ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

GEは電機会社と云うよりは、金融会社です。

2008年10月02日 | 時事問題
asahi.com 2008年10月2日9時51分
米GE、1兆5900億円規模の増資へ
 【ニューヨーク=都留悦史】米複合企業ゼネラル・エレクトリック(GE)は1日、総額150億ドル(約1兆5900億円)規模の増資計画を発表した。 収益の約半分を金融部門で稼いできたGEは、サブプライム危機のあおりを受けて事業環境が悪化している。7月には「レイク」ブランドで展開する日本の消費者金融子会社の売却を発表。全社的な事業の見直しに乗り出した。

ウェルチ革命 GEの金融資本化

金融工学(財テク)は儲かると言う伝説的なお話を紹介する。米国のゼネラルエレクトリック(GE)という会社は東芝・日立のような電機会社だと思っていた。ところがウェルチが1981年に会長兼CEOに就任してから、物つくりから金つくりの会社に変容させ、いまや世界に冠たる金融サービス会社にした。ウェルチは自社の持つ製造部門を強いものだけ残して次々と売却し、金融部門や情報部門を買いあさるM&A戦略を展開した。その結果40万人いた社員は20万人に激減し、348の事業を売却した。その買収資金は買収の成功時に急騰する自社の株価を現金のように使った。ウェルチの強欲と性急さは社内の忠誠心とモラルを抹殺するものだった。株高のみが富でありそのためにM&Aに狂奔するのがウェルチの哲学である。かくもGEは富の生産からマネーに急激にシフトしたアメリカの経済の縮図である。その原因は日本・ドイツの生産力がアメリカを追い詰め、米国の製造業の不振が長引いたので巻き返しのため強いドルを目指して金融ビジネスで世界支配を目指したことによる。それは成功し世界中のドルが米国に還流するようになった。日本の生産力が中国に追い詰められる時が日本も挙げて金融王国を目指すことになるのだろうか。そのための準備が金融規制緩和なのであろう。



アメリカ軍の尻拭い的NGO活動は 現地人にとって米軍と同じ

2008年10月02日 | 時事問題
asahi.com 2008年10月2日3時8分
伊藤さん悼む550のともしび 「アフガンを憎まない」
 アフガニスタンで8月、武装グループに拉致、殺害されたNGO「ペシャワール会」の伊藤和也さん(当時31)を追悼する集会が1日、名古屋市中区の栄広場であった。ペシャワール会名古屋などの主催。
 「私たちは決してアフガニスタンを憎んでおりません。和也も同じ気持ちだと思います」などという伊藤さんの父正之さんのメッセージが読みあげられると、集まった人たちは静かにうなずいていた。

NGO活動は善意だけで動くものではない 政府系NGOには警戒を!
NGO活動は人々の善意に基づくものだけではありません。特に政府系NGOには多くの機密費(税金)が流れており、今回の事件はまさにアメリカ軍の犯した侵略的犯罪行為の尻拭いをさせられているようなものです。イラク戦争で自衛隊が水補給活動を外国武装分隊に守られてやっていました。それでも砲撃に何回もあっています。これを軍隊の保護なしでやりにいったような事になりました。現地人にとって米軍の手助けをしていると見られている。決して現地民族は感謝しているのではなく、米軍の手先と認識しています。善意は通じません、戦争中なんですから。私達はもう少し世界的な常識を持ちましょう。平和と善意だけで動いているわけではないのです。

読書ノート 橋本治著 「日本の行く道」 集英社新書

2008年10月02日 | 書評
今の日本の社会はどっかおかしい もうひとつの選択肢を 第10回

第三章 いきなりの結論 (3)

いま我々は歴史を検討して、新しい選択肢を考えてもいいのではないかという時代にいる。人類にとって惰性となった「進歩」をもう一度考え直そうよと云うのが著者の言いたいことである。産業革命以来生産力は向上し「必要物を必要なだけ生産する」からはるかに超えた段階にきている。技術革新は更なる「需要をも創造」するのである。バーチャルな欲望を刺激して、ゲーム機が一大産業になるのである。日本の経済戦争の勝利は良い物をつくろうという職人根性にあったのだが、いまやそのレベルをはるかに超越している。金融工学という金を生み出すあらたな経済戦争が仕掛けられ、小国の国家予算などは一ヘッジファンドの動かす資金より小さい。「もういいんじゃないか」と云う発想も必要なのであろうか。



経済問題 富田俊基著 「財投改革の虚と実」 東洋経済新報社

2008年10月02日 | 書評
財政投融資の実の改革は財投事業の見直しだ 第10回

第二章 「マーケットにおける財投機関債」 (2)

特殊法人法で発行を許されていた特別債或いは特殊債には発行登録や開示が免除されていた。これは少数私募債権と同様に縁故債とも呼ばれた。特別債の金利は同じ満期の政府保証債に対して0.15%ほど高かった。あたかも暗黙の政府保証がついていたことを実証する。1998年に破綻した石油公団の債権は金利が2%を突破し国債との金利スプレッドは0.9%に拡大した。結局石油公団は旧国鉄と同じく清算・廃止されたがつけは国民に回った。1999年道路公団、首都高速道路公団の発行する特別債は生命保険会社が購入を拒否した。また本四公団が債務超過の状態である事がわかって、金利は一気に上昇し国債とのスプレッドは0.9%から1%に拡大した。2000年関西国際空港の累積損失が巨大である事を受けて、金利のスプレッドは0.7%から1.2%に上昇した。2002年には関空債と本四公団債の金利スプレッドは2%を超えた。

財投機関債の格付け取得の義務はない。とはいえ機関債には政治の決定を予想して格付けに織り込まなくてはならない。このため格付け会社は各財投機関の政府と距離、政府による支援の可能性などという極めて主観的な尺度で格付けを行っている。格付け会社としてムーディーズ・インベスターズ・サービス(MDY)社、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)社、格付投資情報センター(R&I)社、日本格付研究所(JCR)が2007年度に付けた財投機関債の評価はさまざまである。AAAからAaaまで何が本当か分らない。格付けはこの情報の非対称性(買い手と売り手の間)による市場の失敗を軽減し、経済全体の資源配分の効率性を高める役割が期待されるが、政治銘柄では難しい。



文藝散歩  五味文彦著 「源義経」 岩波新書

2008年10月02日 | 書評
源平合戦の英雄「源義経」像を文献・史料から探る 第23回

9) 静物語ー「吾妻鏡」、「玉葉」より
1186年2月義経の愛妾静は捕らえられ、母磯禅師とともに鎌倉に送られた。義経と行家探索の宣旨は「衾の宣旨」といわれるが、畿内一円の国に及んだ。「玉葉」によると、3月に義経は伊勢神宮に祈願のため宝剣を献じている。都にいた北条時政は呼び戻され、甥の北条時定と交代した。頼朝の猜疑心は北条家にも及んでいて朝廷との交渉を極度に警戒していた。5月北条時定は源行家・光家親子を討ち取った。6月義経の母常磐が生け捕られ、北条時定は宇陀にいた義経の婿源有綱を討ち取った。伊勢義盛、堀景光、佐藤忠信らを討伐しこうして義経の残党狩が終わった。院中の義経派藤原範季の罷免も行われた。鎌倉では藤原俊兼と平盛時が静の尋問に当たって、吉野から出た義経の行方を尋ねた。その後の足取りは分らなかった。7月に静は義経の男子を出産したが、鎌倉殿は嬰児を処分した。そうして9月には許されて静と母は都へ帰った。

母磯禅師と静は白拍子の芸を継承するものであった。今様を謳う遊女は江口や神崎、青墓などを根拠地にしていたのに対して、白拍子は都を中心に活動していた芸能集団であった。遊女と白拍子は同じではないかと思うが、遊女の芸能については「平家物語」の「妓王」に委しいので紹介する。

妓王
白拍子という男舞いを舞う遊女、妓王、妓女と云う姉妹がいた。平安時代末期の芸人である白拍子の社会的地位は低く歌舞伎役者が河原乞食といわれたように、白拍子は遊女(遊び目)と呼ばれた。権力者清盛の寵を受け母と姉妹の三人は毎月米百石銭百貫というお手当てを貰って贅沢な暮らしができた。そこに白拍子の「仏」と云うライバルが登場し16歳と云う若さを武器に清盛の寵を奪った。清盛の西八条邸を追われた妓王姉妹は、又貧しい生活に戻って屈辱の生活に甘んじた。清盛の新しい愛人「仏」の慰みに妓王は清盛邸に呼ばれたが、情けない仕打ちに世をはかなんで親子三人で奥嵯峨の庵に逃げ、そこで念仏三昧の生活を送った。妓王21歳のことである。暫くすると「娑婆の栄華は夢の夢、楽しみ栄えて何かせん」といって、栄華を捨てた「仏」が妓王ら三人の仏道生活をともにすることになった。これで清盛の愛人達の仏道の共同生活となる。女達の反乱に出会った清盛はさぞ驚いたことであろう。