風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

日々

2007年12月07日 | 
石畳が夕日に染まり、あちこちの教会の鐘が一斉に打ち鳴らされる。
ゴーン、キーン、カーンと乾いた音が茜色の空に響き渡り、鳩たちが用もないのに飛び立つ。
農夫は鍬を納屋にしまい、事務員は帳簿を書棚にきちんと並べ、雑貨屋の親父は表に出していたリンゴの木箱を店の中に入れる。
夕暮れは誰の心にも懐かしい灯がともる。

女たちはそばで走り回る子供たちを叱りながら、シチューの鍋をかき回している。
あれほどあったすべてに対する不平不満が消えている。
ジャガイモとニンジンがたくさん入ったシチューをゆっくりゆっくりとかき回す。
過去や未来がこの一瞬に溶けていく。

村にただ一軒の食堂にも灯がともる。
炭鉱で働く流れ者やら、一人身の老人やら、やもめやらが集まってくる。
ほっぺの赤い若い女給は遠くはなれた故郷を思いながら、客の注文を聞く。
店主や女将は女給に愛想がないと裏の台所でひそひそ悪口を言う。

女たちは帰ってきた旦那の顔を見るなり、忘れていた不平不満を思い出す。
ワインが進むほどに、誰もが口が軽くなる。
噂話に花が咲き、別れ話に毒が咲く。
ワインが一瓶空くころには、お互いが無口になり、明日のあれやこれやが気にかかりだす。

食堂は大声で歌うもの、喧嘩をするもの、不機嫌に黙り込むもの、それぞれの色に染まる。
店主は委細かまわず空いた皿を下げ、女将は客に酒を勧める。
若い女給は皿を洗いながら故郷で飼っていた犬のことを思い出している。
若い男が頭をよく見せようと聞こえよがしに冗談を言うのだが、彼女の耳には届かない。

やがて夜の喧騒も冷めていく。
子供はベットにもぐりこみ、男は暖炉の火を見つめ、女は皿を洗う。
店主はかまどの火を消し、女将は売り上げを計算し、女給は床を拭く。
銀色の月が街を青白く照らし、教会の尖塔がぬらりと光る。