鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

舟を彫る神

2008-06-17 23:54:00 | 鳥・夏
Photo
All Photos by Chishima,J.
クマゲラのオス 2008年5月 北海道十勝地方北部)


 芽吹ききった広葉樹の新緑と針葉樹の濃い緑、それにどこまでも澄んだ五月の青空が織り成す爽やかさに惹かれてふらっと入った林道の、入口近くで1羽の黒い鳥が地表近くを飛んで樹幹から樹幹へ移動した。双眼鏡を当てると、全身が真っ黒で頭頂部だけが深紅の、見事なまでのクマゲラのオスだ。若干こちらを気にしていた彼も、気配を殺してじっと待っているとじきに警戒を解除したようで、「キョーン」と普段よりはやや弱めに鳴きながら、何本かの幹を経由してこちらに向かい始めた。
 そして幾度かの移動の後、まさかと思っていた眼前の幹に彼は降り立った。カメラのファインダー越しに黄白色の虹彩と目が合い、幹をつつく音どころか木片がはらりと舞い落ちる音まで聞こえそうな距離だ。緊張と至福が交錯した時間は長いようで、また短いようでもあったが、彼は「キョーン」と再度弱々しく鳴くと飛び立って、森の少し奥に姿を隠した。付近の梢では、渡って来て間もない1羽のサメビタキが、ぐぜりとも練習中の囀りとも取れる複雑な音声を奏でている。


木を穿つクマゲラのオス
2008年5月 北海道十勝地方北部
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クマゲラ(オス)の飛翔
2008年5月 北海道十勝地方北部
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 クマゲラは、アイヌ語ではチプタ・チカプ(舟を彫る鳥)とかチプタ・チカプ・カムイ(舟を彫る鳥神)と呼ばれる地域が多い。他のキツツキ類は木に丸い穴しか開けないが、本種は細長く丸木舟のように彫ることから、その名があるという。この鳥が木に穴を掘るのを見て、丸木舟を作ることを知ったという伝説の残る地方もある。また、クマの居所を教えてくれたり、道に迷った時に道案内をしてくれる神様だとの言い伝えもある。北海道の山野を主な舞台にしていたアイヌの日常生活においては、それだけ馴染みの深い鳥だったのであろう。


クマゲラと思われる採餌痕
2008年6月 北海道日高山系
特に中央やその下方の穴は、通常のキツツキ類のような円形ではなく、長方形である。
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ヒグマの爪痕
2008年6月 北海道日高山系
トドマツの幹に、比較的新しい爪痕が生々しく残っていた。このような物を見つけたら、クマゲラに教えられるまでもなく、自己の存在をアピールしながら、安全な場所に移動した方が良い。
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 先週の十勝地方は、多くの日で最高気温が25度を超え、一段と色濃くなった木々の緑と、青さを増した空に、午後になると現れる積乱雲は、さながら盛夏のようであった。今思えば、クマゲラとの思いがけない出会いに胸ときめかせたあの爽やかな昼こそ、この地方の短い初夏だったのかもしれない。


山中の湖
2008年6月 北海道日高山系
すっかり日の長くなった夕刻、オオルリやツツドリの歌を聴きながら眺める湖面に映える山並みの緑や空の青の濃さ。それらは季節が盛夏に向けて着実に加速しつつあることを物語っている。
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(2008年6月17日   千嶋 淳)


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