趣味・興味プラス挑戦

郷土史、登山、スキーなどを写真と共に書き綴っております

4J、の自転車で行く:お地蔵さん巡りーその5

2015-09-27 10:08:56 | 5爺:野洲市内の地蔵巡り


          野洲市内のお地蔵さん巡り  
         五回目 七箇所のお地蔵

     地蔵さんに辿りつくのにひと苦労です
     4人の爺さん(4Ji)自転車を漕いで        
                       Kennyの滋賀から情報発信   
                     (この日記の掲載期間:10月2日~10月8日)


                 「野洲川の渡」  私たちの団地にあるモニュメントの一つ


モニュメントに描かれているのは「野洲川の渡」です。中山道が通る
ここ野洲にも渡しがあり、高級公家や朝廷使節が通る場合、地元は
仮の土橋を架ける義務を負わされました。仮橋に加え増水時に使う
船も揃えたとの事です。常設橋のない時代、京や西国の大名行列の
通過なども含めて明治維新に廃止されるまで何度仮橋が架けられこ
とでしょう。 地元の苦労が偲ばれるお話です。

               
       それ以前の位置から10m琵琶湖寄りに大正13年に建設
                       その時、十輪院は現在のように分断された   
                                 (冊子 野洲の郷土史から拝借)

  
  十輪院  左方向に野洲川と現在の橋        分断され道路を挟んでお地蔵さんが

同じ野洲川の上流に「横田の渡」があります。この渡しは東海道
あり当時の橋の一部が保存されて観光地になっています。

閑話休題: ところで4Jiは何をやってんの? 自転車漕いで・・
実は、同じ団地に住んでもう40数年、当初からお付き合いのある
TAMさん
(ほぼ同年齢)から湖東三十三所観音霊場めぐり」(このブロ
グで
掲載済)のお誘いに加えて
、私達が暮らす野洲市にあるお地蔵
さんめぐり、地
蔵信仰」に触れてみようかと声を掛けてくれました。
 
それも健康維持のために車ではなく自転車で、となりました。
  (4Ji: 4人の爺さん)

では地蔵さん巡りに出発です: 午前9時 

清源寺(上屋)  注: ( )内は野洲市内の集落の名前です



          上下の写真は4Jiのお一人、YASさんから頂きました。 私は途中合流で

 


見星寺(上屋)


         講釈? 確認ポーズ? いづれにしてもKAKさんはこの分野にお強いです

ここに辿りつくのに小一時間。 入手のリストにある名前のお寺が見当た
りません。 こんなことも結構多いですね。 探し回ってやっと発見です。




                 見星寺では経緯、周辺情報を語ってくださいました。 
           聞き入る4Ji   左:YASさん、 中央:TAMさん、奥:KAKさん

このお寺も門にある寺名と資料の名前が異なっています。 なので一度
前を通り過ごしていたんですよね。 

専念寺(入町)



それと本堂にお寺の名称(たいていは立派な彫刻の名盤)が掲げられて
いない場合も多いです。 それだけに探し当てる、行き着くのが一苦労と
言う訳です。 でもね、苦労があった方がいいです。 値打ちがあります・・。


                このように道路脇、門前に寺名の石柱が立っている場合も

西運寺(長島)
 本堂と地蔵堂




                
本堂には木造立像、地蔵堂には石仏が安置されています。 本堂は事
前に予約をしないとお参り出来ない場合が殆どで、その場合は外から
手を合わせます。

真光寺(高木)






地蔵堂(高木)

 
                           道端に多くの地蔵さんが並んでいます

道をお聴きしたご婦人のお話です。子宝に恵まれる、と多くの方がお参
り、また清掃、前掛けの取替えに努めておられるそ
うです。ほ場整備な
どで出たお地蔵さんもここに安置されているそうです。なのでこのように
沢山の地蔵さんが並んでいます。


 
        結構凝った、最近取り替えたと思われる前掛けが多くを占めます

 お地蔵さんとは?
仏堂に安置されるより各地の寺院境内、村の入り口、峠、あぜ道、
四辻、墓地の入り口や墓地内などの野外に安置され、堂内安置よ
り野山、路傍に多い。村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通
安全の神として信仰されている。 これは地蔵信仰、庶民信仰の表
れだろう、と (ネット検索の情報です)

これらのお地蔵さんのことはどうやって知ったの?

TAMさんが見つけられたのですが、野洲市歴史民俗博物館発行
「地蔵ー仏教美術と信仰」の中に、野洲町の地蔵信仰というペ
ージがあり、64か所のお地蔵さんが掲載されています。平成9年
に編集されています。

これまで5回にわたりお参りしたお地蔵さんは、今日の7か所を含
めて54か所になりました。


 
    私のブログ: 過去四回のお地蔵さんめぐり

           第一回 地蔵さんめぐり 

         第二回 地蔵さんめぐり
           
           
        第三回 地蔵さんめぐり

                   第四回 地蔵さんめぐり

 

     今日もご覧下さいましてありがとうございました 


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Kennyの世界遺産巡り:軍艦島(端島)

2015-09-21 11:23:37 | 

             軍艦島(端島)
              世界文化遺産
 「明治日本の産業革命遺産」製鉄・鉄鋼・造船・石炭産業
    2015年7月5日、「世界文化遺産」に登録された

            その軍艦島を訪ねてきました
               (この日記の掲載期間:9月24
日~10月1日)

 軍艦島 (端島)
長崎半島から西に約4.5km、 三菱石炭鉱業㈱の主力炭鉱があった高
から南西に約2.5km、長崎港から南西に約19kmの沖合に位置する
「端島(はしま)」の通称です。


                         軍艦島 ?  それは戦艦 「土佐」 に似ていることから



端島 (軍艦島)
南北に約480m、東西に約160mという小さな海底炭鉱の島で、岸壁
が島全体を覆い、高層鉄筋アパートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」
に似ていることから端島を軍艦島と呼ばれるようになった。


         軍艦島の全景です  (現在の島の姿を正しく把握の為案内書から引用)

軍艦島は、
明治23年(1890年)から三菱の経営により、主として八幡製作所に製
鉄用原料炭を供給し近代文化を支えてきた。昭和30年代後半からエネ
ルギー改革の嵐を受けて、昭和49年(1974年)1月15日閉山、同年
4月20日に無人島となりました。


                                 上空から撮影の軍艦島
   Daiwa House の会員向け冊子  okaeri から拝借しました (私は当会員)

見学するには、
世界文化遺産のため見学にはいろんな制約、約束事があります。従い、
現地 海運会社の軍艦島上陸クルーズ
 を利用しました。予約は旅行社
にお任せです。


では、見学に出発です


           長崎港から20分もすると島が岩陰に見えてきます




            おおっ、廃墟が・・。  建物: 貯水棟(左)  幹部社員社宅(右)


                            長崎港から約30分で島に到着です
晴天でも海が荒れて大きな波があると着岸できない場合があります。
今回は問題なく施設見学料の300円(前払い)を支払い上陸しました。


                       見学ルートは決められており手すりが設置されている




                                中央の柱はベルトコンベヤーの跡




               レンガ色の建物は事務棟    右に堅抗口と階段が見えます

無人化の今、近代的な白い灯台が見えています。当時 夜は島の照明が
皓々と周囲を照らし、まさに満艦飾で灯台は不要でした。  





       多い時でこの島に5000人 東京の5倍(だったか?)の人口密度






   島では水は貴重で、その殆どは輸送に頼っていた。 従いプールは海水




                               端島小中学校の当時の様子





島は埋め立てで大きく

上の写真で左の貯水棟から右に見える祠の部分までが元々の小さな島
です。その両側は埋め立てで拡張されて現在の大きさになりました。



                                 社宅の内の一棟




作業はどこで、どんなところで?




                        この堅坑口から作業に向かうところか

海底1000m、またはそれよりも更に下方での採炭現場は気温30度
以上、湿度95%以上の過酷さだったそうです。


                一旦600m下り、更に横方向に2500m

    
           この岩の海底の採炭作業現場は、鉱脈が下方へ
       伸びており、1000m以上に達していた。


仕事を終えた作業員は目と歯以外は真っ黒だったそうで、先ずは海水で
汚れを落とし、そし
て風呂にと・・。


当時の様子   (お礼:現地で配布の案内書に掲載の写真を拝借しました)



 
    写真の解説文字は私が記入(以下同じ)

  
       社宅は充実、TVも           軍艦島の夜景 まさに満艦飾です
 しかし水は貴重で内湯ではなかったとか






参考掲載:(毎日新聞 7月8日、H27 朝刊より拝借)



    






お断り、
上述の解説文の殆どは、当日配布された「軍艦島」と題する案内書の
引用、また船内でのガイド、現地ボランテアガイドさんのお話を集約し
て、私の言葉で記載しました。聞き違いや勘違いによる間違いがある
かも知れませんが、どうかその点はご容赦ください。
(ブログ管理者:Kenny)

最後に、
ビデオ撮影をしました。約3分です。ご鑑賞頂ければ幸いです。
            軍艦島の様子:ビデオリポート
                                                    ↑
                                    ここをクリックしてください

      今日もご覧下さいましてありがとうございました

コメント (2)
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kennyの山歩き:鎌ヶ岳

2015-09-15 19:43:34 | 登山・ハイキング

     鎌ヶ岳(冠ヶ嶽) 1161m
            鈴鹿の槍ヶ岳 and/or マッターホルン
  ところが、一部斜面では風化が進んでいる
               (この日記の掲載期間:9月18日~9月23日


                       御在所岳から見た鎌ヶ岳の雄姿  昨秋の撮影

御在所岳山頂から真南に尖がった山が見えます。 それが鎌ヶ岳です。
「鈴鹿の槍ヶ岳」、そうも見えますな~。 鎌ヶ岳を槍ヶ岳と見て、右へ
大喰岳(おおばみだけ)、中岳、南岳。  その右に穂高連峰が続くと思えば。

久しぶりに鎌ヶ岳を歩きたくて
1000m級の里山山頂から360度の眺望が楽しめる山はそれほど多く
はない(と思います)。 この山は鈴鹿スカイラインの武平峠トンネル駐車場
に車を止めて1時間弱で1160mの山頂に辿れるありがたい山です。
その日は天気もよく近場でと車を走らせた。


                     30分も歩くと鎌ヶ岳の山頂部が姿を見せます

 
                        更に進みむと褐色の岩肌が目立ち始めます

さて出発です


              武平峠トンネルの上から    前方の道路脇看板の所が駐車場


                  いつ崩れたのか?   その上を歩きます

  
                         武平峠    ここが御在所岳との分岐です


        丸みをおびた花崗岩 御在所岳への尾根道にもこのようなところが


                 やがて御在所岳の山頂も背後に見えてきます

風化が進んでいる山頂部が目に



山頂直下、もう10年にはなろうか、当時はこれほどでもなかったように
記憶しているんですが・・・。



この辺なんかは当時は登山道で、岩の間を直登したように思いますが。


                            この道は新設の迂回路なんでしょうね


              この迂回路(今は登山道)もこんな土砂崩れの真ん中を歩きます


                         前の人と少し間を置いてさっさと歩かないと・・

ここは土砂崩れの現場そのものです。上を見あげて、ぞっとします。雨の
日、豪雨の後は要注意です。山は自己責任を改めて認識の登山道です。


            鋭い刃先のような尾根が山頂にすぐのところから見えます
                         水沢岳
へと続く痩せ尾根、鎌尾根でしょうね


                               鎌ケ岳山頂

今回はこちら側、南側から祠の前を通りこの山頂に。 前回は向こう側
から岩場を直登して辿りました。 これだけ風化、崩落が進んでいるん
です。


360度の展望です


                                      御在所岳


                                 三重県四日市市方向


                    滋賀県側 晴れているんだが今日も琵琶湖は見えない


                                    綿向山  雨乞岳


                         地図中央に鈴鹿スカイラインと武平峠

武平峠分岐から約40分で鎌ケ岳、1時間15分程で御在所(1212m)
1000m級の登山を
楽しめます。
 もっとも御在所岳への登山道は少し
根性を要す登山道です。

       私の過去のブログ 御在所岳

鎌ケ岳  (ウィキペディア他から引用)  
                     
山全体が花崗岩からなり、一部斜面では風化が進んでいる。鈴鹿山脈
で最もアルペン
的な山容の飛騨山脈の槍ヶ岳に似た鋭く尖った山容で、
南側の水沢岳へと続く痩せ
尾根は、鎌尾根と呼ばれている。「鈴鹿の槍
ヶ岳やマッターホルン」と呼ばれるこ
ともある。三重県側の濃尾平野から
や御在所ロープウェイからも、その三角錐の山容
が望める。北側と南側
からは均整のとれた三角形の山容で、東の一角から均整が崩れ
て湾曲
した形に見えることが山名の由来とされている。 別称が「冠ヶ嶽」。

山頂から天照皇大神宮社の祠・鳥居を間に挟んだ南側に小さな広場が
あります。

     今日もご覧くださいましてありがとうございました 

 


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