羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

昼顔

2009年08月08日 | Weblog
久我山駅で降りた。
思い出して本屋に入り「星守る犬」(村上たかし)という漫画を買う。
新聞の記事で読み、興味をもった。
新聞の投書欄に採用された時の原稿料が五千円の図書カード。
これが役に立つ。

今日は不思議な一日だった。
忘れられない日になるだろう。
いくつもの「忘れられない日」が積みあがり、
それは賽の河原に積み上げられた魂の小石を連想させる。
忘れられないことがあまりに増えすぎてバランスを崩す日は
きっとあると思う。
精神のバランスを崩したさびしい老人になるかもしれないし、
楽しかったことだけを選り分けてくり返し思い出す静かな人に
なるかもしれない。

そんな老後を想像してみる。
でもその前にまだまだ多くの時間が残されている。
毎日なにかを選択し、どうにか考えをまとめ、
なんとか生きていかなくてはならない。
だいじょうぶ、わたしはひとりじゃないし、
きっと少しずつ力を蓄えてつよくなるだろう。
つよくはなれなくても、じぶんがじぶんであることを棄てないで
やっていけると思う。

*****

(以前コメントいただいたカッチーさん、こちらのミスで、
消えてしまったようです。すみません。お気を悪くせずにまたいらして下さいね)

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6 コメント

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強くても弱くても。 (カッチー)
2009-08-08 23:17:17
「強い」「弱い」なんて意味ないと私は思いますね。なにより「自分であること」が大切ではないかと。まあ、安易な自己啓発本みたいな言い回しですけれど。そうそう簡単に「自己であるということ」は出来ないですからねー。そうあろうとする誠実さが大切じゃないかなあ。「自分らしく」とか「自分に嘘をつかない」とかはけっこう落とし穴。でも、大切。でも、必要。むずかしいですね。
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自分であること (すみれこ)
2009-08-09 00:06:38
カッチーさん、コメントありがとうございます。(また来ていただきホッとしました)
そうですね。自分であろうとする誠実さだけは手放したくないですね。
ところで、カッチーさんは映画「昼顔」はご覧になりましたか?わたしは原作をパラパラしただけであの有名な映画は未見です。
昼顔、駅のフェンスにしがみつくように咲いていました。花言葉は「絆」というそうです。
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昼顔、絆。 (カッチー)
2009-08-09 04:23:49
昼顔。ソフィア・ローレンでしたっけ?未見です。高名な映画ですよね。で、絆。絆ってあります。本や映画の世界の中だけでなく、絆って存在するんですよね~、不思議ですが。深く繋がる。絆。あるんだよな~。最近、それを実感するような経験をしまして。実にどうも、絆でしたね~。でも、絆ってけなげで悲しい。そら、そのフェンスにからまる昼顔・絆。そのとおりなんですよ。一生懸命、ひたむきにつながろうとしてる。相手は気づいてくれないかもしれないのに、一生懸命。かなしいほどけなげ。絆。持ってる人は離さないでほしいですね。
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 (すみれこ)
2009-08-09 20:49:12
昼顔はカトリーヌ・ドヌーヴです。(ひまわりはソフィァ・ローレン、観ました・・ずっと昔)
もっとも、わたしが「昼顔」に興味を持ったのは吉原幸子さんの詩の影響です。貞操な妻が娼婦になるんですよね。詩は「すべての女は昼顔だ」と始まります。
そして花言葉は絆。カッチーさんの言うように
深い結びつきはときにかなしいものかもしれません。
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雨でした。 (カッチー)
2009-08-10 22:39:22
吉原幸子と吉屋信子はちょっと似てる(名前がね)
今日の雨で昼顔を散ってしまったでしょうか。ひどい降りでしたから。でも何日かしたら新しい花をつけるんだろうな。絆は切れないもの、なのでしょうね。
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絆(再び) (すみれこ)
2009-08-10 23:29:53
カッチーさんも最近、「絆」を実感するような出来事を経験されたようですが、わたしにも思い当たるようなことがありました。
人はみなそれぞれの「絆」をもっているのかもしれません。気がつかずに握っている細い糸の端っこのように。
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