ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

文藝散歩 西郷信綱著 「古事記の世界」 (岩波新書1967年9月)

2017年09月11日 | 書評
律令制度に組み込まれる前のぎりぎり遺された、神々の声が響き合う倭の神話の世界 第11回

8) 日向三代 聖なる系譜

この部分のテーマは天子の婚姻である。即位と結婚は国王の系譜の継承としての性的能力と稲作の豊穣とに関係した。ホノニニギは笠沙の地に宮を作り、国の神オホヤマツミの娘コノハナサクヤヒメと結婚した。ヤマツミとワタツミは国つ神の代表で特定の名前ではない。大和では天は父性・男性原理、地は母性・女性原理であり、天つ神の父が国つ神の女と結婚して子を誕生するという神話の世界である。このような女性が玉依姫と呼ばれる。神の魂が寄り付く女という意味である。生命を保つ食(生産活動)は国つ神の受け持ちで、支配・戦争(政治活動)は天つ神の仕事である。持ちつ持たれつの依存関係にあった。ホノニニギとコノハナサクヤヒメの婚姻は一夜限り子を孕んだということで、父は誰かが問題となった。産屋に火をつけて試してい産まれてきたのが国の君たるにふさわしい御子であった。火の中から生まれたよ言う意味でホデリ、ホスセリ、ホヲリと三人の御子を生んだ。この名前のホは火でもあり穂でもある。農耕の意味では穂である。国の神オホヤマツミはホノニニギにコノハナサクヤヒメだけでなく、その姉イシナガヒメも奉ったが、ニニギは醜いイシナガヒメを断った。国の神オホヤマツミが諭していうに、二人を受け入れてこそ王権は盤石となるという。好き嫌いの次元とは違う王権に固有の論理を説明した。こうして日向の地に王権が開始されたが、日向は具体的に宮崎県である必要はない、日向と襲の国(隼人)は範疇表に見る様に対立する概念である。ここにおいても出雲国と同じ構造がある。次に語られるのは隼人の服属、いわゆる海幸彦・山幸彦の話である。コノハナサクヤヒメが産んだ御子の兄のホデリが海幸彦、弟のホヲリが山幸彦である。弟のホヲリが皇統を受け継ぎ、兄のホデリは隼人阿多君の祖となる。隼人は大嘗祭で宮門を守る役を演じ、国ぶりの踊り隼人舞を踊る。もともと隼人の服属は東国を除けば、全国統一過程の最期の段階になる。ところが祭式では最初から隼人は朝廷に服従する部族になっている。倭タケルの熊襲征伐の物語だけがその闘争の痕跡をとどめている。皇統を受け継ぐ弟の豊玉姫は、海神の女豊玉姫と結婚する。ワタツミは水を支配する神であり、ワタツミの女との結婚はしたがって水の支配力を手にいれることであった。ワタツミを祀るのは筑紫宗像の安曇氏である。豊玉姫が妊娠し産屋が建てられたが、すぐに産気づき姫は決して見るなと言い残して産屋に入った。「見るな禁忌」の掟を破って豊玉姫が見たものは、ワニの姿であった。見られた姫は子を残し、海坂をふさいで海神国に帰った。その御子の名は天津日高日子ナギサウガヤフキアエズ命である。ナギサウガヤフキアエズ命は母の妹玉依姫(これは固有名詞ではなく、皇族に嫁ぐ女というぐらいの意味の一般名詞)を妻として4人の御子を生んだ。神武天皇がその一人である。神武天皇はワタツミの母を持ち、同時に神武天皇の名はワカミケヌ、またはトヨミケヌと言ったので、食を意味するケは穀物の霊でもある。地上の乙女と天つ神の御子が聖婚を行い、水穂の国にふさわしい皇子を生むというのが、日向三代のテーマである。

(つづく)