ワタシが読んだ本は、昨年の発売当初から気になっていたが手を出せず、
入院当日に「まとまった空き時間を生かせる」と駆け込みで買ったこの小説。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/dc/c978a0e5ebbfaff7dc99e48138af3bde.jpg)
米澤穂信「黒牢城」(角川書店)
天正6(1578)年に織田信長に反逆し、有岡城(兵庫県伊丹市)に
籠城した荒木村重の周りで怪事件が続発。城内の士気を落とさぬように
腐心する村重が、土牢に幽閉した織田方の黒田官兵衛に助言と解決を求める。
はい面白い
歴史好き・ミステリ好きには、この設定のみで圧勝だろう。
この設定に「氷菓」の作者の筆力を加えるのは、ジオングに脚を着ける所業と考える。
幽閉中の官兵衛に「来たなクラリス」と言わせている。
これは映画化もされたトマス・ハリス「羊たちの沈黙」を重ねて、
官兵衛をレクター博士になぞらえたギャグだろう。確かに両小説の設定は似ている。
ただ、クイーン好きのワタシは、
- 有岡城=山頂の山荘
- 官兵衛=迷い込んだリチャード&エラリーの父子
- 迫り来る織田軍=山火事
と「シャム双生児の謎」を重ねて読んだ。新奇の設定と見せて、
昔ながらの王道の本格ものの筋立てを踏まえた小説と受け止めている。
感想を語ると、短期入院中に読む本に選んだのは大正解だった
- 序章・因(官兵衛捕縛)
- 第1章・雪夜灯籠(冬)
- 第2章・花影手柄(春)
- 第3章・遠雷念仏(夏)
- 第4章・落日孤影(秋)
- 終章・果(村重脱出&官兵衛解放)
上記のように、構成が1本の長編小説ではなく、
中編4編の連作小説なので「1日1編」で無理なく読めた。
また、幽閉中の官兵衛の悲惨な描写には、
清潔なベッドの上で手足を伸ばせる我が身の幸せを実感できた。
さらに、人物や情景を脳内でビジュアル化しやすい小説だった。
これは「有岡城の戦い」が14年NHK大河「軍師官兵衛」や
山田芳裕「へうげもの」などで、先にビジュアル化されたことが大きい。
村重に田中哲司を、官兵衛に岡田准一を思い描いて読んだ人も多いと察する。
滝川一益や明智光秀、中川瀬兵衛(清秀)、高山右近、古田左介(織部)といった、
この戦いを取り巻く武将の名前がしばしば出てくることも、戦国好きにはたまるまい。
中編4編それぞれの謎解きは、それほど大がかりなものではない。
村重の反逆&脱走の理由も、驚きの新機軸というワケではない。
だが、「村重の脱走」「官兵衛の解放」「官兵衛嫡子の松寿丸の生存」
という結末を周知の歴史上の事実として動かせない制約を抱えながら、
よくぞこれほどの物語を紡いだなあ・・・と、その構成力にただ感心した。
特に、季節の移ろいとともに、先の見えない戦いに倦んでゆく城内の空気の描写は見事。
空元気ばかりの軍議を重ねながら、焦燥と孤立を深める村重の姿にぐいぐい引き込まれた。
あえて注文をつけるとしたら、終章で松寿丸の生存を知らされ、
「(竹中)半兵衛殿は一命を賭して善因を施された」と感激した官兵衛が、
後年その松寿丸(黒田長政)と九州で城井鎮房・朝房父子をだまし討ちにして
惨殺する姿が、元豊前市民としてはちょっと想像しにくい
ぜいたくな願いだが、この後日譚をスピンオフとして読めたらと思う。
ちなみに、この小説の現在の主な受賞歴は以下の通り。
- 第12回山田風太郎賞
- 「ミステリが読みたい!」(ハヤカワMM)国内1位
- 「ミステリーベスト10」(週刊文春)国内1位
- 「このミステリーがすごい!」(宝島社)国内1位
- 「本格ミステリ・ベスト10」(原書房)国内1位
加えて、ワタシが入院中の29日には
「歴史・時代小説ベスト3」(週刊朝日)の1位にも選ばれた。
21年下半期の直木賞の最終候補にもなっており、
今月19日の選考会次第では、さらに勲章が増えるかもしれない。(おわり)