風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

ペット

2005年07月05日 | 雑感
虐められていたコッピーが死にました。
虐めがひどくなり、ビンの底でうずくまるようにしてじっとしていることが多くなったものですから、
さすがにこれはまずいと思って、別のビンに移しました。
よく見ると、虐められていたほうは、背骨が曲がり、色も脱色したように抜けていました。
体の大きさも、いじめっ子のコッピーと比べて、半分くらいにやせ細っています。

別のビンに移してからもしばらくは底のほうでじっとしていましたが、半日もすると動いても虐められないのが分かったのか、
するすると泳ぎ回るようになりました。
餌も食が細いながらも食べました。
それでも、数日もすると、なんだか元気がなくなり、ミズモにもたれ掛かるようにしてじっとしていることが多くなりました。
元気になるように手をかざして念を送りましたが、最後には餌も食べず、底のほうでじっとしたまま数日を生き、そして死にました。

いじめっ子のほうは、元気いっぱいで泳ぎまわっています。
お前はとにかく長生きしなければいけない。
無駄に元気で、無駄に食欲があっても、とにかく長生きしなければならない。
そう言い聞かせています。

植物にしても、動物にしても、関心を持って、きちんとケアをしてあげないと死にます。
当たり前のことなんですが。
ぼくなどはすぐその存在を忘れてしまいます。
忘れるくらいなら、初めから飼わなきゃいいのですが。

以前、犬を一匹と猫を三匹飼っていました。
猫は餌と水をやって、外への出入りを自由にさせれば何とかなったのですが、
犬は散歩に連れて行かなければなりません。
そういう犬の飼う者の基本的な義務さえ果たさず、夜中に鎖を外して、腹をすかせて戻ってきたところに餌をやり、鎖をつないでいました。
そんなやり方ですから、しつけもしませんし、体を洗ってあげもしませんでした。

犬にも表情があります。
だんだん疑り深い、きつい顔つきになっていきました。
さすがに、かわいそうに思えて、それからは犬を家の中に入れ、走り回らせるようにしました。
しつけをしていないので、言うことを全く聞かず、てこずりました。
家の中に入れると、臭いが気になり、ホースの水で洗おうとしましたが、犬にとっては虐めにしか思われず、キャンキャン抵抗しました。

冬のある日、その犬が庭でキャイン、キャインと悲鳴を上げていました。
見に行くと、腰が立たないみたいです。
餌も食べ残しています。
腰に触ると、キャイーンと叫びます。
抱きかかえて家に運び(運ぶときも痛そうに叫び続けました)、ダンボールをしいてその上に横たわらせました。

苦しそうに、恨めしそうに、ぼくの顔を見上げます。
無意識に手を腰の辺りにそっと当て、痛みが和らぐよう祈りました。
犬は目を閉じてじっとしています。
そのとき、この犬に何もしてやらなかったことに気がつきました。
生き物を囲いながらも、無関心で、無慈悲で、生命をいたずらにすり減らさせていることに気がつきました。

次の日、車で病院に連れて行きました。
獣医の言うことには、生まれつき背骨あたりに異常があり、神経を圧迫しているようだとのことでした。
寒くなると、その痛みが増すのだそうです。

犬を家に連れて帰り、その顔をじっと見ました。
痛みが幾分和らいでいるのか、背中を丸めて眠っています。
この家に来てから、この犬は心を開いたことなどありはしなかったのです。
開きたくとも、心を開くべき飼い主がいなかったのです。
自分の享楽しか頭にない馬鹿な人間が、この犬の生命を鎖でつなぎ、苛んでいました。

そしてまた、小さな魚の生命が、目の前で消えました。
ガラスのビンに閉じ込め、尊大に餌をやり、ビンをつついて驚かせ、何一ついいことはしていません。

コッピーの死骸は知人の家の庭に埋めさせてもらいました。
自分の手で埋めたのではなく、それさえも知人に頼んで、埋めてもらいました。