趣味・興味プラス挑戦

郷土史、登山、スキーなどを写真と共に書き綴っております

Kennyの気になっていたこと:管山寺の古木

2018-04-12 18:05:03 | 神社・仏閣

           管山寺山門の古木
                     滋賀県長浜市余呉町
                       台風でその一本が倒れてしまった

気になっていた古木、
残念、かつ寂しいですね・・
山門にある二本の内の一本で、昨年(2017年)台風5号の影響
では、と考えられています。もう1本の木は無事でした。菅山寺は
住職は住んでおらず当時自然観察に訪れた市内の男性が倒木を
発見したそうです。その時私はTVのニュースや新聞で知りました。

実はこの地は生まれ故郷の隣町でもあり何度も訪ねている古刹な
んです。


                              樹齢1000年以上だそうで、けや木です

                   
                                              現地の案内板より部分拝借




                          折れた部分  空洞ですっかり枯れているような・・

    
                             山門前の案内板です

アクセス


                             現地案内板に書き加えました

余呉町の坂口という集落の登山口(365号線沿いに鳥居があります)から
の登山ルート(上の地図で尾根の赤い印まで約40分)と、ウッディ
パル 本館前を通り
車で尾根にある駐車場まで行く二つのルートがあり
ます。駐車場からから 印の両ルート合流点までは5分、そこからは
約10分の下り登山道で山門に到着です。

そして境内の今・・・


 
                           本堂                             近江天満宮                          



                                
                                       上の説明文が読みづらい方は
                    下段の文面をクリックしてください
                              ↓

                                              

 
                 梵鐘 (重要文化財)                          護摩堂    

本来は、これらお堂の全ての(他にも幾つか残っています)全景写真を掲載
したいのですが・・。 現地でご覧下さい。
                                         

このお寺は残念ながら
管山寺は今は住職は住んでおらず、本堂ほかすべてのお堂の維持管理
が難しく、残念な姿になっています。 従い仏像などは麓の 里坊弘善館
(上の地図に)で保存されており、拝観、見学が出来ます。



                                                     朱雀池  弁才天堂


                                                    歴代ご住職のお墓


                            駐車場から菅山寺へ下るまでの尾根道が爽やかでした (約10分)


                                    尾根の案内板のところを下って行きます (約10分)
                                   ブナ林の緑が綺麗でした



道すがら

 
                     赤子山(あこやま)スキー場の最上部から 赤い屋根はウッディパル本館
                新緑 ”山笑う”  を見たいもありまして、湖北に車を飛ばしました


                            余呉湖が眼下に  館山寺への途中の尾根から


                               このあたりの山はブナの木が多いです
                                     緑がとっても綺麗でした


                     今日もご覧くださいましてありがとうございました
 

                                                                         (4月28日、2018 UP)

 


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Kennyの郷土史:清龍寺徳源院

2012-12-10 16:45:17 | 神社・仏閣

  歴史の宝庫、滋賀を歩けば
    =清龍寺徳源院(京極氏菩提寺 米原市)
       Kennyの滋賀から情報発信

          (この日記の掲載期間:12月21日~12月27日)


          清龍寺徳源院 (滋賀県米原市)
         

 
  お寺の案内版              庭園
 (クリックで拡大します
  

          

              
京極氏の菩提寺です
お寺は滋賀県米原市のJR柏原駅から歩いて20分の北西方
向にあります。このお寺で目を見張るというか、今回紹介した
かったのは京極氏歴代の墓塔・供養塔である石造の
宝篋印
(ほうきょういんとう)が30余基も集められて、並んでいること
です。


             京極氏歴代の宝篋印塔

          
            解説板      宝篋印塔配置図 
        
(小サイズはクリックで拡大します。以下同じです)

   
集められている
京極氏第22代高豊が寛文12年(1672年)に近隣に散在し
ていた歴代の
宝篋印塔をここに集め、順序を正して整備した
ものが現在に伝えられている京極家の墓所です。

 
                    
           代高氏(道誉)             初代氏信   
             
         

京極高氏(道誉)
ちょっと知っている名前を上げてみます。京極氏第4代目道誉
(どうよう)です。派手好きで婆娑羅大名ばさらだいみょう)とも呼ば
れています。このお寺の近くに北畠具行(きたばたけともゆき)のお
墓があります。後醍醐天皇を中心とする倒幕計画に加わり失敗
道誉によって鎌倉へ護送される途中、元弘2年(1332)この
地で斬首されましたが、一方で道誉は幕府に減刑を嘆願します
が叶わぬこととなったそうです。

 
            19代高次                         三重の塔(22代高豊の建立)

京極高次
浅井三姉妹お初さんの旦那様です。なんでも幼少のころは信
長のところへ人質に、成人して秀吉に仕えていたそうです。関ヶ
原の合戦では徳川方に付き大坂からの軍を大津で足止めにす
るなど功を上げて京極家の継続のきっかけを築いた武将です
よね。京極氏はうまく時流(誰が天下を取るか)を読む事に長け
ていたようです。


                    北畠具行(ともゆき)の墓(米原市)

                 
                     解説板

京極氏、六角氏ってややこしい
えらそうにこんなブログを書いていますが、ほとんどすべてが当
日の県や地元の研究員さん、お寺の住職さんからお聞きしたこ
と、頂いた資料を参考に単に私の言葉で記載しているに過ぎま
せんです。
そこで京極氏、六角氏を簡単にこんな具合に。

                     宇多天皇
                    ・
                    ・
                  佐々木経方
 
                    ・                                       
                     ・
                         佐々木秀義
                    |
                  佐々木定綱
                    |
                  佐々木信綱
                    |
            大原重綱  高島高信 六角泰綱 京極氏信
            (ウキペデア、手元資料から)

 
やがて近江は北部が京極氏 南部は六角氏が治めます。同
じ家系とは言っても当時は内部抗争が絶えず、京極氏は跡継
ぎ騒動の間に家臣の浅井氏に主が移り、北部は浅井三代と
変遷
しますがわずか三代で信長に屈します。一方六角氏は猛
威を振るいますが最後はやはり信長に滅ばされます。

 
      京極氏館跡              観音寺城跡(六角氏)
   伊吹山の麓、伊吹神社境内全域   安土の繖山(きぬがさやま)一帯

京極氏は浅井氏に保護され小谷城には主郭よりも高い位置の
京極丸に収まり、信長攻撃もかわしてその後も家を残します。
京極氏は伊吹山、山麓に拠点を置きます。六角氏は安土の観
音寺城が拠点です。

ちなみに京極氏は京都の京極高辻に館を、六角氏は京都の六
角堂に屋敷を構えたからそのように呼ばれています

              (この項はKennyの理解です)

Kennyのブログ現地訪問レポート:

 

      京極氏の拠点、館についてはここを

      六角氏の観音寺城についてはここを


 
    道標もしっかりしています           散策地図(駅で入手)

JR柏原駅周辺
滋賀県教育委員会文化財保護課が月によっても異なりますが
ほぼ毎週
のように歴史探訪イベントを開催して下さっています。
今回は米原市柏原(かしわばら)町を歩きました。なんと元弘の変
(南北朝時代)から戦国時代そして柏原宿の江戸時代まで頭を
切り替えながらその時代の様子を遺跡や今に残る古民家など
を実際に目にして歴史を遡ることが面白いです。

このブログではその内、京極氏について、特に徳源院を取り上
げました。
JR柏原駅に観光地図が用意されています。散策ル
ートはそれで十分です。

    今日もご訪問頂きありがとうございました

コメント (16)
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Kennyの郷土史:滋賀から情報発信:敏満寺

2012-11-05 19:22:53 | 神社・仏閣

 名神多賀SAは大寺院の中に
  =そのお寺は敏満寺、でも今は遺跡=
   よく利用する多賀SAが大規模寺院の遺跡内にあったとは!


      今回も滋賀県の研究員さんのご案内で

            
(この日記の掲載期間:11月9日~11月15日)


      名神高速道路 多賀サービスエリア(SA)

先ず下の写真を
名神高速 多賀SAがお寺跡の中にあるとのことですが実際にそこに
立っても全く何も感じません。ところが上空から見るとこんな具合です。

     
                 多賀SA周辺の航空写真 (現地看板)    拡大写真でご覧ください
                                                                             (ここをクリックしてね)

SAの敷地の一画には唯一
土塁や櫓台跡を今も見ることが出来るます。ん? それっ
て城跡と違
うんかい? そうなんですがやっかいな事にこんな出来事があったんや
そうです。

実はそのお寺は戦国時代に浅井軍が先ず最初に そして次に織田軍
が攻撃をかけて焼き払い廃絶してしまったんです。400年以上も前の
話でそれで今は寺は遺構だけが残っています。奈良時代の建立らしい
ですが大寺院やと云うのになんちゅう事をするんやと思いますね。

当時お寺は戦国大名にとってはあなどれない怖い存在で大きなお寺
叩いておく必要があったのです。信長の比叡山焼き討ちもその類
です。
浅井や織田軍はお寺の一画を砦として使ったのではとの事です。


               今も残る土塁


          櫓台跡(東屋の側)  空堀(右の谷の部分)

この城跡は上り線(大津から彦根方面)の多賀SA 北端
スターバ
クス(コーヒ店)の続きにあり公園として開放されています。これが
城跡?と思われるかもしれませんがSAで休憩時に土塁、虎口、空堀
って(Kennyが日頃知ったか振りしとる)こんなんかいとちょっと覗いて
みてください。


敏満寺とは
今回の講座 現地見学会でこんなにも大きなお寺の存在を知りました。
そのお寺は敏満寺(びんまんじ)と言いますが場所は上述のSAの周辺
で多賀大社の近く(歩いて約20分ほど)です。巨大な本堂や30棟を超え
る諸堂が建並ぶ大寺院だったようです。このお寺は廃絶しましたが胡
宮神社(このみやじんじゃ)と福寿院は今も残っており見学も出来ます。
 

                      現地で撮影、拝借しました

               
                         解説板            五輪塔(当時東大寺より寄進)                  
                      
敏満寺や廃絶については上の現地で撮った案内板をご一読ください。
               (上の写真も拡大します)


名神高速道路はお寺の真ん中を切り開いて
今日の日記は講座の主題(テキストの題名:文末に表紙写真)ではなく副題
くらいかな、でもこの地に延暦寺(比叡山)よりも規模が大きいとされる
お寺があったこと、そのお寺の跡に名神
高速道路が通り 多賀ービ
スエリア(SA)まで設置されていたことを知った方が
Kennyにとっては
もっともっと面白
いのでこの話題を日記に残しました。

 
   広大な境内(今も残る胡宮神社に展示の写真拝借)    拡大してご覧ください

このお寺の遺跡で今も実際に見る事が出来るのが仁王門跡です。
礎石は焼け焦げたと思われる跡も伺えます。それは高速道路の橋桁
の下にありました。


           仁王門跡
 
今回の講座、見学会
佐々木道誉と本拠地の勝楽寺、敏満寺内に今も残る胡宮神社、さ
らには多賀大社、その他の見学も含まれていました。 胡宮神社では
平清盛 河上皇御落胤(ごらくいん)を物語る古文書 仏舎利相承
(ぶっしゃりそうしょうず)が伝わっており そ
のお話もありましたがまた別
の機会に取り上げたいと思っています。

滋賀県文化財保護課では
毎週のように講座(安土城考古博物館も含めて)や現地見学会を開催
して下さいます。 郷土史を少しと思っていました私にとっては本当にあ
りがたいことです。毎回ご案内くださる県の専門研究員の皆様、また
現地
では地元の自治体の研究員さんやボランテアガイドの皆様も丁寧
解説に加わってくださいます。 だれでも参加出来ます。お問い合わ
せは先は滋賀県教育委員会文化財保護課(滋賀県庁内)です。

  
  県から配布の冊子、他にも見学地で         敏満寺に向かって歩く私達  この日は10km
   多くの資料を頂きました             程歩きました。 これもまた有難いです 
    

      今日もご覧くださいましてありがとうございました

コメント (4)
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kennyの歴史探訪:延暦寺

2012-06-05 20:05:28 | 神社・仏閣

     近江水の宝 64選
  =水と琵琶湖に関わる歴史遺産=

        (この日記の掲載期間:6月8日~6月14日)

延暦寺も水と関わりがあった! 歴史探訪に参加して
私の下手な講釈は止めて現地見学会で頂いた資料の記載をその
まま引用させて頂きます。


 当日配布の資料から:滋賀県教育委員会・滋賀県埋蔵文化財センター編集

水と琵琶湖から滋賀の歴史遺産を観る
手元に表題のリーフレット(マップ)があります。近江水の宝、何のこと
かいな? 初めてこの言葉を耳にした時、まあ琵琶湖があるんやから
明治10年代末まで近江の宝、琵琶湖を利用し経済的に潤いをもたら
した湖上交通、
丸子船などお金に纏わるお話しかと思いました。


誰でも入手できるリーフレット:滋賀県教育委員会事務局文化財保護課編集 

ところがそうではなくて滋賀県が日本に、世界に発信する水の宝は水
と県内に点在する歴史遺産との関わりでした。

今回の滋賀県教育委員会主催の歴史探訪は比叡山、延暦寺と美しい
水をたたえた琵琶湖との繋がりと云う目からウロコのお話しでした。

もうこれだけで(このことを知った)当の企画に参加させて頂いた意義
は十分でした。

近江水の宝と題したこの企画
これも当リーフレットの記載をそのまま引用させて頂きます。

今回の探訪は延暦寺でしたが近江水の宝と関わりのある全部で64箇所
が紹介されています。また県ではこの箇所の何か所かの見学会も計画さ
れています。 これからの探訪企画が楽しみです。県の学芸員さんの解説
付きが嬉しいです。

今日の(6月2日)の見学場所


                同、リーフレットから

一ケ所、ここだったのか!
沢山の面白いお話、見学箇所がありました。ここではスペースの都合
でこの一か所を取り上げます。それは浄土院です。


              浄土院御廟

伝教大師最澄に365日毎日3度のお食事を一人の修行僧に
よって(12年間:と記憶、は交代なしでその僧が)差し上げて
いる廟です
(当日の地元歴史愛好家のお話より)。 ここやったんや。

郷土史に興味を抱く者にとって
今までは案内人、ましてや県の学芸員さんや地元で歴史を研究
しておられる皆さんの解説で延暦寺を歩いたことはなく今回は
何冊もの書籍を読むに値する見学会でした。

 
 京阪坂本駅前で案内下さる皆さんと   穴太積(坂本の町)の歩道を比叡山へ



この日記の掲載については主催者の許可を頂いております。

   今日もご覧くださいましてありがとうございます。

追記(6月10日): 
     いつも訪問くださる方から関連情報を頂きました。
     コメント欄も合わせてご一読頂ければ幸いです。

         *****************

               次回の近江水の宝探訪

        日  時    平成24年6月23日(土)
       訪問地     琴糸の里を歩く
                             長浜市木之本町一帯
       申し込み、問い合わせ
              滋賀県教育委員会文化財保護課
                077 528 4674
                            E-mail: ma07@pref.shiga.lg.jp 
                

       

コメント (7)
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