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風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

妙子

2005年05月24日 | 
雨が降り出した夕暮れ、妙子は母の帰りを待ちます
しんとした青い闇が、家の中に流れ込んできます
トタンの屋根を雨が叩き、ガラス戸の向こうに人の気配はありません

妙子は古びた人形を抱いたまま、廊下に立って庭を眺めます
柿の木も、胡瓜と茄子の苗木も、雨煙りのなかで青白くゆれています
隣の家もしんと静まり返っています

妙子は居間に戻って、仕舞い忘れられた炬燵に入ります
炭火が入れられていない炬燵の中は、ひんやりとして、湿っています
人形に子守唄を歌おうと思いましたが、うまく声が出てきません

妙子は炬燵にもぐりこみ、仰向けになって天井を眺め、雨の音を聞きます
あたりは暗くなり、白い指で玄関がからりと開けられるのを、待っています
母が帰ってきたら、思い切り泣いてやろうと、妙子は思います



日本

2005年04月15日 | 


その木の葉には、熱帯の逞しさはなく、寒帯の厳しさもない。
透き通るような花びらを持った花々。
季節の温度を敏感に感じ、その想いを色に現す葉。
数センチにも満たない、風に揺れる高い山に咲く花。

そういう自然の中でぼくたちは育まれた。
谷川の水。
木漏れ日。
水穂。
腰の曲がった、豊かな皺を刻んだ老人たち。

何の不足もない天と地の間に、生まれ育った。
水と地熱とが豊かに巡り、四季が踊り、人が微笑む豊かな大地に、
ぼくらは生まれ育った。

甘酸っぱい山葡萄を食べ、
枯葉の匂いを胸一杯に吸いこみ、
金色の木漏れ日を浴び、
雪に覆われた遠くの山の頂きを見る。

春の風が沈丁花の香を運び、
夏の宵には蛍と蛙が小川で協奏し、
熟れた柿が夕日に赤く染まり、
しんしんと降る雪の日には息を凝らして炭火を見つめた。

薄っぺらになった時代が、
灰色のコンクリートが、
次から次へと川原を、小川を、鎮守の森を覆ったが、
人々の心は森の奥を、泉を、しわくちゃな笑顔をいつまでも求め続ける。

時代の深層には深い森から流れてくる清冽な水が流れ続け、
こだまが響きあい、
嘆きも、恨みもせず、
微笑み続けている。


青の色

2005年04月13日 | 

窓の下をトラックが雨上がりの高速道路を走っていく
昭和の舞台の書割みたいな街の背後の山には、灰色の雲が棚引いている
誰にも会わず、手紙もこない
記憶も薄れ、感情も擦り切れた

窓を閉め
ただ青黒い石のようにうずくまる
体温が冷えきり、音が遠のき、なにもかにもの輪郭がぼやけてくる
重力が増し、螺旋を描いて青の色に沈下する

かすかにブーンという音が耳の底で聞こえる気がする
茶色い沼のような風景が目の前に広がっている気がする
遠い昔の白壁の蔵のかび臭いにおいがする気がする
僕の肘を誰かの人差し指が触れているような気がする

時は止まり、今となっては全てのものとの距離はない
全ては一点の青の色に吸いこまれた
深く深く呼吸を繰り返し、波形のものとなる
呼吸する意志も持続しかねて、波形は消え、ぱちんと弾けた



夜桜

2005年04月11日 | 

火照った身体に笹のにおいのする風が吹きます
妙にまぶたが重くなる
ふふんと笑い盃を重ねます
今宵もまたいつもの夜です

昼間にあった事ごとは
遠い昔の絵空事
それで責めを負うならば
三途の川を負うて行きましょ

遠い思い出も明日の世も
わたしゃどうすりゃいいのかえ
今宵今夜一夜きり
相手が誰だか知りはせぬ

知りはせぬけど人の身は
人の想いを求めずにゃおかぬ
ああしたこうした地獄道
どうせ餓鬼道いらぬ懺悔は地獄花

あんたは誰です誰なんです
わたしを欲しいの誰を欲しいの
わたしがわたしじゃいけないの
わたしはあんたの欲しい誰かじゃないわ

こうして川は流れていきます
負えと言われればなんでも負いましょ
後生ですから堂々と負わせて下さいまし
わたしは負うのはいやではないんです

あんたは逃げますいつだって
誰にも負えないものを負えと言い
負うてみせると言えば逃げ
わたしは途方に暮れるのです

そして今夜は春の宵
城山では桜が満開です
わたしはここでこうして酔うております
今宵このひと時を陽炎みたいなあんたといるのです


ゆめうつつ

2005年04月09日 | 
ささやきに満ちたこの世界で
どうして一つの声だけに耳を傾けてきたのだろう。
無限の色彩が点滅する世界で
どうして一つの色ばかりを見てきたのだろう。

幻がリアリティで、現実が夢なのだと知ったのは昨日のことだ。
もの悲しい夢ばかりを見てきたのだ。
リアリティには限界がなく、夢には捨て子の習性が染み付いていた。
目覚めながら夢を生き、昏睡の中でリアルを生きるのだ。

立ち昇る世界の螺旋は数式には還元できないから、
数学者の骨ばった触手は格子模様を探して、虚空をまさぐる。
格子の隙間からあらゆるものの息遣いが漏れ出しているのにも気がつかない。
彼らは、時間と空間をサディスティックに、刃こぼれのしたナイフで切りとり、味見する。

サディスティックでいることは面白いに決まっている。
支配のためのゲームは興奮する。
世界の支配は遺伝子に組み込まれた無謀な夢。
粗暴な意志が無謀な夢にもてあそばれる。

目覚めた人はどこへ消えてしまったのだろう。
目覚めた人が集まる場所があるのだろうか。
目覚めた人は夢の中には居られないから
取り囲まれた幻の中でどんな夢を見るのだろう。

もしかすると、われわれは、万物は目覚めた人の
幻の中で見る
夢なのかもしれない。
たしかにその人の息遣いは感じられるのだが。

クーデター

2005年04月08日 | 
心のクーデターが完成し、
ぼくの心は空っぽだ。
誰も周りににいなくなったが、
ぼくの心は穏やかだ。

ぼくの心の中で、誰が誰を打ち倒したのか、
もう何も覚えていない。
でも確かにクーデターは成功した。
だって心の中には青空が広がっている。

それでも、ぼくはどこから来てどこへ行くのかを考えてみる。
どこにも行かなくてもいいという声が聞こえる。
その声を疑うことはできない。
だって、クーデターは成功したのだから。

大きく息を吸いこむ。
生まれてこのかた、疑い続けた心も膨らむ。
大きく息を吐き出す。
なにもかもを手放し、なにもかもが4月の風に舞う。



月夜に吼える

2005年03月26日 | 

帰り道、フロントガラスの向こうに大きな月が見えた。
太陽は前へ前へと背中を押すが、
月はいつも含み笑いをしている。

月はまるで猫だ。
無視すれば、見ろと主張するし、見れば見たで、黄色いあばた面をそむける。

あまり、そういう駆け引きは好きではない。
駆け引きが面白い時期は過ぎ去った。
駆け引きは、勝ち負け、敗れた者が傷つく。
傷つく姿を見て面白いわけがない。
他人を勝ち負けの駒にして面白がれるのは、そいつが何かの駒のうちだけ。

月夜に吠える狼は滅びようとしている。
狼は、月に向かって何を叫んでいたのか。
アラスカで、シベリアで、僅かに生き残った狼が今夜も吼える。
この世の嘘が我慢できないのだ。

嘘は狼の足下までひたひたと押し寄せる。
月を見上げ、腹の底から吠えてみる。

月は何も語らない。
すべてが凍りついていく。
凍るなら凍ってしまえ、と狼は思う。




山陰

2005年03月25日 | 
旦那は今夜も帰りが遅い。
お天とさんが晴れたり曇ったりしているからだ。
わたしの身体はぬめぬめしている。
あんまり寂しいものだから、鼻歌を歌いなが庭の枯葉を掻き集めた。

夢はめっきり見なくなり、それでも秋の夜長は湯冷めする。
旦那は湯豆腐よりも冷奴が好き。
どうにもならない東尋坊。
桜が舞ってた城崎温泉。

わたしは誰なの、お母さん。
これでもいいの、お父さん。
今日も夕焼け海に落ち、
銀色の夜がやってきた。

わたしは紅葉の柄の着物着て、
鏡の前で紅さします。
わたしはわたし、音も立てず、
今宵わたしは夢の中。