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Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

マイ・ニューヨーク・ダイアリー

2022-06-02 | 映画(ま行)

◼️「マイ・ニューヨーク・ダイアリー/My Salinger Year」(2020年・カナダ=アイルランド)

監督=フィリップ・ファラルドー
主演=マーガレット・ケアリー シガニー・ウィーバー ダグラス・ブース サーナ・カーズレイク

舞台は1990年代。作家志望のジョアンナは、ニューヨークの出版エージェントでアシスタントとして働き始める。上司のマーガレットが担当するのはサリンジャー。世間を避けて暮らしていて、ファンレターは受け取らないので、世界中から届くファンレターに冷たい返事を送り続けるのがジョアンナの主な仕事。ある日、マーガレット宛てにサリンジャーから電話がかかってくる。顔を合わせることのないジョアンナとサリンジャーのやりとりが始まった。

原題はMy Salinger Year。原題とはかけ離れた"なんちゃらダイアリー"と邦題がつく映画はいくつかあるが、どれもオリジナルのニュアンスが生きてないのが残念。せめて本作は「サリンジャーと私」くらいにしてくれたらいいのに。でも、海外の現代文学作家の名前を掲げても、ピンとこないくらいに活字離れは進んでいるのが現実。だから"私のニューヨーク日記"なのかな。

タイトルで損してるとは思うが、この映画は予想以上の秀作。活字文化と文学に対するリスペクトが感じられるし、人間模様に温かな気持ちになれる。サリンジャーと電話でやりとりをする間に、ジョアンナはサリンジャーの人柄に触れる。作家志望だと聞いてジョアンナに「一日15分でいいから書きなさい」とアドバイスをくれる。ネットにレビューをアップしてる僕らも文章にすることで、自分の感想や作品への気持ちを整理するのに役立っている。続けることはサリンジャーが言うように大事なことかと。

パソコンやインターネットがまだ珍しかった90年代が舞台。会社にパソコンが導入されるが、宝のもちぐされになってるのも当時の空気感。メールも今のみたいに多くの人が使ってないし、スマホもない時代。サリンジャーへのファンレターも当然手紙。そこに綴られる読者の熱い気持ちをイメージにしている描写も印象的だ。「ライ麦畑でつかまえて」は多くの共感を呼んだ。その気持ちをジョアンナが手紙から感じ取るのだが、それを送り主に語らせる演出。それは手紙に込められた強い気持ちを表現さるのではなく、駄文の返事を送らねばならないジョアンナに彼らの言葉がいかにプレッシャーを与えていたかが伝わってくる。

ジョアンナのアイディアや感覚が古い価値観で固められていた会社や上司に影響を与えていくエピソードの積み重ねがいい。でもハリウッドのサクセスストーリーの痛快さとは違って、ジョアンナが成長していく一つ一つのエピソードは、自分の気持ちが通じた小さな嬉しさの積み重ねだ。それは「プラダを着た悪魔」とも違うし「ワーキング・ガール」とも違う。あ、「ワーキング・ガール」の上司もシガニー・ウィーバーだったw。今回は部下のアイディアを盗むような悪役ではありません、ご安心を。カナダとアイルランドの合作というのは珍しい。テイストが違うのは製作陣が目指すベクトルが違うんだろう。詩集の出版をめぐる対立、サリンジャーを守ろうとするクライマックスが素敵だ。

サリンジャー自身についての知識を補充すると、この映画の背景がよく理解できると思う。ニコラス・ホルトがサリンジャーを演じた「ライ麦畑の反逆児」を合わせて観ることをオススメ。「ライ麦畑でつかまえて」がいかに読者に影響を与えたか、それが彼の生活をどう変えることになったかを知ることは、「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」を観る上でよいガイドになることだろう。



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マネキン

2022-04-29 | 映画(ま行)

◼️「マネキン/Mannequin」(1987年・アメリカ)

監督=マイケル・ゴッドリーブ
主演=アンドリュー・マッカーシー キム・キャトラル G・W・ベイリー ジェームズ・スペイダー

アンドリュー・マッカーシーは、80年代に"ブラット・パック"と呼ばれた青春映画スターたちの一員として括られる存在だ。しかし出演作のどれもが、タイプの違う誰かと比較される対象だったり、グループの中でもどこか独自路線だったり、悪く言えばやや浮いてる存在に見えた。主役の映画でも共演者の誰かの熱演で印象に残らない。ちょっとかわいそうなイメージがある。だけど僕はけっこうアンドリューが好きで、「セント・エルモス・ファイアー」の文筆家に憧れる帽子がトレードマークの地味な青年に、ちょっと自分を重ねていたのだ。

さて。そんなアンドリューの主演作「マネキン」。今回は対等の立場になる共演男優がいない。やんちゃなエミリオ兄ちゃんもいなければ、なりきり演技で場をかっさらうなんちゃらJr.もいない。レギュラーメンバー的な共演者は、ちょい悪上手のジェームズ・スペイダーくらい。さあアンドリュー!弾けちゃってくれ!そんな僕の期待どおりのアンドリューが見られる。公開当時、僕は硬派な映画ファンを貫いてこの手のラブコメを避けていたから、今回が初鑑賞だ。

これまでアンドリューが演じてきた優等生タイプとは違うちょっとダメ男。しかし、芸術家志望で変なこだわりがあるもんだから仕事もうまくいかないキャラクターは、周囲の人々と違った感覚をもつこれまでのキャラとも通ずる。映画冒頭のチープなエジプトの場面から、お気楽80年代映画の空気感。改めて今観ると微笑ましくて楽しいじゃない。唐突に人間になるマネキンのエミーは、彼の前でしか人間の姿になれなくて、他の人にはただのマネキン人形にしか見えない。彼は人形を恋人にする変わり者として周囲から見られるのだが、気味悪がられるどころか周囲が受け入れてる感じがちょっと違和感。同僚のオカマが性的嗜好の一つとして認めてくれる描写はいい。今のジェンダー感覚でリメイクしても面白いかも。

後に「SATC」で人気者になる若きキム・キャトラルも見どころの一つ。夜のデパートを舞台に衣装も取っ替え引っ替え、踊ってはしゃいでイチャイチャして。閉店後のデパート店内デートって、古くはチャップリンの「モダンタイムス」にも登場する。誰にも邪魔されない素敵なシチュエーション。朝目覚めて注目を浴びる…って展開も同じだな。

あの頃の僕なら冷めて見てたお気楽な結末も、今なら微笑ましく思える。そんなラストシーンを飾るのは、Starshipの大ヒット曲Nothig's Gonna Stop Us Now(愛は止まらない)。いい曲だ。

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モンテーニュ通りのカフェ

2022-03-21 | 映画(ま行)





◼️「モンテーニュ通りのカフェ/Fauteuils D’Orchestre」(2006年・フランス)

監督=ダニエル・トンプソン
主演=セシル・ドゥ・フランス ヴァレリー・ルメルシエ アルベール・デュポンテル クロード・ブラッスール

「セレブに憧れるけど、なる方法がわからない。だからそこで働くことにしたのよ」
という若い頃を語った祖母の言葉で、田舎町からパリにやってきたヒロイン。高級なブティックも立ち並ぶモンテーニュ通りのカフェで働くことになった。近所には劇場、ホテル、ギャラリー。彼女はテレビ女優、劇場の管理人、個人のコレクションをオークションに出す老人とその息子、様々な人間模様が描かれる。彼女を通じてつながる人と人、そして彼女の成長物語が心地良い好編。

会話劇中心のフランス映画は、作品によっては飽きてしまう。しかしこの映画は多彩な登場人物がいて、キャラクターがきちんと描き分けられているから飽きないし、大げさな表現かもしれないが人生がにじんでるように思えるからもっと観ていたくなる。長年かけて集めたコレクションを手放す男性の寂しさ、もう若くないテレビ女優の焦る気持ち、劇場管理人の女性が若い頃に出会ったエディット・ピアフやジルベール・ベコーへの思いを語る様子。そして男と女のすれ違いと出会い。

脚本家ダニエル・トンプソンの監督作。おばあちゃんっ子のヒロインは、脚本を手がけたヒット作「ラ・ブーム」のビックとの共通点。年齢の離れた人とのコミュニケーションに遠慮がないヒロインだから、カフェに集う様々な人とつながることができたとも思える。大事なことだ。映画の原題は舞台下のオーケストラシートを意味する。劇中の台詞にも出てくるが"近づきすぎると全体が見えなくなる"ということらしい。物の見え方って人それぞれ。

パリの現地を知っていたらさぞかしワクワクする映画だろうな。テレビなどで見慣れたパリの風景だけど、そこで生きる人々が加わることで風景が変わって見えるから、映画って不思議。だから楽しい。「帰っておいで」などジルベール・ベコーの名曲が流れたのも嬉しい。

アメリカ人映画監督役をシドニー・ポラック監督、ヒロインと恋におちる男性は監督の息子クリストファー・トンプソン、その父親役は「ラ・ブーム」のお父ちゃんクロード・ブラッスール。トンプソン監督の群像劇、なかなか楽しかった。





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耳に残るのは君の歌声

2022-02-12 | 映画(ま行)

◼️「耳に残るのは君の歌声/The Man Who Cried」(2000年・イギリス=フランス)

監督=サリー・ポッター
主演=クリスティーナ・リッチ ジョニー・デップ ケイト・ブランシェット ジョン・タトゥーロ

サリー・ポッター監督の「オルランド」がめちゃくちゃ好き。あれはストーリーも映像も仕掛けの数々も、そしてあの時間と場所と性別さえも超越した物語を90分に収めた演出に感動した。「耳に残るのは君の歌声」はロシアから西ヨーロッパに渡ったユダヤ系の主人公が、民族的に過酷な時代を生き抜く姿を描いた作品だ。これを100分弱に収めている。

幼い頃から父親の歌を聴いて育ったフィゲレは、アメリカに行くと言って出稼ぎに出たまま戻らない父を追って旅立つが、戦火の中イギリスにたどり着く。施設でスージーと名づけられて成長した彼女は、父親の影響なのか、歌に秀でていた。劇団のコーラスガールとして働き、アメリカ行きの旅費を稼ごうとする。親しくなったローラはスタアの玉の輿を狙う。スージーはジプシーとも呼ばれるロマ人の青年チェーザーと親しくなる。

波瀾万丈な物語を100分弱に収めているのだが、「オルランド」と違って物足りない。「オルランド」はあまりにも現実を超越した物語なので、あれくらいかっ飛ばす必要があったし、あまりにあれこれあった先に安らぎのラストへとつながる。「耳に残るのは君の歌声」もロシアを出て、イギリス、フランス、そしてアメリカと舞台はあちこち変わる。しかしこの映画は、本当の名前で呼ばわれて自分を取り戻すまでのドラマティックな展開をじっくり味合わう余裕を与えてくれない。その時々にスージーが何を感じたか、「俺には家族がいる」とジプシーとしての生き方を選んだ彼との別離も、あまりにサラッとしていて、お互いにどれだけの愛を抱いていたのか想像する余裕がない。

しかし、曲者キャラぞろいの物語を個性的なキャスティングで構築したのは見事。ストーリー運びは物足りないが、それぞれの登場人物は短い時間でしっかり描写されている。例えば、イギリスの施設で、父親の写真をスージーから取り上げた里親が「思い出なんてない方がいいのよ」と言うのだが、成長したスージーが旅立つ時に黙って写真を渡す。その間わずか数分だけど、場面の裏側にどれ程のドラマがあったのだろうと思うと想像することは難しくない。ヒロインはクリスティーナ・リッチ。お化け一家のオデコちゃん小娘も成長したよな。美貌のケイト・ブランシェットも、ジョン・タトゥーロの気取ったスターも、芯のあるジョニー・デップも、子役のクローディア・ランダー・デュークも印象的な演技を見せる。



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マーメイド・イン・パリ

2021-12-01 | 映画(ま行)





◼️「マーメイド・イン・パリ/Une sirene a Paris」(2020年・フランス)

監督=マチアス・マルジウ
主演=ニコラ・デュヴォシェル マリリン・リマ ロッシ・デ・パルマ ロマーヌ・ボーランジェ

僕ら世代は、人魚と恋に落ちる男性のお話というと間違いなく、トム・ハンクスとダリル・ハンナのイメージが脳内のどこからか呼び出される。「スプラッシュ」大好きだったな。

さて本題。
純粋にファンタジーだった「スプラッシュ」と比べると、「マーメイド・イン・パリ」には陰がある。そもそもギリシャ神話のセイレーンに由来する人魚は、人を惑わし、船員たちを海に引きずり込み、人を喰らう存在。本作のヒロイン人魚ルラもまさにそれで、自分の歌声を聴いた人間の男たちは恋をして心臓が破裂して死ぬと言う。映画冒頭からセーヌ川河畔に近づいた男たちが次々と姿を消していく。新聞沙汰になって、社会不安をも引き起こす。甲殻類をバリバリ食い荒らすダリル・ハンナとは違うのだ。

「マーメイド・イン・パリ」が面白いのは、ラブストーリーなのだが、主人公ガスパールは人魚との恋になかなか走らない。彼は過去の恋愛で打ちひしがれているから、ハートはとっくにブレイクしちゃってる(80年代の片岡義男みたいなフレーズだな💧)。だから人魚の歌声を聴いても効果がないのだ。それに驚くルラだが、次第にガスパールの優しさに心を許していくし、ルラとの出会いでガスパールも恋する心を取り戻していく。しかしルラは二日間しか海を離れては生きられない。

そして人魚ルラ歌を聴いたばっかりに死んでしまった医師には、女医の恋人ミレナがいた。死の理由に近づいた彼女がジワジワとルラとガスパールに近づいていくのも、この映画にハラハラするポイント。二人の恋の行方と追跡劇が並行する構成が面白い。

個人的にちょっとこの映画に気持ちが乗らないのが、タイムリミットが迫っているにも関わらず、ルラをなかなか海に戻さないガスパールのじれったさ。ミュージカルめいた歌なんぞ聴かせてる場合じゃないやろ。しかし、アニメーションのオープニングから本編に導く演出や、ガスパールが引き継いだ店の記録である飛び出す絵本、幻想的な水族館シーンなどファンタジックな仕掛けが魅力的で全体的には好印象。二人で録音ブースに入って、二人の歌を吹き込む場面が好き。

大好きなフランス女優の一人、ロマーヌ・ボーランジェが女医ミレナを演じる。若い頃と違ってちょっと貫禄もついているけれど、相変わらずお美しい。




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マチネー/土曜の午後はキッスで始まる

2021-07-13 | 映画(ま行)





◼️「マチネー/土曜の午後はキッスで始まる/Matinee」(1993年・アメリカ)

監督=ジョー・ダンテ
主演=サイモン・フェントン オムリ・カッツ ジョン・グッドマン ケリー・マーティン

TSUTAYAの発掘良品で復刻された愛すべき良作。これを復刻してくれて感謝。

あわや第三次世界大戦の危機と言われた1962年のキューバ危機。そんな一触即発の状況下で落ち着かないフロリダ州キー・ウェスト。街の映画館では、人気B級映画監督ウールジーの新作「MANT(アリ人間)」の封切りが迫っていた。B級ホラー好きの少年ジーンはこの映画を楽しみにしているが、海軍に勤める父親がキューバの海上封鎖の任務に就いたことで不安な気持ちを抱えていた。ウールジー監督は映画館に様々な仕掛けを施して観客の恐怖を煽ろうとするが、それが元で上映中に騒ぎが起こることに。ジーンは同級生のサンドラと核シェルターの中に閉じ込められてしまう…。

映画が娯楽の中心だった時代。周りを見渡せばご近所さんや同級生ばかり。それだけにスクリーンに向かう人々が同じものを観て感じている一体感に、観ているこっちまでワクワクしてくる。ウールジー監督が観客を驚かすために劇場の椅子を揺らしたり風を出したりする仕掛けは今の4DXの先駆け。その仕掛けが引き金となって、大騒ぎを巻き起こしてしまう。クライマックスは、映画館の中が大パニックに。愛すべき青春映画だったはずが、「グーニーズ」みたいなアドベンチャーに。それだけでも楽しい映画だ。

しかし。この映画は単なる青春コメディで終わらない。核戦争の脅威が迫る中で、放射能でアリ人間になってしまうホラー映画を上映するのは「不謹慎だ」と、一部の大人たちは良識ある顔をして反対運動を起こす。それはわからんでもない。だって、キューバ危機という現実を前に世間には恐怖があるからだ。例えばゾンビに取り囲まれるような怖い映画を観ても、僕らは戻って来られる現実があるから、2時間身を委ねられる。だけど戻るべき現実に恐怖があるなら、映画を楽しめないどころか、上映すること自体が不謹慎だ、それどころではないという気持ちにもなるだろう。「スーパーマン リターンズ」が公開された2006年。同時多発テロの記憶もまだ生々しい頃。旅客機が落ちそうになったり、ニューヨークに危機が迫るのを僕らは心から楽しむことはできなかったではないか。

そして「マチネー」では、ウールジー監督が仕組んだ爆発や破壊の描写を現実だと誤解した観客によってパニックが起きてしまう。ジョー・ダンテ監督はこの映画に、自分のB級映画愛だけでなく、映画が楽しめる平和な世の中であるように、という祈りを込めていると思うのだ。映画のラスト、ウールジー監督を演ずるジョン・グッドマンはこう言う。
「眼は開いておけよ」
それはホラー映画のショックシーンについてではない。"現実"から目を離すな、というメッセージなのだ。

大槻ケンちゃんが宝物にしたい映画と評したと聞くが、その気持ちすごっくわかる。青春映画にピリリと効いた社会派のテイスト、そして映画愛。ただ楽しいだけの映画じゃない。そこには大人になる上で大切なこともしっかり描かれていたんだ。



マチネー 土曜の午後はキッスで始まる 日本劇場予告編


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マンク 破戒僧

2021-04-20 | 映画(ま行)





◼️「マンク 破戒僧/Le Moine」(2011年・フランス=スペイン)

監督=ドミニク・モル
主演=ヴァンサン・カッセル デボラ・フランソワ ジョセフィーヌ・ジャビ

修道院の門前に置き去りにされた赤ちゃん。アンブロシオと名付けられたその子は修道院で育てられて成長し、誰よりも心に響く説教をする修道士となり信頼を集めていた。その修道院に顔を隠した少年バレリオがやって来る。頭痛に悩むアンブロシオを不思議な力で治した後、バレリオはその正体をアンブロシオに明かす。それはアンブロシオが戒めを破る始まりとなっていく。

18世紀に書かれた原作小説は道を踏み外していく修道士を描き、背徳的だと批判を浴びた問題作。主人公を育てた神父が「悪魔はどこからか迫って来る」と言っていた予言が、思わぬ形で現れる。

確かに地味な印象の映画。英米の大手が製作していたら、悪魔的な存在のイメージをもっとビジュアルで万人にわかるように示すのかもしれない。「お前も欲の罪を犯した」と現れる幽霊とネガポジ反転したイメージが主人公の表情と二重映しになるくらいしか特殊な場面もない。だけどバレリオの仮面の不気味さ、修道院の建物に施された彫刻、アンブロシオの物語と敬虔な信者である女性との物語がどう関係するのか、バレリオが彼に授ける秘策に気づくと引き込まれていく。その末路の悲劇と神でない者に救いを求めるラストがズシーンと心に響く。

過剰な映像演出がないだけ身近に悪魔が潜んでいる、俗っぽく言うなら"魔がさす"様子が生々しく感じられるのだ。その功績は照明だと思う。夜の場面でも何が起きているのかきちんと伝わるのがいい。自然光にこだわる監督なら訳がわからなかったかも。アンブロシオの説教に聴き入る群衆の中で一人の女性だけが輝いて見える様子や、バレリオが授けた魔力を持つ枝花がどれだけ特別なものかが、光線の加減だけで示される。そして、逆光で顔が見えない女性の姿が示されるラストシーン。地味だけど上手い。

もともと無表情なヴァンサン・カッセルが、他の映画よりもさらに思い詰めた表情に見えてしまうのもやはり巧さなんだろう。僕がこの映画をセレクトしたのは、お気に入りのフランス女優デボラ・フランソワが見たかったから。ここでは詳しくは触れないけど、あの瞳で迫られたら絶対に心揺れます。



映画『マンク~破戒僧~』予告編


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未来のミライ

2021-03-16 | 映画(ま行)





◾️「未来のミライ」(2018年・日本)

監督=細田守
声の出演=上白石萌歌 黒木華 星野源 麻生久美子

細田守監督作でこんなに期待を裏切られたのは初めて。「時かけ」と「サマーウォーズ」は愛してやまない作品だし、世間で評価の厳しい「おおかみこども…」はファンタジーなのにキツい現実の部分を逃げずに描いているのは個人的にはかなり好きだった。「バケモノ」は観てなくて、本作に挑んだのだけど、感じたのは最初から最後まで違和感だった。

妹が生まれて主人公くんちゃんが、親の愛情を奪われたと感じて癇癪を起こす様子がこれでもかと描かれる。子育て経験者目線だと、ここはかなりリアルを感じる部分。「あー、言われたよな、こんなこと。」と思いながら観ていた。くんちゃん側の理屈と親側の気持ちそれぞれに気づきが与えられる話ではあるのだけれど、それぞれのエピソードがどうも浅いと感じる。東京駅の迷子の場面では、不安な子供の気持ちが凝った映像で表現されているけれど、家族の中での自分の立ち位置をくんちゃんが理解する流れは納得はあっても新たなこっちの気持ちを揺さぶるような感動とは程遠く感じるのだ。

違和感の原因は声の演出と台詞にあるのではなかろうか。多くの人も感想に挙げているが、くんちゃんの声がもう少し上の分別ある年齢の男の子を感じさせるからだ。落ち着きさえある。さらに周囲の人々も含めて台詞に選ばれる言葉がいちいち堅い。例えば母親がくんちゃんとアルバムを見ながら「ひいじいじは戦時中にね、徴兵されてね」とか説明する場面。とても5歳児に話しかけている会話とは思えないのだ。

そりゃ文節を区切ってひと言ひと言しゃべるような現実的な台詞で全編やってたら、上映時間がいくらあっても足りないけれど、こんな喋りの会話じゃ分かってもらえるとは思えない。タイトルロールとして登場する、未来のミライちゃんは、各挿話でくんちゃんをナビゲートしてくれる存在でいて欲しかった。あまりにも出番が少ない。それはかなり残念。

ひいじいじが登場するエピソードは、馬やバイクに乗る疾走感があって素敵だったし、家族のつながりを強く感じさせていい場面。

ほぼ文句ばっかり言ったけれど、最後にもう一つ言わせて。子育て経験者の目線で最も違和感があったのは、あの段差の多すぎる家!階段とリビングに隣接した段差のある空間に、ベビー用の柵も置かずミライちゃんを置いておく無神経さ。あの階段だらけの家じゃ、くんちゃんは中庭に何度も落ちてアザだらけになってても不思議はない。冒頭登場するおばあちゃんが「建築家と暮らすとこんな家に住むことになるのね」とボソッと言うけれど、おばあちゃん、あなたの言う通り。小さい子供には危なっかしくて、見ちゃいられなかったよ。

と言う訳で、最後までファンタジーに気持ちを振ることができませんでした。失礼いたしましたw



映画『未来のミライ』予告編


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モンスターズ・インク

2021-01-14 | 映画(ま行)



◾️「モンスターズ・インク/Monsters, Inc.」(2001年・アメリカ)

監督=ピート・ドクター
声の出演=ジョン・グッドマン ビリー・クリスタル メアリー・ギブス スティーブ・ブシェミ

2004年に書いたレビューです。

   ◆

「トイ・ストーリー」と並んでうちの子のお気に入りだった。脚本がいい。サリーとマイクのバディムービー的面白さと、ブーとサリーの心の交流をきれいにまとめた好編。それぞれのキャラクターが個性的で生き生きしているのがまた楽しい。マイクがデートする寿司屋がストップモーションアニメの巨匠の名前「ハリー・ハウゼン」ってのがいいね!。

お話としてはちょっと都合よすぎる?と思えるところも多々あるけれど、まぁファミリームービーなので堅いことは言わずにおきませう。それでもラストの「にゃんにゃん!」には泣けるんだよね、これが。

異文化とのコミュニケーションや遭遇は、「ターザン」や「ポカホンタス」、「リロ&スティッチ」など90年代以降のディズニーアニメでしばしば題材とされてきたテーマだ。モンスターと人間とではあるが、この物語もまさにそれ。人間の子供を怖がらせてエネルギーを得てきたモンスターの世界が、笑い声でエネルギーを得るように変化する。

恐怖でなくて笑顔を。この映画が製作されたのは、アメリカ同時多発テロの年。その後数年経ったタイミングで観ると、国際社会のあるべきコミュニケーションもこうあるべきなのでは、なんてことを考える。武力を誇示して他国に踏み込み、罪のない一般市民を巻き添えにしたところでなーんの解決にもならない。体制の維持のために手段を選ばないウォーター・ヌース社長はさしずめ好戦的などっかの大統領ってところか?。ピクサー作品を観ながらそんなことを考えてしまうような世界情勢だったということを、刻んでおいたってことで。いずれにしても9・11後の殺伐とした空気を、少し和らげてくれる。そんな素敵な映画です。



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見えない目撃者

2020-12-18 | 映画(ま行)






◾️「見えない目撃者」(2019年・日本)

監督=森淳一
主演=吉岡里帆 高杉真宙 大倉孝二

配偶者に「あんた、LuxのCMに出る外国女優好きよね」と言われるのだけれど、歴代女優の中で主演作を熱心に追いかけて観てるのは実はペネロペ・クルスくらい。日本の女優も同様で、CMが始まると手が止まるくらいに好きな人に限って、出演ドラマをことごとく見ていない。綾瀬はるかは大河ドラマこそ真剣に見たけど、劇場映画は数本しか観ていない。一時期好き好き言ってた小西真奈美は「Sweet Rain 死神の精度」くらいしか出演した映画を観ていない。吉岡里帆もその例の一人で、どんぎつねを携帯の待ち受けにしたいくらいなのに出演作をほぼ見ていない。そんな僕が「見えない目撃者」に挑むの巻である。

オリジナルの韓国映画は未見なので比べようがないのだけれど、このリメイクを観る限りオリジナルは脚本がしっかりした映画なのだろう。クライマックスの徹底的なしつこさは、よくある日本のサスペンス映画とは一味違う。グロテスクな描写に免疫のない僕なので、猟奇犯罪の場面は目を逸らしたくなる。されど警察内部のことなかれ主義に立ち向かう定年前の刑事の執念や、ヒロインを支える母親の心情などそれぞれの脇役が主軸の物語をしっかり支えていてとても見応えのある作品だ。オリジナル観たらいいんだろうけど、韓国映画の暴力描写って苦手だからなあ(汗)。

吉岡里帆は難役を違和感なくこなしていて実に素晴らしい。この役をこれだけの完成度でこなすには、かなりのリサーチと準備が必要だったはず。それに元警察官でもあるわけだから、その設定が生きるような身のこなしも必要なわけで、いやはや惚れ直した。まさに熱演。一方で「写真撮っていいですか?かわいいー」と言われるのを、犬でなく自分と誤解する場面のかわゆさったら。

スマートフォンやPCを視覚障害の方がどう使っているのか、感覚の鋭さ、わずかに感じ取れる視界の細やかな表現がいい。障害の状況は人それぞれだけど、こういう映画を通じて知ることは理解への第一歩になると思うのだ。障害者が日常生活するにも必要な勇気について、高杉真宙くんがすげえと口にする場面、なかなかグッときた。

同じ視覚障害のヒロインをオードリー・ヘプバーンが演じた「暗くなるまで待って」、改めて観たくなった。吉岡里帆の他の出演作にも手を出してみようかな。え?綾瀬はるかも盲目ヒロインの時代劇があるって?あれは…まだ観てないけど、心がやめとけって言うんだよw





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