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お正月さま

 目が覚めた。どこかでドンドンと大きな音がしている。なんの音だろう。枕から頭を持ち上げようとした。ウッ。吐き気がする。頭がボーとしている。大晦日の忘年会ということで、少々飲みすぎた。と、いうことは今は元旦か。枕元の携帯電話を見ると午前3時40分。あたりは暗い。
 ドンドン。元旦のこんな早朝に近所迷惑だ。どうせ、昨夜のメンバーのだれかが泊めてくれと、やってきたのだろう。
「はいはい。今開けるから静かにしてくれ」
 吐き気をがまんしながら、布団からはい出して玄関に行く。ドアを開けた。見知らぬ男が立っていた。
「明けましておめでとう。上がらしてもらうよ」
 でかい男だ。180センチ以上あるだろう。筋骨隆々たる大男で、体重も100キロを超えているだろう。でかい頭にでかい顔で、そのでかい顔の半分は真っ黒いヒゲで覆われている。声もでかい。両手に一升瓶をぶら下げている。
「どうした。せっかく我輩が来たのだ。上げてくれよ」
 こんな男は知らない。
「あの、どちら様でしょう。部屋のお間違えでは」
「あんた、小川和男だろ」
 確かにぼくは小川和男だ。いくら考えても、こんな男は思い出せない。
「あの、ぼくはあんたを知らないんですが」
「がははは。我輩は正月だ」
「正月というと、門松を伝って降りてくるという神様のお正月様ですか」
「そうだ」
「でも、ウチはこんなマンションだから門松なんてしてないし、お正月様は目に見えないのではないですか」
「門松なんぞいらん。我輩の姿は普通は人間には見えんのだが、あんたには特別にこうして姿を見せてやって来たのだ」
 大男のお正月様はずかずかと上がりこみ、どっかと座った。
「さあ、飲もう」
「昨日さんざん飲んだので、もう飲めません」
「我輩は神様だぞ。神様の酒は飲めんのか」
 大男が本当に神様かどうか知らないが、逆らいがたい迫力がある。背中に背負っていた大杯になみなみと酒を注いだ。
「さあ、飲め」
「お正月様」と二人で二升空けた。元日は一日中寝込んでいた。

「もうし、ちょっとここをおあけ」
 夜中、トイレで用を足して出ると、外に誰かが来た。女性のようだ。時計を見ると午前3時40分。昨日は大晦日の忘年会だった。こんな元日の早朝にだれだ。
 ドアを開けると、そこに大輪の花が咲いていた。若い女性だ。俺が生まれてから会った事のある女性で、今、目の前にいる彼女が最も美しい女だろう。
 20代後半。肩までの黒髪で、きれいな卵型の顔で、潤んだ黒目がちな切れ長の目がじっとこちらを見つめている。非常に日本的な美人だ。着物を着ている。薄い着物だ。元日の午前3時40分に、ウチの前に絶世の美女が立っていたという驚愕の事実が大前提にあるから、若い女性が真冬に薄い着物を着ていることなど、驚くに値しないだろう。
「だれだ。お前」
「わたくし、正月でございます。どうかここをお通しくださいまし」
「正月というと、あの、もういくつ寝ると、の正月か」
「はい。わたくしが、その正月です」
「お前、人間ではないのか」
「はい。わたくしは神でございます。こうして、これはと、想い定めた殿御を訪ねておりまする」
「その正月が俺になんの用だ」
「そつじながら、夜伽のお相手をつかまつりまする」
  女はそういうとスーと部屋の中に入ってきた。
「失礼いたしまする」
 腰紐をほどき、着物の前をはだけた。その下はなにも着ていない。彼女の肩から着物がスーと流れ落ちた。輝くような裸身が現れた。
 俺はソッチの方はかなり自信を持っている。たいていの女とやっても、先にイクのは女の方だ。一晩で5人とバトルを繰り広げたこともある。その時でも6人目が現れてもお相手するスタミナは残していた。
「正月」を自称する女は化け物だった。彼女がいうとおり人間ではないのかも知れない。俺は何度イッたか判らない。
 元日は一日中腰を抜かしていた。

「ちょっとここ開けるアルネ」
 夜中に目が覚めた。昨日の大晦日の忘年会ではあまり食べられなかった。私は幹事だったので、なにかと気を使って食べるヒマがなかった。小腹がすいたので、何か食べようと冷蔵庫を開けようとした時、表で声がする。もう年が改まっただろう。まだ夜だ、何時だ、午前3時40分。
 こんな時間にだれだ。扉を開けると中年男が一人たっていた。手に中華鍋と中華料理で使う鉄のお玉を持っている。肩には大きなクーラーボックスをぶら下げている。
「あのこんな夜中にだれですか」
 小柄で小太り。40代後半と思われる男だ。細い目でネズミのような前歯がのぞいている。ほっぺにドジョウのようなヒゲを生やしている。
「ワタシ、正月アルネ。あんた台所に案内するヨロシ」
 そういうと男はズカズカと上がってきた。
「台所どこネ」
「ちょ、ちょっとなんですか人の家に。警察呼びますよ」
「ワタシ泥棒と違うアルネ。ワタシ正月アルヨ」
「正月って」
「アナタ正月を待っていたアルネ。だからこうしてワタシ来たヨ」
「その正月が私になんの用だ」
「あんたお腹すいてるね。ワタシあんたに料理してアゲル。おお、ここが台所ね。材料も持って来たよ」
「正月」はクーラーボックスから肉、魚、野菜を出して、持って来た中華鍋を振るって、あっという間に満願全席をこしらえた。天上の味だった。食べても食べても食べられた。
 元日は一日中ゲップをしながら、お腹をさすりながら寝ていた。

 みなさん、明けましておめでとうございます。みなさんの所に来たお正月はどんなお正月ですか。
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