goo

9月16日(火) 阪神VS中日。中日には3位にいてもらおう

 阪神VS中日。5対2で阪神の負け。
 阪神は鳥谷のホームランの2点のみ。打てへんかというと、そんなことはない。結構打っとる。ヒット数は阪神10本中日6本と、阪神の方がようけ打っとる。なにがあかんのか。やっぱりミスやね。4回に阪神がアホな走塁ミスをしおった。内野ゴロを打った林はしゃあないとしても、矢野、関本がアホやった。ま、この時はアホやったけど、この二人このところええ仕事しとるから、かんべんしてやるか。あと、4番の金本が今日はブレーキかけおった。
 ピッチャーは先発福原は、完全復活までもう少し時間がかかりそう。阿倍がええ仕事した。せっかく阿倍がええ流れ作ったのに江草がぶちこわし。
 巨人が横浜相手にバカ勝ち。弱いもんいじめしとる。これで3ゲーム差か。まだもうちょっと余裕あるな。
 今日は中日に勝ちを譲ったけど、これでいいのだ。中日には3位におってもらわなあかん。クライマックスシリーズ、中日、広島、ヤクルト、この3チームの中では中日が一番くみし易しと見るが。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

七人の侍


監督 黒澤明
出演 志村喬、三船敏郎、稲葉義男、加東大介、千秋実、宮口清二、木村功

 日本映画を代表する名作。小生はずいぶん前に観たが、このたびBSの黒澤特集で放映されたので観た。これで何度目の鑑賞になるかな。
 何度観ても面白い。何度観ても名作であるとの認識を新たにする。あまりに有名な名作だけに、どういう映画か、ほとんどの人はご存知だろう。でも、まだ観ていないという幸せな(そういう人は「7人の侍」を初めて観るという、生涯忘れられない感動をこれから感じるのだ)人のために紹介する。
 野盗の群れに村を襲われて、百姓たちは困り果てる。長老のアドバイスで、侍を雇って村を守ってもらうことにする。侍スカウトに出かけた百姓4人は、七人の侍を連れて村に帰る。侍たちは村に馬防柵を作り、村人に軍事教練をして、野盗の襲来に備える。そして、野盗の群れが村に襲いかかる。
 あれ、こんな西部劇観た事あると、思われるかもしれない。その西部劇「荒野の7人」の方を先に観たムキも多いだろう。実は小生も「荒野の7人」を先に観た。ものすごく面白い西部劇で、小生の西部劇ベスト5に入れてある。で、後になって、本歌の「7人の侍」を観たわけ。感動した。「荒野の7人」も面白いが、「7人の侍」はずしりとくる重量感を感じた。
 白い米の飯が食えるというだけで、絶望的な戦いに望む7人の浪人たち。劇中で志村喬扮する勘兵衛がいっていた。「ワシらもかっては立身出世一国一城の主を目指した。しかしそんなことを考えているうちに歳をとって、髪も白くなり一人になってしまった」
 三船の菊千代、木村の勝四郎は別として、他の中高年の浪人5人は死に場所を探していたのではないだろうか。そしてたまたま勘兵衛に声をかけられ、勘兵衛の人柄にもひかれて、利吉たちの村を死に場所と定めたのだろう。だから生き残った勘兵衛が、やはり生き残った、加東の七郎次に「ワシらはまた負け戦」という。本当は勘兵衛、七郎次も死にたかったのだろう。
 百姓は生産者である。侍は非生産者。なにがどうなろうと生産者の方が強い。非生産者はどんなに頑張っても生産者には絶対に勝てない。
 ラストで百姓は歌い踊りながら田植えをして、ひとときの生産の喜びを表わす。侍は死んだ4人の仲間の、土盛りに刀を刺しただけの粗末な墓標をあとに、「負け戦だ」との言葉を残して去って行く。
 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

六伝茶屋の豚のしょうが焼き定食

 
定食屋の大定番おかずである。小生も大好き。なんせ白いメシによくあう。
大昔、小生のオヤジは小さな工場をやっていた。場所は西宮市下山口。西宮のずっと北、三田にほど近い所。学生時代、小生もよく手伝いに行った。
水産学科だったが、1年生の時は臨海実習がないから自宅通学だった。大学が午前中で終わると、宝塚まで電車で来て、駐車場に車を預けてあって、国道176号線を走って、下山口まで通った。途中で昼飯を食う時もあった。生瀬、名塩を過ぎて、しばらく走ると峠のようになったところがある。ここに六伝茶屋という食堂があった。176号線を走るドラバー向けの食堂。小さな、決してきれいとはいえない食堂だ。この六伝茶屋でよく昼飯を一人で、仕事が遅くなると、オヤジと二人で夕食を食った。
うまかった。国道沿いのドライバー目当ての食いもん屋は、うまい店が多い。この店もそのうちの1軒だろう。目立たない、うっかりすると通り過ぎてしまうような店だが、うまい店だった。
この六伝茶屋で一番よく食べたのが豚のしょうが焼き定食だった。この店はなんでもうまかったが、小生は特にしょうが焼き定食がお気に入りだった。なんとか再現しようと一生懸命考えたのがこれ。なんせ30年以上昔のこと。
あの六伝茶屋は、まだあそこにあるだろうか。今は車を手ばなしているし、176号線を走る機会もない。あの豚のしょうが焼き定食の味は確認しようがない。  
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

豚汁


 豚汁というと、小生たち神戸市民は、あの阪神大震災を思い出す。被災後しばらくのあいだ、家族ともども近くの小学校へ避難していた。ここでの炊き出しで一番よく頂いたのが豚汁だった。
 寒い時期だった。あたりは瓦礫の山。何人か知人が亡くなったと聞く。心身ともに寒かった。このような時、小学校の校庭で食べた豚汁は本当においしかった。大きな鍋で大量に炊かれていて、味噌のいい香りが。ボランティアの人が発泡スチロールの容器によそってくれた豚汁は本当においしかった。あの時の豚汁とおにぎりの味は、震災の記憶とともに一生忘れないだろう。
「美味しんぼ」で海原雄山がよく「ものの味がわかるのか」と人を罵倒しているが、では雄山、お前には、あの時、寒風吹く小学校で食べた豚汁の味がわかるのか。少なくとも小生はわかる。
美味しい美味しくないは相対的なものだ。絶対的なものはない。だから、絶対的な美味を追求する海原雄山=北大路魯山人的な方向は無意味だ。美味しいとは個人的な物指しで計るべきと考える。だから、小生にとって、高級料亭(西宮播半で1度だけ食べたことがある)よりも、漁労実習の時漁船の上で食べたイカや、あの時の豚汁の方がよほど美味しく感じるしだい。
 あの時の豚汁の味は絶対再現できないが、豚汁そのものはよく作る。肉は豚バラ薄切り。野菜は有り合わせの物を使う。さつまいも、にんじん、ごぼう、なす、こんにゃく。出汁は昆布いりこ出汁。まず野菜の下処理。さつまいもは皮をむかず切っておく。にんじんは適当にいちょう切り。ごぼうとなすはコロコロに切る。こんにゃくはゆでて手でちぎっておく。
 鍋の底にゴマ油を少量ひいて豚肉を炒める。処理した野菜を加える。出汁を注いでしばらく煮る。アクが出るから取る。肉や野菜の素材から美味しさが出て、渾然一体となった汁のうまさが豚汁の魅力。煮えたら味噌を溶き入れる。今日は八丁味噌と信州味噌をブレンドした。味噌は火を止める直前に。味噌を入れてからグツグツ火を入れると味噌の香りが飛んでしまう。
 お椀によそって、青ネギと七味をパラパラ。実に滋味豊かな汁だ。 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

9月12日(金) パソコンは不思議な機械だな

 パソコンは不思議な機械だな。ご機嫌のいい時と悪い時がある。こんな機械は他にない。普通、機械はああすれば、必ずこうなる。ああすれば、時にはこうなる、また同じことをしても、日によっては、こうなったり、そうなったりはしない。ところがパソコンは違う。なんか調子悪いなあと思っていても、しばらくしたら、調子ようなったり、また悪なったり。
 また、同じ作業をするのに、何種類ものやり方がある。コピーして貼り付けるにしても、右クリックする。ツールバーの「編集」を使う。2種類ある。脱水するのに2種類のやり方がある洗濯機があるだろうか。
 このパソコンの不思議なところが、パソコンが苦手な人を作っているのだろう。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

9月11日(木) 背番号7の救世主登場

 阪神VSヤクルト。5対4で阪神勝ち。3夜連続のサヨナラ勝ち。しかも昨日、今日と2夜連続の押し出しサヨナラ。昨日の松岡、今日の林昌勇はまことにご愁傷さまでした。
 まさかあの男がこんな所で出てきて、救世主になろうとは。会社から帰ってメシ食ってビール飲んでテレビつけたら背番号7が映っとる。あれ、鳴尾浜の試合をなんで映すんやろと思とったら、甲子園やった。あれ、今岡、いつの間に1軍昇格?最初の打席で2ランを打ったとか。そして最後の打席で押し出しフォアボールを選んで、サヨナラ勝ち。やっぱり役者やのう。
 ウィリアムスも戻ってきたし、リーソップは先発合格。救世主今岡の登場。新井ももうすぐ戻ってくるやろ。阪神、だいぶん調子がようなってきたみたい。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

9月10日(水) 阪神VSヤクルト トイレの電球

 夕方より下腹がしくしく痛み出した。トイレに行ってしゃがむのだが、出ない。出ればスッキリするが出ない。どうも、ワシだけではないようだ。隣の男も同じような症状らしい。
 なんとも気持ちが悪い。イライラがつのる。うう、また、腹が痛くなってきた。トイレに行く。出ない。隣の個室では、隣の男が同じように苦しんでいる。
 実は最初にトイレに行ったときは少しは出たのだが、どうも、まだ腹に残っているようで、もやもやする。もう少し出れば多少は気持ちよくなると思うが、それが出ない。
 このトイレ、だいぶん前から電球がいかれているらしく、ついたり消えたりしている。あ、消えた。あ、ついた。あ、消えた。あ、またついた。消えた。
 隣の男はワシより多くトイレに行くが、やはり出ないらしい。うう、またトイレに行くたくなった。う~ん。やっと押し出せた。なんとか隣の男に勝てたぞ。あ、また電気がついた。うぉー。
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )

9月9日(火) 納期遅れと来てる来てない

 リストラされるまでいた会社では、ずっと資材部にいた。27年間資材業務、生産管理業務を担当してきた。
 納期遅れと「来てる来てない」との戦いの27年間だった。在庫管理、購買仕入れ、工程管理、外注管理なんかをやったが、購買が一番長かった。小生は電子部品の購買仕入れをやっていたが、半導体を主に扱っていた。納期どおりに入ってくる物は少なかった。すぐ入荷する品物もあるが、たいていはある程度のリードタイムが必要。このリードタイムを計算に入れて工程を組めばいいが、工程なんてもんは狂うためにある。
 工作が着手する時点で品揃え100%のことはまずない。後工程があるから、工作は着手予定日が来たら、できるところから組み立てにかかる。とうぜん、あちこち歯抜け。仕事がなかなか進まないから工作課は購買にヤイヤイいってくる。購買が悪者になる。購買の発注が遅れたと。ところが購買にいわせたら悪いのは設計。
 設計が図面を予定通りに出さないから、部品の発注が遅れた。設計にいわせれば、客先の仕様が決まるのが遅れた。客先はさらにその先の客先の予算がなかなか決まらなかった。結局、悪者は一人もいない。
 外注管理もやった。工作を外注に出すことも多い。部品を外注に供給するのも小生の仕事。予定日が来て部品を外注に渡すのだが、この時点では対工作課と同様で、部品は全部揃っていない。その時点で入荷している部品を渡す。この第一次の引渡しはいい。部品とリストを付き合せながら受け渡しをする。リストに載っている品物は必ず外注に行っている。
 ところが問題は、その後さみだれ式にポツポツと入荷する物。これらの品物をよく外注が紛失する。また、外注に行っているはずが資材部に残っていたこともあった。外注からなかなか仕事が上がってこない。督促すると「部品が来てません」当方のリストをチェックすると入荷して、外注に行っているはず。
「行っているはず」「いや来てません」
 27年間、こんなことばかりやっていた。
 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

9月8日(月) 「桂米朝一門60年の軌跡」を観る

 堀晃さんかんべむさしさんがホームページで紹介されていた、NHK「かんさい特集 桂米朝一門60年の軌跡」だが、うっかり見逃してしまった。ところがさすがNHK、お金とるだけのことはある。早々に再放送してくれた。
 もちろん録画して観た。米朝師匠が米團治師匠に入門してから、上方落語を復興され、多くの噺を発掘し、多くの弟子を育てて、人間国宝になって、現代に至るまでを手際よくまとめてあった。
 小生が米朝師匠のファンになったのは高校生のころ。東芝から師匠の全集がLPレコードが出ていて、高校生の小遣いで1枚1枚と買い揃えていた。だから、小生も40年以上米朝師匠のファンをやっていることになる。40代50代60代と師匠の全盛期を知っている。思えば小生は実に幸せな上方落語ファンであることか。
 番組では米朝師匠が小米朝さんに「代書」の稽古をつける様子が紹介されていたが、こういうところはなかなか見れないので、大変に興味深いものを見せてもらった。また、師匠の書庫も映していた。もちろん、小生は米朝師匠の書庫を見るのは初めてである。これも興味深かった。
 小米朝さん。10月に5代目米團治襲名。もうすぐである。つい最近、小米朝さんの噺を生で聞く機会に恵まれた。ものすごく上手かった。米團治となる自覚がこれほどまで小米朝さんを成長させたのだろう。
 番組を観ると、枝雀師匠、吉朝師匠の死がいかに米朝師匠にとって大きな損失であったか痛いほど判った。枝雀師匠は自分を越える存在、吉朝師匠は自分の同志と米朝師匠はおっしゃっていた。しかし、ごく身近に二人の穴を埋める噺家がいたわけだ。米朝師匠にとっては小米朝さんは青い鳥だったのかもしれない。
 米朝師匠、80を超えるご高齢。一人でまとまった噺を演ずるのはもう無理。弟子とのかけあいで、高座でよもやま話をやる、という形でお客の前に出ておられる。どんな形でもいいから、師匠にはいつまでもお元気で、私たち上方落語を愛する者たちの前に姿を見せていただきたい。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

姑獲鳥の夏


監督 実相寺昭雄
出演 堤真一、永瀬正敏、原田知世、阿部寛、田中麗奈、いしだあゆみ、松尾スズキ、京極夏彦

 失敗作である。小生は、だいぶん以前だが原作を読んでいる。忘れているところもあるが、おおよそは覚えている。で、この映画だが、長大な(といっても京極作品では短い方)原作をはしょりにはしょって、むりやり映像化したという感じ。だいたいが京極夏彦の小説を2時間程度の映画にまとめるのは、どだい無理である。本気で映像化しようと思えば最低4時間は必要では。
 原作を読んでいる小生でも、ストーリーがよく判らなかった。読んでいない人ならさっぱり判らないだろう。シナリオが未整理なのだ。
 ただ、手を変え品を変え出てくる、実相時映像美学はたっぷり楽しめる。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

回肉鍋


 ホイコーローという。漢字で書くと「回鍋肉」と書く。肉を鍋でゆでて、取り出し、また鍋に戻すからこういう字を書くとのこと。四川料理の名菜である。
 豚肉の旨味、キャベツの甘さ、ピリッとした豆板醤の辛味が渾然一体となったおいしさは、ビールの友にも、ご飯のおかずにもぴったり。
 豚肉はバラ肉のかたまりを使う。必ずかたまり肉を。ヒラヒラの薄切り肉じゃざくっりとした歯ざわりを楽しめない。
 鍋に水を張って豚肉を長ネギの青いところといっしょにゆでる。20分ぐらいかな。ゆでたら切る。厚い目に切ろう。薄く切ったんじゃ、かたまり肉を使った意味がない。切ったら醤油と酒で下味をつけておく。
 野菜の下ごしらえ。ピーマンとキャベツを食べやすい大きさに切る。長ネギは斜め切り。しょうがとにんにくはみじん切り。
 調味料を用意しておく。豆板醤、甜面醤、醤油、酒、砂糖、酢。このうち豆板醤と甜面醤は別の小皿に。他は合わせて一つにしておく。
 油ならしした中華鍋に炒め油を少量。まず、豆板醤を炒める。香りが引き立つ。長ネギ、しょうが、にんにくを炒める。豚肉を投入。続いてキャベツとピーマンを入れる。甜面醤を加えて、合わせ調味料で味付け。あとは炒めて、最後にゴマ油で照りを出す。キャベツをどれぐらい炒めるかが腕の見せ所。炒めすぎたらキャベツがべちょべちょになる。炒め足らなかったら青臭さが残る。キャベツの甘味がでるギリギリの線を見切る。めやすはキャベツから出る水分。
鍋の底に汁が溜まっているようでは炒めすぎ。このへんの兼ね合いは難しい。慣れてくると、キャベツが「もうよろしおまっせ」と話しかけてくるそうだが、小生はまだまだその域には達してない。
 これでメシが3杯は食える。肉で1杯。キャベツで1杯。皿に残った汁をメシにかけてもう1杯。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

きつねうどん


 これがきつねうどんや。関西のことを知らんヤツが書いた大阪の観光案内なんかに、よく「けつねうろん」と現地ではゆわれている、なんぞと書いてあるが、あれ、ウソやで。ワシは神戸の人間やけど、大阪でそんなんゆうてんの聞いたことあらへん。
 うどんも手打ちしたいとこやけど、今回は市販品でかんにんしてもらう。と、なると、ウデの見せ所はおあげさんの煮かたと、つゆの作り方。
 まず。おあげさん。熱湯をくぐらせて油抜きをするんや。油分が残っていると味のしみ方が悪いで。おあげさんを鍋に入れて、カツオ昆布出汁をひたひたに入れる。砂糖、醤油、味醂で味付けして、落し蓋をして、コトコトと煮含めるんや。時間?そやな。汁っけがなくなるぐらいまで煮たらええんとちゃうか。煮えたら鍋に蓋をして一晩置いておく。煮物はみんなそやけど、煮えてすぐは味が染みてへんから、もひとつ具合悪いで。煮えたら、できるだけゆっくり冷まして、そのまま置いておく。味がよう染みてうまいで。
 つぎにつゆ。昆布をしばらく水につけておく。そのまま加熱。沸騰直前に昆布を取り出す。そこに厚削りの削り節を多い目に入れて、しっかり煮だすんや。
吸いもんの汁は、薄く削った鰹節をさっと加熱して、さっと火を止めて、濾すが、麺のつゆは、出汁の旨味を効かせたいから、ぐつぐつを煮る。ワシの場合、7分は煮ているで。
 ここで大事なのはアク取り。表面に浮かぶアクをきれいにとらにゃ、削り節のえぐみが出るで。火加減は泉が湧くような火加減。これを泉炊きゆうんやて。
 充分に旨味を出したら、きれいに濾す。で、味付けやが、ワシは「かえし」を使うとる。醤油と味醂を同量、カメに入れて寝かしたもんや。薄口醤油のうどん用と、濃口醤油のそば用の2種類置いてあるが、今回はうどんやから薄口の方を使う。
 さ、これでおあげさんとつゆができた。あとはうどんをゆがいて、丼に入れ、つゆを張って、おあげさんを乗せ青ネギをぱらぱら。これできつねうどんのできあがりや。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

9月6日(土) ヨナの上をオリンピックが通る

 ええ、ようこそのお運びで。しばらくの間、おつきあい願いまして、お後と交代となります。
 ヨナの上をクモが通るという言葉がありますな。ヨナ、あと産、胎盤のことですな。昔は、子供が産まれると、胎盤を土の中に埋めたんだそうですな。その上を最初に通たんを、その人は一生怖がるといいます。クモが通るとクモを、ゲジゲジが通るとゲジゲジを、まんじゅうが通るとまんじゅうを、怖がる人になるんですな。
 阪神タイガースはオリンピックが通たんでっしゃろな。阪神タイガースが産まれたんは1935年。1936年にベルリンオリンピックがありましたから、ベルリンオリンピックが阪神のヨナの上を、シュと通ったんでっしゃろな。そうとしか考えられまへんやろ。
 北京オリンピックを境に、あれほど強かった阪神が、これほど弱なるとは。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )

生きものの記録


監督 黒澤明
出演 三船敏郎、志村喬、千秋実、上田吉二郎、東野英治郎、清水将夫 

 映画には、いつの時代でも変わらぬ名作もあるし、観る年齢、時代によって、解釈、評価が変わってくる作品もある。小生にとって前者は「2001年宇宙の旅」だ。後者は何本かあるが、その内の一本がこの「生きものの記録」だ。
 最初に観たのは大昔、小生はまだ学生だった。手元にキネマ旬報臨時増刊号「世界SF映画大鑑」(1969年発行)がある。そこで評論家や作家たちのSF映画ベスト20が掲載されている。余白に小生が自分のベスト20を記入している。1位が「2001年宇宙の旅」2位が「渚にて」3位がこの「生きものの記録」とある。
えらい高く評価している。反核映画として、スタンリー・クレーマーの「渚にて」と双璧をなすと考えていたわけ。実はいまでも「生きものの記録」と「渚にて」は表裏一体の映画であると考えている。「核」の後の恐怖を描いたのが「渚にて」「核」の前の恐怖を描いたのが「生きものの記録」というわけだ。
今回、BS-2の黒澤特集で改めてこの映画を観て、最初に観た時と評価、解釈が大きく違っていて自分でも驚いた。「反核」という黒澤が訴えたいテーマが大きく後ろへ後退していたのだ。
 核戦争の恐怖にとりつかれた老人が、財産を処分して、安全と思われるブラジルに、家族全員引き連れて移住しようとする。もちろん家族は猛反対。老人を準禁治産者との決定をもらうべく裁判所に訴える。
 最初に観た時と今回で違うところは、三船演じる主人公のとらえ方。最初は、ああこの老人の心配はもっともだ、でもぼくたちにはどうすることもできない。核は恐い。ラストの精神科医のセリフ「こんな状況で平気でいる私たちの方が狂っているのかも知れませんね」に大いに同感だった。この時はこの映画を「核の恐怖」がテーマの映画と解釈していた。
 ところが今回は、困ったオヤジを持った家族の映画と解釈していた。最初は老人に、今回は家族に、と、違う対象に感情移入していたわけ。なぜか。主人公のオヤジをどうとらえるかだ。
 このオヤジは勝手なオヤジである。逃げたければ自分一人で逃げればいい。強引に無理やり家族を巻き込む。しかも、愛人を3人も持っていて、愛人とその子供まで連れて行こうとする。
 昔はこういうオヤジが普通だった。なんせあの星一徹が理想のオヤジといわれていた時代だった。だから、オヤジの奇矯さにさほど目を取られず、純粋に「核の恐怖」だけに感銘を受けて、小生はSF映画として高く評価したのだ。
 ところが現代はこんなオヤジはいない。今回は、オヤジのわがまま勝手にふりまわされる、かわいそうな家族の映画と観たわけだ。「核」の恐怖より「オヤジ」の恐怖の印象の方が強く残ったしだい。
 まったく年月の流れとは恐ろしいもので、反核映画が反オヤジ映画になってしまった。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

9月4日(木) かわいい私のコレクション

 
 
ご覧のようにちびた鉛筆です。ドングリみたいでかわいいでしょう。
 私は字が下手です。かなくぎ流です。ですから手書きはできるだけしたくありません。というわけで、文章を書くときは、パソコンで横書きはワード、縦書きは一太郎を使っていますが、手書きで書かなければならない時もあります。そういう時の筆記用具ですが、もっぱら鉛筆を愛用しています。
 コピーライターをしていた時は、2Bの鉛筆で大きな原稿用紙の大きな升目に大きな字でコピーを書いていました。30年昔です。ワープロなんてありませんでした。
 私、筆圧が強いんです。シャープペンシルだと芯がすぐポキポキ折れるのです。ボールペンはインクの玉がチップの横にできて、紙が汚れるのが嫌です。万年筆も何本か使ったことがありますが、お気に入りの書き味のものに出会ったことがありません。で、結論として、鉛筆を愛用しているわけです。
 文章を書くときはパソコンを使いますが、あれこれ、頭の中でアイデアや構想を練っている時点では、A4の白紙を前に、右手に鉛筆を握って、うなっております。パッと何かが浮かんだら、鉛筆で紙にメモしますが、これがシャープペンシルですと、ポキッと芯が折れて、気勢がそがれてしまいます。
 その鉛筆ですが、根が貧乏性なのか、使える鉛筆を捨てることができません。小さくなったらホルダーにはめて、グラグラして固定できなくなるまで使います。それをこうして瓶に貯めております。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ 次ページ »