前回提起した問題は国民経済レベルの労働分配率の問題で、企業が海外投資で得た利子・配当などの所得(第一次所得収支)は、海外で既に労働分配をおえているものですが、GDI(国民総所得=GDP+第一次所得収支)という形で考えれば、日本経済としては改めて労働分配率の対象にすべきかどうかという問題でした。
これは、付加価値の生産と分配の基本的な課題で、付加価値は人間が資本を使って生み出すものですから、生み出された付加価値は人間と資本にいかに分配される「べき」かという問題ということが出来るでしょう。
これには大きく分けて、2つの考え方があります。「貢献度による分配」と「目的(必要)による分配」という2つの考え方です。
これは、人間と資本への分配の在り方の場合にも、人間同士の中での貢献度による分配、という形でも考えられます。
例えば、人間同士の中での分配の場合で考えてみますと欧米流の「Job and Performance」型賃金制度は「貢献度による分配」重視で、日本の「伝統的年功賃金」は生計費という要素を取り入れているので、「目的(必要)による分配」に比重を置いているということが出来そうです。
そんな事も思いながら、Social animalである人間が作っている人間集団について付加価値の分配問題を一般化してみますと、人間集団の最小単位である家族の場合がまず出てきます。
家族の場合は、付加価値を生み出しているのは世帯主です。加えてその配偶者という2馬力の家族も増えています。
では家族内の分配はどうなっているでしょうか。子供がいます、何人かは家庭によりますが、稼ぎ頭の世帯主、その配偶者は、貢献度を主張しないのが普通です。必要経費だけを小遣いとしてもらって、生活は家族平等、そして、より重要な分配の対象になるのは子供です。多くの場合、最重要な分配は、子供の教育費です。
家庭の場合、付加価値(家計所得)の分配に貢献度は関係ないようです。何故でしょうか、理由は家族の主要目的は「子供たちの将来の成長発展」です。家族の中の分配は「目的による分配」です。老後のための貯蓄も、将来子供たちに迷惑を掛けないように、というのが理由でしょう。
次の人間集団は企業です。企業は付加価値生産に特化した人間集団です。したがって他の集団よりも、「貢献度による配分」を重視するようです。
企業の発展は技術革新による面が多いので、特にそうした面で個人的な貢献度による配分が重視される傾向が強いのでしょう。
しかし企業全体としては、企業の将来の成長発展を考える「目的のための分配」、さらに「社会貢献のための分配」(CSR:企業の評価を高める)の意識が重視されるようになりつつあります。
日本では企業は「公器」という見方が経営者の間にはかなり一般的で、労使関係でも、個人分配でも、社会に貢献するために企業の発展をという意識が強いようです(社是・社訓など)。
最後の人間集団は国です。国は国民のために、より豊かで快適な国・社会を創ることが目的で、そのために年々、より大きな付加価値(GDP)を生産しようと政府、企業、国民が、みな努力し、その成果がGDPの増加、つまり「より高い経済成長率」の実現であるという人間集団です。
その意味では、歴史的に見ても目的のために協力という意識が強く、付加価値配分が偏り格差が拡大することは良くないという意識が強いようです。
日本の場合、この所の経営サイドからも言われる賃上げの重視、輸入物価上昇の価格転嫁の積極化などの動きは、皆の協力を前提にし、格差社会化を嫌う日本社会の性向を示しているようです。
こうして見てきますと、日本社会の基本的な考え方は、企業の発展も経済成長も皆の協力の成果で、付加価値の分配の基本は偏りによる格差の拡大を排して、広く協力を生かし、それによる付加価値生産の向上、高度化を考えるという方向に向いているように思う所です。
国際環境の変化、特に国際投資行動や為替変動の激しい中で、意図せざる付加価値配分の偏りが起きやすい状況があります。
そうした状況に敏感に気付きつつ、付加価値の配分が先行きの社会の安定と成長を的確に実現するような「目的指向の分配」が最も大事のように考えるところです。