鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

闖入者

2007-09-15 23:54:46 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
ハヤブサの幼鳥 2007年8月 北海道十勝川下流域)


 渡り途中のシギ・チドリ類や繁殖を終えたカモ類で賑わう小さな湿地。午前十時過ぎ、照り付ける太陽に日中の暑さを思い知らされる頃、この場所は穏かさに包まれかけていた。先程まで忙しなく走り回って餌を探していたオジロトウネンやエリマキシギも、汀線の一ヶ所に腰を落ち着けて羽づくろいや休息の体勢に移っている。オシドリやマガモは一段高い陸地で、やはり緊張を解しつつある。早朝から彼らを観察していた私も、この雰囲気に呑まれるように睡魔に襲われながら、それでも上昇を続ける気温の不快さから、かろうじて水鳥たちを見つめていた。

オシドリ(オスのエクリプスまたは幼鳥)
2007年8月 北海道十勝川下流域
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オジロトウネン(幼鳥)
2007年8月 北海道十勝川下流域
内陸の湿地を好む小型のシギ類。「チリリリ…」というか細い声は虫のようだ。
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 ふと殺気を感じて正気に戻ると、今しがたまで寛いでいたシギたちが警戒声を発しながら乱舞している。ただならぬ気配に周囲を見渡せば、案の定、猛禽類の姿。ハヤブサの幼鳥が、熱気を切り裂かんばかりの俊敏さで飛び回っていた。ハヤブサは湿地を低空で掠め飛び、端に到達すると反転することを繰り返し、完全にハンティングモードに入っているようだ。
 昼前のまどろみから、一気に極度の緊張状態に突入した水鳥たちを観察していると、この突然の闖入者への対応が、分類群によって異なっていることに気が付いた。シギやチドリは前述の通り、飛び立って闇雲に逃げ回っている。ところが、カモ類は水面に留まり、ハヤブサが頭上を掠めると不得手なはずの潜水でこれを交わし、飛び立つ気配は一向に無い。一方、アオサギはハヤブサが通過する時だけ、面倒くさそうに首を竦めている。


エリマキシギ(幼鳥)
2007年8月 北海道十勝川下流域
日本では和名の「襟巻」とは無縁の、幼鳥や冬羽との出会いが大部分。いつか繁殖地でディスプレイに興じるオスの群を見てみたいものである。
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 アオサギはおそらく自身の体の大きさから、ハヤブサに襲われる可能性の低いことをわかっているのだろう。それでも、すぐ上を通過されると本能的に首を竦めてしまうものと思われる。カモ類の逃げないという選択肢は一見不利なようだが、ハヤブサの行動を考えると実に理にかなっている。ハヤブサの狩りの大部分は空中で、獲物に体当たりするか掴み取る形で行われる。飛び立っての逃避は、却って捕食される危険を増すことになるのだ。逆に、地上や水面にいる鳥に襲い掛かるオオタカなんかが来襲した場合には、カモ類は一斉に飛び立って逃げることを、これまで何度も観察している。熟練した野鳥観察者ですら識別に戸惑うことがあるオオタカとハヤブサを、瞬時で判別して適切な対応を取る彼らの能力には、生存が懸かっているとはいえ、驚きを禁じえない。


オオタカ(幼鳥)
2007年9月 北海道中川郡豊頃町
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 それでは何故シギたちはわざわざ危険な空中に逃げたのか?彼らの大部分が幼鳥で、経験が浅いからかもしれない。あるいは、カモ類とは違って潜水して難を逃れることが困難だからかもしれない。また、カモ類はこの地にいる期間が長く、ハヤブサの危険性を経験から知っていたが、到着したばかりのシギ類にはそれを知る機会が無かった可能性もある。


ヒバリシギ(幼鳥)
2007年9月 北海道十勝川下流域
オジロトウネン同様、内陸性の渉禽類。姿形や配色はウズラシギに似るが、遥かに小さく、トウネンと同サイズ。
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 ハヤブサにとっては生憎、水鳥たちにとっては幸いなことに狩りの試みは失敗に終わり、二分と経たぬ内に湿地の非常事態は、一羽の犠牲者も出さぬまま終焉を迎えた。がむしゃらに逃げ惑っていたシギ・チドリたちが舞い降り、カモ類が再び首を背に突っ込んで惰眠を貪り始めると、直前の騒動が嘘の様な静かな時間が流れ始めた。


ハヤブサ(幼鳥)
2007年9月 北海道中川郡幕別町
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ハヤブサ(成鳥)の飛翔
2007年3月 北海道十勝郡浦幌町
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(2007年9月15日   千嶋 淳)