風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

黒い波

2008年09月23日 | 
そのひとはユリの花の匂いがした
何か香水でもつけてるのときいたら、いいえと首を振った

夏休み、アルバイトの切れ間を利用して彼女の田舎に遊びに行った
旅の途上と偶然を装ったが、ドキドキする胸で彼女の家に電話した

日本海を望む味気のない町に彼女は生まれた
冬には大雪が降るの、黒い波が押し寄せるの、と彼女は言った

夏の海はエメラルド色に穏やかに広がっていた
ウミネコたちが港で騒ぎ、子供たちが浜辺を駆け回っていた

海風で彼女の長い髪は乱れたが、気にする風もなく彼女は地平線の彼方を眺め続けた
ここの夜の空を見たらすごいのよ、と彼女は笑った

日本とか、アジアとか、そんなものじゃないの
宇宙の真ん中にいる、そんな感じなの

星たちの息遣いが聞こえ、おしゃべりが聞こえ、噂話も聞こえるわ
お月様はね、そんな星たちを監視するために天空に現れるのよ

ぼくはそんな彼女の話に言葉をさしはさむこともできずに、彼女の横顔を眺めた
彼女ははじめてぼくの目を見ると、じゃあ、これで、と言って立ち上がりスカートの裾を払った

夏休みも終わり、教室で何度か彼女と言葉を交わした
彼女の笑顔は遠くを見ていて、ぼくを見てはいなかった

それでも彼女の傍らを通り過ぎるとき、ユリの花の匂いがした
ぼくは彼女とのつながりのない世界にいながら、押し寄せる冬の黒い波を想像してみた

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