ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

福島第1原発事故収束に向けての工程表

2011年07月20日 | 時事問題
asahi.com 2011年7月20日5時1分
「3年かけ廃炉準備」 政府・東電、改訂工程発表
 福島第一原子力発電所の事故収束に向けた工程表について、政府と東京電力は19日、改訂版を発表し、今後3年間で燃料プールから使用済み燃料を取り出し、廃炉に向けた準備をする方針を示した。一方、避難区域の解除の条件としてきた原子炉の冷温停止の定義について、炉内の温度が100度以下になり原発の敷地境界での被曝(ひばく)線量が年間1ミリシーベルト以下になることだと初めて示した。
 外部への放射性物質の放出量は、炉心の冷却が進んで事故直後に比べて200万分の1(6月末時点)に減少。これまでの放出分を除き、現時点で外部に出ている放射性物質による被曝線量は原発敷地境界付近で年間1.7ミリシーベルトになっているという。

福島第1原発付近の線量は3月12日直後のデーターがない。最近のデーターは福島県原子力センターhttp://www.atom-moc.pref.fukushima.jp/sokutei.htmlを参照。したがって事故直後に比べて200万分の1(6月末時点)に減少といわれても、比較しようがない。このへんにうそがありそう。すべては数年後の白血病や甲状腺がんの発生率が事実を語るだろう。

読書ノート 内橋克人編 「大震災のなかで」 岩波新書

2011年07月20日 | 書評
「私達は何をなすべきか」-各界33名の緊急発言 第10回

12) 「生きていることと生きてゆくことー高齢者へのまなざしから」 川島みどり 日本赤十字看護大学客員教授 
 避難所生活のストレスから、一度は助かった命が寒さや慢性病の悪化により断たれる事を「震災関連死」という。飲む、食べる、息をするという「生きている」ことが日々順調に行なわれために、水道、照明、住宅、トイレなどの生活手段を用いながら、その充足を目指してゆくことを「生きてゆく」という。高齢者はハード面での生活手段環境が整っても、自ら再起不能と決めてしまう傾向にあります。それはこれまでの生活習慣が避難所生活のためにほとんど崩れてしまっていることが原因である。トイレひとつが不完全な避難所生活は高齢者にとって、非常な苦痛となります。高齢者に寄り添って時間をかけて話を聞くことがまさに看護の原点であろうと思います。ケアーという生活支援では介護と看護の協動が必要で、そのためにもリタイヤーナースによる被災地支援プロジェクトを立ち上げるべく準備しているところです。

13) 「地域密着型テレビの役割ー全画文字放送の試み」 若林宗男 (株)ジュピターテレコム制作部長
 J:COM仙台メディアセンターを運営をするために震災直後から仙台に入った。ケーブルテレビ局は、地方の地上波テレビの再送信とそのエリアの自主放送(コミュニティチャンネル)を提供している。この大震災をうけて、J:COMは「被災地の外にいる人々に見せる衝撃的な映像を集めることはしない。被災者が生きてゆく上で必要な情報を届けよう」と決めた。そこで市役所の情報を読むテレビとして「全画面文字放送」を開始した。これを5月連休まで取り組んで、仙台市民への情報提供に徹した。これが市民の情報源として重宝がられた。今は特別番組「仙台大震災から3ヶ月」に取り組んでいる。
(つづく)

読書ノート R.P.ファイマン著 「物理法則はいかにして発見されたか」 岩波現代文庫

2011年07月20日 | 書評
量子電磁力学の祖ファイマン教授の物理法則 第14回 最終回

8)ノーベル物理学賞受賞講演「量子電磁力学の発展」

 やはり、ノーベル賞受賞講演だけのことはあって、内容はかなり高いものになっている。この分野の研究者でないと機微は理解できないだろう。従って私にも理解できない。最終的な形の理論を矛盾無く教科書風に解説するということではなく、ファイマン教授の研究者生活の開始からノーベル賞受賞にいたるアイデアの経過を述べるということである。そしてそのアイデアは殆ど最初のもくろみは失敗したというから理解できないのは当然である。ノーベル賞受賞理由のひとつである「繰りこみ理論」とは、数学的手品で難点を隠すだけのことで物理的にはいまだに分らないとファイマン教授に白状されてまたびっくりするだけである。ファイマン教授はいかにもアメリカ流の実用主義で、役に立たない哲学(物理像、モデル)よりは直感的(証明はあとまわし)数学方程式の提案に終始してきた。うまく難点をクリアーできる方程式が見つかれば、そして色々検証して矛盾が少なければそれで大成功という。天才的数学能力を縦横無尽に使って、うまい数学的形式を編み出すことの繰り返しである。古典電磁気学はマックスウエルの波動方程式で完成している。電磁気学の量子論には2つの難題があったという。ひとつは電子が自分自身と相互作用(電磁場作用)するとするとネルギーが発散すること。2つには場は無限の自由度を持つという理論上の問題であった。そこで学生のファイマン君は電子は自分自身には作用しない、他の電子にみ作用するという大それた電磁気学を構築しようとした。そこで彼がやった数学テクニックとは、作用積分Aの第1項は自由粒子の作用積分とし、第2項を電荷の電気的相互作用とした。この相互作用項にクロネッカーデルタ関数δij(i≠j)を持ってきた。量子論への移行において作用積分Sをラグランジアンの積分の蚊帳地であればハミルトニアンを組み立てて量子力学を作ることが出来るだろうという企てである。数学的ひらめきはディラックの数式の援用でAexp[iε/h L]を用いることでシュレージンガー方程式が出てきた。ラグランジアンと量子力学の橋渡しができた。作用積分を解して量子力学とつながったのである。これが量子電磁気学への貢献というノーベル賞受賞理由である。ここでファイマン君は学位論文を印刷してPh.Dを取った。戦後は縦波・横波の電磁場を相対論的にするために座標軸の回転という難題に苦しんだが解決は無かった。有名なラムの水素原子の電子エネルギー準位実験結果を説明するため、δ関数の代わりにあるひろがりaを持つ関数fを導入し、電子の自己エネルギー計算してa→0とおくとエネルギーが有限になったという。ディラックの負エネルギー電子の海という難題に摂動計算にチャレンジしたが、殆どが「半経験のいかさま」の数式で解決をし、たくさんのチェックにも耐えたという。同じことは中間子論の摂動計算でも発揮され、ファイマン教授の計算能力と技術は世界最高といわれた(ただし証明はない)。ファイマン教授の問題はひとつひとつの命題に数学的証明を与えることであった。しかし彼は直感による方法によって、悪魔に魅せられたように多くの真理(有用性)を発見したことであろう。数学的テクニックがうまく難題を解決するように見えて、また別の問題を抱え込んだ。そのひとつはエネルギーに複素数が出てきて、確率の和が1にならないことであった。これをユニタリー性の破れという。そしてファイマン教授の反省は、この研究の途上で発展させた考え方が全部、最後の結果には使われなかったということである。大がかりな物理的推論を行い、数学的形式を書き改めて、結論は以前から分っていることを言い換えたに過ぎなかった。そこでファイマン教授は居直って、「最良の方法とは方程式を推論で探すことで、物理モデルなんか糞食らえ」と極言する。
(完)

筑波子 月次絶句集 「江村祈雨」

2011年07月20日 | 漢詩・自由詩
江村連日望雷公     江村連日 雷公を望み

童担神輿西復東     童は神輿を担いで 西復た東

蕭管迎龍憂旱意     蕭管迎龍は 憂旱の意
  
農夫辛苦欲無功     農夫の辛苦 功無らんと欲す


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(韻:一東 七言絶句平起式  平音は○、仄音は●、韻は◎)
(平仄規則は2・4不同、2・6対、1・3・5不論、4字目孤平不許、下三連不許、同字相侵)