため、対策は必須となる。「高地などで空気が薄くなるとボールの飛び方も変わる。人間は難しい状況や環境になれば、どうしても力が入ってしまう。そこでこの動き方ができれば」。天皇杯、オフの日程面が合えば、知人のつてをたどって、出げいこを行うつもりだ。

 「スピードスケートやフィギュア(スケート)など、氷の上での動きにも興味がある」。岩政は2枚看板を乗り越えるため、コツコツと努力を積み重ねる。

 ◆サッカーの異種競技との交流 2007年3月、C大阪(現・大分)FW森島康が大阪市内の陸奥部屋の朝げいこを訪問。08年10月にはJFAアカデミー福島の生徒も、貴乃花部屋を体験入門した。同年12月には、札幌MF藤田が北京五輪女子100メートル代表の福島千里と100メートル走で対決。テレビ局の企画で実現した。

(2009年12月9日06時02分 スポーツ報知)

相撲からDFの動きを取り入れようとする岩政である。
今年の二月には狂言から動きを取り入れ、その甲斐あって最終節の浦和戦では間一髪のシュートをブロック出来たとのこと。
相撲からも良いものを得、更に上を目指して欲しい。
次は四連覇、アジア制圧が待っておる。
ところで相撲と言えば田代である。
ここで共に弟子入りし、更なる輝きを放って欲しいと願う。