tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

どんな社会で格差が拡大するのか

2021年06月22日 17時31分36秒 | 文化社会
どんな社会で格差が拡大するのか
中世、西洋では王様が国を治め、日本では殿様が藩を治めていた時には、格差は殿様次第だったのでしょう。領民の生活水準を豊かに保った領主は、名君として慕われ、苛斂誅求で領主だけが贅沢三昧ということろは通常長続きしなかった(サステイナブルでなかった)ようです。
 
大航海時代から産業革命と社会は進歩しますと、今度は資本を蓄積の個人や職業間の偏りが大きくなり、典型的には資本家と労働者の所得格差が拡大して、社会主義・共産主義思想が生まれます。
結局、初期の資本主義は格差の拡大のせいで、サステイナブルではなかったようで、一部には共産主義革命で、平等を志向する国が生まれたりします。
 
そうした国にはどうなったかと言いますと、平等を確保するために政治権力が強化され、結果は政権中枢に富が集中し、国民はいわば平等な配給で暮らし、政権中枢は苛斂誅求の封建領主のようになって、政権中枢と国民の間の格差は巨大になるり、民心は離反、サステイナブルではなくなり国家崩壊(典型的な例がソ連邦)となるようです。
 
革命まで至らな国では、政権がサステイナブルな社会にするために部分的に社会主義を取り入れ、累進課税、社会保障政策などで、較差の拡大を防ぎ、資本主義の社会主義化などといわれながら格差社会化の進展を防ぎ、サステイナビリティを確保してきました。
 
イギリスの「揺籃から墓場まで」の社会保障や、北欧のジニ係数を低く抑える福祉国家政策が、結局は生き残ったのです。
 
此処までのところは、資本主義の福祉社会化が、格差拡大を防ぎ、サステイナブルな経済社会への重要な道筋と考えられましたが、そこにも多少の落とし穴がありました。
 
それは、福祉、社会保障のための負担が次第に過重になり、国の生み出す付加価値、GDPに占める資本蓄積の部分を狭め、開発のための原動力としての資本蓄積が弱くなるという問題でした。
 
結局国は不足する開発のための投資資金を借金である「国債発行」に求め、財政の不健全さが増し、サステイナブルな経済発展を阻害することになったのです。
 
この状態は、現象としては、いわゆる「スタグフレーション」という形で現れ、その是正のために模索された政策が、資本主義の本卦帰りでもある「新自由主義」だったようです。
 
これがまさに、レーガン革命、サッチャリズムなどに代表される動きで今日に至る状況になっているようです。
 
確かにこれは、スタグフレーションという当時の社会主義的資本主義の行きづまり状態から脱出して、より安定で、サステイナブルな経済社会に向かうためには適切な方向だったのですが、それが政権交代による保守政権によって行われたことから、新自由主義は、政権が強行するもの(典型的な例は、サッチャー政権は、イギリスの世界に冠たる最低賃金制を一時廃止しています)というイメージが生まれたようで(政権による既得権打破が新自由主義だといった誤解も生まれ、あちこちで混乱があるようです。
 
日本でも、小泉政権の郵政改革や、安倍政権の「決める政治」、菅政権の説明のない強硬策などが新自由主義のように言われたりしています。
 
詰まる所、格差社会化というのは、GDPを国民の間でいかに分配するかということで、それには2つの側面があるようです。

1つは、国民が今日の豊かさを享受する消費支出と、明日への開発を生み出す資本蓄積にどう分けるか、
もう1つは、消費支出への分配の中で、所得格差がどの程度まで認められるのかという問題です。

通常、格差問題とは後者を差しますが、スタグフレーションの問題は前者の問題です。

SDGsに「D」すなわち開発という言葉がある以上、上の2つの問題を適切に処理できないと、SDGsは達成できないという事でしょう。

そしてもう一つ新しい問題が発生したのです。それはマネー資本主義と格差社会化の問題、それとサステイナビリティの奇妙な三角関係です。
長くなるので、この問題は次回にします。







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