ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 石井哲也著 「ゲノム編集を問うー作物からヒトまで」  岩波新書

2019年04月14日 | 書評
結城市鹿窪運動公園の桜道

第3世代のゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」によるゲノム改変がもたらす諸問題を検証する 第11回 最終回

4) ヒトの生殖とゲノム編集 (その2)

ゲノム編集技術の第1世代からから第3世代まで米国で開発され、米国はこの問題についても第1人者であった。クリスパ―・キャス9の生みの親であるカルフォニア大学バークレイ校のジェファニー・ダウドナ教授は2015年4月サイエンス誌に「ゲノム編集への慎重な道と生殖細胞系列の遺伝子改変」という論文を責任著者として発表した。19名の米国の生命科学に影響力がある著者が並んでいる。論文では4つのアクションプランを提言した。
①拙速なゲノム編集を用いた生殖医療は控えるべきだ、
②科学者と生命倫理学者はフォーラムを設け社会に広く議論を呼びかけるべきだ、
③生殖細胞系列のゲノム編集は透明性のある基礎研究を進めよう、
④国際会議を開催し、関係者とともにゲノム編集医療の問題を検討しようという。
2015年12月全米科学アカデミーで「国際ヒト遺伝子編集サミット」(第2のアシロマ会議)が開催された。10か国の生命科学者48人が3日間議論に参加した。著者はこのサミットのセッション「公正な査問」に参加し、ゲノム編集のマイナスのシナリオを討論したという。ピッツバーグ大学の生殖医学者カイル・オーウィク教授は、不妊に関係するY染色体上の遺伝子変異を修復する技術は有効だと主張した。ハーバード大学のジョージ・ディリー教授は遺伝子疾患の予防のため、遺伝子変異が原因の不妊治療に生殖細胞系に遺伝子改変を行うことは正当化できるといった。科学者だけでなく生命倫理の側からも賛否の意見が述べられた。しかし推進派の見解には狙い通りに遺伝子改変を修復できない場合について考える人は少なかった。反対派の意見では、神学者ヒレ・レイカーは生まれていない子は同意するすべもないのだからこのような行為は禁止すべきだといった。配偶子提供という選択肢が普及している中で、リスクの高い技術はいらないという意見があった。人々が持つ形質が疾患扱いされ、遺伝子工学が優生学に利用される可能性に警告を発するベンジャミン教授もいた。夫婦が同意したといっても生まれてくる子にリスクを負わせる行為は容認できないという意見もあった。サミット最終日でのまとめでは、
①研究ルールを守りつつヒト胚や生殖細胞を含めた基礎研究ををしっかりやるべきだ、
②体細胞ゲノム編集は治療の開発は遺伝子治療の規制に基づいて行うべきだ、
③生殖細胞系列ゲノム編集の臨床応用は、オフターゲット変異やモザイクの問題のリスクや集団に加える恐れ、遺伝子改変が予想しえない影響を検討すべき、
個人だけでなく次世代を持つ意義の考察、集団に遺伝子改変が加えられるとその除去は難しい、人間改造は社会格差を招く、遺伝子工学による人の進化に考えを及ぼすことなどの問題を列挙した。2015年12月18日FDAはヒト生殖細胞系列の遺伝子工学改変の臨床試験には連邦予算を使ってはならないという修正箇条を入れた連邦予算案が承認された。つまり、米国ではヒト生殖細胞系列の遺伝子改変の臨床応用への道は事実上完全に断たれたのである。

(完)