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食卓

「あなた、ごはんよ」
 テレビでニュースを観ようとしたら、ダイニングから裕子が呼んだ。肉じゃがとワカメのみそ汁、漬物、ご飯がテーブルの上に並んでいた。
「ちょっと一杯飲まない?」
「そうだな。賛成」
 裕子は備前の徳利を出してきて、剣菱を入れた。
「あなた、どうぞ」
 裕子が酌をする。
 飲んで、今度は、私が裕子に酌をする。
「何年に成るかな」
「24年よ」
「あと1年で銀婚式だったんだな」
「そうね」
 食事が終った。食器のあとかたづけを終った裕子が、自分の食器を段ボール箱に詰め始めた。ひとつひとつていねいにプチプチで包んでいる。全部箱詰めしてガムテープで閉じた。
「そろそろ行くわ。荷物は明日引越し屋さんといっしょに取りに来るわ」
「明日でいいじゃないか。もう一晩ここで寝て行けよ」
「決心が変わるから嫌よ」
 裕子はさっさと家から出て行った。

「こうして4人で食事をするのも、これで最後だな」
「香織、お父さんにあいさつした」
「いいよ。あらたまってあいさつなんて。こッ恥ずかしい」
 娘の結婚式もいよいよ明日だ。娘がこの家で食事をするのも、これで最後だ。少しは涙腺がゆるむかなと思っていたが、案外サバサバしている。花嫁の父なんて、実際はこんなものかも知れない。
「ところで食器はやっぱり持って行くのか」
「うん」
「せっかくの新婚なんだから、新しい食器を買ったらどうだ」
「これからお金がたくさん要るんだから、余計な出費はさけたいわ。博さんも自分の食器を持って来てるし」
「そうか」
「で、お父さん、お願い。新婚旅行行ってる間に、私の食器を新居に運んでおいてくれないかしら」

 長男の配属先が決まった。徳島の研究所だ。長男は薬学部を卒業。この春大手製薬メーカーに就職した。
「どうだ。徳島のマンションは」
「なかなか快適だよ。家賃も半分会社が出してくれるし」
「お前がこの家で夕食を食べるのも今夜が最後だな」
「そうですね。去年、香織が嫁に行って、明日から耕平もいなくなりますね」
「そうだな。明日からお前と二人での食事だな」
「ごちそうさん。ぼくの食器、宅急便で徳島に送るよ」
「高給取りなんだろ。食器ぐらい買えば」
「もったいないよ。それに使い慣れた食器の方がいいよ」

 裕子は午前中に荷物を引き取りに来た。家の中ががらんとした。もうこの家の中には一人分の家具しかない。
 日も暮れた。夕食を食べなくてはならない。外食してもいいが、乏しい年金で生活しているわけだから、そんな贅沢はできない。これから初老の一人暮らしをしなくてはいけない。離婚を決めてから、裕子が料理を教えてくれていた。簡単な料理ならできる。
 食卓に湯豆腐、ホッケの開き、春菊のゴマ和えを並べた。酒も1本つける。3年前の今ごろは4人で食卓を囲んだ。今夜から男一人の夕食だ。
 1本のつもりが、4合も飲んだ。酔っぱらって食器の後かたづけがめんどうになって。そのまま寝てしまった。
 朝になっても、食卓の上には食器が一人分置かれたままだ。

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