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鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイドを行っていた千嶋淳(2018年没)の記録

十勝のカイツブリ類(前半)

2011-05-09 23:20:02 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
ハジロカイツブリの冬羽 2010年10月 北海道十勝郡浦幌町)


日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより174号」(2011年4月発行)より転載 一部を加筆、修正、写真を追加)


①カイツブリ
 ユーラシア大陸とアフリカ大陸の温帯、熱帯域に広く分布する種で、日本でも北海道から沖縄まで全国に分布します。十勝では多くが夏鳥として4月上旬に渡来して、十勝川中・下流沿いや海岸部の湖沼、流れの緩やかな河川等で見られます。渡来当初は漁港や海上でも見られます。全国的には最も普通のカイツブリ類ですが、十勝ではあまり多くありません。これは、一つには道東、道北が日本周辺の本種の分布の北・東限に当たり、元から数が多くないことによるものと思われます。道東でも東へ向かうに連れて少なくなり、根室管内で現在知られている繁殖地は一ヶ所のみです。さらに、帯広周辺等内陸部では河川の改修や埋立てによって、本種が生息できる池沼や止水域が減少していることが予想されます。ただ、これについては昔の生息状況が記録に残っていない(と思われる)ため、詳細は不明です。
 アカエリカイツブリのような派手な求愛行動こそないものの、繁殖期には「キリリリリ…」と鋭い声でよく鳴き、それによって存在に気付くことも少なくありません。夜間にも鳴きます。7~9月には1~数羽のヒナを連れた家族とも出会います。アカエリカイツブリもそうなのですが、4月に氷が解けてすぐ沼に入って来るものの、ヒナが出て来るのはそれよりずっと後、特に本種は9月頃になってヒナを見ることが多いです。早い時期には卵、ヒナが寒さや洪水で死んでしまうのか、それとも夏の終わりから秋にかけての方が餌条件が良好で、それに合わせて繁殖しているのかはわかりませんが、興味深い現象です。
 9~10月には主に湖沼で小群を形成し、10羽以上になることもあるので、一番目立ちます。沼が本格的に凍るより少し早く、10月下旬から11月上旬までに渡去しますが、数~10羽程度が帯広川河口付近で、カモ類とともに越冬します。


カイツブリ(夏羽)
2007年8月 北海道中川郡豊頃町
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カイツブリ(冬羽)
2010年12月 北海道中川郡幕別町
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②ハジロカイツブリ
 ユーラシア大陸の西部と東部、アフリカ、南北アメリカ等に飛び地的に分布します。日本へは冬鳥として、主に九州以北に渡来します。十勝では大部分が秋に旅鳥として通過し、それ以外の時期は少ないか稀です。渡来期は9月上旬と早く、同中・下旬にかけて数を増します。この時期には海岸近くや河川下流部沿いの湖沼、河川で観察されることが多く、育素多沼や幌岡大沼等海岸から比較的離れた水域や稀に仙美里ダムや阿寒湖等、山間部の湖沼にも現れます。たいてい1~数羽ですが、大面積の湖沼では数十羽になることもあります(例:2004年10月30日 豊頃町湧洞沼50羽前後)。結氷前の11月下旬までに湖沼を去り、多くは南へ渡去するものと思われます。
 厳冬期は波の静かな海上や漁港で見られますが、観察頻度はミミカイツブリやアカエリカイツブリよりずっと低くなります。ただし、海上では10~30羽程度の密集した小群になることがあります(例:2008年2月17日 大樹町晩成海上25羽以上)。3月頃まで時折海上で観察されますが、それ以降あまり見られなくなり、5月に夏羽が観察されることはあるものの、春の渡りは非常に不明瞭です。渡りコースが異なるか、降りることなく通過してしまうのでしょう。
 帯広畜産大学には、2002年8月31日に足寄町で拾得された本種の標本がありますが、メスの幼鳥ということで、おそらく秋の渡りの走りなのでしょう。道東での確実な越夏記録は、ないようです。


ハジロカイツブリ(夏羽)
2008年9月 北海道中川郡豊頃町
ハジロ、ミミともに渡来初期や渡去期には夏羽を見ることがある。
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病気と思われるハジロカイツブリ・冬羽
2008年11月 北海道野付郡別海町
嘴や目の周囲に腫瘍らしきものがいくつも見える。原因はわからないが、海洋汚染など人為由来の可能性もあるだろう。
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③ミミカイツブリ
 ユーラシア大陸から北アメリカの亜寒帯で繁殖し、日本へは冬鳥として全国に飛来します。十勝でも冬鳥で、ハジロカイツブリより遅く、10月中・下旬に渡来します。渡来初期には湧洞沼等の海跡湖で、ハジロカイツブリとともに観察されますが数はずっと少なく、1~数羽、多くても10羽程度です。ハジロカイツブリとは異なり、海岸から離れた湖沼ではまず見られません。11月下旬の結氷までに湖沼を去り、12月以降は波の静かな海上や漁港で観察されます。文献によっては本種を、「稀な冬鳥」や「渡来数は少ない」としていますが、冬の道東沿岸ではアカエリカイツブリと並んで普通のカイツブリ類であり、数も決して少なくありません。体が小さいので波があると見えづらいこと、まとまった群れは作らず、1~数羽が広い範囲に分散していること等から少ない鳥とされがちですが、波の穏やかな日に海上を望遠鏡で眺めてゆくと数十羽が確認されることがあります(例:2009年1月3日 豊頃町トイトッキ海上30羽以上)。根室の野付半島では、200羽以上の大群の観察記録もあります。
 春の渡りはハジロカイツブリ同様不明瞭ですが、それよりはよく観察されます。4月以降は夏羽の個体も観察され、稀に内陸部へも飛来します(2000年5月 帯広市十勝川など)。5月中・下旬までに渡去しますが、2008年7月20日には豊頃町大津の沼で磨滅した夏羽1羽が観察されました。付近で越夏したのか、繁殖失敗等できわめて早く渡来したのかわかりませんが、非常に稀な記録です。


ミミカイツブリ(冬羽)
2007年3月 北海道幌泉郡えりも町
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(2011年4月13日   千嶋 淳)



カイツブリ類とは

2011-05-06 23:18:55 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
魚をくわえて浮上したカイツブリの冬羽 2009年1月 北海道中川郡幕別町)


日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより174号」(2011年4月発行)より転載 一部を加筆、修正、写真を追加)

 カイツブリ類はカイツブリ目カイツブリ科の1目1科からなり、極地をのぞく世界全域から6属約22種が知られています。湖沼や河川など湿地環境に生息する水鳥で、種によっては非繁殖期に沿岸域も利用します。潜水を得意とし、水中で魚や甲殻類、水生昆虫などの無脊椎動物を捕え、水草の葉や種子を食べることもあります。体重130㌘のカイツブリから体重1500㌘のカンムリカイツブリまで、体は小~中型です。日本には2属5種が生息し(繁殖はそのうち3種)、すべての種が北海道また十勝地方からも記録があります(繁殖は2種)。
 カイツブリ類の体の各部を概観してみましょう。細長い嘴は先端が尖り、魚など餌の保持や突き刺しに適しています。翼は短くて丸みを帯び、飛び立ちには助走を必要とします。飛翔技術は高くありませんが、渡り時には長距離を飛ぶ種もあります。南米の高地の湖沼に生息するコバネカイツブリのように、飛翔力を失った種もいます。尾羽はごく短く綿羽のみで、体羽と区別が付きづらくなっています。カイツブリ類を近距離で見ても、尾羽がわからないのはそのためです。足は体の最後部に位置し(*注1)、陸上での直立や歩行は困難ですが、遊泳や潜水には適しています。足首が柔軟で、あらゆる方向に動かすことが可能です。各趾は幅広い葉状の弁膜となっており、自在に動かせる足とともに水を掻いて泳ぐのに役立ちます。このような弁膜を持つ足のことを弁足(べんそく)といい、ほかに弁足を持つ種としてはオオバンやヒレアシシギ類があります。羽色は一般的に雌雄同色で、繁殖期と非繁殖期で羽色が異なり、種によっては繁殖羽の頭部周辺に鮮やかな色や飾り羽が現れます。


カンムリカイツブリ(冬羽)の顔
2011年2月 北海道幌泉郡えりも町
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弁足(アカエリカイツブリ
2010年8月 北海道十勝川下流域
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 カイツブリ類の潜水は、密生した羽毛の間にある空気を排出し、気嚢(*注2)を空にすることによって行われます。そのため、翼や足をばたつかせる必要がなく、餌に静かに接近する、あるいは危険を感じた時に水中へ隠れるのに役立つことにくわえ、エネルギーの消費も最小に抑えることができる利点があります。水中では翼は使用せず、自在可動の弁足が推進力や舵の役割を果たします。


潜水中のカイツブリ
2006年12月 群馬県伊勢崎市
カイツブリの潜水については「モグリッチョ」の記事も参照。
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 種ごとに踊りや鳴き声を伴う多様な求愛行動が発達し、ハクスリー(*注3)らによるカンムリカイツブリの闘争やディスプレイの研究は、初期の動物行動学に大きく貢献しました。巣は湖沼の水面のヨシの生えている中や水中に繁茂する水草の上などに、水草の茎を支柱として草やコケ類で作られ、時にこの支柱がないこともあり、これが「鳰(にお、カイツブリの古名)の浮巣」と呼ばれる所以です。2~5卵を産み、抱卵中巣を離れる際、親鳥は水草で卵を覆い隠します。ヒナは早成性(*注4)で、孵化後すぐ水面へ出、親鳥から給餌を受けて育ちます。巣立ちまで2ヶ月以上を要する種もありますが、これは餌の魚や甲殻類を捕えるのに高度な技術が必要なためと考えられています。


ディスプレイの引き金(アカエリカイツブリ
2010年4月 北海道十勝川下流域
オス(右)がメスに水草や枯れ枝を渡し、それがきっかけとなって鳴き交わしや踊りなどのディスプレイに入る。
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水上の巣(アカエリカイツブリ
2010年6月 北海道十勝川下流域
本種に関しては「十勝川下流・河跡湖の鳥たち-②アカエリカイツブリ」の記事も参照。
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 カイツブリという和名の由来は、「掻きつ潜(むぐ)りつ」、あるいは「つぶり」が水に没する音と考える説があります。古名の鳰(にお)も「水に入る鳥」の転訛・略されたもので、いずれも水に潜る習性に因んだ名前といえます。古来、琵琶湖は「鳰の海」と呼ばれるほどカイツブリが多かったそうですが、そこでの越冬数や営巣密度は近年低下しています。オオクチバスやブルーギルといった外来魚類の増加によって、タナゴやモツゴの仲間などカイツブリの餌となる小型の魚類が減少したことが要因と考えられています。ほかにもオオクチバスによるヒナの捕食や、アカミミガメによる巣の占拠(甲羅干しの場所として)など外来種による影響が報告されており、いくつかの県ではレッドデータブック掲載種となっています。また、十勝川下流のアカエリカイツブリは農耕地内に残存する小湖沼で営巣するため、牧草や雑草の刈り取り、道路工事など人間活動に由来する繁殖撹乱を受けています。ハジロカイツブリ、アカエリカイツブリなど非繁殖期を海上で過ごす種は、船舶からの流出などによる油汚染の影響を被ることがあります。海外に目を向けると20世紀後半の数十年で、中南米のコロンビアカイツブリ、オオオビハシカイツブリ、マダガスカルのワキアカカイツブリの3種が絶滅しました(*注5)。コロンビアカイツブリでは、開発や汚染による生息環境の消失、オオオビハシカイツブリでは移入魚による餌資源の不足が、絶滅の主な要因とされています。カイツブリ類もほかの多くの鳥たちと同様、人間の影響を大きく受ける時代となっています。


ディスプレイ中のアカエリカイツブリ
2010年4月 北海道十勝川下流域
二つ前の写真で水草を渡した直後。まだ寒々しい湖面に「ケレケレケレ…アアア」とけたたましい声が響く。
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*注1:カンムリカイツブリ属の属名Podicepsは、ラテン語で「足のある臀部」、すなわち足が体の最後部に位置していることを意味する。
*注2 気嚢(きのう):鳥類が持つ呼吸器官。肺の前後に気嚢を持つことにより、効率的な呼吸を行うことができる。また、気嚢が内臓や筋肉、骨格にまで入り込むことによって鳥体を軽くし、飛翔を有利にしている。
*注3 ハクスリー:ジュリアン・ハクスリー(Sir Julian S. Huxley,1887-1975)。英国の動物学者、進化生物学者。20世紀中盤の進化の総合説成立に重要な役割を果たした。父方の祖父は自然選択説を強力に擁護し、「ダーウィンの番犬」の異名をとったトマス・ハクスリー。
*注4 早成性(そうせいせい):卵から孵化した時点でヒナの体が羽毛に覆われ、すぐに目も開いて活動できる種を早成性という。カモ、キジ、チドリなど地上性の鳥に多い。対して孵化した時点でヒナは赤裸で目も開いていない、多くのスズメ目鳥類のような種を晩成性(ばんせいせい)という。
*注5:それぞれの種で最後に個体が確認された年、絶滅が確認された年は、コロンビアカイツブリで1977、1982年、オオオビハシカイツブリで1989、1994年、ワキアカカイツブリで1985、2010年。


(2011年4月13日   千嶋 淳)


実際に十勝のカワウを見に行く

2010-10-19 19:10:39 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
ヤツメウナギ類を捕えたカワウとそれを追いかける他の個体 2009年9月 北海道十勝川中流域)


(日本野鳥の会十勝・会報「十勝野鳥だより172号」(2010年9月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 十勝川中・下流域でカワウが普通の夏鳥となった現在、同地域の各所で観察は可能です。川面を見渡せる場所にじっとしていれば小群が上空を通過して行く、あるいは1~数羽が泳いでいる姿を見ることは難しくありません。ですが折角ですので、カワウをめぐるいろいろな事象を垣間見られる場所として、十勝川中流域の幕別町にある千代田新水路周辺を紹介しておきましょう。

 千代田新水路は、言わずと知れた冬のオオワシ、オジロワシですっかり有名になった、2007年通水の人工水路です。帯広からは車で20分程度。冬のみならず一年を通して様々な野鳥を見ることができ、これまでに周辺で記録された鳥類は140種以上に上ります。カワウは春~秋に見られますが、数が多いのはやはり夏の終わりから秋にかけて。新水路内でも数~10羽程度見られることでしょう。水面を泳ぎながら活発に潜水を繰り返すのは、採餌中の個体です。ウ類は大きな魚を捕えた時には水面まで持って来て、苦心しながら食べるのですが、新水路内でそのような光景を見たことはありません。小さめの魚を主に食べているのでしょうか?陽射しの降り注ぐ日中には、河原で羽を広げて日光浴に興じる個体もいるはずです。実は、ウ類は多くの水鳥と違って尾羽付け根近くの尾脂腺から油を出しません。そのため水と羽毛の親和性が高く、水中を効率よく泳ぐことができるかわりに、定期的に羽毛を乾かす必要があるのです。


千代田新水路
2010年8月 北海道中川郡幕別町
最下流部の、本流との合流点付近。中州より右は本流だ。対岸の十勝ヶ丘では、猛禽類や小鳥の渡りが観察できる(詳しくは「十勝ヶ丘・主に秋」(前編)、(後編)の記事を参照)。
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 カワウの数が多いのは、新水路内よりも千代田堰堤下流など十勝川本流です。日によっては数十から100羽を超える群れが中州や水面に見られます。2009年9月には200羽を超える大群が飛来しましたが、この原稿を書くに当たって当時の写真を見返していたところ、少なからぬウミウも混じっていることがわかり、驚きました。ウミウがカワウとともに内陸部まで飛来しているという現象は大変面白い半面、識別により手間をかけなければならないかと思うと気分は複雑です。
 ところで、その200羽強の群れが飛来した時は、数十羽が常に千代田堰堤下流で採餌していました。何を食べているのか観察したところ、大部分はヤツメウナギの類でした。30cmを超えるヤツメは、カワウにとって余程魅力的な餌資源だったのでしょう。1羽がヤツメをくわえて浮上すると、すかさず1~数(最大で7)羽の他のウが集まって来て、それを奪おうと大乱闘を繰り広げました。「盗賊行為」の大部分は、魚を捕えたウが慌てて飲み込むことによって失敗に終わりましたが、中には引きちぎったり奪ったりして、思いを遂げたウもいました。そして、この大型魚に目を付けたのは仲間のウだけではありませんでした。ヤツメをくわえたウを、上空からオジロワシが襲撃してせしめようとする姿が、何回も観察されました。もっとも、成功率は半分程度だったので決して効率の良い狩りとはいえませんが。川底にいてワシには捕ることのできないヤツメが、物珍しかったのでしょうか。


ヤツメウナギ類を飲み込もうとするカワウ
2009年9月 北海道十勝川中流域
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他個体に追われ、ヤツメウナギ類を吐き出すカワウ
2009年9月 北海道十勝川中流域
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カワウからヤツメウナギ類を奪ったオジロワシ
2009年9月 北海道十勝川中流域
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 こうして眼前で展開されるカワウの、様々なドラマを目の当たりにしていると時が経つのもつい忘れてしまいます。季節は秋の渡り真っ只中。水位が適切なら、新水路内にはアオアシシギなど何種類かのシギチドリ類も見られるはずです。遡上を始めたシロザケを追って、オジロワシやカモメ類が河原に降りているかもしれません。ここでこのまま探鳥を続けるも良し、秋を告げに舞い降りたヒシクイの姿を訪ねて下流域へ脚を伸ばすのも良いでしょう。下流域でも各地の河原や湖沼でカワウの姿を見ることができます。十勝川河口近くには集団ねぐらもありますので、夕刻そっと訪れてみるのもまた楽しいひと時です。ただし、集団ねぐらというデリケートな場所ですので、大人数では行かない、大声や明かりを発しない、長時間滞在しないなど鳥への配慮もよろしくお願いします。


ヤツメウナギ類を引っ張り合う2羽のカワウ
2009年9月 北海道十勝川中流域
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(2010年9月20日   千嶋 淳)


どこが違う? カワウとウミウ

2010-10-16 22:04:20 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
①育雛中のカワウ 2006年9月 東京都台東区)


(日本野鳥の会十勝・会報「十勝野鳥だより172号」(2010年9月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 外見がとてもよく似たカワウとウミウは、その識別がしばしば問題となります。それでは、野外でカワウかウミウと思われるウと遭遇した時、どこに着目して、何を基準に判断すればよいのでしょうか?


1)まずは顔に注目してみよう
 
2種を区別する際に役立つ最大の特徴は、顔にあります。距離がある場合には顔の細かいパーツを見ることは難しいですが、それが可能なくらい近い場合や画像が得られて拡大可能な場合は、まず顔の以下の点に注目してみるとよいと思います。

a. 黄色い裸出部の後縁
 両種とも嘴の基部から顔にかけて、羽毛の生えていない、黄色い裸出部があります。この裸出部の後縁、特に下方の形に着目します。カワウでは目の下から喉にかけて、この黄色い部分はまっすぐ下方に落ち込むか、わずかに後方へ、やや丸みを帯びて落ち込んでいます(写真②)。一方、ウミウではこの部分の下の部分が前方(嘴方向)に対して切れ込んでいるため、口角の部分で三角形に尖って見えます(写真③)。


カワウ(生殖羽)の顔
2006年12月 群馬県伊勢崎市
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ウミウ(生殖羽)の顔
2009年5月 北海道厚岸郡厚岸町
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b. 頬の白色部
 どちらの種類も頬に白色部があります。この白色部の上の辺(目の後方のライン)に注目することで、識別可能な場合があります。成鳥の生殖羽では、カワウはまっすぐかやや下方に向かって伸びています(写真②)。ウミウではこの部分が、やや上(頭頂方向)に向かっており、結果として白色部分がより大きく見えます(写真③)。様々な季節や年齢からの写真を検証した結果、成鳥の生殖羽ではこの特徴は明瞭ですが、非生殖羽や若鳥では個体によって白色部の上部が不明瞭なことがあり、種の特徴が出ない場合があり、これは特にウミウの若い個体でその傾向があるようです(写真④、⑤)。


カワウ(若鳥)の顔
2007年10月 北海道十勝郡浦幌町
裸出部はカワウを示唆しているが、頬周辺の白色は不明瞭で「淡色部」程度。
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ウミウ(若鳥)の顔
2007年12月 北海道幌泉郡えりも町
裸出部は完全にウミウだが、頬の白色部は不明瞭。ただし、「淡色部」と考えればウミウ的ではある。
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2)成鳥なら上面の色も有効かも

 成鳥の生殖羽では、背や肩羽、雨覆など体上面の色が、カワウでは褐色みを帯びるのに対して、ウミウでは緑色みが強く、ある程度までの距離と光線条件下では識別可能です。ただし、この部分は太陽光の強さに応じて光沢の強さが変化するので、逆光や曇天時には注意が必要です。また、若鳥では両種とも褐色みを帯びるので、この特徴を用いることはできません。非生殖羽のウミウも緑色みを欠くため、秋冬には注意が必要です。ウミウの緑色みがいつまで使えるかはわかっていないと思われますが、10月上旬に撮影した亜成鳥の上面はウミウ特有の緑色みでした(写真⑦)ので、その時期くらいまでは有効な可能性があります。

3)その他

 体に対する翼の位置がカワウでは中央寄り(写真⑥)、ウミウではより後方(写真⑦)にあるため、飛翔時の識別に有効な場合がありますが、両種が混在していたり、画像が得られて比較可能な場合以外は、なかなか難しいと思います。


カワウの飛翔
2008年4月 北海道十勝郡浦幌町
左は生殖羽、右は若い個体であろう。
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ウミウ(亜成鳥)の飛翔
2006年10月 北海道根室市
一見成鳥風だが、喉や首の淡色等から若い個体であろう。秋の後半だが、背や翼は緑色みを帯びている。
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 ウミウの方が体重が重く、大型ですが、個体差もあるので識別の決め手に使うには難しいでしょう。混在している場合の発見のきっかけくらいには、なるかもしれません。
 一般にカワウは淡水や内湾で、ウミウは外海で見られるといわれますが、これも絶対的なものではなく、内陸にウミウが飛来することもあれば、外海でカワウを見ることもあります。実際、今年8月の厚内漁港(浦幌町)の、外海に面したテトラポッドには両種の混在する姿が見られました。


⑧内陸湿地に飛来したウミウの若鳥
2010年10月 北海道十勝郡浦幌町
海から遠くはないが、コガモやマガモが群れる淡水の湿地に飛来した1羽のウ。顔の裸出部は完全にウミウのものだった。
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 以上のように、カワウとウミウの識別はそれなりの距離で、典型的な個体の場合には十分可能ですが、必ずしもそうはいかないのが野外観察の大変なところです。距離が遠かったり、逆光、降雨、強風などの悪条件下では、満足のゆく観察ができないこともありますし、どちらともつかない特徴を示して判断に迷う個体も、もちろんいます。すべての個体を完全に識別するのはまず不可能と思って、気楽な気持ちで2種の識別に挑戦してみてはいかがでしょうか?


(2010年9月19日   千嶋 淳)



十勝のカワウ‐分布と飛来数の変遷‐

2010-10-14 16:16:08 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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All Photos by Chishima,J.
河原に降り立ったカワウの大群 2009年9月 北海道十勝川中流域)


(日本野鳥の会十勝・会報「十勝野鳥だより172号」(2010年9月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 近年、春から秋の十勝川中・下流域で探鳥していると、黒くて首の長い大型の鳥が飛んで行くのをよく見かけます。その大部分はカワウです。同地域で行われる探鳥会でも最近では毎回のように記録されるので、さも普通の鳥のように思われるかもしれませんが、実は10年ほど前まではほとんど見ることのできない鳥でした。
 カワウは従来、青森以南の本州、四国、九州に生息し、北海道ではまれな夏鳥として少数の記録がある程度でした。それらも写真や標本など客観的な証拠のある例は少ないと思われ、北海道にはほとんど分布しない鳥だったといえます。ところが、1999年4月に道央の江別市にある石狩川と篠津川の合流点に約100羽が飛来し、道北の幌延町では2001年に約30羽の営巣が道内で初めて確認され、2002年には約300羽が飛来しました。北海道に生息していなかったカワウが、2000年前後からその分布を拡大しつつある状況が窺えます。


翼を広げて乾かすカワウ
2010年8月 北海道十勝川中流域
ウ類は尾脂腺が未発達なため、羽毛の撥水性が失われやすい。そこで、定期的に乾かさなければならない。
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 十勝でのカワウ初記録は、1990年9、10月に足寄町仙美里ダムでの2羽で、「十勝野鳥だより(以下、たより)93号」には記事、「たより100号記念誌」には写真が掲載されています。ただし、記事には何をもってカワウと判定したのかが書かれておらず、写真も点であるため、これらからはウミウが内陸部に飛来した可能性を完全には否定できないと思います。仙美里ダムでは1995年9月にも1羽(「たより123号」に写真が掲載されていますが、種の判別は困難)、1994年8月にも新得町クッタリ湖で1羽が観察されています(「たより117号」)が、カワウと確認できる資料はないようです。これらがカワウだったとしても、1990年代には1~2羽がごくまれに飛来する程度だったのでしょう。
 次の記録は2001年5月、豊頃町十勝川河口での3羽です。観察者の一人は筆者で、残念ながら今のような機材はなかったため写真はありませんが、本州での鳥見経験がある数人と、望遠鏡を覗きながらカワウであることを確認しました。これをきっかけに十勝でのウを注意して見るようになり、2004年までの4年間で春と秋を中心に、十勝川下流域と十勝海岸湖沼群から14例の記録を得ることができました。ただ、2004年4月13日豊頃町カンカンビラでの60羽以外は1~15羽と少数で、記録をまとめた「十勝川下流域・十勝海岸におけるカワウの観察記録」(帯広百年記念館紀要 第23号)では、「2004年現在では春と秋に少数が通過する旅鳥」と結論づけました。これが2000年代前半の状況です。
 翌2005年から観察される頻度や数、エリアが大きくなり、個々の観察記録を集めて解析するのが困難になってきました。飛来数は3桁になっているかもしれないとの思いを抱きながらも、どのように把握するか思いあぐねていた2006年10月、十勝川河口付近の河畔林でカワウが集団ねぐらを形成しているのを発見しました。ねぐらで日没近くのカウントを行った結果、最大で404羽が確認され、十勝川下流域のカワウが数年前には思いもよらない規模で増加しつつあることが示唆されました。翌年以降の観察から、このねぐらは春から秋を通して利用されるものの、その数は春から夏に少なく、7月下旬以降急増し、9月から10月上旬に最大を迎えることがわかってきました。これは、同地域のカワウ飛来数の動向とも一致しています。そこで、秋期の集団ねぐらでの数を十勝川下流域への最少飛来数と位置付けることができると考え、以降この方法で数えています。2年目の2007年には早くも500羽を超え、2009年には900羽近くを数えるといった具合で、この地域への飛来数が増加していることがわかります(各年の最大数は、2006年404羽、2007年517羽、2008年702羽、2009年894羽)。


カワウの集団ねぐら
2009年9月 北海道十勝川下流域
ヤナギ類を主体とした河畔林の所々に、黒いウの姿が見える。枝や葉の一部は、糞で白く変色している。
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 飛来数の増加にともなって、これまでの下流域から中流域への飛来も目立つようになってきました。最初に中流域で観察したのは2006年5月、相生中島地区でのことでしたが、この時は6羽と少数で飛来の頻度も低いものでした。それが2008年頃から頻繁に群れが飛来するようになり、2009年9月には千代田堰堤下流でウミウを含む233羽の大群も確認されました。2010年現在、十勝川中流から下流の十勝川流域では、カワウは3月下旬に飛来し、11月中旬の渡去まで普通に観察される夏鳥で、その数は9~10月の秋期に最大になるといえます。
 ただし、不思議なことに繁殖はこれまで確認されていません。集団ねぐらも長期間にわたる利用で河畔林の枝葉は白く変色しているものの、巣はありません。それ以外の場所でも巣卵の確認例はないのです。釣り人なども多い十勝川のこと、どこかで集団繁殖したらニュースにでもなりそうですが、不思議なものです。このことと、7月下旬以降飛来数が増加することは、十勝のカワウの多くは春の渡来後、どこか別の営巣地で繁殖した後十勝へ戻って来て、湖沼や河川が結氷するまでの間を過ごす可能性もあると思います。
 そもそもなぜカワウは十勝を含む北海道に飛来するようになったのでしょうか?明確な答えは得られていませんが、おそらくは本州以南での個体数増加にともなう餌や空間の不足はその一因でしょう。各地で行われた駆除などの人間による圧迫も、生息域の拡大に拍車をかけたかもしれません。大陸からの飛来の可能性を指摘する人もいますが、証拠はありません。北海道のカワウに関する遺伝学的、形態学的な調査が必要とされています。


川面へ向けて降下するカワウの小群
2009年9月 北海道十勝川中流域
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 十勝地方におけるカワウの生息状況を時代ごとに整理すると、以下のようになります。
1980年代以前:記録なし。
1990年代:内陸部での不確実な数例の記録。迷鳥?
2000年代前半:十勝川下流域(海岸部含む)を春と秋に少数が通過する旅鳥。
2000年代後半:十勝川中・下流域で春~秋に普通の夏鳥で、数は秋に最大。繁殖未確認。

 生物の分布というのは本来、長い年月をかけて形成されるものなのでしょうが、十勝のカワウに関してはこの20年で激変していることがわかります。ウ類の中でもっとも繁栄した種といわれるカワウが今後も増え続けるのかどうか、それはわかりませんが今のペースで増加すれば、いずれ繁殖する日も来る可能性があります。十勝には、カワウとの深刻な軋轢が生じている本州のアユ漁業のような内水面漁業はないですが、サケ類の稚魚やシシャモなどは十勝川と密接に関連しており、何らかの影響を及ぼす可能性もあります。また、アオサギやカワアイサといった従来からの魚食性鳥類との関係も注目されるところです。十勝川周辺に鳥を見に出かけた時、ウの記録を残しておけば後々価値のあるものとなるかもしれません。地味な鳥ではありますが、ちょっとばかり注意を払ってみませんか?


カワウ(中央やや右)とカワアイサ
2010年8月 北海道十勝川中流域
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(2010年9月20日   千嶋 淳)

*十勝のカワウについては、以下の各記事も参照。
 「分布を変える鳥-十勝のメジロとカワウ-」 (2006年10月)
 「十勝のカワウその後」 (2006年11月)
 「雨上がり」 (2009年8月)
 「内陸進出!?」 (2009年9月)
 「鷲視耽耽」 (2009年9月)