風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

一体感

2007年09月21日 | 雑感
相変わらず真夏の暑さが衰えません。
こんなんじゃ、張り切って空に飛び出した赤とんぼもあまりの暑さにへたれてしまいますね。

昨日は娘の満一歳の誕生日だったので、ケーキを買って早めに帰宅しました。
そしたら買い物に行っているのか、誰もいませんでした。
仕方がないので、ベランダに出て焼酎を飲みました。
それにしても見事な夕焼け空でした。
オレンジ色の雲が町の上空を覆って棚引いています。

画家やカメラマンという視覚が発達した人ならその光景をそのまま記憶にとどめることが出来るのでしょうが、
残念ながらそういう能力のないぼくは、きれいだなぁ~と口を開けて見ているだけです。

神々しい、そんな感じの夕焼け空でした。

例によって、心の中に細々とした雑念やら心配事やらが詰まっていますから、
そんな光景をそのまま心に入れることができないもどかしさがあります。
心が空っぽなら、見ている風景と一体になれるのにと思うと、なんだかもったいない気がしました。

今の世の中、心を空っぽに生きるのはなかなか難しいですね。
計算高いのは嫌ですし、疲れますが、ある程度計算ができなければ無能になります。
無能でいる覚悟さえ持てないで、宙ぶらりんです。

「無」というのは心に一片の事物の影も宿さない代わりに、その時々の「全て」を心の風景として受
け入れることができるという意味で、「無限」でもあります。
無心の心には瞬時に移り変わる風景が流れているだけですが、その風景はどこまでも豊潤です。
心が雑多な想念で埋め尽くされていますと、目は風景を追いますが、心にはなにも入ってきません。
「夕焼け空」だという記号の認識があるだけです。

心を一杯に拡げて、五感が捉えた対象と一体になることができると、至福を感じるそうです。
我彼の壁がなくなり、世界との一体感に包まれるそうです。

よたよたと歩き回る娘は今のところは世界との一体感に包まれているのでしょうか。