「あのね」と少女が言う
「なんだい?」と訊くと少女はくすくす笑う
ぼくもつられてくすくす笑う
彼女の目はぼんやりと天井に向けられている
「あのね」と少女が今度は真顔で言う
「なんだい?」とぼくも真顔で答える
「ネズミのお話」
「ネズミのお話?」
少女はまたくすくす笑いながら頷く
「ネズミがどうしたの?」
「コロンでけがしたの」
彼女の目はまた天井に向けられる
「どうしてネズミは転んだの?」
「あなたが悪いの」
ぼくが悪い
「どうして?」
「あなたがきらったから」
ぼくが嫌った?
「ネズミはね」
彼女の顔を見た
「なかよくしようとしてたの」
「誰と?」
ぼくは訊いてみた
「あなたのしらない世界と」
ぼくの知らない世界
「そうなんだ」
彼女は頷いた
「あなたなんか知らないところよ」
「なんかネズミにぼくは悪いことしたのかな?」
「そうよ」と彼女はぼくを正面から見た
ぼくは戸惑って彼女の目線をそらした
「あなたはいつもそう」
いつもそう
「そうなのかな?」
「そうよ」
少女はぼくから目をそらさない
「で、ネズミはどうしたかったの?」
ぼくは訊いてみた
「あなたに動いてほしかったの、いっしょに」
動いてほしかった
「何を、どんな風に?」
彼女はまたくすくす笑った
「あなたにはわからないの」
ぼくには分からない
「ネズミの気持ちが?」
彼女は心底さめたような目つきでぼくを見た
「ネズミはコロンでけがしてる」
ぼくはうな垂れてぼくの知らない世界のことを考えた
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