tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

新型コロナで試される国の姿

2020年04月15日 23時08分43秒 | 文化社会
新型コロナで試される国の姿
 進化の頂点の位し、地球の自然を自分たちにとって最も便利なように利用もし、改造さえもしようと驕りを極めてきたホモサピエンス(現在の人間)ですが、ここにきて、自然からの種々の報復を受けているようです。

 すでに人間自身気がついて、何とかしなければと行動し始めているのが地球環境問題、気候変動ですが、行動は遅々としているようです。
 そこに今度は新たに新型コロナウィルスが現れ、今、人間は その対応に大童です。

 気候変動の場合は、まだ言い訳が利く面もあるでしょうが、新形コロナウィルスの場合は対応を誤ればたちどころに死が待っているのですから、これは言い訳で済ませたり、対応をサボったりするわけにはいきません。

 つまり、今人類は試されているのです。
 現実に対策を迫られているのは、それぞれの国ということになります。という事は、それぞれの国が「公平に」ガバナンスの在り方を試されているのです。

 新型コロナウィルスは、国の名声や人種や性別について差別することはないでしょうから、その活動はどの国に対しても、その国の人々に対しても平等でしょう。

 さて、こういう現実から何が解るのでしょうか。未だに、コロナウィルスに対応できる治療薬も、ワクチンも開発されていません。これらが開発されれば、人間は新型コロナウィルスを倒す強力な武器を持つことになりますが、今は、人間と新型コロナウィルスはまさに「素手で」闘わなければならないのです。

 「素手で」闘うときの方法論が、マスク、手洗いの励行、3密回避、クラスターを作らない、外出自粛(禁止)・・といった防御努力でしょう。
 そして、運悪く感染の場合は、既存の医療システムで何とか凌ぐことしか方法はありません。

 そこで現状ですが、どの国も「素手で」対応しているのですが、その中でも国によって深刻さにかなりの違いがあります。
 その差が何によって生じるか考えてみますと、おそらく、それぞれの国の「政府の認識と行動」「医療制度・設備のレベル」「国民の理解力と意識・行動様式」などでしょう。

 今、良い例として報じられているのは、台湾、シンガポール、韓国、オーストリアなどですが、日本はどうでしょうか。
 
  日本の場合、感染防止のための政府の指示は何かモタモタで、東京都に促されたような形でした。医療設備、ICUの病床やコロナ対応医療機器は極端に不足し、今、ニュースでも感染者たらいまわしの例の報告をしていました。

 そうすると頼れるのは、国民一人ひとりがいかに問題の深刻さを理解し、意識して感染防止の行動を確りとることで、対策の成果は、それにかにかかっているという事ではないでしょうか。

 国際的な感染者、死者の統計を横目に見、国それぞれのデータの違いの原因を考えながら、日本として、我々自身として、何ができるか、何をすべきかを考えつつ日々を過ごすことがやはり最も大事なのではないかと思うところです。

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