ブログ 「ごまめの歯軋り」

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アマルティア・セン著 加藤幹雄訳 「グローバリゼーションと人間の安全保障」 ちくま学芸文庫(2017)

2019年04月18日 | 書評
石楠花

グローバリゼーションを「厚生経済学」によって補完する   第4回

第1章) グローバリゼーション―過去と現在

セン氏の2002年「石坂記念講演」は、第1部(第1章 「グローバリゼーション―過去と現在」)と第2部(最2章 「不平等の地球的規模での拡大と人間の安全保障」)に分けて記述されている。グローバリゼーションと人間の安全保障の相互関係は、現代の世界思想界の中でますます中心的課題になっているが、第1章ではグルーバリゼーションの歴史的視点から見てゆこう。つまりグローバリゼーションを現在のグローバル企業の世界制覇のプロセスとみるか、太古の昔からある人類の営みとしてヒト、モノ、金のグローバル(全地球的)経済の流れあるいは文明の伝搬と普遍化という課題であるかを見極めることである。そのためには従来の共通概念のいくつかを改めることになります。従来の共通概念とは、グローバリゼーションは本質的には西洋による世界支配の過程、あるいは世界が西洋化されるプロセスとみなす考え方です。またグローバリゼーションは利益を得る人と不利益を被る人々の格差が拡大することだという考え方もあります。不平等の地球的規模での拡大という観点から見てゆこう。社会不正とみなされる諸々の社会現象をより深く検討しなければなりません。第2章では地球規模での社会正義要求を、人間の社会生活の安全保障要求と関連させて述べます。2001年国連組織枠組みの中に「人間の安全保障委員会」が設置され、緒方貞子氏とセン氏が共同議長を務めた。グローバリゼーションが弱者の人々の生活安全保障になるのか、それとも格差を拡大するのかが問われています。「グローバリゼーション」という言葉について考えましょう。地球規模の様々な相互作用現象をさす場合が多いのですが、国を超えた文化的影響や、経済・ビジネス関係の世界規模拡大に至るまでの様々な現象が含まれているようです。グローバリゼーションの賛否にはたくさんの意見がありますが、最も基本的な謎は、グローバリゼーションに対する抗議運動こそが現代世界で最もグローバル化進んでいる現象の一つです。反対運動は公平という正義が世界中にゆきわたるような国際秩序の確立を目指す運動をしているようです。グーバリゼーションを西洋化と捉える人々は賛成派と反対派の間でこれを新しい潮流と見ていますが、世界のグローバル化の長い歴史を見落としています。欧米の貪欲資本主義ビジネス集団は世界の貧困者の利益には奉仕しない貿易ルールや国際取り決めを作り上げました。その結果グローバリゼーションは西洋による支配、あるいは西洋帝国主義の延長と目され糾弾されています。反グローバリゼーション抗議運動では、さまざまな非西洋的アイデンティティが掲揚され、イスラム原理主義、アジア開発主義、あるいは儒教文化と結びつけて議論されます。しかしグローバリゼーションは過去数千年にわたって、旅行・民族移動・文化的影響力の拡散・科学技術の普及などを通じて世界文明の進歩に貢献してきた。地球規模の相互関係は世界の国々の発展を促してきました。中世の紀元1000年頃の科学技術・学問の世界的広がりによって世界が変わり始めました。紙・印刷術・石弓・火薬・時計・鉄製つり橋・磁気羅針盤・回転送風機などの当時のハイテクの中心地は中国であった。数学の分野ではインド・中国のレベルは抜きんでいた。こうしたハイテクや学問が西洋に入り始めたのは10世紀末でした。なんとギリシャ数学やアリストテレス哲学もペルシャを経由して欧州の逆輸出されています。ゼロの発見や十進法、アラビア数字、代数学、正弦関数の発明などはインド・アラビア数学の成果が西洋にもたらされました。人類の偉大な業績と言われるルネッサンス、啓蒙思想、産業革命などの発祥が西洋にあることは事実ですが、その発展は西洋のみならず世界中に起こりました。グローバルな科学と技術の進歩は決して欧米の独占指導によるものではなかった。西洋化=悪という決め付けも人々の心を狭め、科学と知識の客観性を損なう誤断の傾向を助長します。19世紀英国の植民地インドで展開された激しい西洋排斥論(日本では尊王攘夷論)がありましたが、近代政治体制の確立の中で消化されゆきました。世界史の中ではグロバリゼーションが決して新しい現象でないことは明白です。経済関係の歴史でも同じです。植民地主義・帝国主義支配=西洋化という見方だけで排除するのは愚かです。日本の江戸時代のように鎖国してまで西洋化を排するのは愚かなことです。明治維新後の明治政府の果たした教育改革、資本主義の導入と財政改革などをセン博士は本書の中で絶賛しています。本書は日本で行った講演なのでお世辞もあるでしょうし、明治時代の歴史については数多くの成書もありますので省略しておきます。経済のグローバル化が国々にさまざまな利益をもたらすことは自明です。広汎な経済交流活動が貧困克服に大きな成果を上げてきました。グローバリゼーション論争の主な論点は「分配と正義」の問題です。不平等問題は豊かさの格差をめぐる問題です。政治的、社会的、経済的な機会と権力の配分に見られる大きな不均衡に起因することですので、次章で検討します。

(つづく)