オランダに別れを告げて、今回からツアー後半のスペインの出来事を3回に分けて語る。
スペインには今も良い印象を持っている。まず2月なのにとても暖かだった。
食べ物もオランダに比べて美味しいものが多く、満足した思い出がある。
ただ、難を言えば、パンがどれもこれもやたら甘かったことには閉口した。
バイキング形式だったマドリッドのホテルのモーニングに並んだパンも、
すべて白砂糖のシロップがけorz
パン食の欧州で、ごはんが恋しくなるのはともかく、普通のトーストが恋しくなるとは。
このモーニングについては、ワタシたち夫婦に遅れて食堂に入った日明兄さんも
「なんやコレ、みんな菓子パンやんけ!!」と声を荒げる始末。
ワタシたちはその声を背中に、「やべえ・・・兄さんがキレちゃったよ」
「フライ戦が94年夏だったから、2年半分ぐらいキレた?」(注1)とヒヤヒヤしていた。
一方、スペインでは、プオタとして覚えたスペイン語が役立った思い出もある。
ホテルに着いた後、身の回り品を買うため、スーパーを探そうということになり、
ワタシ「スーパー・マーケットはスペイン語でなんていうんだ?」
2号「スーパーはきっとスペル・デルフィンとかのスペルだよ」
ワタシ「マーケットは?」
2号「みちプロのビデオで、ヨネ原人をメキシコに探しに行ったサスケが、
現地の市場、マーケットのことをメルカードと呼んでいたわよ」
ワタシ「合わせてスペル・メルカードね・・・そんな看板が見つかればよいが」
とりあえずホテルを出て、最初の交差点に向かった。ふと顔を上げて見た看板に
SUPER MERCADE
デカデカと書かれたその言葉を見つけた時は、2人で大笑いした。
「リングスのツアーで海外に来て、みちプロに助けられるとはなあ」
2人ともルチャ好きでよかった、としみじみ思ったものである。
ちなみに、スペイン語圏を走るタクシーは、「空車」を「リブレ」(注2)と表示している。
中心街のあちこちで「リブレ」が目に付いたことは、ルチャ好きには妙にうれしかった。
(13話に続く)
注1・94年7月14日のリングス大阪大会の前田日明対ディック・フライ戦。
この一戦で、日明兄さんは指を立てた掌打などのフライの危険な攻撃に激怒し、
3分足らずでレッグ・ロックで決着を付けた後も、フライの背中を踏み付けて大荒れ。
試合後に吐き捨てた「10年分キレた」という台詞は、多くのファンの記憶に残っている。
注2・日本語で「自由」の意。メキシコのプロレスは現地で「ルチャ・リブレ」と呼ばれ、
「自由への闘い」「自由なる闘い」などと和訳される。
- ホークス
6回終了時には「夜王・岸」に無安打無得点を食らうかと思ったが、何とか6連勝。
小久保の引退宣言の効果はなお・・・って、その小久保の2安打2打点で勝てたのだが。
死球交代の栗山&浅村は正直、スマンかった。 きょう・あすの試合が荒れそうで心配