きのう29日のエントリーで、永源遥の訃報に絡み、ハル薗田に言及したが、
まるで呼応するように、飛行機事故の悲劇がスポーツ界を襲った。
サッカー・ブラジル1部「シャペコエンセ」の搭乗機がコロンビアで墜落
30日の「コパ・スダメリカーナ」(*)決勝第1戦に向かう途上だったという。
*欧州のELに相当。優勝クラブはナビスコ杯(現ルヴァン杯)優勝クラブとスルガ銀行杯で対戦
搭乗者名簿には、Jリーグに在籍していた指導者・選手が並び、日本にも衝撃を与えている。
その顔ぶれは以下の通り。
- カイオ・ジュニオール監督(09年神戸監督)
- DFチエゴ(10年京都)
- MFクレーベル・サンタナ(05年柏)
- MFアルトゥール・マイア(15年川崎)
- FWケンペス(12年C大阪、13・14年千葉)=13年J2得点王
一時はMFモイゼス(15年福岡)やMFハファエル(09年札幌)も搭乗と報じられたが、
モイゼスは遠征メンバー漏れ。ハファエルは10月にUAEのクラブに移籍。この2人は難を逃れた
他の搭乗者にも、日本のブラジル人Jリーガーとつながりがある選手がいるかも。
安否が気遣われるが、「76人死亡」「ケンペス死亡確認」などの凶報ばかり・・・
上記の5人の中で、最も記憶に残っているのは、やはりJ2でしのぎを削ったケンペス
14年5月の千葉戦では「俺たちのフクアリ」で3季ぶりとなる黒星を付けられた。
井出のJ初得点に花を添えたとどめのヘッドにゴール裏で落胆したことを覚えている。
FWアレモン(05年京都・06年横浜FC)やFWデルリス(05年水戸・札幌)の
交通事故死にも思ったが、不慮の事故による現役選手の訃報が届くのはつらい。
まして、1クラブがまるまる消滅するような飛行機事故はダメージが大きい。
長距離移動を伴うフットボール・クラブは、
1949年の「スペルガの悲劇」(トリノの主力18人死亡)や
1958年の「ミュンヘンの悲劇」(マンUの主力8人死亡)といった
飛行機事故に遭う危険が高い。
特に、アウエー全戦で空の移動を強いられる北辺のJクラブはその危険と隣り合わせだ。
シャペコ市民の悲しみに、地球の裏側から寄り添いつつ、1人でも多くの生存を祈る。
なお、「コパ・スダメリカーナ」決勝は事実上、開催不可能になったが、
対戦相手のアトレチコ・ナシオナル(コロンビア)は、
シャペコエンセ優勝とするように南米連盟に願い出たという。
来月8日開幕のクラブW杯出場が迫るこのクラブもさぞショックだろう。
元気なプレーを日本で見せてくれることを願っている。
- J1CS
決勝第1戦は、鹿島0対1浦和
「年間勝ち点1位が年間王者」に前進したことは是とするが、
それを導いたのが大伍をいけにえにした「家本劇場」というのが大いに不満だ。
この流れで、第2戦の主審が扇Oだったら、鹿島には目も当てられない一戦になりそう。