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人の評価

「拙僧、あんなに感動したのは生まれて初めてです。準備がすめば、再びお山へととって返し、上人さまに弟子入りするつもりです」 
 若い学僧は、興奮さめやらぬ顔でいった。彼は総全宗高造寺派の高僧呉習に会いに行った。高造寺はこの国最大の宗派総全宗の総本山である。
 総全宗は現政権にとって、目の上のコブ。現政権は独裁体制である。建国の父ともあがめられている初代大統領の孫がこの国の支配者である現大統領だ。国の決めごとのすべては大統領の一存で決める。
 この大統領の方針にことごとく異を唱えているのが総全宗だ。その総全宗の理論的指導者が呉習だ。
 若い頃から厳しい修行を修め、徳を積んできた呉習は、人々の尊敬を集め、その教えは人民の心の拠り所となっている。
 大統領は、それまで密かに呉習暗殺を企んだが、呉習の死は人民の怒りの火元となり、反大統領派による革命の導火線となる。
 殺してしまっては、革命の象徴となる。スキャンダルを創って、呉習を俗物のクソ坊主におとしめるのが一番だというので、元総全宗の修行僧だったが、大統領にいいくるめられた学僧が呉習に接触したのだ。
「私が間違ってました。上人さまにお会いして、私は目を覚ましました。撃つなら撃ちなさい。私はもう大統領のいうことは聞きません。呉習上人さまの教えに殉じて殺されるなら本望です」

「とんだ俗物です。大統領、ご安心ください。あの坊主、金、名誉、女、地位、どんなモノにも心を奪われません。とりすました顔で、ひたすら瞑想してました。一見、神々しく、さすがの私もつい引き込まれそうになりましたが、ヤツにも弱点がありました」
「はい。ヤツの弱点は醤油せんべいです」
「そうです。醤油せんべいです。醤油せんべいで国が救えるのなら安いモノでしょう。大統領閣下」
「ヤツは凸凹県の松川製菓というメーカーの醤油せんべいが大好き。ところがヤツは閣下を政権から追放するまでと願をかけ、せんべい断ちしてました」
「私が、松川の醤油せんべいを持って行って、ヤツの前でポリポリ食ってやりました。するとヤツは一枚くれ、なんでもいうことをいうことを聞く。いちころでした」
「閣下、松川製菓の株式を全株買い占めされるといいですよ。これでヤツは大統領閣下のいいなりです」

 その国の内戦は泥沼と化した。超大国Aが大統領の肩を持った。もう一方の超大国Bが総全宗のバックについた。B国はダミーの商社を通じて、大統領直属の国有企業となった松川製菓の醤油せんべいを密かに入手、呉習に提供していた。
 国連が調停に乗り出した。国連派遣の特使として△□国の××氏が呉習師に会いに行った。そして事務総長に報告に来た。
「××さん、ご苦労様でした。で、呉習師はどんな人でした」
「おいしかった」
「え、なんです」
「あんな、うまい人を食ったのは初めてでした。どうもごちそうさまでした」
 国連事務総長は思い出した。△□国には食人の風習があることを。
 高造寺の本堂には、食い散らかされた人の骨が散らかっていた。
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