羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

不在

2011年02月08日 | Weblog
気持ちを切り替えて仕事に行った。
どうしても気が合わない同僚から「意味のない」苦言が記してあった。
「辞めよう」と思いつつ続けてきた仕事。
今朝、その文を目にした瞬間「今月いっぱいで辞めよう」と思った。
もう限界なのではないかと、思った。
何回こういう思いをしたかわからない。
しかし同日に彼女と同じシフトになることはない。
他のひとたちがみんないいひとなので、辞めたくなかった。
四年経ち仕事も覚えた。

業務に追われ、遅い昼休みになり、ぼんやり考えていた。
辞めたら生活はどうなるんだろう?
いつも他の仕事を探してきたけれど、これというのがなかったし、
実際に応募して落とされもした。

ここの仕事場敷地内にいていつも励ましてくれた人の言葉を
思い出す。
「あなたは詩を書いたり本を読んだりじぶんのせかいがあるのだから、
彼女とはまったく違う。気にすることない。」

大好きだった猫を喪って弱気になっていたからダメージも大きかった。
でも、そのひと(いまは別の所で働いている)のかけてくれた言葉を
思い出して、とにかく次の仕事が見つかるまで頑張ろうと思った。

連絡ノートにあった苦言、帰る頃にはかるく返事を書くこともできた。
「無意味な」謝罪をするつもりはない、でも彼女が思うように事が運ぶように。


帰宅した。玄関を開けるとき、いつもドアまで迎えにきた猫がいない。
「どうしていないんだ・・・」そればかりを考える。
わたしひとり夕ご飯の支度。いつも足元にまとわりつく猫がいない。
「どうして?」「駿?」と声にだしそうになる。
居間にある猫のトイレ、爪とぎ、そして、特等席のクッションもそのままだ。
駿、わたしの部屋のお弁当箱はまだベッドの下にあるよ。
ノートが入った引き出しにはカリカリがまだたくさん残ってるよ。
(引き出しに手をかけると駿が喜んでしまうので、
ノートやメモなどを取りたい時はいない時にあけようとしていた)
15年も駿と暮らした。
ドアを猫が通れるようにピッタリ閉めない習慣はいつまで残るのだろう。

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