京急(京浜急行電鉄)には有名な「ドレミファインバータ」を搭載した車両がある。制御装置にドイツ・シーメンス社製の VVVFインバータ制御を採用した車両のことであり、発車する時に電動機及びインバータ装置から発せられる磁励音が音階に聴こえるのが特徴である。このことから鉄道マニア界隈では「ドレミファインバータ」と呼称されている。
「ドレミファ」と言われると、何となく「メジャースケール(長調の音階)」のイメージで捉えてしまうが、実は実際に鳴っている音階は「マイナー(短調)」である。京急車両が発する実際の音を聴いてみたが、ト短調の自然短音階(ナチュラルマイナースケール)であった。(*1) 五線譜で示すと下記の通りである。
ト短調(Gマイナー)のナチュラルマイナースケール
音楽に馴染みがない人に少しでもわかりやすくハ短調(ドから始まる音階)に移調して記譜すると下記の通りである。
ハ短調(Cマイナー)のナチュラルマイナースケール
音階(スケール)が長調か短調か区別されるのは第3音がナチュラルかフラットするかで決まってくる。上記譜面をご覧頂ければお判りのように第3音はフラットしているので短調(マイナー)である。そして、ナチュラルマイナースケールの特徴として、第6音と第7音がフラットする事が挙げられる。
京急の「ドレミファインバータ」からはこのト短調(Gマイナー)の自然短音階(ナチュラルマイナースケール)を下から順に鳴らしたものが聴こえる・・・のだが、実際にはスケールの最初の音であるG(ソ)の前に2音ほど付加されており、その2音の後に続けてGのナチュラルマイナースケールが鳴らされるのである。従って、実際にドレミファ・インバータから聴こえてくるサウンドを敢えて譜面にすると下記のようになる。
「ドレミファ・インバータ」から実際に発せられるメロディー
最初の2音というのはこのスケールの第6音(ミ♭)と第7音(ファ)だ。この2音に続けてGナチュラルマイナースケールが下から順に鳴らされてゆくのである。
ところで、この京急・ドレミファインバータを扱ったWEB上の記事を見るとしばしば
『実際の音階としては「ドレミファ……」ではなく「ファソラシドレミファソー」だそうです。』
といった記述が見られるが、これは間違い(*2)であり、本当は上述のようにGマイナーのナチュラルマイナースケールに最初の2音が付加されて鳴らされているのである。(*3) WEB上の記事に準じて表記するなら
「ミ♭・ファ・ソ・ラ・シ♭・ド・レ・ミ♭・ファ・ソ~」
となる。
実際の場面では電車の加速度合いに依ってメロディーが鳴るテンポが速かったり遅めだったり、色々な鳴り方になるところも興味深い。
音楽に多少詳しい人向けに付記しておくが、自然短音階(ナチュラルマイナースケール)は教会旋法(グレゴリアン・モード)に照らし合わせると「エオリアン・モード」に相当する。(*4) ちなみにハ長調(Cメージャー)のいわゆるおなじみのドレミファ~の音階は「イオニアン・モード」に相当する。シーメンス社が音楽文化が豊かな国であるドイツのメーカーであることを考えると、こうした音階や旋法を意識してあのインバータ音をチューニングしたのであろうことは間違いないところだ。面白い事である。
最後に寂しい情報を記す。
シーメンス社は2019年をもって日本から撤退したそうである。現在の日本でこのインバータ作動音が聴ける車両は減り続けており、残るは京急の車両の中でもある特定の1編成のみとなっているらしい。知らない間に絶滅危惧種になっていたようである。寂しい話だ。この楽しいインバータ音を生で体験するのであれば今のうちに…ということになりそうだ。
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(*1)
WEB上には「変ロ長調である」とする記事も見かけられたが、実際に鳴らされるメロディーがソ(G)始まりでオクターブ上のソ(G)で終わるのでト短調(Gマイナー)解釈で間違いない。なお、変ロ長調(B♭メージャー)はト短調の平行調(パラレルキー)なので構成音は全く同じである。スタート音が違うだけだ。
(*2)
ちなみに「ファソラシドレミファソー」だと「Fのリディアンスケール」であり、マイナー(短調)ではなくメージャー(長調)のスケールである。
(*3)
メロディーが前の小節からスタートしている形、すなわち音楽用語で言う「弱起(アウフタクト)」である。
(*4)
WEB上には「ドリアン・モード」とする記事も見かけるが、これも間違いである。音階上の6度がナチュラルならドリアンだが、実際に聴こえる6度はフラットしている。従ってエオリアンが正解である。
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<2021年6月27日:追記>
京急電鉄は6月25日にドレミファインバータ搭載の「歌う電車」の最後の1編成が2021年夏に引退することを発表した。
京急電鉄では引退にちなんで
「さよならドレミファインバータ♪」イベント
を実施するということである。
<2021年10月22日:追記>
「通称「ドレミファインバータ」は運行を終了しました」
<2023年4月25日:追記>
2023年4月23日深夜にBSフジで放送された番組「Let’sトレ活!」の「京急のエース車両」という特集があった。(2022年放送分の再放送)
司会の久野知美さんとゲストの土屋礼央氏(RAG FAIR)の会話の中で京急のドレミファ・インバーターの話題が出た。きっかけは久野知美さんであり、「あれはドレミファではないそうですね」と切り出した。それに対して土屋礼央氏は「あれはファソラシインバーターです」「なんかよく判らない音階です」などとコメントした。
二人共、ベテランの鉄道オタクであるにも関わらず、ドレミファインバーターへの理解があまりにいい加減であることに喫驚した。まして、土屋礼央氏はプロのミュージシャンである。音楽家であるにも関わらず、あの音階をきちんと認識していなかった事は驚きであると共に、怠慢も感じられるところである。残念なことだ。
土屋氏が「ファソラシ」と言ったのは、当記事本文中にある「ファソラシドレミファソーだそうです」という間違ったWEB記事と同じ説明であり、土屋氏がこの音階を全く理解せず把握も出来ていない事がわかるのだ。そもそも実際の音階はマイナースケール(短調の音階)なのに、土屋氏が言った「ファソラシ~」はメジャースケール(長調音階)である。根本的に間違っており、何をか言わんや、である。
<2024年3月26日:追記>
Googleの検索で「京急 ドレミファインバーター」と検索すると「~音階は?」という項目が出てきて、そこを見ると例の「ファ・ソ・ラ・シ~」という間違った情報が書かれている。驚いたものである。天下のGoogle検索結果に「嘘の情報」「間違った情報」が掲載されているのだ。もっとも、Googleは既存のWEBページの情報を収集して出しているだけなのだろうが。それにしても堂々と「嘘」を掲載しているのは困ったものである。
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「ドレミファ」と言われると、何となく「メジャースケール(長調の音階)」のイメージで捉えてしまうが、実は実際に鳴っている音階は「マイナー(短調)」である。京急車両が発する実際の音を聴いてみたが、ト短調の自然短音階(ナチュラルマイナースケール)であった。(*1) 五線譜で示すと下記の通りである。
ト短調(Gマイナー)のナチュラルマイナースケール
音楽に馴染みがない人に少しでもわかりやすくハ短調(ドから始まる音階)に移調して記譜すると下記の通りである。
ハ短調(Cマイナー)のナチュラルマイナースケール
音階(スケール)が長調か短調か区別されるのは第3音がナチュラルかフラットするかで決まってくる。上記譜面をご覧頂ければお判りのように第3音はフラットしているので短調(マイナー)である。そして、ナチュラルマイナースケールの特徴として、第6音と第7音がフラットする事が挙げられる。
京急の「ドレミファインバータ」からはこのト短調(Gマイナー)の自然短音階(ナチュラルマイナースケール)を下から順に鳴らしたものが聴こえる・・・のだが、実際にはスケールの最初の音であるG(ソ)の前に2音ほど付加されており、その2音の後に続けてGのナチュラルマイナースケールが鳴らされるのである。従って、実際にドレミファ・インバータから聴こえてくるサウンドを敢えて譜面にすると下記のようになる。
「ドレミファ・インバータ」から実際に発せられるメロディー
最初の2音というのはこのスケールの第6音(ミ♭)と第7音(ファ)だ。この2音に続けてGナチュラルマイナースケールが下から順に鳴らされてゆくのである。
ところで、この京急・ドレミファインバータを扱ったWEB上の記事を見るとしばしば
『実際の音階としては「ドレミファ……」ではなく「ファソラシドレミファソー」だそうです。』
といった記述が見られるが、これは間違い(*2)であり、本当は上述のようにGマイナーのナチュラルマイナースケールに最初の2音が付加されて鳴らされているのである。(*3) WEB上の記事に準じて表記するなら
「ミ♭・ファ・ソ・ラ・シ♭・ド・レ・ミ♭・ファ・ソ~」
となる。
実際の場面では電車の加速度合いに依ってメロディーが鳴るテンポが速かったり遅めだったり、色々な鳴り方になるところも興味深い。
音楽に多少詳しい人向けに付記しておくが、自然短音階(ナチュラルマイナースケール)は教会旋法(グレゴリアン・モード)に照らし合わせると「エオリアン・モード」に相当する。(*4) ちなみにハ長調(Cメージャー)のいわゆるおなじみのドレミファ~の音階は「イオニアン・モード」に相当する。シーメンス社が音楽文化が豊かな国であるドイツのメーカーであることを考えると、こうした音階や旋法を意識してあのインバータ音をチューニングしたのであろうことは間違いないところだ。面白い事である。
最後に寂しい情報を記す。
シーメンス社は2019年をもって日本から撤退したそうである。現在の日本でこのインバータ作動音が聴ける車両は減り続けており、残るは京急の車両の中でもある特定の1編成のみとなっているらしい。知らない間に絶滅危惧種になっていたようである。寂しい話だ。この楽しいインバータ音を生で体験するのであれば今のうちに…ということになりそうだ。
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(*1)
WEB上には「変ロ長調である」とする記事も見かけられたが、実際に鳴らされるメロディーがソ(G)始まりでオクターブ上のソ(G)で終わるのでト短調(Gマイナー)解釈で間違いない。なお、変ロ長調(B♭メージャー)はト短調の平行調(パラレルキー)なので構成音は全く同じである。スタート音が違うだけだ。
(*2)
ちなみに「ファソラシドレミファソー」だと「Fのリディアンスケール」であり、マイナー(短調)ではなくメージャー(長調)のスケールである。
(*3)
メロディーが前の小節からスタートしている形、すなわち音楽用語で言う「弱起(アウフタクト)」である。
(*4)
WEB上には「ドリアン・モード」とする記事も見かけるが、これも間違いである。音階上の6度がナチュラルならドリアンだが、実際に聴こえる6度はフラットしている。従ってエオリアンが正解である。
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<2021年6月27日:追記>
京急電鉄は6月25日にドレミファインバータ搭載の「歌う電車」の最後の1編成が2021年夏に引退することを発表した。
京急電鉄では引退にちなんで
「さよならドレミファインバータ♪」イベント
を実施するということである。
<2021年10月22日:追記>
「通称「ドレミファインバータ」は運行を終了しました」
<2023年4月25日:追記>
2023年4月23日深夜にBSフジで放送された番組「Let’sトレ活!」の「京急のエース車両」という特集があった。(2022年放送分の再放送)
司会の久野知美さんとゲストの土屋礼央氏(RAG FAIR)の会話の中で京急のドレミファ・インバーターの話題が出た。きっかけは久野知美さんであり、「あれはドレミファではないそうですね」と切り出した。それに対して土屋礼央氏は「あれはファソラシインバーターです」「なんかよく判らない音階です」などとコメントした。
二人共、ベテランの鉄道オタクであるにも関わらず、ドレミファインバーターへの理解があまりにいい加減であることに喫驚した。まして、土屋礼央氏はプロのミュージシャンである。音楽家であるにも関わらず、あの音階をきちんと認識していなかった事は驚きであると共に、怠慢も感じられるところである。残念なことだ。
土屋氏が「ファソラシ」と言ったのは、当記事本文中にある「ファソラシドレミファソーだそうです」という間違ったWEB記事と同じ説明であり、土屋氏がこの音階を全く理解せず把握も出来ていない事がわかるのだ。そもそも実際の音階はマイナースケール(短調の音階)なのに、土屋氏が言った「ファソラシ~」はメジャースケール(長調音階)である。根本的に間違っており、何をか言わんや、である。
<2024年3月26日:追記>
Googleの検索で「京急 ドレミファインバーター」と検索すると「~音階は?」という項目が出てきて、そこを見ると例の「ファ・ソ・ラ・シ~」という間違った情報が書かれている。驚いたものである。天下のGoogle検索結果に「嘘の情報」「間違った情報」が掲載されているのだ。もっとも、Googleは既存のWEBページの情報を収集して出しているだけなのだろうが。それにしても堂々と「嘘」を掲載しているのは困ったものである。
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